受験編1
「は〜い。テレビの前のみなさん!テレビショッピングのお時間です。さあ、ジェームス。今日の商品を紹介して!」
「わかったよ、キャサリン。そう急かさないで。さあさあ、今日は『マジカルプロダクト社』からとっておきの物を用意したよ。それは、こちらで〜す!」
「まあ。なにこれ?粉?香辛料か何かかしら」
「違う、違う。これは、特別な粉さ。今日が初公開の素晴らしい商品さ」
「じゃあ、さっそく何か見せてごらんなさい?」
「だから急かさないでって!キャサリン、ハンカチか何か持っているかい」
「持っているわ。はいこれね」
「ありがとう。それじゃあ、粉をかけるよ。そ〜れ!!」
「きゃあ⁉︎突然燃え上がったわ⁉︎」
「そうなんだ。この粉はかけると一気に燃え上がる。火口なんていらないわけだよ」
「キャンプに最適ね!」
「その通り!これはマジックプロダクト社によって生み出された『インスタント・マジック』という商品なんだ!まさに!世の中に革命を起こす商品なんだよ!」
「まあすごい!」
「さあ!テレビの前の皆さん!!この機会を逃さないでください!!今日だけ特別に、1パック1000円からです!さらに、さらに!!3箱セットで半額になってま〜す!!」
「もう!買うしかないじゃない!」
「電話番号は......」
☆
このテレビショッピングが放送されたのが10年前である。この後電話が殺到し、『インスタント・マジック』は爆売れした。
今現在、インスタントマジックのパウダーの種類は3000種以上に上る。国民一人一人がインスタントマジックを使う魔法使い、つまり、
『一億総魔法使いの時代』の到来である。
☆
一方、この僕は国内唯一、魔法を専攻できるといわれる『ヴァンデヴィルド大学』に明日、受験予定の受験生である。
しかし、受験といっても全く内容がわかっていない。どうやら、この学校は毎年受験内容が変わるらしく、毎年受験生を苦しませているらしい。
そういうわけで、今もこの僕、『卯生葉平」は自分の部屋で惰眠を貪っていた。
「あぁ、だるいなぁ。明日行くのやめようかな・・・」
受験前日に、こんな余裕でいるのは僕くらいのものだろう。もちろん自信など全くない。なぜか昔からこうなのだが、何かイベントがある前は憂鬱になる。まあ、というよりはめんどくさいだけだが。
「はあ。暇つぶしにカーマの家にでも行こうかな」
よっこらせ、と体を起こす。カーマというのは僕の知り合いで、一緒に同じ大学を受けることになっている。というより、むしろ自分が誘われたのだが。
僕は、受験という変な制度によって自分がランクづけされるのがとてつもなく嫌だった。しかしかといって、スポーツもずば抜けてできるわけじゃないし、特に、抜けた才能もなかった。
そんな中で、カーマにこの大学の受験を誘ってもらったのには感謝している。まあ、前日に惰眠を貪っているようでは全く説得力もないし、受かるとは思えないのだが」
インスタントマジックのフレーバーの中には『テレポートできるものは(まだ)ない。面倒だが、歩いてカーマの家まで行くしかないようである。
しかし、カーマの家には早く着くことができる。これは、ただカーマの家が隣にあるというだけである。
ピンポーン。
玄関のインターフォンを鳴らす。ドタドタという音がかすかに聞こえてきた。
「あ!ウリュー!!来たね!!いやあ、そわそわしてきたね!!何たって明日は......」
「いや、中で聞くよ......」
このテンションが高いのがカーマだ。茶色いぼさぼさの髪の小さい少年で、ジャージ姿だ。(ちなみに、僕は黒髪で、Tシャツにジーンズである)。
「ほら!ほらほらほら!!上がって、上がって!!
冷蔵庫に緑茶あるから、取ってくる!先、部屋行ってて!!」
......どうやら彼は僕とは真逆で、イベントの前日はテンションが上がるタイプであるらしいが、全く理解できなかった。
僕はいわれた通り2階に上り、カーマの部屋に向かった。上がって、つきあたりの右の部屋が彼の部屋だ。僕は部屋の中に入り、再び寝転んだ。
「あーーー!ダメだよ!寝転んじゃあ!」
「早かったな」
早々と帰ってきたカーマはコップに緑茶を入れていく。コップは3つ。僕の分とカーマとそれから......
