5走目 盗人にも一厘の理 後編
前を走る例の盗人は背後の俺の存在に気付いたのか、走る速度を上げる。
(うおっ、はえーなアイツ…)
俺は一応気付かれにくい様にある程度距離をとって追跡し、そのまま気付かれなかった場合には奴の寝所、もとい拠点を潰しに行ってやろうと考えていたのだがもう無理そうだ。既に自分が追跡されているという事に気付いたあちら側から考えれば当然拠点に戻る前に俺を撒くという思考に至るだろう。となればこちら側はもう追跡、捕獲に専念する他ない。
(バレちゃったし、本気で走るか)
いつも逃げる側なので長距離を持続的に走り続ける方が俺は得意なのだが、かといって短距離、瞬間加速が出来ない訳でもない。
俺は両脚に渾身の力を込め足の回転率を上げる。一歩一歩地面を強く蹴り、俺の中の最大速度で走る。幸いというか、相手が馬鹿なのか知らないが人混みに逃げれば良いものをむしろ人が少ない通りに逃げて行ってくれた為こんな速度で走っても事故にならなそうだ。
(相手は何が狙いなんだ…。あれか、自分の速さを見せつけた上で追跡を撒いてドヤァってやりたいのか?そうだとしたらアイツ本当に馬鹿だな…)
俺の全速力は持って1分。だがさっきまであった距離はもう随分と無くなってきている。相手も凄く足が速いのは分かるんだけど、まだまだ俺よりは遅かった。
徐々に縮まる距離。こういう展開だから何か奥の手でもあるのかなと面白げにちょっと期待したりしたのだが、現実はそんなこともなくあっさり捕まえる事が出来た。
「ひ、ひえぇ…わてよりも速いなんて…」
どうやら捕まった事よりも足の速さで負けた事の方を気にしているようだ。
予想通り、馬鹿だった。
俺はこいつがいつ逃げ出してもすぐ追いついて捕まえられる自信があるので、手を縛ったり、何か足枷になる物とかを付けさせる事もせず、普通に歩かせて連れていった。
(なんか…あっさりだったな…てかそっか、俺が逃げる訳じゃないからあの声の能力使えないわ!今回は相手が馬鹿だったし遅かったから良かったけど、覚えとかないとな…うっかりしてたな…危ねぇ危ねぇ)
全力で走ったので元居た場所に戻るまで結構歩いた。走って連れて行くのもありだったけど、一応、万が一の為に保険を掛けたのは間違いではなかったはずだ。
ま、また俺の一日が削られたけどな。
あの老店主の店が見えてきた。あちらから俺の帰りを待っていたらしき人々が俺の姿を捉えて歓声を上げている。
「戻って来るの早くない?」
「あぁ…あんな凄まじい速さで逃げて行く奴をこんな短時間でなんてな…」
「あいつどんだけ速いんだって話だな!」
そんな会話が聞こえてくる。実際、戻って来たのが早いのは事実でありここを出発してからギリギリ一時間経ってない位で帰って来ている。俺は周りに囃し立てられ一方捕まえたこいつは、自分が凄まじい速さだったと言われているのを耳でキャッチしたのか嬉しそうな表情を隠せないでいた。うん、本当に馬鹿だなこいつ。さっさと街の巡回兵の所に連れて行こう。
「おお!ありがとう…!きっと捕まえてくれると思っとったぞ!」
「おう、まあな。後で約束のアレ、忘れんなよ」
「勿論さマリナ!」
「だーッお前もうわざとだろおいっ!!」
大して面白い絡みでもないからマジでやめろおっさん。周りも空気を読んで笑ってくれているがそれが逆にきつい。
「じゃあ俺はこれ巡回兵んとこ連れてくからまたそこで待っといてくれ」
「あいよ」
「え?わい連れてかれんの?」
(は?こいつ連れて行かれないとでも思ってたの?いや、そもそも悪い事だとも思ってなかった系か?或いは連れて行かれる事を知らなかった…とか。兎も角、こいつがただの馬鹿どころではない事は分かった)
「当たり前だろ?お前は馬鹿か阿保か間抜けか」
「酷い!」
いや、今のでも控えめに表現したつもりだぞ。馬鹿とか阿保とかでは表せないぐらいお前馬鹿だから。俺の配慮に気付けよ馬鹿。あ、馬鹿だから無理か。
