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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
110/110

110  エスコート



 昼食の後からは実に慌ただしかった。

 男性陣はいつもの事という雰囲気があったけれど、私は準備しておく物こそないものの、身支度の為と言われて日が高いのにお風呂へと放り込まれてしまった。


 これまではひとりで入浴していたのに、流石に今回は手をかけられて。

 緊張してお湯から上がる直前に侍女が小瓶から何かを湯に落とし、微笑んで私を見る。

「はい、深呼吸して?」

 言われた通りに大きく息を吸い込むと、軽やかな花の香りに包まれた。

 甘すぎず軽すぎもしない、でも……。

「いい香り」

「緊張がほぐれますでしょう?お肌にもいいのですよ」

 にっこりそう微笑まれて、手を取られると湯から出される。

 後はもう彼女達に全てお任せ。

 まな板の上のなんとやらで、ただされるがまま。

 一度声を出してしまったのは、首筋に剃刀を使われたときだけ。

「今夜は髪を上げますからね」

 刃先の冷たさに、情けない声とともに一瞬首を竦めると、笑い声がそう告げる。

 そう言えば髪を上げる髪型なんて最近していないから、当然お手入れもしていない。

 長かった髪を肩の下まで切って以来その扱いの楽さに慣れて、以前なら必死になってしていた事を怠っていたわ。

 これは女性としてはかなり駄目な事態なんじゃないかしらと、改めて反省してしまう。



「準備はできた?」

 迎えに来てくれたファドラーンのエスコート用の腕につかまったとき、髪を上半分だけ上げた私の後ろには荷物を持った2人の侍女が従っていた。

「最後の仕上げは王宮の客間で致しますから」

 

 彼女達の言葉にうなずくファドラーンと目が合う。


 私は……初めて見るファドラーンの正装にちょっぴりびっくりしていた。

 でも、ちょっとだけ、なんだからね。

「一応これが正装なんだけど」

 にっこり微笑んでいる彼を見上げる。

 昼食まで身に着けていた制服との色違いの誂えは、染み一つない白い色。

 ティールブルーのアクセントと肩や衿の金飾りがより豪華に見せている。

「如何にも王子様の親衛隊って感じ。びっくりしたわ」

 素直にそう言うとちょっとだけ彼の眉尻が下がる。

 ……何を期待していたのかしら。

 侍女に促されて歩みを進め、午前中も訪れた部屋へと向かう。

 既に部屋の中にはチャクラヴァルティンを初めとして10人以上の親衛隊員とミュゼナさんとが集っていた。

「お待たせして申し訳ありません」

 当然の如く皆の視線が私に集まるのが居心地悪いけれど、おどおどしていても仕方がないわ。開き直って、そう口にしていつもの挨拶をする。

 改めて顔を上げるとヴァルの穏やかな微笑みが迎えてくれた。

「仕上げは王宮でするとしても、なかなかの淑女ぶりだね」

「有り難うございます」

 親しげな言葉にいつも以上の「仮面」を感じ、既に彼は自分の目的の為の行動をとっているのだと思い当たった。

 となれば私もそれに同調しておけばいいのね。

 しおらしく言葉を返してミュゼナさんに視線を向けると彼女は満面の微笑みで。


「今回は私も同行させて頂きますわ。仕上げの確認も致したいので」

「心強いです、ありがとう」

 2人の侍女とともに彼女の側へと歩み寄って、振り返るとファドラーンの背後に集まった人達の中に見知った顔を幾つか見かける。

 セグリエスさんとガティノワさんも同行するらしい。

 2人の表情は真面目に引き締められているけれど、目が合ったらちゃんと笑顔が返ってきた。

 その表情からは昨日の複雑な背後関係は伺えない。


 力関係や打算や幾つもの要因が入り乱れて、属する立場が曖昧であればある程どう動いていいのか判らなくて。

 難しいな、と思ったけれど。

 結局どこにいても場所が変わってもそれは変わらないんじゃないかと思えるようになった。


 故国にいても、バーラートにいても、そしてこの国に居ても。

 どうしてあんなに私はくよくよしていたのかしら。


 すとんと何かが納まる所に納まった感じがする。


 腕にそっと触れられて我に帰った。

 はっとして顔を上げると、隣のミュゼナさんが心配そうで。

 うっかり物思いにふけったままでいたらしい。

「着きましたわ。緊張していらっしゃるの?」

「……実はもの凄く」

 今朝もそうだったけれど、短距離の移動ならば違和感は殆ど感じられない。

 でも、微かとはいえある筈のぶれたような違和感に気が付かないなんて。

 正直に答えると相変わらず満面の笑みの彼女に腕を取られ、さっさとその手がヴァルの腕へと預けられてしまう。

「こちらにおいでの間は殿下が貴女様の保護者ですから、よく判るようにしておきませんとね」

 殿下って……どなた様?なんて預けた腕の先を見上げたら、穏やかに微笑むヴァルが私を見つめていて。うっかり私の頬が赤く染まってしまう。

 そうだった、彼は「王子殿下」だったのだわ。

 躊躇なく行き先を決められてしまった自分の腕を見つめて、言葉も出ない。

 少し背後がざわめいた気がしたけれど、振り返る事も出来なかった。


 これは私がヴァルに協力しているだけなんだから。

 ファドラーンはちゃんと判っているわ。

 咄嗟に浮かんだその考えに、少し悔しくなった。

 ……どうしてこんなに言い訳めいた事を考えなくちゃいけないのよ。



 


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