宴もたけなわ
王宮での誕生会、イレーネの態度がいつもとは違います。
「イレーネ?いつもの貴女らしくないですね」
とハンスが言う、かなり小さな声でこっそりと。
イレーネは周囲と歓談しながらリラックスしている様子だ。
こんなあらたまった席では背筋を伸ばし、どこからともなく現れる圧倒的な気品を漂わせるというのに、
今のイレーネにはまるでそんなことを感じられない。
どこにでもいる庶民的な女の子の姿そのものだ。
「クリスタルホテルでのあの雰囲気はなんだったのかしら」
隣の席のリーゼも首をかしげる。
あの場で見たのは、リーゼが生まれて初めて間近でみる、気品あふれた高貴な者の姿だった。
「ファレルの王都ではね、夜中までお酒を呑んだり、ダンスしたりできるところがあるのよ。
ナイトクラブっていうの」
従妹のヘレンが留学をしていた時の話の受け売りを周囲に語っているイレーネ。
まるで自分のことのように、楽しそうに話している。
「イレーネさんはファレル国からいらしてるのですか」
同じテーブルの客が言う。
笑顔でうなずくイレーネ。
その隣でハンスが
「嘘はいけませんよ」
とつぶやくが、
「アデーレ王国からなんて言えないでしょ」
と軽くかわされる。
すると宴会係の召使がリーゼの元にやってきた。
「少し、失礼するわ」
とリーゼは席を立って、フィリップ殿下のいるテーブルに向かった。
「リーゼさんは有力者のお嬢様だから、フィリップ殿下にお祝いが言いに行けるの」
と言うのは、イレーネ達と同じく「その他の方々」と言われて席に着いた少女だった。
「私たちは?」
とイレーネがその少女に聞いてみると、
「無理よ、私なんか成績優秀のご褒美招待ですもん。この場に来られただけで奇跡だわ。その上殿下に直接会うなんて、おこがましすぎるわよ」
とその少女が答えた。
「この王宮、二度と中に入れることなんかないだろうから、すべてを脳裏に焼き付けておくつもりよ」
と続けて話す少女。
よく見ると、その少女は手作りらしいドレスを着ていた。
「これはね、姉さんが結婚したときに着たウエディングドレス。母さんが仕立てたのよ。
それを染め直したの、この場に白いドレスは着られないからね」
グレーに染められているその服には、ところどころに染ムラができていた。
「あなたはクリスタルホテルでご準備したの?
とてもきれいなお洋服。そんな上等なドレスを着られるなんてうらやましい」
とイレーネの紺のドレスを見つめながら言う少女。
「私たちはファレル王国からの旅行者だから、気を使ってもらえたのよ」
とイレーネ。
イレーネにとってはこの程度のドレスなど「普段着」なのに。
「そうなのね。あなたのお国では私たちみたいな年頃の子にはどんなことが流行っているの?
やっぱりナイトクラブ?」
その少女、ヘイリーは外国での暮らしにとても興味があるようだ。
イレーネはアデーレ王国での女の子たちの暮らし、と言っても自分が知る範囲だが、をファレル国のものに置き換えてヘイリーに話して聞かせた。
そして、ふと思い、
「将来の夢、とかある?」
ヘイリーに聞いてみた。
すると、
「そうね、王宮の侍女になりたいわ。できればフィリップ殿下にお仕えしたい。
私じゃ無理だろうけど。庭の掃除係でもいいから」
そう言うヘイリーに
「侍女になるって人気なの?」
とイレーネ。
「当り前よ、名誉なことだわ。あなたもお国の王宮にお仕えしたいって思わないの?
