序章
「ネクサス、アクティベート」
1人の少女がそう呟く。
刹那、少女を中心に眩い光が全方位を覆う。彼女は笑顔で「後はお願いね」と言い残す。その瞳には涙が溢れていた。
☆
目が覚めた。何か夢を見ていたような気がする。少女がいた気がする。何かをお願いされた気がする。しかし、なにも覚えていない。
まあいいかと思い、ベッドを去る。
俺はオッフル・ネクサス。
今日で15歳になる。
「おはよう父さん、母さん、バシレウス」
俺は朝の挨拶を、父さんと母さんと弟にした。
3人とも「「「おはよう」」」と返してくれた。
「朝ごはんの時間よ。一緒に食べよう」と母さんが言った。
母さんはマードレ・ネクサスという。
美人で、とても優しい性格で、使用人たちに偉ぶったりせずに接してくれる。
その性格から使用人だけでなく街中の皆に慕われており、父はこの性格に惚れ込んで、政略結婚を断って母と結婚したらしい。
「「「「いただきます」」」」
4人はそう言い、各々食べ始めた。
食べ方に性格が出ていた。
母はすごく礼儀正しく食べていた。見惚れるほど美しいカトラリー使いである。
父さんは食べ物を落としていた。
母は「もう、しょうがないんだから」と言いながら美しい笑顔で父の世話を焼いていた。
父はウェールス・ネクサス。
容姿は普通と言ったところだ。
ご覧の通り、生活能力のかけらもないので、母がいないとすぐに死にそうだが、政治をさせると国で右に出るものはいないと言われている。
……俺は目の前の光景を見慣れているので半信半疑だが。
弟は笑いながら食べていた。
佇まいは母に似ている。「いつも通り平和だねぇ」と僕に言った。
弟はバシレウス・ネクサス。
頭が良く、人柄が良いのでモテるらしい。
けしからん。
弟は政治に興味があるらしく、父とよく行動していた。
「平和というか、なんというか…」と僕は呆れながら返した。
「オッフル。今日は誕生日だから早く帰ってきなさいね。誕生日パーティーするんだからね」と母が言う。
「分かったよ。サクリとアパルと一緒に行くよ」と返した。
父は「あの2人とお前はほんとに仲がいいんだなぁ。一生の付き合いになるかもだから大切にするんだぞ」も言った。
「言われなくてもそのつもりだよ」と返す。
サクリとアパルは後で会うからその時説明しよう。
「「「「ごちそうさまでした」」」」と4人がいい、各々支度を始める。3人は誕生日パーティーの準備だろうか?僕は幼馴染に会うために支度する。
支度を終えたが、少し時間が余っていた。ベッドに横たわりがら、考え事をする。
「今日で15歳か。実感ないなぁ」なんて考えているうちに、意識が遠のいていった。
☆
二度寝した。時刻は9時35分。約束の時刻は10時だ。まずい。
慌てて外へ走り出す。
行ってきますを言っている暇もない。
途中、母さんに「気をつけておいき」と言われて片手を上げて返事をした。
そして、市街地に出る。
ここは豊穣の国エウポリア。そう呼ばれる国だ。
市街地を最速で駆け抜ける。
人の波を掻き分けて、目的地へ急ぐ。
市街地を抜けると、見渡せば自然が豊かで緑あふれる世界。
太陽が木々を照らし、木々が太陽に挨拶するかのように呼吸する。
俺に言わせればこの世界は普通の世界だ。
こうやって平和なまま過ごし、誰かに添い遂げて一生を終えるのだろう。そう思っていた。
☆
ネクサス家はエウポリアの中では大きな家系だ。昔、世界の創造に加担したクリート・ネクサスが先祖とされている。
とまあ、俺はそんな逸話は信じてはいない。世界は偶然できたものだと思っているからだ。
今日は幼馴染の2人と会う約束をしている。約束の時刻は10時。現在は9時45分。現在地から徒歩20分だ。そう、このまま歩いていたら遅刻する。
俺は軽く走りながら周りを見渡す。市街地を抜けた先には広大な畑が広がっていた。これが豊穣の国と呼ばれる所以だ。
エウポリアは東西南北と中央に市街地があり、それ以外は畑や農園、牧場などが無数にあるという国だ。ネクサス家は北の市街地にあり、北の市街地を仕切っていた。
目的地は中央の市街地に向かう途中の大きな木である。その木は神の化身と呼ばれ、エウポリアの人々を護っているとされている。その木はエウポリアの人々から護られている。
「ハァ、ハァ…」と息を切らす俺は体力がなかった。
