これから~2~
ハンスがイレーネに見せたかったものとは?
「わかってるわよ」
イレーネが心で言いながらうなずいた。
ジャン・ジールの
「魔女メディアに気をつけろ」
と言うその言葉にだ。
魔女メディアが自分とアデーレの今後に関わってくる、そんな予感はずっと前からしていた。
自分の「結婚相手」が魔女メディアの予言により、勇者から選別すると決まっていると知った時からだろうか。
「イレーネ?」
その声に我に返り、振り向くとそこには寝ていたはずのアンがいた。
「イレーネ、どこに行ってたの?一緒に氷のごはん食べようねって言ってたのに」
とアンが不満げに言う。
アンの記憶も、食事のためにここに入ってきた、そこでしばらく停止したらしい。
気が付いた時には、イレーネの姿がないことにとてもご立腹だったのだ。
寝起きのアンを研修生の一人が連れ出した。
「お顔くらい洗わないとね」
そう言いながら手洗いへ行った。
「みんな無事だ、よかった。もうしばらくすれば我々は拠点にもどるが、きみたちはどうするんだ?」
とジャン・ジール。
「私たちは」
イレーネは口ごもる。
この先、進むのは女神の待つ地だ。
しかしそれを言うべきなのか。
「僕たちも、近いうちにここを離れます。冬が終わってしまう前に」
と代わりにハンスが言う。
「その前に、どうしてもイレーネに見せたいものがあって」
ハンスが続けた。
「じゃあ、行ってくるといい。我々はまだしばらくここにいるから」
そジャン・ジールが言ったところに、アンが戻ってきた。
「ねえ、イレーネ、どこかに行くの?」
とアンが言う。
「すぐに戻ってくるよ」
とジャン・ジールは言うが、アンが納得しない様子だ。
「いやだよ、またいなくなっちゃいそうだし。一緒に行きたい」
とアン。
「じゃあ、アンも一緒に行こう」
とハンスが言った。
氷のレストランを出て歩き出したイレーネとハンス、そしてアンとジャン・ジール。
アンが行くならとジャン・ジールが付き添うことになったのだ。
「行先は、あそこですよ」
祖指さすハンス。
そこは、氷の祭典の会場内にある、作物貯蔵庫だった。
ここ、冬の国の極寒の中、保管されている食物の種や球根。
それらは冬の終わりと共に春の国に送られる。
そして新たに新芽が芽吹くのだ。
賑わう祭典会場から少し離れたところにある作物貯蔵庫。
中に入ると、冷たい空気と土のにおいがした。
そして沢山の麻袋や木箱が並べられており、その中にたくさんの種や苗が入っている。
「これ、なんだかわかりますか?」
そのうちの一つをみてハンスが言った。
「これは」
とイレーネ。
それはイレーネ自身が春の国、ホッピィ農場で選別した種子から育った作物、そこからとれた種だ。
夏の国で大きく育ち、秋の国で実り、収穫された。
それがまた、春の国に戻っていくのだ。
その麻袋には
「ホッピィ農場行」
と札が付いている。
「この種がまた大きく育つのね」
イレーネは感慨深げだ。
イレーネの横から覗き込んできたアンが、
「夏の国は今はお水がいっぱいあるから大丈夫だね」
と言う。
「気候はまだ不安定ですが、水路の復活のお陰で農作物の生育には問題ない」
とジャン・ジール。
「それに、夏の国ではもうあのような「儀式」は執り行われておりませんよ」
とジャン。
「あそこでね、お姫様みたいなお洋服着て、お姫様みたいなお部屋にいたんだよ」
アンが身を乗り出して言う。
「雨乞い」の儀式直前、アンはまるで小さなお姫様のような待遇を受けたのだ。
「ほら、これ」
とアンが自分の手首を見せる。
そこにはイレーネと一緒に作ったブレスレットがはめられていた。
「あれ?イレーネのは?」
イレーネの手首をみてアンが言った。イレーネはそのブレスレットを付けていなかったのだ。
「お揃いだね、って言ったのに」
とアン。
「ああ、ごめん、ブレスレット、ちゃんとバッグに入れてあるから」
とイレーネは言うがそれでもアンは不満げだ。
「イレーネがちゃんとブレスレットを付けているか、必ず僕が確認しますよ」
とハンスがアンをなだめる。
「しょうがないなあ、じゃあお願いね、ハンス」
とアンがため息交じりに言った。
そのおしゃまな姿に皆笑みがこぼれた。
イレーネもほほ笑みながら言う、
「忘れないようにします」
と。
「この国を離れる前に、そうしてもイレーネにこれを見せておきたかったんです。
貴女が育てた作物たちが、次につながっていくって知ってほしかったんですよ」
そうハンスが言い、イレーネが頷いた。
「イレーネたちはどこに行くの?」
とアンが聞く。
「私たちはね、女神さまのところに行くのよ。
そう言う決まりなの」
とイレーネ。
「ふうん、どうやって?」
アンの言葉に顔を見合わせるイレーネとハンス。
春の国には女神アフロディーテにより飛ばされてきた。
しかし、帰りはどうすれば。
馬車を乗り継ぎ陸路で向かう、という手段もあるが果てしない時間がかかる。
「僕は、ロージーマリーにでも頼もうと思っていました。
彼女なら簡単なことだ」
とハンス。
確かに、ここから女神のいる聖地に早く到着するには、魔女か魔法使いの力がいる。
「じゃあ、私がやるわ。
イレーネとハンスを送り届けてあげる」
とアンが言いだした。
「いくらアンが将来有望な魔法の能力があるといっても」
「そうよ、私とハンスを話させてくれた時もダウンしちゃぅたじゃない」
イレーネもハンスも困惑しながら言う。
「じゃあ、僕の出番ですね」
とジャン・ジール。
「アン、きみの力ではまだ無理だよ。だから僕のお手伝いをしてくれないかな。
僕とアン、一緒にこの二人を送り届けよう」
その言葉にアンが嬉しそうにうなずいた。
「うん、それでいいよ、私とジャンでイレーネをお送りしてあげるね」
そういうとアンは意識を集中し始めた。
「え、いきなり?」
とハンス。
「もう止められませんね。心の準備はいいですか?」
そういうジャン・ジールも、魔法の力を集めて、イレーネとハンスを聖地に向けて
「飛ばす」準備に入っていた。
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