受験編2
☆
ヴァンデビルド大学には300を超える研究室が存在し、教職員にはそれぞれ自分の部屋が割り当てられている。
「ん......」
この大学の最上階には部屋が複数存在するのだが、実際に使われているのは一室だけであった。
そのとある一室にあるデスクの上に少女はうつ伏せになって眠っていた。デスクの上には大量の本と書類が重ねられている。どうやら何かの作業中に眠ってしまっていたらしい。
少女は眠そうに目をこすり、くぁ、とあくびをした。どうやら目が覚めたようである。
「マーズ様、風邪を引きますよ」
デスクの右側にあるソファに座っていた人物が、眠っていた少女、マーズに呼びかける。
驚くことに、その人物には皮膚が無かった。
それどころか、この人物(?)には目も鼻も耳も口も心臓も五臓六腑も生殖器も血液もなかったのである。
唯一、外観から確認できるのは骨のみであり、どこからどう見ても骸骨が喋っているようにしか見えない。
「うるさい、骨」
「私の名前はスティグリーです。いい加減覚えてください」
声帯を持っておらず、喋れるはずはないスティグリーの発言に、マーズはぞんざいに返す。寝起きの状態なので、マーズは普段よりも不機嫌だった。
「試験が始まって準備に忙しいのはわかりますが、寝るときはしっかりとベッドで寝てください。この階には部屋が余っていますからね」
スティグリーの気遣いを無視して、マーズは目の前の作業に取り掛かる。
「忙しいのでしたら、私達にもお手伝いさせてください。そのために、私どもは存在しているのですから」
「じゃあ、よろしく」
そう言って、マーズはデスクの上にあったすべての書類をスティグリーに押し付けた。
「え!?全部ですか!?」
「何、下僕でしょ?できないの?」
いや下僕とは言ってない......と、スティグリーが仰天しているのに対して、マーズは颯爽と軽いステップで部屋を後にした。
騙された......。スティグリーの(剥き出しの)額には(どこから来たのか)汗が流れていた。スティグリーは自分の発言に後悔する。
「あ、今日の夜までに終わらせておいて」
バタン、と勢いよく扉が開き、一旦戻ってきたのかと思いきや、忘れていたとばかりに伝言を伝え、再びマースは出かけていった。
......部屋には大量の書類と、主人に仕える骸骨、そして虚しさだけが残っていた。
☆
時刻は午後2時ちょうど。昼食を食べ終えた僕たちは、早速、最後のメンバー探しに出かけようとしていた。
「二手に分かれて行動するわ。私とムツオとカーマとカメジロウで大学の北側と東側を、残りの人は南側と東側を探して」
ツバサの発言に全員が頷く。いよいよ本格的に見つけられないとまずいことになる。
「この時間にまだ受験生が一人でいる、というのは考えづらいから、揃っていないチームを見つけたら連絡先を交換して私に伝えて。
あ、そういえばさっき部屋に6人組のチームが来ていたから、4人組のチームなんかが見つかるといいわね。まあ、今は人数が変わってるかもしれないけど」
僕らは急いで部屋の外を出る。余裕ぶってる場合ではない。泣いても笑ってもあと10時間。試験を受けることなく落ちる、という可能性が僕たちの目の前に突きつけられていた。もしくは、これも試験の一部なのかもしれない。
ホテルの外へ出ると、雨がぽとぽと降り始めていた。
「うへぇー。降り出してんじゃん。」
レイがぼやいている。
僕の周りには今、レイ、マミさん、それとペグがいる。あちらではカーマとカメジロウがセットになっているのが不安だったが、今回は4人なのでおそらく問題ないだろう。
「そういえば、ツバサの連絡先だれか知ってんのか?」
「レイ、僕がさっきの昼飯の時聞いておいたよ」
「おー。やるねー」
ヒュー、と口笛を吹かれる。何がやるのか僕にはさっぱりだった。それはさておき、僕はみんなに質問をする。
「僕、ここの土地勘分からないんだけど、レイ、マミさん、どっちか案内できる?」
「俺は分からないな」
「私は...分かるよ。...ここの近く......住んでるし」
マミさんはボソボソとした声で僕に言ってくる。
「じゃあ、マミさんお願いします」
「マミ、でいいよ...。うん......分かった」
「あ、うん。分かったマミ」
先程までは、一人だけ本を読んで壁を作っていたような感じだったが、今は少しだけ周りと打ち解けているように見えた。
「じゃ、早速出発だな。リーダー」
ポンッと肩をレイに叩かれた。
「え?」
「え?じゃないだろ。仕切れるのはお前しかいないんだから。丁度、連絡先を持ってるのもお前だけだしな」
マミも頷いている。しかし、ペグはどうやら不満があるようだった。
「いや、レイ。俺じゃないのか?」
「何でだよ。つーか、お前そのまま町を歩くきか?」
「カツラを被ってるから大丈夫だ」
「言い訳ねえだろ!」
全く気がつかなかったが、ペグの頭と帽子の間から、さらさらした不自然な金髪が垂れていた。
僕は、ペグと出会ってもう何年にもなるので気にならなかったが、確かに、ペグが外にいるという状況を見るのは初めてかもしれない。
「変に目立ちたくないからお前、部屋に戻ってろ」
残酷なレイの言葉に、がーん、という音が聞こえてきそうなくらいペグはショックを受けていた。まあ、いても迷惑だしな。
「ペグ、留守番よろしく」
トボトボと帰って行く後ろ姿に、僕は呼びかける。......そういえば、あいつ部屋の鍵持ってたっけ?