一度歩きながら深呼吸を繰り返す。そうして呼吸が整ってからまた走り出す。現在時刻は9時58分。ここから目的地まで徒歩であと5分といったところだろう。もう遅刻は確定だ。
怒られるだろうなぁ…と思いながら足を動かす。放牧されている牛を見ながら「俺もお前みたいに気軽に生きたいよ…」とつぶやく。まあ、寝坊した俺が悪いんだけど、そこには目を瞑ろう。
☆
目的地には10時1分についた。汗だくだ。運動不足の俺が死ぬほど走ったのだから。
そんな様子の俺を見つけた幼馴染の1人がこっちへ来て「遅い!」と叫んだ。
この幼馴染は【サクリ・カリーノ】だ。めっちゃ可愛い。金髪で碧眼、容姿端麗で頭脳明晰。完璧とはこのことを言うのだろうと思う。…性格を除けば
「ごめん、寝坊した。一応死ぬ気で走ってきた」と弁解する。
が、「遅刻は遅刻!あんたの遅刻グセなんとかしなさい!」と叱られた。
まあ遅刻している身からすれば返す言葉がない。
そう、こいつの中身は男のようなものだ。
「まあまあ」と返す美少年のこいつは【アパル・フリグス】だ。
こいつは頭は良くないが、ずば抜けた運動能力を持っており、喧嘩も強い。
俺は平凡な男だから、喧嘩をふっかけられたらいつもこいつに頼っていた。
「あんたは甘いのよ!オッフはいつも遅刻しているんだから厳しくしないと!」とサクリは言う。
耳が痛すぎるお言葉だ。
「まあまあ、確かに遅刻は多いけど、オッフルは優しいんだしそれに助けられているだろ? それにこんなに汗だくになる程急いでここには来てくれたんだし、今回は許してやろうよ」と、アパルにフォローを入れてもらった。
こいつは俺に優しいので好きだ。親友である。
「それ、いつも言っているじゃない! ……まあ、1分の遅刻だし許してあげるわ」
……若干腑に落ちてなさそうだが、サクリは許してくれたっぽい。
こいつは俺に厳しい。
だが、正直優しさゆえの厳しさなのはひしひしと伝わる。
俺はこいつのそんな優しいところが好きだ。
今日は俺の誕生日。
だから、2人がもてなしてくれるためにわざわざ集まってくれたのだ。
「「オッフル!誕生日おめでとう!」」
俺は分かってはいたが、すごく嬉しくなり「ありがとう」と言った。
涙を流しながら。
「ちょっと!泣くことないじゃない!」とサクリは言う。
俺は「嬉しくてつい」と返す。
アパルは「オッフルのそういうところはいいところだよね」と言った。
「そう言うところ【は】ってなんだ【は】って」と返した。3人ともおかしくなりつい笑ってしまった。
俺は、この時間が幸せだ。
だから俺は、その幸せをずっと噛み締めていた。
☆
「オッフは進路、どうするの?」とサクリが質問した。
「俺は農家を継ぐよ。軍は俺のライフプランとは離れているし、国を統べるような器でもないから国は弟のバシレウスに任せる」と答えた。
エウポリアでは15歳になると軍に入るか農家を継ぐ意思がある場合は農家の後継ぎとして学校に通う必要があった。
また、ネクサス家は北の市街地を統べる家系だ。俺にはネクサス家の後継ぎとしての選択肢もあった。
しかし、俺は特別頭がいいわけではない。
幼馴染2人によると、俺は地頭がいいらしいが、遅刻癖のある奴がまともに国を統べられるわけがない。
だからネクサス家は弟に任せて平和に農園を継いで人生を全うするつもりだった。
そんな話をしていると、ズドーンッ!!! という爆発音が聞こえてきた。
見ると、北の市街地の方向から煙が上がっている。
「なんだあれ?!」と叫ぶアパル。
気づけば俺は走り出していた。
「オッフ!」と叫ぶサクリの声は聞こえていなかった。
俺は死ぬ気で走った。嫌な予感がしたからだ。
サクリとアパルも後を追う。
サクリとアパルも、北の市街地の育ちである。
刹那、ズドーンッッ!!! と、爆発音が何発も聞こえてきた。
「魔獣の襲来かしら…にしては規模が大きすぎる」とサクリが言う。
エウポリアの周囲は森で覆われており、その森には魔獣が住んでいるとされている。
魔獣は人を喰らい、攫う。
だから人々は森には近づかず、軍が森を監視していた。
だが、その魔獣が森を抜けてきた可能性がある。
そうであればエウポリア史上、2度目のことである。
とか考えていたらサクリとアパルに追い抜かれていた。
