氷の王宮でのお誕生日会
ついにフィリップ殿下のお誕生日会が始まりました。
「おうち?」
フィリップがじっとイレーネを見つめている。
「僕のおうちはここだよ、僕は氷の王宮の王だ。
何を言っているの?イレーネ」
そう言うとフィリップはイレーネから目をそらした。
そして、彼の口びるが震えている。
イレーネはフィリップに近づくと、
「ねえ、貴方はここにいるべきじゃない。家に帰ろう。ママのところに」
そう言った。
「ママ」
フィリップが小さな声で言う。
「ねえ、イレーネ、僕とお話をしない?ここでの話は誰にも聞かれない。
だから」
一方、ハンスは控室を抜け出し、手洗いへ行っていた。
そこで、ハイン・ジェットと落ち合う手はずだ。
「まあ、バレバレなんだろうけど」
とハンス。
ジャン・ジールの言葉通りなら、有能な魔法使いである王の従者がうじゃうじゃいるこのあたりでは、自警団の動きなど筒抜けだ。計画だってもう知られていることだろう。
「ハンス、イレーネはどうした?」
ハイン・ジェットの言葉に、
「ここは男子用手洗いですよ、イレーネが入れるわけないじゃないですか」
とハンス。
「それもそうだ、失礼した。実は、予定が変更になった。
イレーネ王女が遅れることなく定刻通りに到着したのだ。王女がはどうしても自分でフィリップ殿下の誕生日会に出席するといいはっているそうだ。というわけで、誕生日会への出席は本物のイレーネ王女になる」
「え、そうなんですか?じゃあ、僕たちはどうすれば」
そう言うハンスの言葉を遮るように、
「ここからは総帥の指示にしたがってほしい。総帥はイレーネ王女の同行者として列席するようだから」
そういうハイン・ジェット。
ハイン・ジェットと別れ、控室に戻ったハンス。
「あいつら」
いい加減にイライラとしていた。
「こんな抜け抜けの計画」
まあ、ハンスとイレーネにとっては、偽イレーネなるものを擁立して
ここの王の座を乗っ取ろうとしている、そんな情報を知ることができた、それだけでも良しとするしかない、そんな状況だった。
再び控室でイレーネを待つハンス、
しばらくすると、ドアが開きイレーネが戻ってきた。
「ああ、イレーネよかった。そのまま逃亡しちゃうかと思ってましたよ」
とハンス。
イレーネは小声で、
「さあ、お誕生日会に行きましょう、すべてはそれからよ」
と言う。
それと同時に、ドアを叩く音がした。
「イレーネ様、ハンス様、ご移動をお願いします」
と従者の声だ。
お誕生日会、それは王宮の大広間が会場のようだ。
丸いテーブルがいくつか置かれ、至る所に花が飾られている。
会場前には招待客が捨てに集まっていた。
クリスタルホテルの衣装室でお隣にいた、あのご令嬢の姿もある。
「結局、総帥なんて奴と会うこともできていないのに」
とハンス。
「ねえ、イレーネ、貴女とそれから僕はどういう立場でこのパーティに出るんですか?」
もうハンスは混乱している。
「私?私はただのイレーネよ、フィリップ殿下が気まぐれで招待したどこかの国のイレーネとハンスよ」
イレーネはなんだか楽しそうだ。
「ことは大ごとなんですけどね、たのしんでるの?」
とハンス。
フィリップ殿下お誕生日会、会場では招待客の入場が始まった。
こういう場では、地位の高い順に入っていく。
「センターシティ、よりお越しいただきました、リーゼ嬢でございます」
従者の呼ぶ声に、
あの、衣装室のお隣のご令嬢が進み出た。
ちらりとイレーネを一瞥したリーゼ、ツンと首をふり会場内に消えていった。
その後も、このあたりの上流階級と思われる夫妻、子息、令嬢が続いて呼ばれていった。
「イレーネ王女がどうしたの?おかしいなあ、イレーネ王女がそんなに後だなんて」
とハンス。
偽イレーネ王女だったとしても、王女と言う立場なら一番地位が高いはずなのに。
「特別扱いなのよ、王女だもん」
とさらりと言うイレーネ。
「それでは、そのほかの皆様方、どうぞ会場に」
と従者。
最後まで残っていたイレーネとハンス、そしてあと数人と共に会場に入った。
会場係と思われる、召使に案内されて席に着くイレーネ。
その隣には、
「あら奇遇ねえ、ここでもお隣だなんて。」
そこにはリーゼがいた。
完全にイレーネを見下している態度だった。
皆が席に着いたところで、
「それでは、フィリップ殿下のお出ましです」
と従者の声と共に、全員が立ち上がり王を迎えた。
「やあみなさん、今日は僕のためにようこそお越しくださいました。
どうぞ心からお楽しみください」
とフィリップ殿下。
「そして、今回特別にお越しただいた方がいます。ご紹介しましょう、
アデーレ王国のイレーネ王女です」
そう言うと、フィリップ殿下は自らイレーネ王女を迎えに行く。
フィリップ殿下に手を取られながら現れた「イレーネ王女」
客はみな頭を下げ、ひざまずく。
イレーネ王女は会場に向かい軽く会釈をすると、フィリップ殿下の隣の席に着いた。
「あれは、ライラ?」
イレーネがハンスに小さく呟いた。
秋の国でホワイトダンスで一緒だった村の娘だ。
イレーネの目の前で、どこかの若者に「嫁」として連れ去られた。
「そういうことね」
とイレーネ。
宴がはじまり、招待客に料理が振舞われた。
テーブルに、豪華な食事が運ばれてくる。
しばらくは周囲と歓談する時間のようだ
「あなたもイレーネというのね。王女にあやかったお名前かしら」
とリーゼ。
「そうよ。お誕生日が同じなの」
とイレーネ。
リーゼはなにかとイレーネに話しかけていた。
自分の方が優位だ、そういわんばかりに圧をかけてくる。
ハンスはハラハラ、いやワクワクしながらその様子を黙って見つめていた。
「イレーネならすぐに、本領発揮して周囲を黙らせますよ」
そう思っていたからだ。
「イレーネ?どうしたの?」
とハンスが目を見張るように言った。
食事のマナーがいつものイレーネではない。
誰もが目を見張るような優雅なさが微塵も感じられないのだ。
ふと見たイレーネの横顔は。
なんだか楽しそうにほほ笑んでいた。
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