そんなことは置いておいて、僕はさっきの話に戻す。
「それより、リーダーって僕でいいのか?」
「あ?別にリーダーだからって、なんか重要な責任があるってわけじゃないぞ。一応決めておいたってだけだ、安心しろよ」
それに、とレイは付け加える。
「俺も気が変わった。適当に流してやろうと思ってたが、やる気が出てきたよ」
ということは、さっきまではやる気がなかったらしい。じゃあ、なんで受けたんだと一瞬思ったが、よく考えれば僕と同じだった。僕も、あのホテルの部屋に入るまでは全くやる気がなかったのだ。
僕は自分自身が今までの自分と少しづつ変化しているのに驚いていた。
「...ねえ。......急ごう?」
マミの声で僕は我に帰る。そうだった、ぼーっとしている場合ではない。腕時計を確認するともうすでに10分が経過していた。
「じゃあ、行こう!」
費やしてしまった時間を埋めるように、急いで僕ら3人は最後のメンバー探しに向かった。
☆
あっという間に2時間が経ってしまった。雨は止んでいたが、また降り出しそうというような天気である。
僕らはまず大学の南側から受験生を探して回った。しかし、受験生と思しき人はほとんどおらず、複数の受験生集団を見つけることもあったが、すでに9人集まっているところばかりだった。
西側の方では、2人組の受験生と遭遇したのでどちらかを引き抜きにかかったが、二人の信頼は固く、上手くはいかなかった。さらに、その勧誘の直後、7人組の受験生チームが現れ、僕らの目の前で2人組を掻っ攫われてしまった。
マミの案内通りに、一通り大学の周りの人が多いスポットを見回ったが、今のところ全く収穫がなかった。マミは申し訳なさそうにしていたが、当然、マミに責任はない。
2時間経った今、僕とレイとマミは喫茶店の席から、休憩も兼ねて、受験生が通りかからないかと窓の外のメインストリートを眺めていた。しかし、受験生と一般人の区別が難しい。なぜなら、受験生は制服を着ているわけではないからである。
僕はこの間にツバサに一旦連絡を入れることにした。
「もしもし」
『ウリュウ。調子はどう?』
僕はこの2時間の間全く成果が出ていない事を包み隠さず喋った。
『自信満々に言わないでよ。少しは申し訳なさそうにしなさい。まあ、こっちが言えた立場じゃないけど』
どうやらあっちの方も成果が出ていないらしい。
『いや、こっちは一応見つけたわよ。5人組だったけど。連絡先は交換しておいたわ』
......あっちの方が優秀らしかった。
「ええっと。カーマが何か迷惑かけてない?」
この2時間それが心配だった。足を引っ張っている様子が容易に目に浮かぶ。
『本当、心配性ね』
またため息を疲れてしまった。もしかしたらカーマより僕の方が迷惑をかけているのかもしれない。
『大丈夫よ、全く問題なし。むしろ助かってるわ。積極的に他人に声を掛けてくれるし』
カーマの辞書に『人見知り』という単語はないのは僕も知っていたが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
『それより。成果が全然出ていないことの方が問題ね。もう少し人数を分散した方がいいかもしれないわ」
「そうだね」
『いざとなったら1人になって、他のチームに入ることも考えなきゃ』
「......」
『黙らないでよ。冗談よ、冗談』
もちろん、冗談であることは分かっていたのだが、他のメンバーはそう思うだろうか。この大学を受験するからには、それなりの理由があるのだろう。特に、ムツオさんなんかはそうなのではないだろうか。
『じゃ、何かあったらまた連絡して』
「うん」
僕は短く答えて電話を切る。
大丈夫だ。焦りは禁物。地道に探していくしかない。
「しかしさあ、ベースボールってやっぱりおかしくないか?」
レイは僕たちに疑問を投げかける。
「だってよ、去年の受験倍率って、確か50倍もあったんだろ?野球だと勝つ方と負ける方で2分の1にしかならない。非効率的だと思うが」
「それは僕もそう思ったけど、まあ、得失点差で優劣つけるとか、もしくは数試合でのリーグ戦をやるんじゃないか?」
「いや、それを考慮してもやっぱり非効率的だろ。グラウンドだって大学には一つだけなんだぜ。どこか近くのところも借りたとしても不十分だ」
「まあね。でもどちみち今そんなこと話てもしょうがないよ。僕たちはそのベースボールをやる以前の問題なんだから。今は目の前の問題に集中しよう」
レイの疑問は最もだったが、そんなことは気にしている場合ではなかった。レイもそれほど疑問に固執していたわけではないようで、話題をメンバー収集に移した。
