大魔法使いアドロポス
城の中をなにか大きな鐘でも鳴らすような音が響き渡った。
そして細かな地響き。
「あれは、大魔法使いアドロポス」
と国王が言う。
それを聞いた魔女メディアの表情が曇る。
「アドロポスのやつめ、ここにいたのか、雲隠れしたと思っておれば」
と言いながら。
イレーネとメディアが戦っているこの王の執務室に霧が立ち込め、その霧がだんだんと人の形になっていった。
そして、大柄な体格の良い男の姿が現れた。
長いあごひげ、そして長い白髪。
手には重厚な杖を持っている。
「おお、アデーレの姫君よ、大きくなったものだ」
その男はイレーネを見て言った。
「え?だれ?あなたは地下牢の重罪人じゃないの?」
とイレーネ。
かつて城内を探検したときに、たどり着いた地下深くにある牢屋にいれられていた男だ。
その男は重罪人だを教えられたのだ。
「ここでこやつと戦っている、すっかり立派な王女殿だ。
改めて挨拶をしよう。
わしはアドロポス、大魔法使いと呼ばれている」
とその男、大魔法使いアドロポスが言った。
「え?どういうこと?重罪人さんだとばかり思っていた」
とイレーネ。
「ああ、小さかったお前さんはわしに、もう外には出られないだろうからと、城外の世界の話をしてくれたものだ。それから一人ぼっちは寂しかろうと、おままごとをしてくれたな。自分の特注品のままごとセットを持ち込んで飯をつくってわしに振舞ってくれた。
だが、おまえさんもいつも一人の食卓だったんだな、用意した食事がテーブルに一人分だけだった」
アドロポスが懐かしそうに言う。
イレーネは地下深くの牢にいたこの「重罪人」のことがとても気に入り、何度かこっそりと訪れていた。
そのたび、お菓子のおすそ分けをしたり、おもちゃを持参してりしていたのだ。
その何度目かに牢の門番に見つかってしまい、こってりと怒られた。
「あ奴は危険な罪人です。二度と近寄ってはなりません」
そうきつく言い渡された。
それ以来、イレーネが地下牢を訪ねることはなかった。
「あの小さかった姫が、自分で呪縛を解いたか」
とアドロポス。
アドロポスにはイレーネが魔女メディアにより呪いをかけられていること、そしてそれはいつか自分自身で打ち破ること、それが分かっていたのだ。
そして今、魔女メディアと互角に戦っている。
「イレーネよ、こ奴との戦いはお前のものだ。わしが手助けするわけにはいかない。
だが、城の事は任せておけ。お前はただ間の前のこ奴の事だけを考えろ」
そう言うと、アドロポスは再び、杖を力強く床に突き立てた。
ゴーーン、と重厚な音が響き渡る。
「国王よ、わしは幽閉されていたわけではないぞ、わしは自分の意思であの地下牢に引きこもっているのだ」
アドロポスが王に向かいこう言うと、その姿が再び霧に変わり始めた。
そして、その霧は部屋から外に向けて飛ぶようにいなくなっていた。
アドロポスの後ろ姿を見つめる魔女メディア、その姿が表情がなんとも切なそうにイレーネには映った。
そして、その目が潤んでいる。
「メディア?」
とイレーネ。
しかし、振り返ったメディアにもうそんなおぼろげな様子はない、
今までより険しい形相でイレーネの前に立ちはだかっている。
アドロポスが去ったと同時に、魔女メディアの拘束から逃れた国王や魔法使いアゼリア、そしてフローレンスたち。
城を守るためにアゼリアやフローレンスは執務室を出て行った。
残されたのは、国王とソフィア妃、そしてハンス。
イレーネと魔女メディアは相変わらずにらみ合ったままだ。
「アドロポスの奴め、引きこもりだなんてふざけるな。
あいつの魔力は未だに強大なようだ。城の制圧はたやすくないな」
とメディアがつぶやくように言う。
「すごい援軍でしょ。驚いた?」
とイレーネ、
「その存在も知らなかったくせに」
メディアがそう言いながら、魔力の力を増した。
アドロポスが城の防御にあたる、その力は強大だ。
このままでは城を簡単には落とせない。
これ以上、イレーネとの戦いを長引かせるのは得策ではない。
「さあ、イレーネ。お遊びは終わりだ」
そう言うと、今までとは比べ物にならないスピードと力量でイレーネに攻撃をしかけてきた。
応戦一方のイレーネ、推されて壁に際に追いやられる。
そのつど、なんとか逃れ、また剣をかまえる、
そんな状態がしばらく続いてた。
しかしイレーネにはメディアの攻撃が今までとは違うことを感じていた。
今までとは違い、
「寂しそうで、辛そう」
なのだ。
そして、いら立ちがうかがえる
「ねえ、メディア、アドロポスが来てから、あなた変よ」
とイレーネ。
その言葉に返事はせず、増々いらだちを露にする。
「やっぱり、むかしのしがらみってアドロポスが絡んでいるの?」
イレーネの言葉にメディアの顔が赤みを帯びた。
「メディア、アドロポスってかつての恋人とか?」
とイレーネ。
「お前は、忘れた記憶を呼び覚ましよって。終わった話だ。いまさら」
そう言いながらもその表情は寂しげだ。
その様子に「魔女」のイメージはない。はかない女性の姿だ。
「メディアにもそんなことがあったのね」
とイレーネが声を弾ませた。
その時だった、
イレーネの身体が強い力で壁にたたきつけられる
そしてそのまま、魔女メディアの魔力により、無数のナイフがイレーネの服を貫き、壁に刺さっていた。
身動きの取れないイレーネ。
「油断したな。多少の色恋沙汰でうろたえると思ったか。おまえとは生きている時間が違うのだ。人生経験の差だ、おセンチな恋バナで隙ができるとでも思ったか」
そう言いながら、大きな魔力をイレーネに向けてはなとうとした。




