金石之交
少女が迫りくる敵に小さな悲鳴を出すころには、マズルに大きな皺を刻み随所が傷ついた獣が少女へと駆け出していた。
少女は何かないかと恐怖におびえながらも、偶々、鞄の中に入っていた何か、手に触れた物を取り出したのだが…
それは希望ではなく絶望だった。
何故なら、少女が鞄から取り出したのは、ただの小さな袋、お姉さんから貰った報酬が入っているだけのただの小さな金属の塊が入っているだけ…小銭を入れる為の袋だった
せめて一矢報いようと、手に取った金属が僅かに入っているだけの袋を投げつけようとしたのだが、悲しい事に…すでに遅かった。
冷静に分析する思考がそれをしたところで全滅するのだと告げた。
思考は少女が袋を投げたところで、それが当たるよりも速く息を荒げて接近してくる、そう、敵の牙や爪が少女に届くのだと冷静な判断を下した。
明確に未来を予想していた…この柔肌を牙で食いちぎり爪で肉を裂き奥歯で骨を噛み砕くのだと…
冷静な思考が下した絶望的に死ぬだけだという決断に思考は考えるのをやめ少女の手からは力が抜けていくのを感じ、少女は全身を脱力させ…
たのだが…感情だけが体を突き動かした。
何も掴んでいないもう片方の手で馬の首を叩き『逃げて』小さく慈愛に満ちた声を出した少女は馬と別れを告げた。
馬はその言葉が何を意味するのか人の言葉なんて理解していないのに、少女が何をしようとしているのかその意志だけが伝わった、その刹那、馬の脳裏には過去、自らの体を犠牲にして幼き頃の自分を生かそうと身を挺して強者に喰われ犠牲となった母の姿を思い出していた。
馬は二度もその様な悲しい結末をもう一度味わいたくない、二度も…命を目の前で奪われたくないと己を奮い立たせ、少女の襟元へと鼻先を伸ばし少女を咥え全速力で逃げようと考え恐怖によって震える体、心臓、全てに打ち勝とうと心を強く持った
馬のそんな覚悟を少女は気が付くことはなく、自分を犠牲にする覚悟を決めた少女は奥歯を噛み締め馬の首を叩いた後、馬に触れた手を握り締めた。
犠牲になると覚悟を決めた少女の眼前には鋭く尖った赤く染まった爪が…あと僅かで少女の喉へと届きそうな瞬間「ワヲヲヲッヲヲヲヲン」未熟な遠吠えが少女の耳へと届いた、その音を聞いて少女はまだ彼の仲間が何処かに居るのだと悟り微笑んだ。
『そっか、なら、私が襲われている間にきっと、助けが来る、だったら…私が犠牲になれば皆は助かるよね?にしし』
っと誰に向けてなのかわからない呟きを残し、小さく笑みを浮かべ慈愛に満ちた表情で敵の牙へと襲われようと後ろにいる弱者たちを守ろうと大きく腕を広げたのだが、かっこ悪い事に少女の体は震えていた。
死を受け入れ己を犠牲にする覚悟は出来ていたとしても、この先に待っている苦痛を受け止め切れる覚悟が出来ていないのか、少女は皺が出来てしまいそうな程に力強く瞼を閉じて無防備に全身を曝け出すようにして…命を繋げる為に強者へと捧げた。
硬く瞳を閉じ、死ぬ間際の恐怖に体も心も…震えてしまっている、そんな状況なのに少女は不思議な感覚を感じていた。
死ぬ覚悟はとうの昔に出来ているはずなのに湧き出る恐怖に心が狂ってしまったのか、はたまた、死ぬ間際、今際の際だからなのだろうか、せめてもの慈悲なのだろうか?敬虔なる徒である少女を神様が慈悲を込めてくださったのか、包み込む様な暖かな熱を少女は感じていた。
何処か覚えのある暖かさに包まれた少女は、感情が停止し、再度動き出した思考からくる疑問に埋め尽くされ、体の芯から、心の奥底を染め上げてしまった恐怖が抜け出ていくのを感じていた。
思考がこの暖かい感覚に覚えがあるのだと告げ、少女は、ふと思い出してしまった、この包み込むような暖かい感覚が過去に感じたのはいつだったのか…
そう、少女の体はまだ覚えていた、この暖かさが何かを…