「マミ。他に人が集まる場所は無いか?」
「...大方回ったけど......」
「どこでもいいや。人が集まるところに案内してくれ」
半ばやけっぱちのように聞こえたが、それしかないように思えた。
.......いや、他の方法もあるのか?僕は別の方法も探ってみる。
「.......こういうのはどうだろう。スケッチブックかなんかに『メンバー募集中』とか書いて、待つとか」
一般人と受験生を区別するには話してみなければ分からず、しかも受験生である可能性はかなり低い。それより、こちらから待つ方がいくらか希望があると思った。
「すごい単純だな。でも、こっちから声かけていくよりも効果的かもしれない。目で見て判別するのは面倒くさいしな。今の段階でまだ1人でいる奴って多分、どうすればいいのか分かってないだろうし」
「......いいと思う」
2人の同意を得て、僕らは早速本屋に向かいスケッチブックとマジックを購入した。
一度行った近くの広場へもう一度行き、『受験はメンバー募集中』と書いたスケッチブックを掲げる。
何も知らない人はこれを見ただけではわからないだろうが、『わけ』を知っている人が見れば理解してくれるだろう。
「......来ないな」
しょうがないので、僕らは場所を変えて色々な所を回ったが、全く収穫を得ることはなかった。
気づけばあっという間に午後7時前。雨が上がった空はもう日も沈もうとしていた。
......すでに3時間も経っている。
「作戦失敗だな」
レイはそう断言する。僕らは焦りを隠せないでいた。まさかこの3時間、全く何も進展しないとは...。
「日が暮れるとますますヤバイぞ。もう時間もない」
甘く見ていた。1人くらいなら余裕で見つかると思っていた。僕は認識の甘さを悔やむ。まあ、認識していたからといってどうというわけではないが。
「一回ツバサに連絡を入れるよ」
連絡が来ない以上、あちらも上手くいっていないのだろうが、状況確認はしておくべきだろう。
プルルルルル。
電話が鳴り続ける。なかなかツバサが出てこない。何かあったのだろうか?
「おい!ウリュウ!」
「え?」
レイに呼びかけられるのと同時に、ツバサと連絡が繋がった。僕はレイの方を見て、電話に出る。僕らが待ちに望んだ状況が目の前にあった。
『ウリュウ!見つかった⁉︎』
「......ああ、見つかったよ」
☆
「すいません。メンバーに加わりたいのですが......」
ついに、念願の時が来た。僕らの探し求めていた男が僕らの前に現れわれたのである。
僕らの前に現れたのはある種、このタイミングでいえばメサイア(救世主)だったが、見た目は黒い短髪にパーカーのごく普通の男だった。
『見つかったのね!良かった。じゃあ、早速ホテルへ帰りましょ。もう時間も少ないわ」
「ああ、じゃあ後はホテルで」
ツバサとの電話を切る。やっと見つかったと思った瞬間、ドッと疲れが押し寄せてくる。どうやら5時間探し回った疲れが今押し寄せてきたようだ。
レイとその男は喋っている。
「名前は?」
「ヨウタです」
僕の見た感じでは目の前の少年、ヨウタはすごく低姿勢で控えめな(マミほどではないが)印象を受けた。
「今、1人なんだよな?」
「あ、はい。町中探しても、あまり受験生が見当たらなくて」
その経験は僕らも身に染みて感じていた。
「ネットで募集してたんだよ」
「え?そうだったんですか......」
どうやらその事は知らなかったようである。まあ、僕もカーマがいなかったら、彼と同じ様な状況に陥っていたかもしれない。
「...レイ。話は後で......」
「そうだな。急いで帰ろう」
マミにそう促され、レイは頷く。
「じゃあ、帰るか」
さっきまでの張り詰めた空気から一転、ほんわかとした空気が流れていた。まだ受験に合格するどころか、受けてすらいないのに。しかし、それだけ苦労した事も事実だった。これでようやく一息つける。
「......?」
いざ帰ろうとした瞬間、右側の道路前方から一台の黒い車(suv)が僕らへ向かってきた。いや、僕らへ向かってきたかは分からなかったが、少なくともこちらの方向には向かってきた。
しかし、それは本来は気にかかる事ではない。普通は僕らの横を車が通りすぎるだけだし、実際ここに来て、車は何台も僕たちの横を通り過ぎている。いたって当たり前の事なのである。
......ただ、なぜか気になったのだ。黒いsuvが僕らの方へ走ってくる。いや、そんなのは気のせいだろう。そうに違いない!ただ、疲れて変になっているだけだ。
ブロロロロ....
