イレーネの死
イレーネが死んでしまう?
王宮内の医務室、と言っても王族の身が使うことを許される特別室。
その扉の前には中の様子を、少しでも知ろうとする側近が詰めかけていた。
医務室の中では大勢の医師や祈祷師そして魔法使いが、真ん中のベッドに寝かされているイレーネを取り囲んでいた。
皆、難しい顔をして慌ただしく動き回っている。
「王女の容体は?」
王と王妃もイレーネの側にやってきた。
「イレーネ、母のためにこんなことに」
とソフィア妃が手を握り涙する。
「王女様は深い眠りに落ちておられる。意識が戻る気配すらない」
と医師が伝えた。
傷ついたハンスにシャロンンの残した「回復魔法」を使った。
心配されたイレーネの身体へのダメージは現れなかった、そかし。
心を傷つけられた母ソフィアをなんとか助けたくて、わずかに残っていた「回復魔法」を母にかけた。
それだけのことだったのに。
イレーネはそのまま昏睡状態へと陥ったのだ。
「ねえイレーネ、なんであんな無茶をしたの?」
深い眠りの中で、イレーネはシャロンと話をしている。
「無茶?そんなことしたの?私」
「そうだよ、私が残しておいた魔法、あれ使っちゃったでしょ。
ダメだよって言ったのに」
「そんなこと言ったっけ?最後の手段だよってのは聞いた気がするけど。
だからこんなに疲れてるのかな。もうクタクタ。でもねすごくすがすがしい気分でもあるの。
何かをやり遂げた気がする」
「でもさ、このままじゃイレーネ、きみが
まったく、ハンスに釘さしておいたのに、見張っといてねって」
「ハンス?ハンスって誰?」
「王女の呼吸が」
「王女、しっかり」
「イレーネ様」
慌ただしさを増す病室。
そして。
「ただいま、イレーネ王女の鼓動が止まりました。
魔法使いの施術により48時間はこのままの状態を維持できます。
その間に、内外へのご手配を」
医師団の団長がうなだれながら、国王にこう報告した。
「そうであったか。皆、ご苦労であった」
王が力なく言う。
周囲の配慮で、病室には動かないイレーネと父、そして母だけだ。
母がイレーネの手を握り泣き崩れた。
そして父もイレーネの頬を撫で、そして嗚咽が漏れる。
しかし、王も王妃もいつもでもこうしはいられない。
王位継承権第一位の姫が死んだのだ。
しきたりに従い、やることが山のようにある。
王がソフィア妃を抱きかかえるように立ち上がろうとした、
その時、
バタン、と病室の窓が勢いよく開いた。
そして、飛び込んできたのは。
「あれ、私、部屋間違えてないよね?」
そう言いながら部屋に立っていたのは、女神テイアだった。
テイアは憔悴した王と王妃に向かって
「王陛下、そしてお妃さま、先ほどもお会いいたしましたが、わたくし女神テイアと申します。
まあ、こんなことになってるんじゃないかと心配になりまして、アフロディーテの目を盗んで、
わたくし、引き返してきたわけです」
とテイア。
「残念だが遅かったようだ。イレーネは」
王がうなだれながら、ベッドに横たわるイレーネを見つめながら言った。
「いやいや、私は女神。それにイレーネは子供たちの恩人」
そう言いながら、見たこともないほどのまばゆい光を、イレーネに向けてはなった。
光は輝きながら、イレーネを覆いつくす。
イレーネは光に包まれ、そしてその光は優しく慈愛に満ちた輝きを放っていた。
王と王妃の目に希望の色が浮かんでいる。
「イレーネ」
と呼びかけるが、イレーネは横たわったままだ。
「あれ?おかしいなあ。そろそろ目覚めてもいいんだけど、どうしたんだろ」
とテイアが不思議そうにイレーネを覗き込んだ。
「ねえ、ハンスって?」
深い眠りの中でイレーネはシャロンに尋ねていた。
ハンス、さっきからシャロンが言うこの名前。
誰なんだろう。
「ねえ、忘れちゃったの?イレーネ」
シャロンがあきれたように言う。
「忘れたとかじゃなくて知らないよそんな人」
とイレーネ。
夢の中のイレーネ、ハンスという名にまったく覚えがないのだった。
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