それは、昨日、ずっと感じていたお日様のような暖かさなのだと…
優しく包み込むような暖かさを感じた少女は『あ、死ぬ時ってこんな感じなんだ、神様が痛みを感じないようにと慈悲をくれているんだ』自然と幼き頃から刷り込むように教え伝えられていた無慈悲な神に感謝を捧げると、より一層、少女を包み込む暖かく身も心も委ねてしまいそうな感覚によって、恐怖による震えが完全に収まっていった。
少女は、この神様が与えてくれた僅かな温もり、奇跡ともいえるこの瞬間、今際の際を最後の思い出とし刻み込もうと、恐怖すら感じさせてくれないこの暖かさを目に焼き付けようと
最後の光景を、例え、悲痛で悲惨な未来しか無くとも、ゆっくりと…
そう、今もなお瞼の裏ですら白く輝いてしまっている世界を魂に刻み込む為に…
少女は瞼をゆっくりと上げるとそこは少女が想像していた世界とは違っていた。
瞼が開かれた先には眩く輝く白き世界がまっていた。
周囲を照らし白の世界へと染めたるは一筋の閃光だった。
その閃光は、まるで太陽のようだった
真っ白に輝く太陽が少女を恐怖という全てから解放するかのように…まるで、怯え苦しみ今にも泣きだしたいけれど最後の勇気を振り絞った少女の心、その全てを祝福するかのように…世界を白く、いや、まるで白から金色へと至るかの如く、少女の全てを鮮烈に輝かせた。
祝福されし神の如き輝く光が…彼女の瞳へと触れると少女の耳の奥にある音が聞こえてきた
【我らが眷属、その古き盟約、知らぬ存ぜぬっというわけにもいかない】
光り輝く祝福の光をその身に浴びし少女の耳には聞き覚えのない言語が通り抜けて行った。
少女はその音を出した存在を認識することによって、この眩く輝く光が神の祝福ではないのだと理解した。
少女が音を出している人物へと視線を向けていると、周囲を輝かせていた光が何処かへと消えていった…
眩く瞳を閉じてしまう程の光が消えると、光の中から、少女を守るように白く輝く全身甲冑を着た人物が少女の肩を抱き、少女達を追い詰めていたイキモノとの間に割って入ってくれていた。
少女はその姿を見て直ぐに理解していた。
「昨日、の?」
その人物が昨日、雪崩から助けてくれた人物であると直ぐに気が付き肩に置かれているお日様のような温もりを感じると、心が震え今にも泣きだしてしまいそうになってしまうが零れる涙をせき止めるようにイキモノへと視線を向けると「あ、あぶない!」イキモノが前かがみになろうと体が傾くのが見え自分を守るように懐へと、抱きしめてくれている甲冑の人物に警告を出すが甲冑の人物は何もしようとしなかった、ただただ、少女を抱きしめ、いや、少女をあやすように優しく肩を叩きながらイキモノの動きを見守るようにしていると
「ぇ?」
イキモノは前のめりになって地面へと吸い込まれるようにし鼻先を大きな音を出しながら地面へと突き刺し倒れた…
生きているのであれば有り得ない角度で倒れ込み、そのまま動かなくなった。
突拍子もない展開に少女はつい
「…ぇえ!?」
驚きの声を出し、どうしてこうなったのか理解が出来ず
何度も何度も、甲冑を着た人物の顔といっても顔全体を兜が覆いつくしているので表情が見えないけれども、何度も何度も、甲冑を着た人物の顔と地面へと転がり起き上がらなくなったイキモノを交互に視線を彷徨わせてしまっていた。
少女が混乱している最中であろうと甲冑を着た人物はお構いなしに
【さて、古き友よ、盟約を果たした】
またも少女には聞きなれない音を出していた。
甲冑を着た人物の兜というのかお面というのかその奥から聞こえる音は少女の知らない音で何かを話しているのだろうけれど、言葉の意味が何一つ理解できなかった。
甲冑を着た人物は少女の肩を抱き寄せながらも丁寧に何処か気品すら感じさせるような所作で膝をつきゆっくりと腕を、いや、指先を伸ばした。
