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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
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001 国境にて

 

 ザワザワとした宿場の気配に、いつも以上の不穏なざわめきを感じ取る。


 朝一番に国境の関所越えの手続きを済ませ、役人の事務所から出て来たばかりの俺と、上司にして、俺の弟を装っているラウ……ラウドラチャクリンは暗がりに慣れてしまった目を瞬間閉じて外光へと順応させた。

 無事に荷の国境通過の許可を得て、後は関所を出るばかりだというのに。

 バーラートからイクシールへ抜ける関所前の宿場と言う場所柄もあり、人の往来も多くざわつく場所だが、今日は少しばかり緊迫していないか?

 怪訝そうに上司を見遣ると、彼も目線で同意を告げてくる。

 そのまま人垣を少し抜けたところで俺達は足を止めた。

 何人かの人がやり取りしているらしい気配にそちらへと視線を向けると。

 少し先では雑貨ばかりを扱う下級の商人と、その護衛らしき男達3、4人が何やら寄り集まっているのが見え、その手前には一廻り小さく見える人影が一つ、立ちすくむように認められた。

 地味な色のマントで頭迄をすっぽりと覆っているものの……その体格で若い娘であるとは容易に推察出来る出で立ちだ。どうやら彼女はこの商人達に絡まれているらしい、と俺でも咄嗟にそう判断出来る。

 元々荒っぽい者が少なくないこの界隈では喧嘩沙汰も珍しいものではないのだが、こんな光景は滅多に無かった。

 すぐ傍に関所があり、役人も常駐している場所だけに。

 その為か周りを囲む人々もどう口出ししたものか、厄介事を避けたがる人々の常で手を出し倦ねて居るように見える。


「結構です、貴方がたの同行は要りません‼」

 娘の断固とした拒絶の言葉の端々に僅かながら恐怖か怒りか、の震えが在る。

「だけどさぁ、ここからイクシールの首都もしくはルクアディナルファまでは峠越えの難所も幾つか在るんだぜ?通い慣れた者なら兎も角、何も知らなさそうなお嬢さん一人じゃ無理だって、俺たちゃ親切にも心配してやってんだ」

 押し切ろうと言うのか、男の声が畳み掛ける。

 雑貨商としても今ひとつうだつの上がらない風采にむさ苦しい護衛の男達、信用しろという方が無理だろうと思うのは俺だけじゃない筈だ。

「別に金目当てって訳じゃないぜ?ちゃんと連れてってやるよ」

 ……確かに金目当てじゃない事位はそのにやけた顔付きで解るんですけど?

 振り返り、隣に立っている表向き弟である上司…を見上げた、じゃない見下ろした。

 上司で、俺よりかなり年上で、勿論尊敬もしているけれど、彼は少しだけ俺より背が低い。

 いや俺の方が変に高いのか?

 自分の頭が周りの人垣から飛び出しているのは充分承知だ。

 それにしてもこのまま奴らに連れ去られれば、彼女の身の安全の保証どころか命の保証すら無い。

 ふと、先程まで居た入出国管理の事務所での役人の話を思い出した。

 娘が一人、同行出来る隊商は無いかと聞いて回っていると。

 何でも遠国からこの地迄何とか旅して来たものの知り合いも無く、伝手も無いのでこの先への同行者を探していると言う事らしい。取り敢えず通行証等にも不審な点は無いので、無謀などこかの令嬢ではないかと役人は言っていたっけな。

「……どうします?」

 そんな事を思い出しながら、明らかに厄介事を恐れている周りの人垣を見遣り、ラウドラチャクリンに尋ねる。

「お前がリーダーだろう?ファドラーン「兄上」」

「わかりました」

 面白がっている様な彼の言葉から、自分に良い様に返答を見つける。

 ……つまり好きにしろ、と言う事だ。

 勿論、自分でその責任も負うのだが。

 そのラウドラチャクリンに頷き、俺は前へと踏み出す。人垣を掻き分けて娘の側に歩み寄ると、彼女と下級商人達の間に立ちはだかる様に立ち、少しだけ息を吸い込む。

 それから威嚇するように肩を怒らせた。

「そこ迄だ、役人から話は聞いて来た。この御婦人の同行は我々が引き受ける」

 断固とした口調と、俺の視線に一瞬気圧される男達。

 しかし、次には口々に反論をはじめた。

「な、何だと?てめぇ、俺達の方が先に声を掛け……じゃない交渉してんだぜ?割込むつもりか⁉」

 外套のフードを真深く被ったラウドラチャクリンを従えた形で立ちはだかった俺に、奴らは人数を頼んで強硬に言い募る。   

 二人連れの俺達に対して、彼等は所謂多勢だ。

「では御婦人、どうされる?」

 振り向きもせず問うと、一瞬の間があって、彼女のそれでも気丈そうな声が応じる。

「彼等との交渉はここ迄ですわ。あなた方との同行の条件についてお聞きしたいと思います」

 凛とした鈴のような声だが、少し高飛車に、人にものを命じるのに慣れた口調。

 この場の状況からすれば、その声に少し躊躇いがあるのは仕方のない事だろう。

 もっとも、自分から関わっておいて言うのもなんだが、居丈高な貴族娘を連想して少しばかり後悔した。……ちょっと苦手なタイプかも知れない。

 それと同時に彼女の対応と言葉遣いなどから、やはり、何処か良家の子女だと知れる。

「ふざけんな‼俺達に恥かかすってのか⁈」

 自分たちの事など眼中にない様子の俺たちに痺れを切らしたのか、護衛の一人が喚きながら娘の肩に掴み掛かろうとする。

 俺は大きく踏み出しもせずに片手でその手を払いのけ、同じ手の肘でそいつの腹に容赦のない一撃を叩き込んだ。

 護衛だろうと思われる出で立ちの割りには大して腕の立つ男でもなく、雑作もない。

 腹を押さえてくずおれる仲間を目の当たりにして、色めき立つ他の護衛達。

 廻りの人垣がどよめいて乱闘になるかと思われた時、今まで黙って後ろで控えていたラウドラチャクリンが一歩踏み出すと俺の隣へと並んで立った。

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