黒いsuvはどんどん向かってくる!僕は心臓の鼓動をバクバクさせながら、勘違いである事を祈る。
ブロロロロロロロロロロロロロ...
近づくにつれ、エンジン音がはっきり聞こってくる!レイとマミを見るが、当たり前だが何も気にしてなどいない。
ブロロ......
次第に音が小さくなっていく。車は通りすぎたわけではなかった。車はブレーキをかけられ、僕らの横に止まった。
「ん?」
異変に気づき、レイとマミも横に止まった車を見る。
車の中からは金髪、長髪のモデル体型の女と、小太りの小さな男が出てきた。
「ヘイ。君たちストップ。ちょっと待ってよ」
......悪い予感は的中した。
☆
黒いsuvから降りてきた、金髪の女性は僕たちを呼び止めた。
「あ?誰?」
レイはすでに警戒している様だった。このタイミングでの来訪者は望んでいない。誰?とは聞いているがおそらくレイも予想がついているのだろう。
「私はファビィだよ。こっちのデブはスミタ」
「いやぁ、デブ呼ばわりはきついなぁ」
金髪の女性もといファビィは名前を名乗る。横にいるスミタという男は顔をニヤニヤさせていた。......いや、そんな事はどうでもいい。
「何なんだ、君ら。僕たち急いでるんだよ。後にしてもらえないかな」
「まあまあ、そんな怒んないでよ。何?私何かした?」
僕は怒ったつもりなどなかったが、無意識に語気が強くなってしまったらしい。いや、相手が単に挑発してきているだけだ。
「おい。お前、何のようだ?」
レイも語気を強める。さっきまでの落ち着いた雰囲気から、また張り詰めた空気になっていた。
「ふふ。いや君たちに用はないのさ。ほら、君だよ、君!」
そう言ってファビィが指差す先は、予想通りヨウタだった。
「ちょうど良かったわ。私たち後1人で9人揃うわけ。ねえ、こっちに入る気なあい?」
「......いや先にこっちに入ったので...」
ヨウタはファビィの誘いを断る。当然だ。勝手に割って入ってきた奴らにハイハイとついて行っては困る。
マミはハッとして何かに気づく。
「......この車、さっきも...見たわ......!」
「つけてたのか、お前ら」
フッ、とファビィは笑ったかと思えば、顔が先ほどとは豹変していた。目がきつく釣り上がり、隣の男を睨みつける。
「なんだい、スミタ。バレちゃったじゃないかい」
「僕のせいかい。困ったなぁ。あなたに言われて近づいていたんだけどねぇ」
「言い訳すんじゃないよ」
頭を叩くファビィの雰囲気は、完全にさっきとは別人だった。まあ借りてきた猫のような雰囲気は感じていたが。どうやら化けの皮が剥がれたようである。
「バレちゃあしょうがない。本当はあなたら3人の誰かを狙ってたんだけど、いいタイミングでそこの彼が入ってきたってわけ。率直に言うけど、引き抜きよ。そこの坊やが欲しいのさ」
ファビィはじっくりとヨウタを見つめている。その瞳を見ると引き込まれそうだった。
「欲しいって言って素直に渡すわけねぇだろ」
即座に言い返したレイは、遮るようにヨウタの前に立つ。僕も、同じようにヨウタの前に立った。
「ふふ、しょうがないわね。おい!お前ら!」
ファビィは車の方を向いて誰かを呼んだ。すると、車の中から4人組がゾロゾロと出てきた。
「上等じゃねえか。勝負だな」
ポキポキ、とレイは指の骨を鳴らす。
......いや、これはまずい。4対6は分が悪い。それに僕はこういのに慣れちゃいないんだ。おそらくマミもそうだろうし、ヨウタは状況が悪くなればあちらに行くだろう。実質、こちらは戦闘要員が1人だけなのである。
「いやいや。そんな物騒なことするかい?まあそれでもいいわよ。でもねぇ、つまらないわよねぇ」
「あ?なめんなよ。こちとら4歳の頃から、こういうことばっかやってんだよ」
......どんな子供だ。いやそれより暴力沙汰はこちらとしても御免である。警察の厄介になる可能性もある。ここは穏便に済ませたい。僕は、白熱する展開に横槍を入れる。
「ファビィ。こちらとしては、ヨウタを渡すつもりはない。ただ、君らと喧嘩するつもりもない。ここは、正々堂々、何かゲームで決着つけないか?」