俺はこいつの窃盗行為の証人としてこいつと一緒に三人、目撃者(俺含まず)も連れて東通りの巡回兵の詰所に向かう。入り口に全身鎧のいかにも兵隊さんみたいな人がいたので話しかけにいく。
「何の用だ」
お、あっちからか。
「こいつが盗みを働いたので連れてきました」
「ほう、法を犯したか。了解した。」
「証人は要りますかね」
「証人は基本的に要らん」
「え」
「偽装工作される可能性があるからな。後で其奴から事情を聞き出し、こちらが調べればいいことだ」
マジか。まぁ納得っちゃ納得だが証人として連れてきた人達すまん。無駄足踏ませちまった。
「わざわざ連行してくれたこと、感謝する。では後はこちらがやっておくのでここに連行者の代表者一名だけサインしてくれ。」
そう言われ、俺が前に出て渡された紙の必要事項と書かれている部分を埋めていく。あれ?でもこれ何の意味があるんだろうか。書き終えた俺は聞く。
「これを書かせる理由って何ですか?」
「ふむ、そんな些細な事が気になるか、変な奴だ」
いや、些細じゃないでしょ。俺の個人情報だよそれ。不敬罪になるだろうからそんな事は口に出せないが。
「まあいい、教えてやる。簡単な事だ。ここへ連れて来られた者は証人もなしに連行してきた者だけの証言で牢屋行きだ。だが、連行者が嘘をついて免罪を掛けることも出来るだろう。その場合の対処が今のサインだ。こちらの調査と一致しなかった場合、連行者は例え嘘をついていなくとも免罪掛けの罪を負うことになる」
なるほどね、つまり、ここの人たちの調査結果次第では俺、捕まるのね。こっわ。
「なに、安心しろ。こちらも調査は綿密に行う。事実と異なる結果となる事はほぼ間違いなく無い。お前が嘘をついていない限りはな」
「は、はい…で、では色々教えていただいてありがとうございました」
「うむ。連行御苦労であった」
あーこわ。兵隊さんこっわ。威圧すごいんだけど。居るだけで気圧されるあの雰囲気。そして最後地味に脅されたよね!?と、それは一旦置いといて、謝罪を忘れるところだった。
「あ、ご、ごめんな…その、無駄足させちまって…」
「いえ、良いですよ!全然!」
付いて来てくれたうちの一人、若い女の子が言う。
「ええそうです。お気になさらず!」
もう一人の青年が言う。最後の一人の顎髭を生やしたダンディなおじさんもうんうんと頷いてくれている。良い人達で良かったと俺は心底安堵する。
この様な状況になれば大抵の人はこの様に許してくれるものだが、最近の彼が遭遇する人々の事を考えればこんな当たり前のことにでさえも、こんなに相手の気持ちを気にしてしまうのも少し納得である。
俺は再び老店主の店付近まで戻って来ると、証人として付いて来てもらっていた人達と別れ、おっさんの待つ店へ入った。
「お、帰ってきたか」
「おう」
俺はおっさんのいるテーブルの席に向かい合って座り、さっきの盗人の荷物から回収した物をポケットから漁ってテーブルの上に置く。
「ほらこれがおっさんの店の商品だろ?」
俺が前に誤解吹っ掛けられた時に見た結晶みたいな物があったからこれだろうと判断したが、どうだ?これで合っていたか?
「改めて言う。本当にありがとう!」
合っていたか。ならこの問題は解決した。
「さてと、“なんか”貰おうかな」
「あぁ!そうだったな」
ここで俺は詰める。
「勿論商品は選ばせてくれるよなぁ〜」
「う、あ、あぁ!当然だろう!」
ハッハッハと笑いながら、大丈夫だ選ばせてやると、そう言ってくるおっさんの顔には少し焦りが見えた気がした。
「じゃ、早速いこうか!」
「そうだな!こういうものは早い方が良い!」
テンシュも表面上は協力的、だがどうせこれだけは譲れないとか言ってくるんだろうとを彼は予想しながらテンシュの商品を受け取るべく彼の家へ向かって連れられていく。
(十中八九結晶屋さんなんだろうが一体結晶って何するものなんだろうか。まさか俺のあの使い方が正解なわけもないしな…いや、飛び道具としても結晶って結構優秀だと思うんだけどね…)
結構あっさり解決。