ファレル王国の王宮に」
とヘイリーに言われて考え込むイレーネ。
「あなた、お嬢様のようだから侍女というより姫君の話し相手とか、かしら」
と続けるヘイリー。
「それで王宮に入れるのよ、なりたいと思わないの?」
ヘイリーはキラキラと目を輝かせている。
「うん、思わない。王宮の侍女なんか絶対に嫌だ。
姫の話し相手なんか、もっと嫌だ。
あんな我がままで意地悪な姫のお相手なんてまっぴら御免だ」
心の中でそう言うイレーネ。
アデーレ王国の王宮にも大勢の侍女や従者が仕えていた。
その中のイレーネ王女付きの侍女だけでもかなりの人数だった。
侍女たちの、少し怯えたような顔、引きつった笑顔。
いつの間にかいなくなっている侍女も多かったが、イレーネは何も感じなかった。
「また違う人になった」そう思っただけだ。
話し相手として召し上げられた少女たちも大勢いたが、皆しばらくするといなくなっていた。
宮中での出来事を口外しないことを誓ったうえでお役御免とさせてもらえていた。
有力者の令嬢もいたが、その者たちは父親の地位が少しだけ上がることになった。
まあ、迷惑料だ。
「きっと私が酷い事言ったんだ」
頭の中で色々な場面を思い出していた。
ゲームをして自分に勝ったから、
自分より勉強ができたから、
自分の好きな靴を用意しなかったから、
朝、まだ眠いのに起こしたから、
夜、眠たくないのに部屋の明かりを消したから。
そんな理由でいなくなった侍女や話し相手の少女たちを思った。
「私って嫌な奴」
あの頃の自分にガツンと言ってやりたい。
知らず知らずのうちに、苦虫をかみ殺したような顔になっているイレーネ。
「あの、どうかしたの?そのお顔、変よ」
とヘイリーが心配そうに聞いてきた。
「あら、皆さまご歓談中失礼」
とリーゼがわざとらしく言いながら席に戻ってきた。
フィリップ殿下に直接お祝いを言いに行き、しばし殿下とのお話を楽しんできたのだ。
「お近くで見る殿下はそりゃ、素敵なお方だったわ」
とイレーネに向かってうっとりとしながら話すリーゼ。
「まだ子供でしょ」
イレーネの心の声だ。
「お若いのにあの気品と威厳のあるお姿。直にお目にかかれるなんて夢のようだ時間だったわよ」
と続けるリーゼ。
このテーブルでフィリップ殿下に直接、話をしに行けたのはリーゼだけだ。
彼女が誇らしげに話すフィリップ殿下の事を、皆が羨望の眼差しで聞いていた。
「でもね、」
とリーゼが続けた。
「お隣にいらした、イレーネ王女は」
そこまで言うと、小声になった。
「なんだか、想像と違ったわ。なんか王女様って感じがしないの。
そんなにキレイじゃないし」
と身を乗り出して、小さな声で言う。
「え、そうなの?噂ではすごく可愛くて、世界中で大人気のお姫様なんでしょ」
とヘイリーも同様に小声で言った。
「そうなのよ、私もそう思っていたんだけどなんだか、期待外れ。
素敵なドレスをお召しなんだけど、なんか似合ってないの、というか着なれていない感じかなあ」
リーゼは小声ではあるがはっきりと言う。
「あれなら、私の方が王女様らしいわ」
そう言うリーゼに、周囲があわてて「シッ」と沈黙するように伝えた。
「でも、ほんとうにそう思ったんだもの」
とリーゼ。
しかし、このような場で「王女」の批判などもってのほかだ。
王女の側近や氷の王宮の従者にでも聞かれたら大変だ。
「ねえ、ファレル王国はアデーレ王国に近いんでしょ。イレーネ王女に会ったことなんかあるの?」
とヘイリー。
「会ったこと?あるわけないでしょ、ファレルの王様だって直に見たことないんだもの」
と適当なことを言うイレーネ。
それを聞いたリーゼが当然だという顔をした。
癪に障るけど仕方なく黙っているイレーネ。
「それでは」
そこで王宮の従者が会場の皆に声をかけた。
「ここで、フィリップ殿下が皆さまの前でお誕生日のダンスを披露なさいます。
お相手はアデーレ王国、イレーネ王女でございます」
と高らかに言う従者。
皆が中央のフィリップ殿下とイレーネ王女のいるテーブルに注目する。
フィリップ殿下は立ち上がり、隣のイレーネ王女に手を差し出す。
二人が会場中央で向かい合った。
身長差が頭二つ分ほどあるが、フィリップ殿下は礼儀正しく、イレーネ王女に一礼をすると彼女の方に手をかけた。フィリップ殿下が背伸びをして、何とか手が届いている。
いつの間にやら、音楽隊が静かに演奏を始めていた。
こういう場では、一番くらいの高い者が同じく高貴な相手とダンスを踊ることはよくある。
イレーネの16歳の誕生日では、アデーレ王国軍総司令官の子息がお相手になりダンスを踊った。
今までは座っていたため、イレーネ達のテーブルからはほとんど姿を見ることができなかった、
フィリップ殿下とイレーネ王女を、その目で見られるとヘイリーは大興奮している。
「なんて素敵なの、まるでロイヤルカップルね」
とヘイリー。
そんな様子を、少しだけ白けた目でみるリーゼ、そしてイレーネに至っては笑いをかみ殺しているようにしか見えなかった。
ふたりのダンスは終盤にさしかかり、会場の招待客たちも立ち上がり二人を見つめていた。
イレーネも周囲に合わせるように、席を立ち少し前に進んでいた。
人の合間から、フィリップ殿下の姿を見るイレーネ。
そして、フィリップ殿下もイレーネを見つけた。
二人の目が合う。
「いまだね」
イレーネとフィリップの唇が同時にそう動いた。
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