ファビィはふうん、とつまらなさそうな様子で僕らに言う。
「降伏した方がそっちの為よ?......まあいいわ。ゲームで勝った方がその、ヨウタ?をもらうって事ね」
「おい。いいのかよ」
レイは僕に向かって聞いてくる。
「流石に喧嘩はまずい。大学にバレたら即刻試験失格、さらには永久に受けられなくなるかもしれない」
「けど、あっちから...!」
レイは口ごもる。言いたいことは分かるが、しかし、他に方法はないのだ。チッと舌打ちした後、「...わかった。任せる」と言って、レイは僕に託してきた。
さて...何にしようか.......。
自分から提案したくせに特に何も浮かんでこない自分の馬鹿さに呆れる。
「なんだい。何も決まっていないのかい?じゃあ、こっちから提案してもいいかしら」
ファビィはすっと、ジャンパーのポケットから小さなビンを取り出した。中には赤い粉が入っているのが見える。
「インスタントマジックか」
すぐさまレイが気づく。そうよ、とファビィはそれに同意した。
「じゃあ、これがどのフレーバー(種類)か当ててくれる?」
ビンに入っているのは赤い色の粉だった。しかし、色だけで判断できるわけがない。インスタントマジックの粉はそれぞれ微妙に色が違ったりするが、赤い粉だけでも数百種類存在する。
「んなもん分かるかよ」
レイは突っ込んだ。僕もそれに同意する。あまりにもアンフェア過ぎる。僕は専門家ではないし(おそらくレイとマミもそうだ)、約3000種類の中から当てるのは、おそらく不可能といえる。
「えぇ?しょうがないわねぇ......。じゃあ、ヒントね」
見てわからないの?と言わんばかりのファビィは少し間を取って考えた後、僕らに条件を提示してきた。
「二者択一としましょう。私が二つ名前を挙げるから、どちらかを選んで頂戴。
1、これは防寒に用いられる『コールド・カット』である。
2、これは暖を起こす『メイク・フレーム』である。
......さあ、どっちか当ててみなさい」
一気に50パーセントに確率が上がった。しかし、どちらも名前は知っているが、実物を見たことはなかった。それに、この二択のどちらか、という保証も無い。実は全く別の物だったら、相手の思う壺だ。
「あら、疑ってるのかしら。安心しなさい。ちゃんと後で実演して証明するから。それに、私らは暴力で解決してもいいけど」
不信感は拭えなかったが、しかし、しょうがない。あいつらの言う通りだ。50パーセントなら賭けてもいい。僕は隣のレイに話しかける。
「レイ。どっちだと思う?」
「まあ、分からんな。マミは?」
「......私も分からない.....」
完全にお手上げだった。しかし、これが受験内容だったら本当にお手上げだったな......。
「手にとって見てみてもいいかな」
僕はファビィにそう言うと、
「まあ、良いわ。フタは開けないでね」
と言って、ビンをこちらに渡してきた。
......いや、見たからと言って分かるわけでは無いが、近くで見て判断しないと不安になる。 隣のレイとマミも覗き込む。しかし、結局は素人なのでどうしようもなかった。
隣のレイが呟く。
「......確か、一番最初にできたフレーバーが『メイク・フレーム』だったよな。もう10年も前だけど、ガキの頃、テレビで見ていたのは覚えてる。ただ、こんな色だったかな?」
僕も覚えている。あの頃は毎日テレビで流れていたし(今も流れているが)、二人の外国人男女の掛け合いが印象的だった。しかし、粉の色までは覚えていない。
「確か......。青色...だったと思う」
隣のマミは呟く。そう言われると確かにそうだったような気がするが......。その言葉にレイは被せるように言う。
「いや......俺もそうだと思う。今、思い出した。そうだ、何で火が出るのに青色なんだ?と昔疑問だったんだ」
ハッとレイは思い出したように言う。僕も自分のボヤけた記憶を遡る。
......名前は忘れたが、女いや、男が持っていたのが......青、そう...!思い出した!青色の粉だった!
