「最後のちから」と問われる決意
ハンスは復活の復活は?女神の判断は?
「やばい、やばい、やばい」
イレーネが心の中で叫んでいた。
ハンスのシャロンの残してくれた「置き土産」を使ってほどなく、
イレーネの鼓動は高鳴り、息も上がり、そして周囲が白くなっている。
意識が遠のく、そう、その直前だ。
「どうすればいい?」
今までにも、こんなことがあった。
王宮のバルコニーに立ち、そこから国民への挨拶する。
いつだったかの新年だ。
父である国王に呼ばれ、バルコニーセンターの王の隣に並んだ。
広大な王宮間の広場を埋め尽くす群衆。
イレーネが手を振ると、地鳴りのような歓声が響いた。
あまりの熱気に圧倒され、思わず頭がくらくらしたことがあった。
思わず足元がふらつき、侍女が慌てて駆け寄った。
そんな時、
「イレーネ、うろたえるな。お前は女王になる者だ。
国民の前では常に気高く毅然としていなければならない。具体が悪かろうが、そんな事は微塵も感じさせてはならない」
と国王がイレーネを見ることもなく言ったのだ。
「姫様、そんなときはゆっくりと深呼吸を」
と側に控える、教育係のミセスフランチェスカがささやいた。
「そうだよ、深呼吸」
静かに息を深く吸い、そしてスーっとはいた。
何度か繰り返すうちに、真っ白になっていた視界がだんだんと戻っていた。
「ハンス?」
すぐにハンスの様子を確認するイレーネ、
ハンスは未だ霧に包まれている。
シャロンの魔法だ。
「王女、ハンスの事はわたくしが」
と魔法使いアゼリアが言った。
「あの、ハンスは?元に戻るの?」
とイレーネ。
「大丈夫ですよ。シャロンの残した回復の魔法ですね。しばらく時間はかかりますが元通りになります。王女こそ何ともないのですか?」
とアゼリア。
アゼリアはシャロンの残したこの「置き土産」の威力はイレーネの身に少なからずダメージを与えると思っていたのだ。
「これはどういうことだろうか、説明してもらいたいものだ」
そこで女神アフロディーテが言った。
王位継承者がこのように大きな魔法を使う、これはご法度だ。
支配者は魔法などに頼ることがあってはならない。
それをイレーネは破ってしまった、女神の目前で。
「でもこれはイレーネ自身の魔法ではありませんし」
と同行してきた女神テイアがとりなすように言った。
「イレーネとハンスは子供たちの恩人です、そんな二人なら素晴らしい女王とその夫になるでしょう。
どうかここは穏便に」
と続けるテイア。
そこに母、ソフィア妃が
「女神アフロディーテ、そうかご配慮を。もとはと魔女メディアの呪いのせい。それを阻止できなかったわたくしが悪いのです」
とイレーネの元に駆け寄り言った。
「ねえ、アフロディーテ、あなただってイレーネを女王にしたいんでしょ?ハンスの事だってお気に入りじゃない、なんとかお願いだよ」
とテイア。
「どうか、イレーネにお咎めなどなきように」
か細い声がした、ハンスだ。
身体はまだ霧に包まれているが、しっかりと目を開け、よろめきながらもひざまずき、アフロディーテに懇願した。
「もう目を覚ましたのか。お前も大した体力だ」
とアフロディーテ。
「では改めて聞こう、イレーネ、お前はこのハンスと共にこの国の女王となる決意はゆるぎないか?」
とアフロディーテがイレーネに向かい言う。
「もちろんよ」
即答するイレーネ。
「ハンス、お前はどうなのだ?」
今度はハンスに尋ねるアフロディーテ。
ハンスが答えるより早く、イレーネがハンスの口をふさいだ、自分の口で。
ハンスも避けることなく、イレーネを受け入れていた。
「これが答えか」
延々とキスを続けている二人を見ながらアフロディーテが言った。
「まあ、あの回復魔法はみなかったことにするか」
とも。
皆の前でキスを交わす二人、そしてイレーネがまだ回復途中のハンスの手を取り、
