襲撃
春が終わるころ、農場は狙われやすいようです。
イレーネ達は無事に逃げられるのか。
荒々しく、ドアをけ破りイレーネたちの部屋に入ってきた数人の男。
一人は、ジョセフィンの首をつかんでいる、
他の奴らも、手には剣を持ち武装しているようだ。
「金をだしてもらおう、それから」
リーダー格の男が、そう言いながらイレーネたちを見る。それぞれじっくりと。
「お前とお前はこっち、お前らはあっちだ」
そう言い、ビオレーヌとジョセフィン、イレーネとルイザとにより分けた。
「お金、渡せば何もしないで帰ってくれるの?」
ビオレーヌが男に聞く。
「それは、金額しだいだ。手荒なことはするなと言われているし、何より俺たちは紳士だ。
まあ、お前たちはボスへの手土産、そこのガキどもは奴隷として売り払う、ってところだ」
ようやくジョセフィンを離した男が答えた。
「なんで私がガキなのよ。ジョセフィンとは同い年よ」
とガキと指を差されたイレーネがぼやく。
「じゃあ、これ持っていきなさいよ」
と、ビオレーヌがもらったばかりのここでの給金をすべて男に差し出した。
「これで足りないなら、連れて行くのは私だけにして」
と付け加えた。
「ふざけてんのか、お前。一人分の給金渡して見逃せだと?」
と男が苛立ったように言う。
ビオレーヌのほかに、すでに給金を受け取っているのはルイザだけだ。
しかし、この金を差し出すと、ルイザの魔法学校への入学が出来なくなる。
「あいつ、魔法使いだよ、下手したらすぐに私たちを飛ばしちゃうとおもう。
とても能力が高い奴だ」
とルイザが男を見ながら小声で言った。
ルイザはそのまま自分の給金を男に差し出そうと、一歩前に進もうとした瞬間、
イレーネが、
「これはどう、これなら申し分ないでしょう」
と、質素な布袋、ここに来る前にハンスが買ったあの袋を取り出した。
中に入っているのは、女神の元からここに飛ばされた時に持っていた、「イレーネ王女」のバッグだ。
小さいながら、豪華で見るからに高級品とわかるバッグ、それをそのまま男に渡した。
「なんだ、これは」
そう言いながら、バッグの中身を漁る男。横から数人の男たちもの覗き込んだ。
すると、そのうちの一人が、さきほど、ルイザが魔法使いだ、と言った男だ。
「これをどこで手に入れた?」
とイレーネに迫った。
他の男が、怪訝そうに、
「おい、これはすごい。これを金に換えればこの農場を襲うよりも大金になるぞ」
と言ったが、
「これは、世界王室の認定品だ。王族、王直系の者しか持てない品だ。
こんなもの売り払おうものなら、すぐに足が付く。世界どこにいても追われる身になる。
そんな品を、なぜおまえが持っている」
と男が続けて言った。
その男はほかの輩とは少し身なりが違っていた。
荒くれ者の風貌だが、勇者のマントをまとっている。
持っている剣も、勇者の持つ品だ。
魔法使いであり、勇者でもあるようだ。
男の追求にイレーネは返答に苦慮していた。
「なによ、ハンスのやつ、このバッグ見られたら盗られるかもとか気軽に言っちゃって。
装飾品、売って資金にしようと思ってたのに簡単には売れないんじゃん」
「あの、それは」
と口ごもるイレーネ。
「こいつは人質にする、他の女たちは全員、奴隷だ」
イレーネを指さしその魔法使い兼勇者がそういうと、にわかに周囲の空気が変わり始めた。
魔法が使われる、飛ばされる魔法だ。
そこで、ルイザが魔法を阻止するために、自分でも魔力を集め始めた。
男の魔力と、ルイザの魔力がまさにぶつかろうとしたその時、
け破られ、開け放たれたドアの方から、人が飛び込んでくるのが見えた。
飛び込んできたのは小柄な男だった。
両手に剣を持ち、部屋にいる盗賊の輩たちを次々と倒していく。
劣勢を感じたのか、リーダー格の男と魔法使い兼勇者が
「仕方ない、引くぞ」
そう言い、まだ何とか動ける数人を従えて、部屋を出て行った。
「みんな無事かな、レディたち」
小柄な男がそう言うと、
「ジャン!」
とビオレーヌがその男に駆け寄り、抱き着いた。
「やあ、愛しのわが妻ビオレーヌ、無事で何よりだ。来るのが遅くなってすまない。
盗賊団が農場に火を放ちやがった。消火に手間取っていた」
