5走目 盗人にも一厘の理 前編
冒険者ギルドに着いた。
北通りの人混みに方向を惑わされ、二十分程彷徨ったが何とか着けた。
木でできた簡素な扉を開け、俺へと向けられる超怖い視線の中を突っ切って一直線に受付へと急ぐ。が、今日は何か理由があるのか朝だからなのか受付の前に十人くらい並んでいた。
(イヤダアァァァァッッ!!この大量の視線の中、この列に並ぶのは滅茶苦茶イヤアァァァァッッ!ていうか大体なんで俺んとこばっかに視線が集まるんですかね!!俺何もしてないよね!!)
決して口に出せない文句が心の内から次々湧き出てくるが口というところからそれが漏れることは一切ない。この間筋肉達と鬼ごっこしてる時はなんか知らんが漏れてたらしいが、今回はそんなことは起こらない。周りのこの目線の数を見て下さい。俺が何か喋ろうものなら一瞬でぶっ飛ばされそうなこの状況。もう現在進行形で精神がすり減っております。
そんな感じで俺は一人冷汗を掻きながら列に並び、十分位したところでようやく前の人が居なくなった。そしてコミュ障発動!たどたどしく俺は用件を言う。
「え、え、えっとぉ…昨日の能力値せん…検査、の結果の方を…」
噛んだ。もう死にたい。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「は、はい」
昨日の今日なのにと一瞬思ったが、そりゃそうだよな。こんだけ人が居るんだからいちいち覚えてるわけねぇよな。と思い直したその時、受付の人が少し笑いながら話しかけてきた。なに?なんなの?怖い怖い。
「なんて、からかってみただけですよ。面白いですねマリさんは」
撤回。可愛い可愛い。眼鏡掛けてるから勝手に堅い感じの人かと思ってたが違ったみたいだ。
「は、はぁ…」
首を傾げながら苦笑いする俺。彼女はクスクスと笑いながらチラっとこちらを見ると、笑うのをやめ、パッと切り替えて仕事モードになる。
「コホン、能力値検査結果でしたね。こちらです」
「は、は…あ、ありがとうございます」
決め台詞を言いかけたが、何とか持ち直し軽く礼をしてその場を立ち去る。
「また来て下さいねー」
わざわざ笑いながら手を振って見送ってくれる受付お姉さん。なんだ?そんなに俺のコミュ障っぷりが面白かったのか?ま、確かにあんな見た目明らか屈強な奴らが面白いわけないからな。珍しいんだろうなこんなコミュニケーション障害者。
お姉さんと冒険者達に見送られ(冒険者達は睨み送りだが)俺はギルドを出る。
(さーてと…俺の能力値は…)
視線をその手に持った紙に移そうと、その時、誰かが猛走で俺の肩にぶつかって来た。
「いってぇな!おい誰だ!」
思わず叫ぶ俺だがそんなことをする奴だ。当然答えが返ってくるわけもなく、何もなかったかの様にその出来事は人混みに掻き消される。再度、視線を紙に戻そうと下すとまた誰かが近づいて来た。
(…はぁ、今度はなんッ…)
と視線をそっちにやった俺だったが、すぐさま別方向へ逸らした。息を切らした、あるおっさんが走って来ていたのだ。
(やっっべっ!!この前俺が結晶か何かを顔面クリーンヒットさせちゃったおっさんじゃねぇか!)
流石にこの人混みじゃバレないだろと思いつつも、俺の身体は強張っていた様で凄い不自然な動作になってしまう。そして…
「おい、そこの若造」
はい捕まった。もう諦めた俺は振り返っておっさんと真っ直ぐに対峙する。
「何でしょうか」
愛想無し、態度悪しで返事をする。正面から見たところ顔の傷は前に見かけた時とあまり変わっておらず、さらにこれは跡に残りそうな程度である事も分かった。思い出すとやっぱり気が引けてきた。
「とりあえず、ここで会ったのも何かの縁だ。立ち話も何だから場所を変えようか」
あれ?よくもお前あの時はみたいな感じで殴りかかる、良くても喧嘩が始まるかと思っていたんだが平和的だな。あぁ、そうか。ここじゃやりにくいから場所変えようってか。そうと分かれば逃げるが善よ!