「いたのか、お前」
「ヘイ。無視してんじゃねーヨ!」
僕の目の前には巨大な(僕と同じくらい)のハムスターが座っていた。青いキャップを後ろ向きにして被っている。
「いや、気づかなかったんだよ」
「嘘つけ!!気づくだろぉが、おい!!存在感ないってか?あぁ?」
ハムスターのくせに毒舌だが(そもそも普通は喋らないが)、カーマの家の同居人(住み着き)である。
「いや、そうじゃないよ、ペグ。ただ、興味なかっただけだ」
「余計に悪いだろ!」
「も〜!バカーー!」
そう言ってカーマはフライパン(どこから取り出したかわからないが)をペグの頭に振り下ろした。
「ゲハッ!何すんじゃー!動物虐待だろ、今のは!」
「お前みたいな動物はいない!」
全く同感だった。それより、とカーマは仕切り直しをする。
「明日の試験どうしよう?」
「どうしようって何がだよ」
僕はカーマの入れてくれた緑茶を手に取り、口に運びながら応答する。
「試験前日なのに、全く何もやってないじゃん!」
「僕はやってるけど」
「へえ!何を?」
「そうだな。家で起きたり、寝たり」
「何もやってないじゃん!バカーー!」
カーマは怒るとすぐ「バカーー!」と言う。彼の口癖のようなものだろう。しかし、ペグといい、こいつといい、ツッコミが強すぎると思う。
「そんなこと言ったってしょうがないだろ?試験内容が分かんないんだから」
「でもさ、普通は何が来てもいいように運動したりとかさ、本読んで勉強したりさ〜」
「まあ、もう遅いけどね」
「そうだけどさ」
カーマとの会話の中にはある種、諦めのようなものが感じ取れた。何しろヴァンデヴィルド大学の受験倍率は50倍である。普通にやって受かるわけはないのだ
である。
そういう僕は、別に諦めているわけではない。ただ、面倒なだけだ。
「前回はペーパーテストだったらしいぞ」
そう言って、ペグは僕らの会話の中に入ってきた。
「お前は関係ないだろ!バカー!」
カーマは、再びフライパンをペグの頭に投げ下ろす。
「そこまでせんでも......」
どうやら前にカーマの家に来たときより、二人の仲は数段と悪くなったようだった。そんな二人がなぜ同居しているかは全く分からなかった。
「落ち着け。焦りは禁物だよ。今は自分が明日、100パーセントとまでは言わないまでも、なるべく全力を尽くせるよう心を落ち着かせておくんだ」
「うん......」
「まあ、受かったらパーティでもやろうぜ」
「うん!」
カーマは恐ろしいほど単純な奴なので、「パーティ」の一言ですぐに不安は取り除いたようだった。一応はカーマも試験敵なので、一人でも競争相手が減るのは嬉しいのだが、まあ、出来れば一緒に受かりたい、というのは僕の素直な気持ちである。
この後、僕とカーマの会話は夜まで続いた。試験の話だけでなく、くだらないバカ話なんかもしたりして、僕らは相当リラックスしていた。
「じゃあ、僕はもう帰るよ。カーマも早く寝た方がいい」
「うん、わかった。ウリュー、またね」
「うーい」
僕はそう言って、部屋から出て行く。この時、僕らは明日の試験について知る由もなかった。
☆
翌日の朝はとても寒かったので、ジャンパーとマフラーで外に出た(受験するときの服装はなんでもいいらしい。とんでもねぇ)。外に出ると、一足早くカーマが玄関の前に立っていた。ジャージ姿である。
「カーマ。早いな」
「いや〜。昨日の夜からやっぱり緊張しちゃって。6時間しか寝てないよ」
「睡眠が少ないのか、普通なのか微妙なラインだな」
どちらにせよ緊張しているようなので、僕は昨日と同じようにカーマに声をかける。
「緊張はやめてくれよ。一緒に受かってパーティするんだろ?」
「うん!」
やっぱり単純だった。
そう言って僕らは、最寄りの駅に向かう。予定より早く出たので、電車の中は混んでいなかった。時間に余裕があったので、コンビニに寄ったりしながら時間を潰し、最終的には時間通りに大学に着いた。
大学には受験生と思しき人達がかなり集まっていた。一人一人が自分の競争相手であり、これから勉学を共にする仲間かもしれない、そう思いながら気を引き締め直す。
僕の隣にいるカーマは緊張しているようだったが、自分も気にかけている余裕はなかった。
人混みが向かって行く方向へ僕らもつられて行く。どうやら、前で大学職員が誘導しているようだ。試験会場の位置は詳しくは把握していなかったので心配していたが、その必要はなかったらしい。
試験会場へ入って行く。会場内には椅子が並べられており、それぞれ受験番号が割り振られている。僕は1342765、カーマは1342766なので一つ違いである。
僕は指定された番号の席に座り、カーマは僕の後ろに座った。
試験会場はしばらくざわついていたが、チャイムがキンコンカンコンと会場に鳴り響くと、一斉に静まった。チャイムの音が鳴り止むと、右側前方の扉からスーツ姿の黒いオカッパの女性が入ってきた。
「はい。今回の試験監督を務めるマーズと申します」
マーズと名乗る女性試験官は、そう言ってお辞儀をした。後ろの方だったので姿がはっきりとは見えなかったが、特に気にはならなかった。
「それでは試験内容を発表します。今年は『ベースボール』を行います」
......どうやら一波乱ありそうである。
☆
マーズ氏の衝撃発言に会場はざわついていた。
「ベースボールって野球だろ?おい冗談だろ?
