母と娘、父と娘
イレーネは魔女メディアと戦うことになるのか。
聖剣、フリージアを抜き、魔女メディア顔面直前に剣先を向けるイレーネ。
「ほう、一騎打ちか。いいだろう」
とメディアが応戦の意思を見せる。
イレーネのフリージアによる攻撃に対し、魔女メディアは魔力により攻撃をしてくる。
魔法で作り出された小さな剣が、四方八方からイレーネを狙っている。
それをフリージアがすべて叩き落す。
イレーネが剣の扱いがうまいとはいえ、剣士でもなければ勇者でもない。
そして何より、魔力との勝負では完全に分が悪い。
「イレーネ、無茶なことを」
とアデーレ国王が口を出した。
「お前が死ぬような事があれば、この国の世継ぎはどうする、それ覚悟の上での勝負かい?」
とメディア。
イレーネはメディアが弟ロベルトの存在を知っているかわかりかねていた。
自分からは言えない、
「私が死んでも、弟がいる」
とは。
そもそも、私、メディアに勝てるのだろうか、勢いで剣を抜いちゃったけど。
「私、強くないし、」
「私、戦士じゃないし」
イレーネはメディアの攻撃を避けながら迷っていた。
「私、なんでメディアと戦おうとしてるんだろう。」
魔女メディアを倒せば、アデーレへのこの侵攻は食い止められる。
しかし、それを自分がやる必要があるのだろうか。
魔法使いアゼリアや。宮廷魔法使い、王直属の軍隊、そんな戦闘に特化した者たちがやればいい。
それなのに、
「魔女メディアが許せない」
その気持ちだけで剣を構えた。
先ほど、メディアが自分の出生の秘密を暴露した際の母の姿。
倒れこむ母、ソフィア妃の絶望的な顔。
それを見たイレーネはメディアへの憎悪が抑えられなくなっていた。
それなのに、迷っている。
「ふん、気持ちが揺らいでいるね」
メディアはそんなイレーネを心を見逃さない。
「どうせお前の気持ちなんぞ、自己満足の塊でしかない」
「ちがう、私はあなたを許さない、お母様を苦しめてきたあなたを」
とイレーネが叫ぶ。
四季の国連邦を旅していく過程で、イレーネは自分の誕生に魔女メディアとの誓約があったことに気付いていた。
その証が自分の背中のアザだ。
かつて、母ソフィアがイレーネの着替えを見守っていた時、背中のアザが露に見えたことがあった。
その時も、苦渋に満ちた顔をして、その場から立ち去っていた。
「それが自己満足だというのだ。お前は母親のために私を倒す、そんな自分に酔っているだけだ。
そもそも、あのソフィアに母親らしいことをしてもらったことがあるのか?」
メディアの言葉がイレーネの心に刺さる。
そう、母親?母って何?
「大好きなお母様」
そう呼んでいいのは取材記者のいるときだけ。
抱きしめてくれるのも、キスしてくれるのも。
怖い夢を見て夜中に飛び起きても、傍にいてくれることは一度もなかった。
いつも冷たい目で自分を見ていた。
ある時宮殿の窓から中庭を歩く母子の姿を見た。
何かで王宮に招かれたのだろう、楽しそうに手をつなぎほほ笑みながら顔を見合わせていた。
そんな姿を見て、
そう、私は羨ましかった。
羨ましくて、仕方なかったんだ。
「それでも、私は、お母様を苦しめるあんたを許せない」
とつぶやくように言うイレーネ。
「私、まだ、お母様に愛してもらってない。まだ間に合う、あんたを倒して、お母様を解放する、
それから、お母様に」
「おやおや、私を倒せはソフィアの愛を得られるとでも。
あのソフィアにもともと他人を愛する心なんてないんだよ、そう言う娘だった」
とメディア。
「ねえ、メディア、あなたこそ、何でもわかってるって思わない方がいいわ」
イレーネは母ソフィアが刺繍で綴った手紙の事を思い出していた。
それは生まれてくる自分への愛であふれていたから。
改めて聖剣、フリージアを魔女メディアに向けるイレーネ。
先ほどまでの迷いはもうない。
「待ちなさい、イレーネ」
そこに国王が割って入った。
「イレーネ、剣を降ろしなさい。メディアはお前がかなうような相手ではない」
そう言うと、国王の剣、「エグザム」を持ちメディアの前に立った。
「お父様?」
とイレーネ。
「イレーネ、お母様だけでなく、お前はわたしにも同じ思いを抱いているだろう。
わたしはお前を王位継承者としか見てこなかった、お前には父親らしいことは何ひとつしていないな。」
と国王は言う。
その通りだ。
その通りだけれど。
「私は次期女王、それは仕方のない事よ」
とイレーネ。
「ならばやはりこの魔女メディアは倒さなければならんな。
このわたしが。
イレーネよ、お前は父より早く死ぬことなど許さない」
と国王はイレーネの頬に手を当てて言った。
「ふうん、やっと父娘の会話ってやつができたのかい。
いい雰囲気の中悪いが、私は国王とも、イレーネとも戦いはしない」
そう言うとメディアは、身体から魔力を絞り出し、魔法を発動させる仕草を始めた。
そして
「さあ、勇者よ、そこにいる勇者ハンスよ、お前がその聖剣、シュバでイレーネ姫の胸を貫くがいい」
と高らかに叫んだ。
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