頼邑の心
足元の短い影が頼邑をついてくる。少女と話を終えたあと、少し風にあたると言って辺りを歩いていた。
前方に老樹があり、その根本に影があった。
樹陰で闇が濃いためはっきりしなかったが、人ではないのはたしかである。
頼邑が近づくと、その影が前へと出てきた。
青白い光を放つ神秘的な雰囲気をまとった巨大な狐の玉藻であった。
「おまえ、何のつもりだ」
玉藻が、頼邑の行く手をはばむように前に立って言った。
「その目、気に入らぬ。人間らしく命乞いしろ」
玉藻は、揶揄するように声をあげた。
玉藻が放つ痺れるような殺気をだしているのにもかかわらず、頼邑は、表情を崩さない。
玉藻の顔に驚いたような表情があった。
突然、巨大な獣が闇の中で現れれば人間なら臆するに違いないと思っていたからだ。だが、妙に落ちついてるのだ。
玉藻は、苛立ちを隠し、
「若僧、この森から無事に我らが帰すと思っているのか」
揶揄するように言った。
所詮、ただの小僧っ子と見て侮った。
「この森に来たのは私自身。意思に従い、ここを発つ」
静かな物言いであったが、強い気迫をはなっている。
ふたりは、塑像のように動かなく、痺れるような緊張と時がとまったような静寂がふたりをつつんでいる。
「ふん、許しを乞えばよいものを」
玉藻が低い声で言った。
「玉藻、あの子に名がないわけでもあるのか」
「おまえには関わりのないことだ」
玉藻が言うと、頼邑は鋭い眼光のまま言った。
「ある。あの子は私を救ってくれた」
一歩も引かぬ頼邑にじれったいと思ったのかその訳を話始めた。
今から十五年ほど前、金の
髪と眼をする異形な赤子が産まれたことに、人々は天災の前触れだと悟った。
そして、神の怒りに触れる前に、少女を山の神へ捧げたという。
その赤子こそ少女である。
赤子を憐れんだ神は、命を救った。それが、三狐神だった。三狐神は、狐の大神で玉藻の母である。数年前に命を遂げたとのことだった。
「名を呼びたければおまえが名付ければいい。おまえには心をゆるしているようだからな」
そう言い残し、闇の中へ吸い込まれるように消えて行った。
頼邑は、きびすを返して、少女のいる方へ歩き出した。