「私やったことないんだけど......
「ドラフト会議か?ここは?
ビィィィィィィィィィィィィィィン。
強烈な音が会場のざわつきを静める。どうやらマーズ氏がマイクを逆さまにしたようである。おそらくこのような反応になることは予測できていたのだろう。
「静粛に。これからは9人組を今日の24時00分までに作っていただきます。ルールや日程などはメールでお伝えしますので、チームが出来次第、そのチームの代表者はメールで大学に報告してください」
淡々と要件を伝えていく様子から、マーズ氏はこういうような場は慣れているように思えた。しかし、遠くから見ているだけでは判断できないが、大人の女性というよりはむしろ、どちらかといえば18歳くらいの少女のような印象を受けた。
「一週間後に数日にわたって試験を行います。各々、試験に向けて準備をしてください」
この後、5分程簡単な説明を受けた後、解散となった。
☆
試験会場の外。
「いや〜。参ったよね。ベースボールって」
カーマが僕に話しかけてくる。
「そうか?ペーパーテストよりよっぽどいいと思ったけど」
「でもさ、体格差出るじゃん?僕、チビだし。打てるわけないよ」
カーマはハァ〜とため息をつく。すでに諦めているようだ。やっぱり単純な奴。
「そうでもないかもしれない」
「?」
キョトンと首を傾げるカーマ。
「どーゆーこと?」
「まあ、それはいいや。それより、メンバー集めだな。9人は骨が折れる」
試験会場内でチーム分けが行われるのかと思ったが、どうやら大学の外で行わないといけないようだ。理由としては、マーズ氏が『大学内が騒がしくなるから』と言っていた。
「あ、それなんだけど......」
カーマはごそごそとポケットを探る。
「SNSでメンバー集め始まってるよ」
「まじか」
こいつそうゆう情報だけは早いんだよな......。受験勉強中もネットサーフィンをしてたに違いない。まあ、自分も人の事言えないけど。
「だけど、どんな奴か分かんないだろ?」
「まあね。でも、直接会ったってやっぱりわからないと思うよ。初対面だし。それに、ヤバそうな奴だったらやめればいいんだし」
「なるほどね」
確かに一理ある。こいつ意外に頭いいな。カーマと出会ってから初めてそう思った。
「初めてとはなんだ!」
「心を読むなよ。エスパーか、お前は」
「じゃあ、適当なところにエントリーしておくね」
そう言ってスマホをいじるカーマ。僕はネットとかそういうのはからっきしだった。
「ちょっと遠くのホテルだね。でも、歩いて行ける距離だよ。早速行こう!」
僕にはカーマがいつもより頼もしく見えていた。
「あれ?どっちだ?」
......気のせいだな。
☆
あるホテルの一室。
「二人登録きたわ」
赤い長髪の少女がスマホを見ながら喋る。
「フーン。便利だね」
と、その正面に座っている白い短髪の少年が答えた。
「あなた、全く興味ないのね。何でこの大学受験したの?」
「親に言われたんだよ。俺は別に受かりたくないの」
頭を書きながら、白髪の少年はめんどくさそうに答える。
「興味ないんだよ。魔法なんか」
「まあまあ、君ら。少しは仲良くしたらどうだい?」
白髪の男の隣に座っている、髪を後ろで束ねた男が、ニヤニヤしながら会話に入ってくる。会話からではわからないが、二人の間の微妙な空気を感じ取ったようである。
「うふふ。いやぁしかし、ベースボールかい。私は高校以来だよ」
大学受験で『高校以来』という発言から、この男は何度も受験を繰り返し、失敗しているようである。
「私はまあ、ルールは問題なく覚えてるけどってくらいね」
「ただ、俺は普通の野球をやるとは思えないな。何か一筋縄ではいかない気もするが......」
髪を束ねた男は首を縦に振り、白髪の男に同意する。
「全くだね。おそらくは、魔法を絡めてくるだろう。君はどう思う?」
その男の隣に座っているポニーテールの少女は、目線を読んでいる本から3人の方へ移した。
「....うん。.......そうだね」
ポニーテールの少女はたどたどしく答えた後、また目線を手元にある本へと戻した。
赤髪の少女が再び喋る。
「まあ、どちらにせよ練習はしておいた方がいいわね」
「一週間だろ?付け焼き刃だな」
「それはどのチームも同じだろう」
ボリボリ頭をかきながら、めんどくさそうに言う白髪の少年に対して、髪を束ねた男は反応する。
「おそらく短時間でどれだけチームワークを発揮できるか、それが鍵だね」
赤髪の少女と白髪の少年はその台詞から、自分たちのことを言われたのだと察した。
「はいはい。わかりましたよ。みんな仲良く、ね」
「その通りね」
「うふふ」
部屋の中は、和気あいあいとまでは言わないまでも、比較的良好な雰囲気のようだ。
☆
ホテル前。
「ここのホテルだね」
カーマはホテルを見上げながら言う。
「うわー、高そうなホテル。支払いしなきゃダメかな?」
「知らないけど。まあ9人で割り勘なら大したことないだろ」
僕は適当に答える。カーマの方向音痴ぶりに付き合っているうちに到着に予想以上に時間を費やしてしまった。
