勇者と聖剣「シュバ」
イレーネ、ハンスと合流。盗賊団から逃げられるのか。
ルイザと共に、農場のとある建物に逃げ込んだイレーネ。
農場の敷地は広く、その所々に事務所、管理棟、資材置き場などの建物が点在している。
入り口からほどなく行ったところには、右手にイレーネたち働き手のための宿舎、
その逆側に、農場主に住んでいる人々、農場主とその家族や、家族ぐるみで住み込みで働いている従業員など、の住居棟があった。
イレーネたちがいるのは、住居棟とつながっている、離れのようだ。
ここには子供たちのための遊戯室がある。
その遊戯室を出た隣の部屋で、ハンスが農場主の子供たちと共に盗賊団に囲まれていた。
ハンスの手には、故郷バロウ村の自分の家から持ってきた、ロイヤルの称号を与えられた聖剣「シュバ」が握られていた。
勇者がロイヤルクラスの聖剣を持てばほぼ敵なしだ。勇者の力と聖剣の力が、相重なりその効果は絶大だ。
何百という敵勢を一人で蹴散らすツワモノもいると聞く。
しかし、それは剣を持つ勇者が、勇者としての才覚を持ち合わせている場合に限られる。
今、この場で最大に危機に陥っている、ハンス。
彼が勇者として、この聖剣「シュバ」を扱える気配は全く感じられなかった。
それでも、剣を窃盗団の悪党どもに突き立てながら、子供たちを自分の後ろに隠す。
そして、なんとかこの場から逃げ切ろうと周囲をうかがっていた。
窃盗団からしても、ハンスが構えているこの剣がただものではない、そうい事は感じていた。
何とも言えない威圧感、剣は自ら怪しく光を放っている。
剣を構えたまま、動こうとしないハンスを見たイレーネ。
「ねえ、あれはなんで固まってるの?」
とルイザに聞いた。
「あれって、あの人のこと?」
ルイザが聞き返す。
そんなやり取りの間にも、盗賊団はじわりじわりとハンスたちとの間合いを詰めている。
もしも、子供たちが盗賊団に囚われれば人質にされることは間違いなかった。
ようやく、イレーネが居合わせていることに気付いたハンス、
イレーネをすがるような眼で見ながら、
「イレーネ、どうすればいいんですか?」
と聞いた。
「どうするって、その剣で戦うしかないでしょう。勇者らしく」
とイレーネ。
「え、あの人、勇者なの?」
ルイザが驚きの声を上げた。
ルイザの目にはいつも農場で土いじりをしている人に見えていた。
農作業の専門家なのだ、そう思っていた。
「よお、兄ちゃんよ、やっと加勢が来たと思ったら、嬢ちゃんふたりか。
そろそろ、本気を出させてもらうぜ」
盗賊団の一人がそう言うと、取り囲んでいるほかの輩も、剣を構えなおした。
切り込まれる。
そう思ったとき、
「とっあーっ!!」
雄たけびを発して、ハンスが盗賊団の方にむかい、剣を向けた。
「とぅりゃーーーああ!!」
そして一歩を踏み出そうとした、その時。
ドスン
と大きな音がして、ハンスがその場に転がっている姿が見えた。
床にうずくまり、足をさすっているハンス。
その様子に、盗賊団が一気にハンスたちをめがけて突進してくるのが見えた。
「もう、何やってんの」
イレーネがそう言うと、ハンスの落とした聖剣「シュバ」を素早く拾い、そして構えた。
それから、イレーネはシュバを操り、盗賊団の輩をどんどんと倒していく。
剣を振るその姿は、とても手馴れている。
「なんだ、こいつ、剣士か?女勇者か?」
盗賊団の一人がそう言いながら、他の輩を連れてその場から退散していった。
「わーお姉ちゃん、かっこいい」
そう言いながらイレーネに飛びついてきたのは、農場主の息子、ルシアンだった。
「ねえ、やっぱり僕と結婚してあげてもいいよ」
ルシアンが続ける。
「あんた、こんな時にバカなの?まずは逃げないと」