2人は運動ができる。俺はできない。
この差は、こういう場面で現れるのか……と思いながら、足を動かす。
呼吸を整えている暇はない。
家族の安否が最優先だ。
北の市街地へ着いた。
そこはまるで地獄だった。
☆
巨大なマンモスのような10メートルはある魔獣や、カマキリのような形で前足にブレードの付いた3メートルほどの魔獣、空を飛んで爆弾を落とす魔獣などそこにはいた。
街はめちゃくちゃでそこら中が火の嵐だ。
「何が…どうなってる…」俺は情けない声で呟いた。
周りは、慌てて逃げる街の人たち。
俺はまた走り出す。
「「オッフ」ル」と2人が叫び、また追ってくる。
俺が向かう先は、決まっている。
家だ。
ネクサス家は、そこそこ大きい家だ。
北の市街地を統べているのだから、大きいのは不思議ではない。
城のようなものだ。
しかし現実は残酷である。その城は、瓦礫の山に変わっていた。
「ッ――!」
言葉が詰まる。
それもそのはずだ。
さっきまで、そこにあったはずの家が、瓦礫の山になっているのだから。
「父さん! 母さん! バシレウス!」
叫ぶ声は、そこら中に鳴り響く爆音に掻き消された。
しかし、声は届いたのか、「オッフル!」と声がする。
母の声だ。
「母さん!」
声のした方へ、走りながら叫ぶ。母は瓦礫に挟まっていた。
「今退けるから!」と力任せに瓦礫を退けようとするが、びくともしない。
直後、ドスン!と後ろから音がした。その音は近づいてくるようだった。
母の顔が青ざめるのが分かる。俺もそれを見て察した。
魔獣だ。
後ろを振り向くと、マンモスのような魔獣がこちらへゆっくりと近づいてきていた。その距離20メートルと言ったところか。
母は「オッフル! 逃げなさい!」と叫ぶ。
俺は「嫌だ! 母さんを置いて行けない!」と叫ぶ。
母は「こんな時くらい言うこと聞きなさい! これが最後のお願いなのよ!」と言うが、俺は「最後にはさせない!」と叫ぶ。
だが、瓦礫はびくともしない。
足音はどんどん近づいてくる。
もう距離は10メートルもないだろう。
母は「アパル、サクリ。オッフルを頼むわ。これは私からの最期のお願い」と涙しながら、2人に言った。
だからアパルは「行くぞ」と、俺の手を引っ張って走り出した。
サクリも、後に続く。
「ふざけんな! 離せ!」と俺は言うが、アパルは「この顔がふざけているように見えるか!」と涙を流しながら言う。
その顔を見て、俺は何も言えなくなった。
遠くから母の声が聞こえる母の声は、次第に悲鳴に変わり、終いには何も聞こえなくなった。
俺たちは、走る。
後ろは、振り向かない。
ただ、前を向いて走った。
3人とも、涙しながら。
☆
俺たちは走り続けた。
気付けば、北の市街地を抜けようとしていた。
市街地は壁で覆われている。
今回のような魔物の侵攻を防ぐのに、本来は役立っているはずなのだ。
俺たちは城門を抜け、市街地を出た。
そこには沢山の人がいた。
怪我をしている人、家族を探す人など様々だ。
俺はあの光景を思い出す。地獄のような光景を。
そして、心に決めたことがある。
「オッフ、大丈夫?」とサクリが聞く。
俺は「大丈夫だよ。」と嘘をつく。
心は壊れそうだった。
「オッフル、どうしたの?」とアパルはいう。
「俺さ、農家継ごうと思っていたけど辞める」
「俺は、軍に入る。俺には力がなかった。だから母さんを守れなかった。だから、軍に入って大切な人をもう失わないように力をつける」
「オッフ……」サクリは心底悲しそうに俺を見ていた。
アパルは「お前が軍? その運動能力で?」と言う。
「うるせぇ! 決めたもんは決めたんだ!」と返す。
「君1人ならすぐ死ぬだろう。だから、僕も付き合う。」とアパルは言う。
「お前……」
そんなアパルの言葉を聞いて、俺は言葉に詰まる。
「……オッフルの母さんに頼まれたしね。オッフルを頼むって」
すると、アパルはそう言った。
さらに「その通りね! 私も軍に入って貴方を守ってあげる!」とサクリも言う。
「お前ら……」
「そうだな、俺ら3人なら絶対死なないよな!」と3人は決意を固め、手を重ねる。
「もう、誰も失わない。自分の力で自分の大切な人を守ろう!」アパルはそう言い、サクリは元気に頷く。
俺も泣きながら頷いた。
3人の物語は、今始まる。