それよりも僕が気にかかっているのは、どのくらいの人数がいるかである。7人なら問題ないが、おそらくはそれより少ないと見るべきだ。
「10階だね。さあ、早く行こう!」
カーマが僕の手を引っ張る。
「わかった、わかった。引っ張るなって」
僕はカーマに引っ張られるままに、エレベーターで10階の目当ての部屋まで連れてこられた。
カーマはピンポーン、とインターホンを押す。しばらくすると、女性の声が聞こえてきた。
「はい、どちら様ですか?」
「あ、はい!カーマとそれからウリュウです!ネットで指定された通り、ここの部屋まで来ました!」
カーマはハキハキと喋る。初対面で緊張しているのか、さっきより大声になっており、はっきり言ってうるさかった。
「カーマ、少し抑えて」
「あ、ごめんなさい」
そうするとドアの鍵が開き、中から赤い髪の少女が出てきた。
「カーマとウリュウね。私は、ツバサ。よろしくね」
そう言って、ツバサと名乗る少女は手をこちらに差し出してきた。赤く長い髪が印象的だった。
「よろしく!」
「よろしくお願いします」
僕とカーマはそれぞれ握手して、部屋の中に入った。部屋の中にはすでにツバサさんを含め5人のメンバーが揃っていた。
5人か.......。つまり僕らを合わせて7人だ。あと2人集めなくてはならない。
「すいません、ツバサさん」
「ツバサでいいけど。何、ウリュウ」
「あと何人来る予定ですか?」
「ああ......。ここに来ていないのけど来る予定なのがあと1人ね。だからもう1人どこかから集めないと。まあ、焦ってもしょうがないわ」
「なるほど」
あと1人なら油断はできないが、まあ大丈夫だろう。 今現在、部屋の中にはツバサさん、もといツバサ、白い短髪の少年、髪を後ろで束ねた男、本を読んでいるポニーテールの少女、武士(?)の格好をした少年、そしてカーマと僕の7人がいることになる。
「2人メンバーが入ったから紹介するわ。こっちがカーマでこっちがウリュウね」
ツバサさんの紹介に合わせて僕はみんなの前で軽く会釈をした。
「はい!カーマと言います!尊敬する人はCoccoです!」
「いらないだろ。その情報。ええっと、ウリュウです。よろしくお願いします」
そうすると白髪の少年が手を振った。
「俺、レイね。呼び捨てでいいよ、よろしく」
その横の髪を後ろで束ねた男も、
「私は、ムツオだ。こちらもよろしく」
と続いた。その後ろのポニーテールの女性は、小さな声で、
「マミです」
とだけ言って再び本に目を移した。
ただでさえ名前を覚えるのが苦手なのに、一度に名前がたくさん出て覚えるのが大変だったが、なんとか飲み込めた。
そうすると、部屋の一番後ろで立っていた武士(?)の格好をした少年(ちょうどカーマと同じくらいの背丈だ)は僕らの前まで出てきた。
「拙者の名はカメジロウと申す!カメジロウと呼んでくれ。カーマ殿、ウリュウ殿、よろしく頼もう!」
......明らかに変な奴だ。しかし、近くでよくよく見ると、武士というよりはむしろ、桃太郎みたいな格好だった。
「カメジロウ、よろしく!」
というカーマも変な奴度では負けていないので、お互いに気が合っているようである。
自己紹介が終わり、僕とカーマは椅子に座ろうと思ったが、椅子が全て埋まっていたので部屋の奥の方にあるベッドの上に横並びで座った。
ツバサはじゃあ、と言って話し始めた。
「さっきの続きね。ポジションの話だけど」
「ピッチャーがムツオで、俺がキャッチャーね。それから、ファーストがカメジロウ、セカンドがマミ、ライトがツバサ。残りはまだ、空いてるな」
レイ(白髪の少年)が一から説明してくれた。じゃあ、残りは、ショート、サード、レフト、それからセンターか......。
「2人は野球経験あるの?」
「僕は、まあ授業でやったくらいですね」
「僕も同じくらい」
ツバサの問いに僕とカーマは答える。経験者とはいえなくもないが、かと言って本気でやっていたわけでもない。
「じゃあ、運動神経はどう?肩強い?」
「うーん、普通ですかね」
「僕はちょっと苦手かな......」
「そうね.......。希望のポジションは?」
「......じゃあ、センターで」
特に希望は無かったが、僕は面倒なのが嫌なので適当に決めた。一方、横にいるカーマはう〜んと真面目に悩んでいた。
「適当でいいだろ、適当で。レフトでいいか?」
「う、うん。じゃあ、それで」
カーマの『じゃあ、それで』という発言から、カーマはポジションに悩んでいたわけではなく、単にポジション名を知らなかったのだろうと思った。
「OK。それでいいわね?じゃあ、決まり。あと、ウリュウ!敬語は堅苦しいから使わないでくれる?」
「あ、はい」
他のみんなも同意しているようだった。 個人的には敬語の方が使いやすいけれど、それがこのチームのルールなら仕方がない。
ツバサの発言の後、ムツオ(髪を束ねた男)が話に入ってきた。
「ん〜。適当だなぁ」
「しょうがないでしょ。あなた以外、本格的な経験者じゃないんだから」
「まあ、練習してから決めてもいいんじゃないかな?
