ヒロインの舞台入り
大変お待たせいたしました。
入学式とはどこも同じようなものなのか、前世での校長先生の話は長くて眠いなんてあるあるを思い出しつつ、学園長のやはり長い話を聞いていた。皇太子であるジル様の婚約者としては、ほかの令嬢、令息の手本となるように過ごさなければいけないので、うたた寝などできないなぁとか、入寮してからのここ数日ヒロインらしき人物とは出会わなかったなぁとか、その時の私はとても呑気だった。
「ところでアイリーン様、入学式早々ではありますが気を付けてくださいませね。学園は一種の独立国ですわ。自由であるからこそ羽目を外しすぎる者もおります…。アイリーン様はこの国の母になる予定の方。それを疎ましく思うものもまだいるということが…悲しいけれど事実ですわ。」
式が終わり、そのように忠告してきたのは私の数少ない親友であるリーラ様だった。
リーラ様はあの事件の後のお茶会で仲良くなった伯爵令嬢だ。リーラ様は伯爵令嬢でありながら庶民的な感性を持っていて、いい意味で貴族らしくない方だった。そして、リーラ様の侍女であるレイラと私の侍女であるアンは幼馴染だったそうで、リーラ様と仲良くなるのは時間もかからなかった。
そんな彼女と2人でお茶を楽しんでいた。
「わかっていますわ。このように問題を抱えた者がいまだにジル様の婚約者としてのさばっている。悪く思わないほうがおかしいくらいですもの。」
「そんなことアイリーン様よりも殿下にお似合いのご令嬢なんてこの世に存在しませんわ!」
「ふふっありがとうリーラ様。」
彼女はいつも励ましてくれる。何かと考えすぎて後ろ向きな発言をこぼしてしまった時、いつも話を聞いてくれる存在でもある。前世を含めると私のほうが年上であるのに、何だか姉のような方なのだ。
「さあそろそろ参りましょうか。」
話もひと段落し、お開きにしようと席を立った時だった。
「きゃぁ!」
近くで悲鳴がしたと思ったら、何かでスカートが濡れたようだった。
「ごっごめんなさいっ私ったら…」
そんな風にはかなげな声で一人の少女が謝ってきていた。
きっと私が立った拍子に驚いて持っていた紅茶か何かをこぼしてしまったのだろう。
私自身も迂闊にも探査魔法の範囲を広くする前に立ってしまった。
「こちらこそ急に立ってしまいましたもの。驚かせてしまいましたわ。ごめんなさい。」
早急に探査魔法を周囲にかけ様子をうかがう。彼女はティーカップを持ち歩いていたようだった。
「あらミーナ様、お久しぶりですわね。ところで、給仕でもないのにお茶を、それもポットでもなくカップを持ってどこに行くつもりでしたの?」
「えっと…あのっ」
急にどうしたのかと思うくらい、リーラ様の言葉は、やけにとげとげしかった。そしてミーナと呼ばれた彼女は怯えたような声色でたじろいでいた。
少し焦った様子を悟られないように私はゆっくりと口を開いた。
「リーラ様、ここはカフェですわよ。お茶を飲むために決まってるじゃないですの。ミーナ様とおっしゃるのかしら。こちらの不注意で驚かせてしまったわ、スカートのことは気にしないでくださいませ。ケガはされてないかしら。」
「私…わざとじゃないんです!!」
だから気にするなと言っているのに…。まぁ私相手だと怖いかもしれないけれど…。
「ミーナ!」
泣いているような声で甲高く無実を訴えてくる少女の名を呼び、おそらく青年が駆け寄ってきた。そして、様子をうかがったかと思えば急に頭を下げてきた。
「…申し訳ありません。貴女様はかの有名なトレイドル公爵家のアイリーン様とお見受けいたします。私はカルドット男爵家嫡男、ルシウス・カルドットと申します。この度は我が妹がご無礼を働きました。」
「あ…えっと、ルシウス様、このような格好で失礼いたしますわ。おっしゃる通り、私はアイリーン・トレイドルと申します。今回のことについては私も悪いのです。どうかそのように謝らないでください。ミーナ様もお怪我がもしないようなら、互いに気を付けましょうということで、これで終わりにしましょう。このような人目のある場所では、見世物になるだけですわ。」
「そうおっしゃっていただけるなら…。」
「お兄様…。」
できれば大事にしたくないというように伝え、私はその場を早々に後にした。
「辺境の男爵令嬢だからと相変わらずミーナ様は礼儀作法も怠っているのではないかしら。」
場を離れ、寮に行く途中そうリーラ様は不満げに言った。
「お知り合いでしたの?」
「幼少期に少し会う機会があったのですわ。もしかしたら理想の方かもしれないと…まったくの期待外れでしたけれど。」
「理想?」
「コホン、こちらの話ですわ。ミーナ様はカルドット男爵家のご令嬢で、ルシウス様は義理のお兄様なのです。彼は2つ上の学年にいらっしゃるのですが、成績はいつも上位クラス、容姿も整っておられると有名なのですわ。男爵家ではあるけれどすでに官僚として王宮で働くことが決まっているような方なのです。その妹のミーナ様も容姿は大変整っておられますけれど…。子供のころから少し天然なところがあるというか礼儀知らずというか…。」
「何でも知っているのねリーラ様は。」
「そんなことないですわ。」
リーラ様の話を聞きながら、私は少し冷や汗をかいていた。
かすかに覚えているヒロインの背景である、辺境の地にいる男爵令嬢、とても容姿の整ったお方であるということ。そしてもしかしたら攻略者なのではないかと思われるくらい容姿端麗で優秀だと有名な義理の兄の存在。
まるでぶつかることが必然であるかのような不自然な出会い方。
ミーナ・カルドットという方がこの世界のヒロインなのだわ。
最後までミーナ様は謝らなかったですわと、やけにリーラ様がミーナ様に対して嫌悪感を抱いていたことを振り返りながら、部屋に戻った私は考えていた。
あの場にいた人たちはいったいどのように感じたのかということ。
確かにリーラ様が言っていたように、怯えている割には一度も謝ったりせず自分は悪くないと主張していたミーナ様。
自分の部屋でもないのにティーカップを持ち歩くという行動は、確かにこの世界では非常識ではあったのだ。だが、それに対するリーラ様の反応が、私にはとても引っかかっていた。
日頃からさばさばした人ではあるけれど、今日は少し嫌味なような言い方だと感じてしまった。
もしかして…悪役令嬢にはつきものの取り巻き…リーラ様はそのような存在なのだろうか?
だとしたらヒロインと出会ってしまったことによって世界の強制力が彼女の性格も変えてしまったのだろうか…。
そうであってほしくないと思いながらも、悪い方向にばかり思考が偏っていく。
もしそうなら私と仲良くすることで、悪い影響を与えてしまうのではないのだろうか。だとしたら私の身の振り方だけではいけない。私という存在から遠ざけなければ…。
どうすればいいのかもわからない。ただせっかく仲のいい友人と楽しい学園生活がおくれるのではないかなどという淡い期待を打ち砕かれたようで、世界の運命を恨めしく思うしかできなかった。
大変長らくお待たせいたしました。
活動報告のほうで5月内には、と言っていたにもかかわらず6月も終わろうとしています…。本当に申し訳ないです。今後も投稿の感覚が非常に開くと思われますが、完結までは投稿し続けたいと思っております。
お読みいただきありがとうございました。




