勇者、魔法使い、そして戦う者
盗賊団とと攻防はまだ続きます。
聖剣「シュバ」をイレーネが振り回したおかげで、盗賊団の輩は退散した。
そうなれば、一刻も早く、農場主の子供たちを両親のもとに届けたいと思うイレーネ。
イレーネ達のいる、住居棟の離れは本来なら住居棟とはつながっており、廊下を通り抜ければ行けるはずだ。
しかし、住居棟へとつながる廊下は、盗賊団の仕業か床が多きく破損しており通れる状態ではない。
しかも、
「農場主や他の人たち、住居棟にはいないみたい。気配がしないもん」
とルイザが言う。
「きっと、作物倉庫ですよ。
族が襲ってきたときに、あそこだけは死守すると言っていましたから。
だから、この子たちを離れに避難させたんです」
とハンス。
「その護衛があんた、ってわけ?あぶなっかしい護衛だこと」
イレーネが強く言う。
ここから作物倉庫までは、隠れるものがない道をしばらく進むことになる。
盗賊団の勢いは弱まってはいるものの、いつどこから襲われるかわからない。
「倉庫まで、急ぎましょう。僕が子供たちを、イレーネは剣を持ってください」
そう言って、ハンスがイレーネに「シュバ」を渡し代わりに、アンヌとルシアンの手を引く。
「お姉ちゃん、その剣で悪い奴らなんかやっけちゃえ」
とルシアン。
イレーネとルイザ、そして子供たちとハンス。
周囲をうかがいながら慎重に進む。
あと少しで作物倉庫、というところで数人の盗賊団が襲ってきた。
イレーネとルイザが前に立ちはだかる。
イレーネが剣を構え、輩に向かっていくよりも早く、ルイザが攻撃魔法を放った。
一瞬にして盗賊団の奴らは蹴散らされた。
ルイザは肩で息をしながら、やっと立っているといったような様子だ。
そんなルイザを、なんとか作物倉庫の入り口まで連れて行った。
作物倉庫の中に入ると、そこはこの春栽培したたくさんの作物、そして備蓄してあるいろいろな苗が
所せましと積まれていた。
奥の方に人がいるようだ、入り口のイレーネたちに気付いたのか、人々が顔を出した。
「ママー、パパー」
アンヌとルシアンが大声で叫びながら、奥から出てきた農場主夫妻のもとに駆け寄る。
子供たちを抱きしめる、農場主とその妻。
「ハンス、離れの遊戯室の結界が破られたから心配していたんだ。よく子供たちをここまで連れてきてくれた。感謝するよ」
と農場主。
どうやら、農場主は離れの遊戯室に結界を張り、子供たちを避難させていたようだ。
しかし、結界が張られていた気配をハンスもイレーネも、魔法使いのルイザでさえ感じることができなかった。それほど鮮やかに結界は破られていたのだ。
「いや、僕は何も。礼なら彼女たちに」
とイレーネとルイザに向かって言った。
「あと少しで保安隊が来るだろう、それまでここで過ごすといい。ここなら安全だ」
農場主にそう言われて、イレーネたちは作物倉庫の隅で座り込んだ。
ルイザはまだ青白い顔をして体調が悪いようだ。
農場主の妻が、食べ物と飲み物を持ってきてくれた。
ルイザの様子を見て、
「この子、何をしたの?」
と尋ねる。
襲ってきた盗賊団を攻撃魔法で撃退した経緯を話すと、
農場主の妻、ミーリアはルイザの胸に手をあてた。
あっという間にいつもの血色の良いルイザに戻った。
「あなたは、魔法使いなの?」
とイレーネがミーリアに聞く。
「そうよ、ルビア魔法学校を卒業して、宮廷魔法使いとして働くはずが、王宮に行く道中であの人、エスティバンに出会って、そのまま結婚。それからは農場主の妻としてこの農園を手伝っているの」
子供たちがいた遊戯室に結界を張ったのはミーリアの仕業のようだ。
「あなたもルビア魔法学校に行くんでしょ」
とルイザに言うミーリア
「とてもいい学校よ。ルビアできちんと学べば少しくらい攻撃魔法を使ったからってぶっ倒れるようなことにはならないわ」
とほほ笑みながら言った。
「あのさ、私」
ミーリアがいなくなると、ルイザがイレーネに話しかけてきた。
「魔法学校に行くのは認定をもらいうため、それだけって思ってた。
私はもう一人前の魔法使いだって、優秀なんだって。
でも、ちょっと違ったみたい」
そういうルイザに、
「ルイザは攻撃魔法、得意なの?」
と聞くイレーネ。
「得意、と言えば得意かな。故郷の島では荒くれ者も多かったから、みんなを守るためには必要だったし」
とルイザ。
「そんなんだ、私はさ、魔法使いって攻撃したりするのは違うって思ってて。
攻撃とか戦いっていうのは、戦士とか勇者がやればいいことで、もちろん魔法使いの勇者とか、戦士ってもいるけどね。
魔法使いは戦うんじゃなくて、みんなの役に立つ存在っていうのかな。そういうほうがいいなって思ってるの」
アデーレ王国の魔法使いたちはそんな存在だった。
強靭な国王軍の兵士は勇者と戦士がほとんどで、役割がはっきりと分けられていた。
「みんなの役に立つ、か」
ルイザがポツリと言った。
「魔法学校でそれもじっくり学んでみるよ。勉強することがどんどん増えていく、楽しみだ」
と嬉しそうなルイザ。
「そういえば、アデーレ王国にいる私のおばあちゃん。アデーレのお姫様のためにすごく頑張ってるんだって。これも役に立ってるっことだよね」
ルイザのこの言葉に、
「ほんとに、アゼリアには世話になってる」
と心の中で言うイレーネ。
その時、作物倉庫の小窓を覗いていた見張りが大声を上げた。
「竜巻が来るぞ」
入り口の木の扉がはガタガタ音をならしており、
外を強風が吹いているのがわかる。
イレーネ達も窓から外を見た。
遠くに大きな竜巻が見えた、そしてこちらに向かってきている。
「保安隊がなかなか来ないのは、あれが原因か」
と農場主のエスティバン。
「盗賊団に気候を操る呪術師がいたようだ。金も作物も取れないなら竜巻で吹き飛ばすのか。
やけっぱちだなあ」
エスティバンがそう言っている間にも、風はどんどん強くなり、地響きが聞こえてくるようになった。
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