ほら、向き不向きってやっぱりあるからさ」
「そうね」
ムツオの提案にツバサは短く同意した。どうやら本格的な野球経験者はムツオさんだけらしい。
「それにしても遅いわね」
「遅いって、8人目のこと?」
僕の質問にツバサはそうよ、と答えた。
「あなた達より先にエントリーして、すでに2時間経ってるわ。もうそろそろきてもいいと思うけど」
「拙者が探しに言ってこよう!」
今度はカメジロウが話に入ってきた。
自信満々に手をあげるカメジロウにツバサは手を頭に添え、うなだれている。どうやら、この桃太郎姿の少年に手を焼いているようだ。
「あなたねぇ......。さっきから言ってるけど、少しは落ち着きなさいよ!探しに行くって、どこにいるかわかんないでしょ!」
「そんな......。拙者の気づかいをむげにしないでくれ!」
ヨヨヨ...とカメジロウは泣いていた。ふざけているように見えて本人はいたって真面目らしい。そう思うと少し気の毒になってきたな......。
「しかし、このまま来なかったらどうするんだ?」
と、レイは疑問を投げかける。ムツオは、
「まあ、普通に考えれば今日の24時00分になるまでに、9人分のメンバー登録をしなければ失格だろうね」
と言葉は穏やかだったが、さっきよりも険しい表情をしていた。
確かにこのままでは問題である。条件として課されていた『メンバー集めは校外で行う』という縛りが如実に僕らを苦しめていた。今から外に出て、受験生を探すというのは骨が折れそうだった。
「ん?」
隣のカーマが僕の肩を叩いた。
「何?カーマ。」
「あのね、9人集めなくちゃいけないんでしょ?じゃあ、受験生の総数は9の倍数だっけ?」
「!」
全員がカーマの発言に反応していた。あんまりにも初歩的なことで僕を含めみんなは呆気に取られた。どうしてこんなことに気づいていなかったのだろう?
「そうか......。じゃあ早く動かないといけないわね」
ツバサの言葉にほぼ全員頷いていた。ただ一人、カーマ本人だけはキョトン、として顔を傾げていた。
「うん?僕なんか言った?」
どうやら本人は全く気づいていないようだった。仕方がないので僕はカーマに(なぜか)教えてやることにする。
「受験生数は9の倍数じゃないから余りが出るってことだよ。その余りは、おそらくは無条件に落ちるってこと!」
「!」
カーマはさっきの僕たちと同じように驚いていた(なんでだ)。
「まあ、受験生数は公表されていないから断定できないけれど、9の倍数ではないと考えるのが普通だろうね」
先ほどよりもムツオの顔はさらに険しくなっていた。しかし、その何倍もカメジロウの顔の方が険しくなっていた。
「くそっ!拙者が不甲斐ないばかりに......」
「いや、あんたのせいじゃないでしょ」
ツバサがカメジロウにツッコミを入れた。
「それに、まだそうと決まったわけじゃないわ。たまたま受験者数が9の倍数だったから、ベースボールに決まったのかも」
「それが楽観的っていうんだよ」
レイが厳しい言葉を投げかける。彼も先ほどより厳しい表情を示していた。
「あんたはどう思うんだ?マミ」
全員の目線がマミの方へと向いた。唯一、この中でマミだけが冷静に読書を嗜んでいた。しかし、言葉をかけられると、急に顔から汗を垂らし、動揺しているようだった。
「も...もしかし...たら、その人、他...のところへ...行った...のかも」
たどたどしく喋る声からは若干の焦りがみえたが、もしかしたら普段からこんな感じなのかもしれない。しかし、その言葉はさらに僕たちを抑えつけた。
「どうしよ〜。ネットじゃメンバー揃ってるチームばっかりだよ〜」
スマホを見たカーマの顔は青ざめていた。余程の馬鹿でもこの状況がやばいということはわかっているらしい。
「馬鹿とはなんだ!」
「だから、心読むなって」
漫才をしている暇はなかった。僕たちは試合を行うことなく敗れるかもしれなかったのだ。
ムツオが立ち上がった。
「こんなところでもたもたしている暇はない!この部屋は1人か2人だけ残って、あとの全員ですぐに探しに行こう!大丈夫だ。まだ時間は......」
ピンポーーーン。
ムツオのセリフを遮るようにインターフォンが鳴った。
もしかして、と思う間も無く ツバサは電光石火のごとく部屋の玄関まで向かう。
新メンバーだろうか?それとも単に僕らが部屋の中でうるさくしていたからここのホテルのコンシェルジュかなんかがクレームに来たのかもしれない。
僕は久々に心拍数が高まっているのを感じながら、しかし、頭は自分でも驚くほど冷静だった。
こんなに気持ちが高揚するのははいつぶりだろうか......。 僕は自分の過去を無意識に回想していた。
全員の意思が一つになっていくのを感じる。
頼む...!メンバーであってくれ!