ジャンと呼ばれた男性がビオレーヌの髪を撫でながらそう言った。
「でも来てくれたじゃない。わかっていたけど」
とビオレーヌ。
「ねえ、イチャイチャするのはいいんだけど、私たちこれからどうすればいいの?」
ジョセフィンがジャンとビオレーヌに言う。
ジャンとビオレーヌはようやく離れ、
「すぐにでもここを立ち去り、農場主の館に行きましょう。
あそこには保安室がある、そこならある程度の襲撃には耐えられる。
もうすぐ、保安隊がやってくるからそれまでの辛抱ですよ。
ここには、もう戻れないかもしれないから、必要な荷物を早急にまとめて」
ジャンにそう言われて、慌てて荷造りをするルイザたち。
イレーネはというと、ここから持ち帰りたい物といえば、先日、街で買ったお揃いの髪飾りくらいだ。
両手に荷物を持った3人と、髪飾りだけを付け手ぶらのイレーネ。
ジャンの先導で様子を見ながら部屋を出る。周囲は火災が消火されたばかりで煙があがっているとことがいたるところにあった。
そして、農作物は荒らされ、皆で育てた苗は踏みつけられていた。
「ひどい。これじゃ、枯れちゃう」
その様子を見て、ジョセフィンが嘆くように言う。
イレーネ達の宿舎から農場主の館までは少し距離がある。
ジャンが皆を守りながら進むが、盗賊団があちこちから襲い掛かってくる。
農場の防犯システムが、地域の保安局に緊急コールをしているので、
保安隊がこちらに向かっているはずだ。
時間がないのを盗賊団も知っているようだ。
むやみやたらに襲撃をしかけてくる盗賊団。まるでやけくそになっているようだ。
そんな輩をジャンはものともせずに蹴散らしていく。
「旦那さん、かっこいいね」
ジャンに守られながら、ジョセフィンがビオレーヌに言う。
「もちろんよ、私の夫だもの」
とビオレーヌも誇らしげだ。
「ここ、乗り切ったら馴れ初めでも教えてよね」
とルイザがおしゃまなことを言った。
「私の夫か、馴れ初め、か」
イレーネは自分の「結婚」について思った。
自分の結婚にイレーネの意思はこれっぽっちも関係なかった。
決められた相手と、決められたとおりに「結婚」するだけ。
王族たるもの、それが普通だと思っていた。自分は次期女王なのだから。
それにしても、ハンスは何をしているのだろう。
ここでのハンスは従兄ということになってはいるが、ハンスはれっきとした
イレーネの「夫」となるはずの人物だ。
「なんで、助けに来ないのよ」
イレーネは苛立ちながら思った。
そうこうしている間に、どうやらジャン達とはぐれてしまったようだ。
周囲には誰もいなくなっていた。
しかし、盗賊団の襲撃は断続的に続いている。
なんとか襲撃を交わしながら、逃げているイレーネの腕を誰かがつかんだ。
そして、近くにあった建物に連れて行った。
「もう、一人で何してんのよ」
腕をつかんでいたのはルイザだった。
「なに、ルイザもはぐれたの?」
そういうイレーネに、
「あなたのこと探してたんじゃない。まったく一人でどこに行くのよ」
とあきれたように言われた。
「ごめん」
ルイザに謝るイレーネ、かつてのイレーネ王女からは想像もできない。
シャロンが見ていたらたいそう驚いたことだろう。
「ここでうまく隠れてられるといいんだけど」
とルイザ。
二人で、隠れられそうな場所をさがして、建物の中を進んだ。
すると奥の方から、物音と人の声が聞こえた。あまり友好的ではない会話だ。
思わず、そこから立ち去ろうとするルイザに対し、イレーネは声のする方に向かった。
しかたなく、イレーネに付いていくルイザ。
声がだんだんと大きくなった。
イレーネも駆け足になる。
声の主が、ハンスだと分かったからだ。
壁を越えた時、窃盗団に取り囲まれながら剣を構えているハンスの姿があった。
その傍に子供が二人、農場主の子供たち、イレーネをからかったルシアンとその姉だ。
おびえながら、ハンスにしがみついている。
子供たちを自分の後ろに隠してはいるものの、構えている剣がガタガタ震えている。
ハンスは立ち尽くしたまま、何もできずにただ震えていた。
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