「ちょっとだけ…付き合ってくれるか」
俺が立ち去ろうとした事に気付いたのか、何か悩みを抱えている様な表情でおっさんが言う。
(この調子だと、俺が盗み出したという誤解はある程度解けているのか…?)
「は、はぁ…いいですけど…」
おっさんについて行くと何だか見慣れた景色がだんだん多くなってくる。そして、不意におっさんが立ち止まった。
「着いたぞ若造」
「あ、あぁ」
着いたのは東通り側の街中に在る、俺もよく知っている全然俺のこと覚えてくれない老店主の店だ。考えてみたら、相手は老人で俺がくるのは月一くらいだ。そりゃ覚えてないか。因みに月一なのは丁度そのくらいで貯金に余裕ができるからだ。この店ちょっと高いんだよな、その価値はあるから良いのだけれど。
綺麗に拭かれた暗めの色の木目調の椅子とテーブルにおっさんと俺は腰掛ける。
「若造、お前何かいるか?」
「いらん。それと若造じゃなくてマリな」
「…そうか、マリナか」
「いや、マリナじゃなくて、マ、リ」
「おう、そうかそうかすまんな」
「それで、おっさんの名前は?」
「おい、おっさんは失礼だろう!…ま、まぁいいが…」
まぁいいのか。それじゃ、呼び方はおっさん固定だな。
「名前はテンシュだ」
声に出さずにはいられず言葉が出る。
「まじか」
「それは俺も思っとるから」
少し茶番が入ったが、ここで本題をと切り出す。
「んで?おっさんは俺に何の用があったんだ?見た感じこの間の事じゃ無さそうだが…」
「ああ、実は俺の店の商品がまた盗まれたんだ」
(おいおい…対策とかしてないんじゃないこのおっさん。前もあんな小さな子供に盗まれてるし)
「それで、お前さんにぶつかっていった奴がそうなんだが、どうか捕ま」
「無理」
「いやまだ言えてな」
「無理」
「そうか…」
いや、そりゃそうだろう。そんな面倒事頼まれてくれるほど俺は良い奴じゃないぜ。
「話はそれだけか?」
「そうだな…この間の件は誤解で追いかけ回してしまってすまなかった。この謝罪を言えたらと思っていたのだ」
「それはもういいよ、おっさん。じゃ、俺は行くから。あ、でもな、運び屋ぐらいの仕事なら俺は受けるから見かけたら気軽に頼ってくれよー」
「ありがたいな…是非ともそうさせてもら…ッ!」
急におっさんが椅子を倒す勢いで立ち上がった。おっさんの視線の先から声が聞こえて来た。
「誰かー!!盗人ですぅー!!」
ここ周辺は大中央広場に繋がる中央通りよりも人が少ない上この店は入り口に扉が無かったので
この店の前を走って横切って行く男が見えた。
「あ、あいつだ!えー、マリナ君!やっぱり捕まえてくれ頼むぅー!」
「追いかける側は自信無いんですけど…」
ていうかマリナやめろ。
「頼むから!半生のお願い!」
半生かよ。このおっさんの残り人生をかけられても何というか変な感じっていうか…
「捕まえてくれたらなんか店のあげるから!お願いだぁぁ!」
店の中だというのにこんなに叫びやがって。周りの人も見てるし断れないじゃないか。そして何より恥ずかしいでしょやめてくれ。
「分かった分かった、行ってくるから、この店で待っててくれよ」
「ありがとう!絶対なんかあげるから!」
(へいへい…“なんか”“なんか”って何くれんだよ。こうなったら絶対一番高価な物選んだろマジで)
俺が急いで通りへ出るとおっさんが大声で俺に懇願していたためだろう、この会話を聞いていたらしく、周囲の人やさっき何かを盗まれた人から当然おっさんからも頑張ってね的な視線を送られた。男が走って行った方向へ向かうと人混みは中央通りよりはマシなので走って行く男の姿がまだ見えた。
今回は鬼か…って俺、能力値検査結果まだ確認してないんだけど。誰にも見られたくなかったからおっさんがいる時は無理だったし、あいつ捕まえた後、夜にでもチェックするか。
〈おいかける〉側だとマリはどうなのか…