「きゃあああああああああああああ!」
☆
静まり返った部屋にツバサの悲鳴が響き渡った。
「は?」
全員は全く意味不明な悲鳴に困惑していた。聞こえてきたそれは嬉しい悲鳴などではなく、どちらかといえばびっくりしたような悲鳴だったからだ。
もちろん、ホテルのコンシェルジュが来たからといってこんなに驚くのは極めて不自然である。
......なんの悲鳴だ?さっきまでのツバサの印象からすると全く予想できない悲鳴だったが、おそらく来訪者ではなく、間違いなくツバサの声だろう。
「ねえ、ウリュウ君。ちょっと見てきてよ」
ムツオさんは玄関に近い自分やレイよりも、部屋の奥にいる僕に押し付けてきた。
「......わかりました」
また敬語に戻っていたが、今はそれどころではなかった。というより、ムツオさんは僕より数段年上に見えるので、呼び捨ては違和感があった。ムツオさんと呼んだ方が自然だろう。
そんなことよりも、ツバサの身が心配である。もしかしたら、ヤバイ奴なんかが乗り込んできたのかもしれない。僕は小走りでツバサのいる玄関まで向かった。
「ツバサ!?」
ツバサは玄関前で尻餅をついていた。目を見開いて、扉の先を指差しながら口をパクパクとさせていた。
その様子からは特に、殴られたりなどした形跡は見受けられなかった。ただ、扉の先は僕の方向からは見えないので(入口の横方向から見ている)、そこで何が起こっているのかは分からなかった。
「う、ウリュウ...! 化け物だわ」
ツバサの顔は青ざめている。いやはや、さすがの僕も化け物がいるとは予想していなかった。いや、もしかしたらそういう妄想も一瞬頭をよぎったかもしれないが、それはあくまで妄想である。
僕は自然と身構えていた。情けない話だが、目の前の少女を救うよりも、自分自身のことだけを考えている(しかし、普通はそうだろう!)。
「化け物とはなんだ!失礼な奴だな」
身構えていると変に素っ頓狂な声が聞こえてきた。化け物が部屋の中に入ってくる。
......いや、まさかな......。
僕はこの声を何度も聞いたことがあった。というか、昨日聞いた。
化け物、もとい茶色い物体はこちらの方を見た。
「ゲッ!ウリュウ!」
「何してんだお前」
僕らの前に突如現れたのは巨大なハムスター、ペグだった。
☆
「バカーー!」
カーマはまた、どこから取り出したかわからないフライパンでペグの頭を叩いた。
「グゲェッ!やめろ!俺に人権はないのか!」
「いや、ないだろ......」
確かに欧米では人権ならぬ、動物権なるものが流行っているらしいが.......。そう考えると、欧米ではカーマは捕まっているかもしれない(ペグを動物とするかは置いておいて)。
みんなはカーマとペグのやりとりを見て、目を丸くしている。
無理もないだろう。ペグは体長(身長)1.5メートル、さらには人語をしゃべっている。こんな生物はおそらく、いやほぼ間違いなく地球上に存在しない。
ずっと本を読んでいたマミさえ(さん付けの方が良いだろうか?)、目を丸くして凝視している。
ツバサが僕の肩を叩いて尋ねてきた。
「ねえ......。あれ、何なの?」
「名前はペグ、カーマの同居人か、もしくはペット」
僕は適当に返す。当然これだけのことでは納得できるわけがないだろうが、僕に聞かれても僕もよくわからない。
そんなことよりも今は、ペグに聞くことがある。
「なあ、ペグ。何でお前ここにいるんだ?」
「こっちのセリフじゃ。俺は受験で野球のメンバー募集があったからここに来たんだよ」
「はあ?じゃあ、偶然ここで鉢合わせしたってことか?いや、そんなことよりお前も受験生だったのかよ」
にわかには信じがたかった。前日のペグはそんな素振りは見せていなかったし、受験会場にいたら目立ちそうなものだ。
「カーマ。お前、知ってたか?」
カーマは首を横に振る。
