発言をする時は、まず手を挙げなさい。
「あ、分かった!」
僕が渡したポッキーを食べ終わると名古が叫ぶ。これもいつものことだ。いちいち驚いていられない。
「あのさあのさ、三月うさぎっていう、アリスのキャラクター覚えてる?」
僕は返事に困る。さっきその話をした為、それ自体は覚えているのだが、肝心の中身は覚えていなかった。
「なんで三月かっていう話しだろ」
いちいち説明するのも億劫だから話を強引に進める。名古が話したい内容はどうせその点についてだろう。
「そう、それ!」
正解。小さい頃からの付き合いだし、これくらいは分かる。
「三月うさぎってさ、アリスが三月生まれっていうことに由来してるから、三月うさぎって言うんじゃないかな?」
不思議の国のアリスという物語が、アリスという少女の為に作られた物語だということは知っていた。ひょっとすると、その説もあながち間違えではないかもしれない。僕は素直に感心する。
「アリスって三月うまれなんだ。初めて知ったよ」
「うーん。そこは憶測なんだけどね」
「それじゃあ全部憶測じゃないか」
「大事なのはそこじゃないんだよ」
「じゃあどこなんだ?」
「三月生まれのアリスに三月うさぎが来たってことは、五月生まれの私には五月うさぎが来るかもってことだよ!」
その無茶苦茶な理屈に僕は呆れるほかなかった。というかやはり、名古は僕と同じように三月うさぎと、アリスを不思議の国へ導いたうさぎとが混同しているようだ。苦笑いが隠せない。けれどそんな僕の表情に気付かず、名古は身ぶり手ぶりを交えて説明を続ける。
「こう……目の前をサッと通過して、校舎内に侵入するの。私は階段を駆け下りて、その後を必死に追う。そしてなんと!」
「うさぎはトイレに飛び込んで消えるのでした」
僕が茶化すと、名古が叫ぶ。
「ロマンがない!」
僕の口にポッキーを差し込み、精一杯怒った表情で睨みつける。全然怖くない。
「乙女チックな想像が出来ない人は黙りなさい!」
僕に乙女チックな想像をしろという方が無理じゃないかな。久々の甘ったるい味に辟易しつつ、そんなことを思う。名古はそれなりに機嫌を損ねたようで、再び茜色の空を見上げた。




