氷の王宮へ そして再会
氷の王宮で、ハンスと再会します。
ドレスアップをしたイレーネがクリスタルホテル南側の馬車の乗り場にやってきた。
ミセス・フロリナお見立てのドレスは濃紺で、襟元、袖口には金の刺繍が施してある。
オーソドックスなデザインだけど華やかで上品だ。
そしてドレスの上にはファーのケープを防寒用に羽織っている。
こちらもミセス・フロリナのチョイスだ。
その凛とした姿に、ジャン・ジールも一瞬息をのむ。
もともと、容姿は美しいとは思っていたがこのような、きちんと正装した姿を見ると神々しくさえ感じる。
「素敵ですね、イレーネ。王宮に出向くにふさわしい」
とジャン・ジールはあえて落ち着いて言う。
そして馬車は氷の王宮に向けて出発した。
見送るミセス・フロリナはイレーネの美しい姿に目を潤ませそる。
馬車はほどなくして氷の王宮に到着した。
以前、イレーネとハンスが「お目通り」のために訪れた時には、何度も門で降ろされたが、
今回は正式なご招待だ、そのまま王宮の正門まで馬車は進んでいった。
正門に近づいた時、ジャン・ジールがイレーネに
「予定を変更しましょう。僕は一緒にいないほうがいい、イレーネだけここで降りてください、
僕はこっそりとどこかに潜みます。でも貴女の警護しますから安心して」
と耳打ちした。
馬車が、氷の王宮 正門前に着く。
クリスタルホテル専属の御者が、馬車の扉を開ける。
ジャン・ジールの言った通り、イレーネだけが降りた。
御者が馬車の中を確認するが、そこにはもうジャン・ジールの姿はなかった。
王宮からは従者がイレーネを出迎える。
「お目通り」の時にいた、王の側近だ。
「イレーネ様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ。ハンス様ももうご到着されていおります」
そう言いながら、イレーネを控えの間に案内する側近の男。
ハンス、ハンスがもうすぐそこにいる。
知らずに足が速くなるイレーネ。
側近を追い越して控室に飛び込んでいった。
「イレーネ!」
ハンスの声だ、ほんの数日離れただけなのに、直に聞くハンスの声がなんだかむず痒い。
ハンスはと言うと、イレーネのドレス姿に目を見張っている。
「イレーネ、きれいですよ、なんだかお姫様みたい」
とハンス。
「これくらい、いつも着てたじゃない」
とイーレネは不満げに言う
アデーレ王国にいたころは、こんなドレスは普通に着ていた。
ハンスのことを初めて見た「勇者ロードレース大会」の会場でもこれ以上の装いをしてた。
それでもこれは、ミセス・フロリナが選んでくれたドレスだ。
「でも素敵でしょ、このドレス。ミセス・フロリナが見立ててくれたのよ」
とイレーネ。
「ミセス・フロリナとは打ち解けたんですね」
ハンスはイレーネが彼女に対して心を許しているのを感じた。
逃げ出すようにあのホテルを出た時は、ミセス・フロリナのことを煙たがっていたのに。
そんなことを思うハンス、それと同時に思い出した、
そうだ、
イレーネはクリスタルホテルにジャン・ジールと一緒に泊まったのだ。
「これは正しておかないと」
ハンスは心穏やかではない、真相を知っておかねば、いや知りたくない、でも知らないと。
悶々と自問自答するハンス。
「イレーネ様、どうぞこちらに」
と、王の側近が入ってきた。
イレーネに別室に来るようにうながす。そしてハンスには、
「あと1時間ほどで宴が始まります。ほかのお客様方ももうじきお着きになるでしょう。
それまで、ハンス様はこちらでお待ちください」
と言い残し、イレーネを連れて部屋を出て行った。
「あの」
イレーネに手を伸ばすハンス。
しかしその手は届かない、イレーネの後が扉の向こうに消えて行った。
「フィリップ殿下がお会いになりたいそうです」
と側近。
始めから、そう仕組まれていたのだろう。
イレーネとハンスだけがここ、氷の王宮へ到着した時間が早かった。
招待状に書かれていた、「集合時間」だ。
「何をするつもりだ」
ハンスは一人連れ出されたイレーネが気がかりで仕方がない。