「僕も思い出した。青だよ。確かに青だった!」
僕は10年前の微かな記憶から、はっきりと粉の色を思い出した。
「決まりだな。おい、お前。ファビィだっけか?この粉は一番。つまり、『コールド・カット』だな」
「ふぅん。それで良いのかい?今なら変えれるけど」
僕らは顔を見合わせる。レイとマミは僕の方を見て頷き、僕もそれに頷き返す。間違いない、僕は確信して、ファビィに伝える。
「この粉は『コールド・カット』だ!」
「......じゃあ、それ、返してくれる?」
にやり、とファビィは口元を緩ませる。
......?僕は持っていた小さなビンを返す。
...何故だ?何故そんな顔が出来るんだ?
ファビィはビンを受け取った後、フタを開け、粉を地面にまく。すると、火口もないところから、急に燃え上がった!
......そんなバカな!僕らは唖然とする。
「何か根拠があったらしいけど、残念ね。まあ、貴方達貧乏人は知らないと思うけど、海外製品の方が質がいいのよ」
「じゃあ、貰っていきやすね。ヨウタ君、車乗って」
ずっと黙っていた隣の小太りの男、スミタは後ろにいたヨウタを呼ぶ。ヨウタは迷っているようだったが、先ほど車から降りてきた4人組がヨウタの周りを取り囲み、渋々同行した。
「......すいません、ウリュウさん」
仕方がなかった、僕は既に諦め模様だったが、そんな中で、レイが飛び込んでいった。明らかな戦闘態勢でファビィに立ち向かっている。
「おい、まだ終わってねえぞ」
「何、ケンカする気?6対1よ?それにバレたら......」
「知るか。そんなことはどうでもいい。もう終わったんだ。それより、一発殴らねえと気が済まねえ」
険相な顔でレイはファビィを睨みつける。
いや...まずい、この流れはまずい!
「それで気がすむなら良いけど。でも来年からは絶望的ね。前科者なんて大学も入れないわ」
「うるせえ!!」
キレたレイはファビィに向かって殴りかかった!
レイの右ストレートで殴られた相手は、思いっきり吹っ飛ぶ。
「はあ?」
ファビィは変な声を出した。どうやら、意味不明な状況らしい。レイも困惑しているようだ。
「ウリュウ、お前......」
無理もない。目の前に広がっていたのは、僕ことウリュウがレイにぶっ飛ばされ、地に倒れこんでいたからである。
「なにこれ、意味不明。しらけたわ。......早く帰るわよ」
意識が朦朧とした状況で、ファビィらが車へ乗り込んで行く様子が見えた。ヨウタはこちらの方を向いて、何か呟いているようだ。
意識が消えていく中、みんなの呼ぶ声が聞こえる。
......時間が刻一刻と過ぎていく。僕は気を失った。
☆
目を覚ました時には、ベッドの上で仰向けになっていた。ジンジンと右の頬が疼く。どうやら、殴られた痛みで気絶して、その痛みで目を覚ましたようだ。
......どんだけ思いっきり殴ったんだ?