「知らないよ。受験の内容が野球ってことも言ってなかったし」
おそらく受験生しか知らないであろう受験内容を知っているということは、ペグの言っていることは正しいのだろうと推測できた。
後ろのレイがペグに向かってクレームを入れる。
「じゃあ、何で来るの遅いんだよ!他のチーム行ったかと思うだろ!?」
「何でって、昼だったからお昼食べてたんだけど......」
「お・ひ・る〜〜〜?」
レイは頭を抱えて叫んでいた。僕は何度もその経験があったので、気持ちは痛いほどわかる。
一言付け加えるならば、昼飯が2時間もかかった理由は、ハムスターだからだろう。
「おいおい。まだ昼の一時だぜ?お前ら焦りすぎだろ?」
「お前な〜〜」
レイの叫びを尻目に、僕はペグの発言に少し関心していた。そうだ、まだ1時なのだ。ということは当たり前だが、まだ夜の12時まであと11時間ほどある。
僕たちは焦りすぎていたのだろう。ペグの言葉で我に帰るとは、我ながら情けない。
「ペグの言う通りだね。少し、焦りすぎていたみたいだ」
ムツオさんはたち上がってペグの前に立ち、手を差し出した。
「私はこれで受験7回目なんだよ。今年こそは......なんて、気持ちが前のめりになっていたみたいだ。ペグ、ありがとう。礼を言うよ」
二人は握手をする。ムツオさんの感謝の言葉に、ペグは全くチンプンカンプンの表情になっていた。
部屋の中は次第にリラックスした雰囲気になっていった。さっきまで上がっていた自分の心拍数が徐々に落ち着きだし、ほとんど平常と変わらない状態に戻った。
「しかし、落ち着いてる場合ではないわ。早くメンバーが揃うに越したことはないんだから。その前に、私たちも軽めに昼食をとりましょう」
ツバサの言葉で、僕らは緩んだ気持ちを再び引き締める。
「やった〜〜」
隣でカーマとカメジロウがハイタッチをしている。どうやら二人はお腹が空いていたらしい。呑気な奴らだ。
ツバサはその二人の様子に顔がほころんでいた。さっきまでのクールな表情から一転しての柔らかい表情に少し驚いた。
その表情をじっと眺めていると、ツバサがこちらに気づいたらしく睨まれてしまった。
「何?」
「いや、何でも......」
先までの笑顔とは打って変わって厳しい表情と化していた。
......こわ〜。
☆
すっかり意気投合したカーマとカメジロウが、昼食を買ってくると申し出たので、僕らは二人に任せて作戦会議を再開することにした。
しかし、正直なところ、個人的にはあの二人に任せることにいささか不安が残っているのだが(僕だけじゃないだろう)、昼食を買ってくるだけで大袈裟だ、と二人から言われてしまった。
......不安だなぁ。
そう考えていると、それを察したのかツバサは、
「過保護ね、ウリュウ」
と僕に苦言を呈した。
「そうだぞ、ウリュウ。二人を信じろ」
レイもツバサに同意するように僕に言ってくる。もちろん僕も普通の人間ならこんな心配はしない。
しかし、相手はあのカーマなのだ。二人はあいつの変人ぶりを知らないのである。
ついさっきも、ホテルまでの道のりを10回以上間違えていたし(それ以降は僕がスマホを見て確認しながらホテルに着いた)、まごう事なき方向音痴なのである。
唯一の頼りがカメジロウなのだが、しかし初対面で人は判断したくはないがあいつも間違いなく変人だ。
もしかしたら、カーマを超える逸材かもしれない。僕は今までカーマを超える逸材は今後一生出てこないだろうと踏んでいたが、認識が甘かったことを認めざるを得なかった。
その現在のツートップが今、一緒になって僕たちの目の届かないところにいることに、僕は変な興奮を覚えていた。
......やべえよなぁ...。
「ほら、カーマ君。今は二人が戻ってくるまで会議に集中しよう」
ムツオさんの言葉で我に帰る。そうだ、もう心配してもしょうがない。なるようになれ!
