冬の終わりに
冬の国の冬が終わろうとしています。
「テラスだって、寝袋に包まれば大丈夫だよ」
そういいながら、イレーネがハンスを引っ張りながらテラスに出た。
ハンスが
「僕は魔法使いじゃないんだから寝袋だけじゃ無理ですよ」
そう言い渋りながらイレーネに続く。
外の空気は冷たく、吐く息が白い。
空を見上げると、満点の星空だ。
「きれいな星」
イレーネが喜んで一番大きく光る星を指さす。
「あれはね、シリウス、アデーレ王国からも見える冬の星だよ」
なんだか自慢げに言うイレーネ。
ハンスも星座の知識はあったが、だまってイレーネの解説を聞いていた。
「詳しいんですね」
嬉々として星の話をするイレーネにハンスが言う。
「小さなころから夜空を見るのが大好きだったの。
部屋の窓からよく見たわ。
私はね、お夕食の後に部屋に戻って、私の寝る支度を整えた侍女たちが部屋を出たらもう一人ぼっちで、
眠れない夜によく空を見て、星と話をしていたの。まあ、たまにはシャロンが一緒にてくれたんだけどね」
そう言いながら星を見つめる目は、小さな子供のようだった。
イレーネの心はその頃に戻っているのだろう。
「寒いと空がきれいだね」
とイレーネ。
澄み切った夜空はどこまで暗く、その分星の輝きを際立たせていた。
イレーネと共に夜空を見上げるハンス。
東の空に北斗七星が輝くのを見つけていた、冬の終わりを告げる星だ。
「もう冬が終わる」
イレーネにも見えているはずだが、お互いに口には出さなかった。
冬が終わる前にこの国を出る、そして次の行き先は女神の待つ聖地だ。
「でもさ、やっぱり寒すぎる、もう入ろうよ」
そう言って部屋に戻るイレーネ。
そのままテラスに留まろうとするハンスに、
「ハンスも中にはいりなよ。ここで寝たら凍っちゃう」
テラスに出られる窓を開けていたので部屋も冷えてはいたが、外気にくらべたら暖かい。
イレーネもハンスもすっかり身体が冷えていた。
「お茶、飲みませんか?」
とハンスがかじかんだ手でカップを取り出し、お湯を入れる。
「温まるね」
両手でカップを持ちながらイレーネが言う。
それでもまだ、鼻があかくなったままだ。
「じゃ、そのまま熱いお風呂に入ってください」
とハンス。
「熱いお風呂」その言葉に魅せられたイレーネ、着替えをもって浴室に向かった。
クリスタルホテルには各部屋には、どの部屋にも広々とした浴室がある。
なみなみとお湯をはりそこに浴室に備え付けてあったバスソルトを入れる。
いい香りが広がり、湯船につかるイレーネをリラックスさせてくれていた。
お湯に入ってしばらくしたとき、急に明かりが消えた。
浴室も、その隣の脱衣室も真っ暗だ。
「え、何があったの?」
とイレーネが叫ぶ。
それと同時にハンスの声がした、
「イレーネ、大丈夫ですか?」
脱衣室の向こうから叫んでいる。
「ホテルで停電が起きているそうです。寒さによる電気系統の故障だとか。
寝室には非常灯があるのですが、そこは真っ暗でしょう。
ロウソクを探しますね」
とハンス。
イレーネは湯船から出て、身体を拭き服を着ようとしていた。
しかし、辺りはまっくらですべてが手探りだ。
やっとタオルを見つけて体にまとわせる。
その時、脱衣室の向こうからぼわっといた灯りが近づいてきた。
ハンスがロウソクに火をともし、真っ暗な浴室にいるイレーネに届けにきたのだ。
ロウソクの灯りが、イレーネの姿を浮かび上がらせた。
タオルをまとってはいるものの、身体のほとんどが見えている。
薄明りの中、イレーネの白い身体を目の当たりにしたハンス、
あわてて
「これを」
とロウソクを置き、戻ろうとした。
「待って、そこにいて」
とイレーネが引き留めた。
「え?」
驚くハンスに
「怖いから」
とイレーネ。
「暗いのは苦手なの。だからそこにいて」
ハンスはロウソクを持ち、下を向いていた。
それでもイレーネの身体が目の端に入ってくる。
「さ、着替えたわ」
と部屋着に着替えたイレーネが言う。
ロウソクの灯りを頼りに寝室に戻る二人。
そのままベッドに入るイレーネ。
「ハンス、お風呂はどうする?真っ暗だけど。
それから、今夜はそこで寝てね。ソファじゃなくて」
隣のベッドを差しながらそう言いながらそう言うイレーネはもうウトウトとしていた。
今日は色々なことがありすぎた。疲れ果てているのだろう。
その時、ふわっとした感覚に襲われたと思った途端、部屋の電気が回復した。
すでにイレーネは夢の中だ。
彼女を起こさないように、ハンスは風呂を使い、着替え、そして。
そして、イレーネの隣のベッドにもぐり込むハンス。
イレーネの寝顔が真横に見えている。
「ありがたくベッドで寝かせてもらいますよ」
そう言いながらハンスも目を閉じた。
ドリーガ王国 魔女メディアの本拠地
「北の国の片隅の氷の王宮での王のすげ替えはうまくいったようだね」
と魔女メディアが弟子たちに言った。
「あんな辺境の地にうまい具合に、王国なんぞがあったよかった。ちょうどいい器だ。」
弟子に髪をとかしてもらいながらメディアが満足そうに言う。
「イレーネ王女を擁立しようとは」
と弟子のひとり。
「あの自警団なる連中、イレーネなら名も知られているし都合がよかったのだろう、
イレーネを担ぎ上げられるわけなどないのに。
偽物をうまく見つけ出したようだ、まあ、いずれは本当にイレーネが女王となる地なのだけれど」
メディアは立ち上がり、そして。
「さあ、アデーレへの進撃の時が近い。みなぬかりなきように」
と高らかに言う。
「お言葉ですが、アデーレ国王には王子がお生まれになっております。
王位を継承する権利をお持ちですが、こちらは」
と年老いた弟子が口をはさんだ。
「あの王妃め、かつての恩を忘れて、自力で赤子を授かった。
しかし、あの子は弱い。成長するには足らぬだろう」
と鼻で笑い、こう言い放った。
アデーレ国王、ロベルト王子の部屋
王子の小さなベッドを何人もの医師、看護師そして乳母や侍女たちが取り囲んでいる。
「もうお熱が四日も続いております」
そう言いながら、王子の様子を見る医師。
ベッドの中には、赤い顔をして熱にうなわれている幼い王子、の姿があった。
そして、心配そうに王子を取り囲むその中には、父である王はもちろん、母、ソフィア妃の姿もなかった。
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