自分の胸に当てた。
「ハンス、触っていいわよ、私のおっぱいに」
とイレーネ。
「イレーネよ、父の前でそんな姿を見せるのか」
と国王が目のやり場に困りながら言った。
「イレーネ?何をしているの?」
とハンスが驚いたように言う、そしてイレーネの胸の上の自分の手を慌て引っ込めた。
「なんで?だって触りたかったんでしょ?」
とイレーネ。
「僕が触りたかったのは、貴女のおでこですよ」
とハンスが言う。
「おでこ?」
イレーネのおでこ、昔から「デコッピン」と言われるほど広くてつるつるしていた。
ハンスはイレーネが髪を結い上げた時のそのおでこに惹かれていたのだ。
「そのデコか」
と皆が驚き、笑った。
「では我々は聖地にもどるとしよう。いつまでも留守に出来ないからな」
そう言うと、女神アフロディーテとテイアは戻って行った。
魔女メディアの処遇は、とりあえずアデーレ王国、クレメンタイン城の地下に幽閉するということになった。
大魔法使いアドロポスの希望が叶えられたのだ。
「ハンスはまだ治療が必要ですね、回復魔法の途中ですから」
アゼリアに言われて、ハンスはそのまま王宮内の医務室へ運ばれていった。
女勇者フローレンスも付き添う、
「おい、こんなに早く目を覚まして、麻酔が切れたのとおなじだ」
と声をかけながら。
「大丈夫ですよ」
そう言うハンスの額にはすでに脂汗がにじんでいた。
思わずイレーネも後を追おうとしたが、フローレンスの
「姫はも少し後でご面会を。ハンスものたうち回っている姿を見られたくはないでしょう」
と言う言葉でその場にとどまった。
王が側近から城内の状況の報告を受けている、
執務室の外がにわかに慌ただしい。
ハンスを見送り、王の顔に戻った父を見つめるイレーネ、
「これで前に進める」
安堵と少しの寂しさ、そしてこれからへの希望にあふれるイレーネ。
四季の国への旅が、走馬灯のように脳裏をめぐる。
何とも言えない充実感に浸るイレーネだった。
その時、
「王妃様」
侍女の声が響く。
見ると、母ソフィア妃が床にうずくまっていた。
母に駆け寄るイレーネ。
母は顔を真っ青にして倒れこんでいた。
侍女は医務室に医師を呼びに走って行った。
母を抱き抱えるイレーネ。母ソフィアは
「ああ、イレーネ、私は悪い母でしたね。貴女に母親らしいことを何もしていない。
それどころか、王位継承者はロベルトになればいい、とさえ思っていたのですよ。
貴女がこんなに立派になっているというのに」
と弱弱しく言う。
その顔は苦渋に満ちていた。
「お母様、そんなことお気になさらないで、お母様の立場なら致し方なかったことじゃない」
とイレーネが言うが、ソフィアは首を振る。
「私は貴女の母にふさわしくない。王妃としてもどうだか」
母、ソフィアも程度の差はあるものの魔女メディアの呪縛を受けていた。
それがメディアの消滅で解放された。
イレーネと違うのは、自分の力で打ち破ったのではないというところだ。
ソフィア妃は元々デリケートで繊細な神経の持ち主だ。
この状況に対応できないのだろう。
「お母様、もうしっかりしてよ」
母ソフィアを励ますイレーネ、しかし。
「仕方ないな」
そう言うとイレーネが母にそっとキスをした。
「まだ残ってるのよ、これがほんとに最後の力」
そう言いながら。
イレーネはわずかに残る、シャロンの置き土産のを母ソフィアに受け渡した。
すると、イレーネの身体にも変化が現れる。
心臓が激しく鼓動を始めた。息もどんどんと荒くなる。
ついさっきハンスにシャロンの魔法を使った時よりも、大きなダメージだ。
「私、どうしちゃったんだろう」
すでに周囲は真っ白で何も見えない。
そのままイレーネの意識は完全に遠のいていった。
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