......そういうわけで、部屋にある椅子向かい合わせに置き、作戦会議が始まった(僕とペグはイスが足りないのでベッドに座っている)。
「じゃあ、まずは残りあと一人のメンバーをそうやって探すか決めたいわね」
「ネットからエントリーしてくるのを待つのは楽観的すぎるな。ここは外に出て、一人一人、手分けして探すべきじゃないか?」
「いや、それはまずいかもしれないな」
レイの提案をムツオさんは却下する。
「こういう事を言うのはいささか憚られるのだが、一人でいると逆に引き抜かれる可能性がある。つまり、抜け駆けされる恐れがあるんじゃないかと思うんだよ」
「まったくね。みんなここで会うのが初めてだし。今はそう思っていなくても、追い詰められたらどうなるかわからないわ。正直なところ私、抜けると思うわ」
ツバサはムツオさんに同意する。
「じゃあ、どうするんだ?」
「二手、つまり4人ずつに分かれて探すのがベターだと思うね」
「他のチームもそう考えている可能性があるわね」
「だな。結局、もう一人だけで動いているやつなんかいないんじゃないか?」
「その場合、複数チームでそれぞれが9人になるように調整することになるだろう。例えば、8人、5人、5人のチームがあるとすれば、9人と9人に、というような感じで」
「こまめに連絡を取りながらやった方が良いわね。それだとぴったり18人にならないといけないわけだし」
「とにかく学校周辺だな。あそこ以外でばったり他のチームと会うことは考えにくい...」
もう3人の独壇場で置いてきぼりだった。僕とマミさんはただ黙って議論を聞いている(ちなみに、ペグはベッドでグォーといびきをかいて寝ている)。
そういえば、とツバサが僕の方を見た。
「それのポジション決めてなかったわね」
それ、というのはペグのことだろう。どうやらペグを生物とは認識していないようだった。悲しかや。
「じゃあ、ショートで」
僕は、爆睡中のペグの代わりに勝手に答える。
「いいの?」
「いいよ」
即答した僕に、ツバサはそれ以上聞いてくることはなかった。おそらくさっきの出来事で、ツバサはペグに対して苦手意識を持っているのだろう。
「寝てる......」
ボソッとした声はマミさんからだった。どうやら解りづらいが、笑っているらしい。
さっきからのいびきが聞こえてなかったのだろうか。それならば、もしかしてさっきの議論も聞いていなかったのか?
となれば、実質、議論に参加しようとして出来ないのは唯一僕だけだ。
なんだ?普通の高校生ってこんなにレベル高いのか?僕はカルチャーショックを受けていた。
その後も、実質僕だけが置いてけぼりの議論が進み、30分が経過していた。
ピンポーン。
部屋のインターホンが鳴った。
「どうやら心配いらなかったみたいね」
ツバサは僕の方を見て言う。
確かに僕は二人を舐めていたようだ。悪かった、カーマ、カメジロウ。君らは僕が思っていたほどの変人じゃなかったんだ。
玄関の扉を鍵は部屋の中にあるので、僕はそれをとって玄関の方へ向かった。たった30分が過ぎただけなのに、僕には2年半ぶりに会う旧友のように感じた。
会いたかった、カーマ、カメジロウ!
玄関を開けた瞬間、僕は戦慄した。
☆
扉を開けるとそこにはカーマとカメジロウがいた。 しかし、そんな事は特に重要なことではなく、問題はその後ろにいる人たちだった。
「カーマ......。これは?」
「うーんとね。コンビニ行く途中にばったり出会ったの」
ばったり出会ったという後ろの方々は、それぞれどうも、とお辞儀をし、その中のリーダーと思しき人物は僕に話しかけてきた。
「メンバーに入りませんか?」
その発言からすぐに、僕らと同じ受験生であることを確信した。ど直球に勧誘をしてくるのをみると、どうやらあちら側もメンバー集めにすごく焦っているようである。
あちらの人数は6人。そして、カーマとカメジロウを合わせると8人である。まさか......
「どうやらチーム集めに苦労しているらしく、我々と協力できればと思って連れてきたのだ」
......どうやら二人はあっち側に入ったわけじゃなかったらしい。そりゃそうか。どうもさっきの議論があったので先走ってしまったらしい。
「ええっと......」
「どうかしたの?」
僕がどもっていると、今度はさっきとは逆でツバサが僕の方へとやってきた。僕は簡単に説明をする。
「カーマたちが他のチームを連れてきたらしい」
「あら」
そう言って、ツバサは僕の前方へと割り込んでくる。
「貴方達に誰か、私達のチームに入らない?1人でいいんだけど」
こっちも直球だった。相手側は動揺しているようで、ヒソヒソと何かを話している。
「いや、こちら側からは出せません。そちらは?」
「こっちも無理ね。じゃあ、交渉決裂ね。そうだ、一応電話番号交換してくれる?」
意外とあっさりと引くツバサ。さっきの発言があったので、あっち側に入っていくと思ったのだが.......。
電話番号を交換した後、6人組は足早に去っていった。余裕ぶってはいられないのだろう。
ぼくは意外な顔でツバサを見ていると、ツバサはそれに気づき、何?と言ってきた。
「いや、あっち側に行くんじゃないかと思って」
「行かないわよ。それは『追い詰められた時は』という条件を付けたらの話よ。ちゃんと聞いておきなさい」
そう言って、カーマとカメジロウを部屋の中に入れる。
「そんなことより、お腹減ったわ。ご飯にしましょ」
僕はツバサという人間を誤解していたようだった。自分は何て恥ずかしい人間なんだ。ツバサに謝りたかったが、妙な空気になることを恐れて言えない自分がさらに情けなかっ
た。
この受験が終わったら謝罪しよう。僕は強く決意した。