とルシアンの姉、アンヌが苛立った様子で言った。
「イレーネ、すごいじゃないですか。剣の訓練などしていたのですか?」
と床に倒れこんだままのハンスが言う。
「あのさ、ハンス、なんでそこで倒れてるの?聖剣を振るうのはあんたの役目でしょ」
とイレーネ。
「いや、剣を構えてたまま身体、ばしばしに緊張していたら、足がしびれていたようで急に動かしたら
足が絡まっちゃいました」
とハンスが笑う。
「笑ってる場合じゃない、ハンス、この子たちも危ない目に合わせたんだよ」
とイレーネは怒った表情で言う。
「ハンスだけなら転んでいようが倒れていいようが構わないけど、この子たちを連れていて
それは無責任だよ」
とイレーネは続ける。
確かに、あの場でハンスがあのまま倒れていてイレーネ達もいなければ、ルシアンとアンヌは盗賊団にさらわれていた。
「あの、ごめんなさい」
とハンスが神妙に言った。
そのやり取りを聞いていたルイザが、
「あの、イレーネとハンスを夏の国に飛ばせって」
とポツリと言った。
「夏の国へ、誰がそんなこと言ってるの?」
驚いたイレーネが聞く。
「アゼリアお祖母ちゃん」
ルイザにはアデーレ王国で寝たきり状態の、祖母、アゼリアの言葉が聞こえていた。
「イレーネとハンスを夏の国に送れ」と。
しばし、顔を見合わすハンスとイレーネ。
「だめだよ、ルイザ。私たちは夏の国には自力で行くから。ルイザの魔法に頼らなくても大丈夫。
それに、ここで私たちが飛ばされちゃったらこの子たちはどうするの?強力な魔法を使ったらルイザも無事で済む保証はないんだよ」
とイレーネがルイザに言う。
「まずは、この子たちを親の元まで連れていく、これが先決。
ルイザもむやみに魔法を使ったらだめだよ。まだ認定魔法使いではないんだから」
そう言うと、イレーネはアンヌとルシアンを促し、農場主がいるであろう住居棟に向かった。
ハンスとルイザも一緒だ。
「イレーネ、いい判断です」
とハンスが言ったが、
「そもそもあんたが、まともに剣を持って戦っていればよかったのに。
あの姿は何なの?情けない。やっぱ、あんたってポンコツだわ」
イレーネは毒舌を吐く。
「そこまで言わなくてもいいじゃん。この人、争いが嫌いなんだよ。
そんな勇者もいたっていいじゃん」
とルイザ。
「お姉ちゃんは女勇者だね」
ルシアンはイレーネと手をつないで歩いていた。反対側の手はアンヌが握っている。
イレーネが子供たちと手をつないで歩くなんて。
今までだったら考えられないことだ。
しかし、今はなんだかうれしかった。
この子たちに頼りにされている、そんな感じがしていた。
「お姉ちゃん、剣強いんだね、まるで女勇者フローレンスみたいだったよ」
とアンヌ。
「フローレンスを知っているの?」
とハンスが聞いた。
「私の憧れなんだ、勇者フローレンス。世界に数人しかいない女勇者。アデーレ王国のフローレンス。
春の国でも有名だよ」
勇者ロードレース大会開催前日に、王都アンデールで会ったフローレンス。
「そんなに有名なんだ、出世したもんだ」
とハンスは自分に言い聞かせるように言った。
「この子は勇者になれるのかしら」
「血筋だけは申し分ないのだが、なんせ臆病で」
ハンスは小さなころ、誰かがそんな会話をしていたのを聞いていたのを思い出した。
またある時は小さなハンスが、剣を構え、剣の稽古をしている。
まったくもって、なっていない。
自分でも、嫌でたまらない時間だった。
そんなハンスを、困ったように見つめたいる女性がいた。
ぼやけていたその姿が、なぜか急にはっきり鮮明とした。
あれは、女勇者フローレンスだった。
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