「痛ってぇ」
「あら、目が覚めたの」
声がした方を向くと、ツバサがいた。他のみんなは...いない。
「みんなは?あと、何時?」
「みんな、もう出て行ったわ。今、10時57分。最後はみんなそれぞれ自由行動。他のチームに入って受験しようってことね。
ツバサの目は寂しそうだった。
「......ツバサはいいのか?」
「あなたを一人だけここに置いておくのも気がひけるしね」
「...悪い」
僕の中では罪悪感が生まれていた。自分のことなんか二の次で、僕なんかにこんなにも優しく接している。
ツバサは優しすぎるのだ。その事がさらに僕を責め立てていた。
「いや、いいわよ、気にしないで。私が勝手にやった事だから」
ツバサはスマホをいじっている。
「募集かけても来ないし。なんかこういう風に決まるのってやよね。ほぼ運じゃない」
「......いや、僕の責任だよ。運なんかじゃない。あの時、僕が最終決定したんだ」
ツバサの言葉を僕は否定する。僕のせいなんだ。僕の責任なんだ。断じて、運なんかじゃない。
僕の発言でツバサはなぜか笑っていた。
「他の二人もそう言ってたわ。自分が悪い、ってね。マミは自分が最初に言いだしたから悪いって」
「それからレイはあなたに謝ってたわ。あと、ありがとうって。自分が殴っていたら今頃、牢屋にいたかもしれないし」
ツバサは淡々と話している。
「まあ、要するにあなたのせいではないってことね。それはみんなも同感よ」
ツバサの話は尻目に、僕は、さっきの勝負について思い出していた。
確実に勝ったと思ったが、負けた。3人とも意見が一致していたのだ。記憶違いはあり得ない。そういえば、貧乏人だか、海外製だか言っていたか?
......海外製だ?そんなわけはない。そもそも『インスタント・マジック』は日本製だ。日本の製品にcmで外国人が出ていたのだ。海賊版なんかでは似たような物もあるのかもしれないが、基本は犯罪である。
何か、別の理由があるはずだ。
「ウリュウ?」
ツバサの声で我に帰った。そうだ、もう終わった話なのだ。気にしてもしょうがない。
「いや、うん、分かった。じゃあ、僕らも探しにいこうか」
僕はベッドの上から立ち上がる。
「はあ?もう遅いわよ!あと1時間よ?」
ツバサは驚いて僕に言い放った。僕も負けじと言い返す。
「それでも、諦めるわけには行かないよ。僕はツバサに感謝してるんだ。君に恩返しがしたいんだよ」
僕は自分でもよく分からないまま喋り続ける。
「僕は別に落ちてもしょうがないと思うけど、ツバサが落ちちゃダメだ。少なくともこんな所で」
僕の言葉にツバサは怒鳴った。
「何言ってんのよ!!もう遅いのよ!!落ちちゃだめって、あんたの意思でどうにかなるって話じゃない!!」
ツバサの怒号に僕は動じず、冷静に話を続ける。
「そりゃ、僕の意思でどうにかなるもんじゃない。その通り。でも、諦めちゃ駄目なんだ。可能性がある限り、最後の1秒まで諦めない。そうじゃないと他の大学の受験生にまで馬鹿にされるよ。みんな最後まで机に向かってテストを受けている。僕らだって例外じゃない」
ツバサは目からボロボロと涙を流していた。目が真っ赤になっている。
「そんなこと言っても、みんな、もう......」
「別のチームを見つければ良いだろ?ツバサが行かなくても僕が行くよ」
ツバサは地面に倒れこんで泣いている。
「もう、終わりなのよ......」
僕は気にせず玄関へ向かった。
「じゃあ。適当なチームがあったら報告するよ。頑張れ、まだ終わってないんだから」
少し格好つけすぎだったかもしれない。しかし、僕にはツバサにかける言葉はそれ以外は見つからなかった。
......残り、1時間か気合い入れ直さないと。
僕は急いで玄関へ到着した。手をドアノブへかけ、ドアを開け......!?
ドアを開けようとした所向こうからドアが開かれた。
「ぐはっ」
ドアが僕の額を直撃する。頰は殴られるわ額はドアが当たるわで、踏んだり蹴ったりだった。
「な、何だ!?」
ドアの向こうを見るとカーマがいた。
「カーマか......」
「あ、ウリュウ。目、さめたんだ」
カーマとその横にはペグも一緒にいた。
「どうしたんだ、お前ら?チーム探しに言ったんじゃないのか?」
「いや、雨降ってきたし......」
......お前らの意思は雨で折れるのか。さっきの僕の言葉をお前らにも聞かせたいよ。
「それに、今更他のチームって考えられないよ。ありえないよ」
「ん...」
「それなら、死んだ方がマシだね」
「......!」
そう言うカーマの目には確たる意思があるように見えた。確かにそうだ。僕も他のチームに入るなんて考えられない。そんなことするくらいなら死んだ方がマシだ。
「......カーマ。他のメンバーは今どこにいる?」
「さあね。でも帰ってくると思うよ。そう信じたい。ここで待ってようよ」
カーマとペグは部屋の中に入ってくる。
「まあ、俺はどこでも良いんだけどな」
「バカーー!」
また、どこからかフライパンを取り出し、ペグの頭頂部に直撃させる。グヘェ、とペグの顔が潰れるのはお決まりの流れだった。
「そうだな。カーマの言う通りだよ。ありがとう」
僕の言葉にカーマはへへッと笑った。良い友達を持った、僕は心からそう思った。
僕は再び部屋へ戻ると、ツバサがいた(当然だ)。僕はすぐさまツバサに睨まれた。
「あ、ええっと......」
「早かったわね。さっきあんなに息巻いて出てったのに」
僕はしどろもどろになり、顔を赤面させる。
ああ、恥ずかしい。何であんなにカッコつけちゃったんだろう...!