甲冑を着た人物の指先、それがどちらへと向いているのか少女は視線を指の先へと伸ばしていくと、小さく不得手な遠吠えをした牙と爪を持ち合わせた獣に向けて伸ばされていた。
指を伸ばされた獣はその行動が何を意味しているのか不思議なことに理解しているみたいで、尻尾を振りながら近寄り甲冑を着た人物の手のひらへと頭を擦り付け始めた。
【偉いえらい、魂の盟約はまだ受け継がれているのか、だったら、助けて正解だった、危うく怒られるところだった】
少女の目の前で行われている何とも言えない状況に、少女の思考は完全に停止していた。
知らない言語を話す甲冑を着た人物は拙い遠吠えをした獣の頭を撫で、獣も、もっと撫でて欲しいのかお腹を出して転がっていた。
そんな光景を見ていると少女はふと、疑問を抱いてしまった。
この人物は甲冑を着ている、つまりは金属が獣に触れるということになる。
獣達は金属を嫌がることが多いと聞いている、その獣が金属で撫でられているのに気持ちよさそうにしている、これはどういうことなのだろうかと、疑問を持ち始めてしまい溢れ出てくる好奇心が少女の体を勝手に動かし始め
肩に置かれている彼の手に触れたのだ
そっと彼の手を握ってみると少女は今までの常識が覆るような感覚に思考がパニックを起こし好奇心が更に加速するように押し寄せてきた
「…なに、これ?」
少女が触れたのは間違いなく金属なのに、甲冑はまるで金属ではないかのように柔らかく暖かった。
その感触はまるで…
「ひ、と?」
そう、それは少女が長い事、忘れてしまっていた感覚…
人の皮膚に近い感触だった。
少女はその感触を確かめるように甲冑を着た人物の手や腕を掴んだり摩ったりと触れ続けていると
【何だい?君も甘えたいのかい?】
よくわからない音が少女の耳に触れ、触っていた手が少女の頭の上へと移動し優しく頭を撫でられてから【それも、そうか。こんなにも小さい、怖かったのだろう、アイスのやつだって小さい時は怖がりだったものな、忘れてはいけない】よくわからない音と同時に甲冑を着た人物は少女を優しく包み込むように優しく丁寧に壊れやすい物でも扱うかのように自身の胸元へと少女を抱き寄せた。
優しくゆっくりと背中を撫でられた少女はその暖かさ、温もり、優しさに…ありもしない幼き頃の記憶が蘇り、少女は胸の奥から何かが込み上げてくるのを感じてしまっていた。
【大丈夫、もう怖くない、怖くない】
彼の音は、言葉は、知らない言語、よくわからないはずなのに、何故か伝わってくる言葉に、少女は込み上げてくる衝動を抑えきることができず
何処かで落としてしまったのか、忘れたはずの冷たい涙が溢れ、少女は幼きころの何処かでみたであろう記憶をなぞる様に…縋るように甲冑の人物へと腕を伸ばし抱き着く様にし泣き崩れてしまった。
まるで、甲冑の人物が少女の保護者…父親であるかのように。
こうして…二人は出会った。
そして、ここから、彼女達を取り巻く環境…この大陸に住まう様々な思惑が彼女達を巻き込む様に動き出す
僕は…忘れない。
この大陸で起きた出来事を
この大陸に住まう人々が何を想い何を願おうとしたのか
その願いを受け止めようとした
小さき命を…
この物語を…
僕は、忘れない。
取り合えず、プロローグはここまで、です?
もう一つ書いている小説も、もう少し書いてから公開します。
その後に、どちらの小説を書いて行くのか
皆様のコメントなどによって決めたいと思っておりますので
▼ぬけた猫の物語
https://ncode.syosetu.com/n9814mn/
上記の小説か、こちらの小説どちらを先に読みたいのか
コメントお待ちしております~
特にどちらも反応なければ適当に気ままに更新する予定です