「イレーネなら」
ハンスの後ろで声がした。
この部屋には、だれもいないはずなのに。
振り返ると、そこにはジャン・ジールの姿があった。
まるで魔法のようにここに現れたジャン・ジール。
「驚かさないでくださいよ、ジャン・ジール。今までどこに行っていたんですか。イレーネの護衛していたんじゃないんですか?」
とハンスが聞く。
「計画を変更したんだ、でも彼女の警護はぬかりなく」
とジャン・ジール
「まあ、イレーネはあなたに守ってもらわなくたって」
僕が守る、その言葉をハンスは言えずにいた。
「聞きたいのだが、イレーネは何かを隠しているね。君はそれを知っている、違うかい?」
ハンスの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、ジャン・ジールは改めてそう聞いた。
イレーネは「自警団」の事は何も話していない。
氷の王宮でのフィリップ殿下の誕生日会に反乱を起こそうとしているということを。
それでもジャン・ジールは何かを感じ取っていた、すべてを話さないイレーネと、
ここに着いてからの不穏な空気。
イレーネは今、フィリップ殿下と会っている。
その場でフィリップ殿下を連れ出し、ダウンタウン・バッドのロージーマリーの元に行こうとしているのだ。
イレーネにとってその後のイザコザなどどうでもいいことだから。
「君たちには何か計画があるようだけれど、事はそううまくは運ばないようだ。
ここにいる王の側近と言う連中、皆魔法使いだ。かなりの腕前の。
それは想定外だったのでは?」
というジャン・ジールの言葉に、うなずくしかないハンス。
ハンスはジャン・ジールに自警団の事、フィリップ殿下の母と思われるロージーマリーのことを話した。
それから、偽イレーネ姫の替え玉になることも。
「アデーレ王国のイレーネ王女のことか?こんなところまで何をしにくるのだ、イレーネ王女は」
自警団がイレーネ王女をここ氷の王宮の王に祭り上げようとしている、
それを聞いたジャン・ジールが、
「愚かな作戦だ」
と頭を抱えた。
「王女は世間の評判よりもずっと、我がままで、気分屋、人格的には問題がある、そんな噂があるのは事実だ。アデーレ王国に王女の失脚を目論む影の力でもあるのか」
とジャン・ジール。
「そんなことないですよ、イレーネは根はやさしくて素直だ、ときどき意地悪をするけれど」
とハンスがムキになって言い返した。
「僕が言っているのはアデーレ王国の王女のことですよ、イレーネじゃない、
どうしたの?ハンス」
とジャン・ジール」に言われて、口ごもるハンス。
思わずジャンの顔をまじかで見たハンス。
ジャン・ジールは端正なマスクのイケメンだ。背も高く、魔法使いらしいマント姿がよく似合っている。
「イレーネはこいつと同じ部屋で寝たのか」
心の中で叫ぶハンス。
そんなハンスの心情を知ってか知らずなのか、
「とにかく、僕たちは協力しないと」
とジャン・ジールが言う。
「友好的になんかできるはずがない」
ハンスの心の声はこう高らかに言う。
「何度も言うが、王の従者ってやつら、魔法使いだ。しかも相当な実力者。
いくら君が勇敢な勇者でも、一人で大勢の魔法使いを相手にするのは無謀というものだよ」
とジャン・ジール。
ジャン・ジールはこの王宮に着いた時、気配で気付いていたようだ。
この従者たちはかなりの腕前の魔法使いだ。
イレーネンの側にいては、彼女の不利になる。
そう考えて、急遽傍を離れていたのだ。
王の部屋に通されたイレーネ。
目の前にフィリップ殿下が立っていた。
「やあ、イレーネ、よく来てくれたね。待っていたよ」
そう言うとフィリップ殿下は側近に部屋を出るように言った。
王の部屋で二人きりのイレーネとフィリップ殿下。
イレーネにとっては都合のいい展開だ。
「フィリップ、さあ、おうちに帰りましょう」
イレーネははっきりとそう伝えた。
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