「時」がきた
「いまだね」
とイレーネとフィリップが同時に言った、声を出さずに。
その少し前。
イレーネとフィリップが二人で話をしていた。
氷の宮殿、フィリップ殿下の自室でだ。
「おうちに帰ろう」
そう言うイレーネに、
「貴女が僕を救い出しにてくれるのですね」
とゆっくりと静かに言うフィリップ。
先ほどまでとは少し口調が違う。
「今日、誰かが僕をここから連れ出してくれる、それを感じていました。やはりイレーネ、あなたですね」
と嬉しそうだ。
「どういうこと?私が来るのがわかっていたの?」
とイレーネ。
「そうだよ」
そう言うフィリップ。
「氷の王宮、変なところでしょう。国でもないのに王がいて。
ここはね、かつ手この北の国が王国だったころを忘れられない人たちが作りあげた幻の国なんだよ。
そして、僕はその王族の末裔、だから王に祭り上げられてるってわけだよ。
でもね、この幻の国の作り方は間違っている。特権階級を名乗る一部が下級民と言う立場の弱い人たちを作り出して、その上に成り立っているんだ。
だからこの幻の国なんかなくなった方がいい、特権階級の奴らもだ」
この北の国ではかつての王国のゆかりの者たちからの、王政復活への根強い野望があった。
そこで彼らは自分たちを特別な存在と位置づけ、他の者たちより優位にたった。
そして、この偽りの国を造ったのだ。
先代の王が亡くなり、次の王として担ぎ上げられたのがフィリップだった。
フィリップの父親がかつての王族の子孫だ、そう言う理由だった。
「今日、僕の誕生日会の最中に反乱がおきるよ。我慢の限度を超えてしまった下級民たちが
この王宮を襲撃する。彼らが勝つだろうね」
そこまで話すと、ふとため息をつくフィリップ。
「じゃあ、襲撃の混乱に乗じて、逃げましょう」
とイレーネが言う。
「僕は、逃げてもいいの?」
とフィリップ。
「当り前じゃない、あなたはロージーマリーのところに帰るのよ。
そもそも、あなたは王にはなれない、王じゃないってことよ。
だからここにいる意味なんかないでしょう?」
そう言うイレーネの言葉に、
「気付いていたの?」
とフィリップが不思議そうな顔をした。
「わかるわよあなたのママ、ロージーマリーは魔女でしょう?
魔女の血を引くものは王や女王にはなれない。女神の決めた常識じゃない」
魔女の血を引く者は国を治める王にはなれない。
神と女神が定めた掟だった。
「僕が王にさせられるとき、ママが言っただんだけどね」
ロージーマリーの言葉よりも、王家の末裔と言うことを重視したらしい。
「だからフィリップは堂々とここから去っていいのよ」
「じゃあ、混乱に紛れて、僕たちは逃げよう」
フィリップの話によると、今日の誕生日会、そのため警備が手薄になるとふんだ自警団を名乗る群衆が
王宮を急襲する。
それに対抗する王宮の従者たちは、王の従者ではなく一般の従者たちだそうだ。
「どういうこと?」
イレーネにはよくわからない。
「ここの従者、僕の従者と言われているのは皆魔法使いだよ。魔女の力を感じる。そいつらは戦わない。
傍観しているだけだ。
この偽りの国をつくるのに参加していた従者たちが受けて立つことになる。
彼らは特権階級の代表みたいなもんだからね」
とフィリップが説明をする。
「お誕生日会に参加している人たちはどうなるの?」
とイレーネ。
「彼らも多くは特権階級だから、自警団たちは見逃してはくれないだろうね」
「そうなの?でも女性もいるわよ、それに特権階級ではない人たちも」
とイレーネ。
クリスタルホテルの衣装室で会った少女や婦人たち、そしてヘイリーのことを思った。
「しょうがないなあ、じゃあその人たちは君に付いてきている魔法使いに頼もうよ」
とフィリップ。
フィリップはジャン・ジールの存在を知っていた。
それを聞き安心したイレーネ、すると思い出したように、
「あとさ、あのイレーネ王女ってどうするのよ?」
と偽イレーネ王女の事を聞いた。
「アデーレ王国の王女がお見えになるって言うから、イレーネ、きみの事だと思っていたのに、
自警団が女王に祭り上げようとしているようだね。
それなら心配はないよ、偽イレーネの身に危険はない」
とフィリップは言うが、
「いや、そもそも偽物のイレーネ王女ってのが問題よ、アデーレ王国が軍を率いて攻めてくるわよ」
とイレーネが力を込めて言うが、
「ここは偽りの国だからね、攻め込む前に女神の仲裁がはいるよ」
これがフィリップの見解だ。
「でも、私になりすますなんて、いい気分じゃないし」
「すぐに真相はバレるって、なんならここの女王になる?イレーネご本人が」
「やめてください。私はアデーレ王国に戻るわ」
「そろそろ他の客人が到着するようだ」
急に改まった表情でフィリップが言った。
「じゃあ、事がおこるのは」
そんなやり取りがイレーネとフィリップの間で交わされていた。
そして、まさに今、その「時」が来たのだ。
外が騒がしくなった。
怒号や激しい物音、穏やかではない雰囲気だ。
誕生日会場の広間の扉が荒々しく開かれた。
そして人々がなだれ込んできた。
「我々はここ氷の王宮を潰しにきた」
そう言いながら。
会場内はあっという間に大混乱となった。
逃げ惑う人々、リーゼとヘイリーも震えながらお互い手を握り合っている。
イレーネはフィリップの元に駆け寄った、
その時には、ミセス・フロリナの見立ててくれた紺のドレスを脱ぎ捨て、
下に着ていたタンクトップとスパッツという格好になっていた。
そして手には聖剣、フリージア。
ドレスを着ていない分、動きは俊敏だ。
フィリップの手をつかむと、人々をかき分けながら扉を出て広間の外に駆け出して行った。
「さあ、帰ろう」
イレーネがフィリップを連れて走り出した。
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