でも、とツバサは付け加える。
「その通りね。諦めちゃダメよね。それにさっきの会話聞こえてたけど、カーマの言う通りこのチームと一緒にいたい」
「そうだよ。さっき、他のチーム見つけろ、なんて言ってさ。無理だよ、そんなの」
カーマはやれやれとため息混じりに答えた。僕はカーマに尋ねる。
「しかし、来るか?」
「信じよう」
カーマの目は真剣だ。僕はそれ以上何も言わず、ただ他のみんなが帰ってくるのを待った。時間は刻一刻迫ってくる。全く何も起こらない状況に僕らは焦ってくる。
......ちょうど40分が経った頃だった。
「帰ってきた!」
カーマが玄関の方へ向かうが、僕とツバサは何も聞こえなかった。どうやら、カーマはすごく耳がいいらしい。出会ってから数年経つが、カーマにそんな特技があるとは知らなかった。
しばらくすると、レイ、ムツオさん、マミ、カメジロウはみんな揃ってこの部屋に帰ってきた。
「いや〜。探したんだけどねぇ。見つからなかったよ」
ムツオさんは残念そうに呟く。ツバサは目を見開いて、驚いていた。
「み、みんな、どうしたの?」
「だから、最後の一人が見つからなかったんだって」
レイはそう言って頭をかきながら、僕の方を見ている。
「悪かったな。大丈夫か?無茶苦茶顔が腫れてるぞ」
「いや、僕が殴られに行ったんだし。謝らなくていいよ」
マミも僕の方を見ている。
「......私が、最初にあんな事....言っちゃったから」
「こいつ、さっきからこればっかりなんだぜ?何とか言ってくれよ」
はあ〜、とため息をつくレイ。僕はマミに慰めるように言う。
「マミのせいじゃないよ。僕らの決定だったんだから」
マミは「うん......」と頷いている。そうすると、カメジロウが目の前にやって来た。
「拙者、ウリュウ殿に感服致した。弟子にして欲しい」
......いや、お前は何があった。
どうやら、別行動の時にカーマにある事ない事聞かされたらしい。迷惑なやつだ。
「それよりツバサ、目どうしたんだ?」
「うるさいわね......。ラブ・サスペンスを見ていたのよ」
レイがおちょくると、ツバサは意味不明な返答をしていた。......さっきのはラブ・サスペンスだったのだろうか。全く、分からない。
じゃあ、とツバサは仕切り直して、みんなに呼びかける。
「もう時間がないけど、このまま8人で登録するわよ。いいわね?」
みんな一斉に頷く。それは一か八かだったがもう、しょうがない。ただ、なるようになるだけだ。
みんなが同意しているのを見て、ツバサはスマホに全員の名前を打ち込んだ。
「じゃ、送ったから。泣いても、笑っても、もう遅いわよ?」
今日一日で、色んな人と出会った。間違いなく、人生の中でこんなに濃厚な一日を過ごしたことはない。
これ以上の事がこの先も待っているのだろうか? そうなって欲しい、僕は純粋にそう思った。
☆
部屋の中で力尽きてデスクに突っ伏している骸骨がいた。どうやら、目の前の作業が全て終わったようだ。
「ああ、死にそう」
骸骨の台詞としてはややおかしかったが、想像を絶する作業量だった事が伺える。
「ああ、お疲れ」
いつのまにか帰って来ていたマーズは、目の前の骸骨スティグリーに労いの言葉をかける。
「まさか、今日中に終わるとは......。さすが、元教授」
「その元教授をこき使わないでください。一応、あなたの先輩に当たるんですよ?」
「まあ。この世に居られるだけでどれだけの喜びかわかっていないの?」
そんな事より、とマーズは仕切り直す。
「明日からも仕事だから。今のうちに寝ておいて、って寝なくていいのか。まあ、準備しておいて」
「.......」
「返事は?」
「あ、はい......」
同じ時間にカーマ達とはまた違うドラマが流れていた。しかし、その苦労はこの先明かされる事はないであろう......。