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白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように  作者: さかき原 枝都は
白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
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運命の悪戯***Ⅰ 初めての読者

白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように


 ***運命の悪戯***


   ***Ⅰ 初めての読者***


 梅雨の合間の晴れた公園。


 大きな木の下にある木陰に座り、束ねたA4サイズのコピー紙を一枚一枚めくりながら、そこに印刷されている文字を一文字づつ読んでいた。


 青い空に浮かぶ白い雲。時折吹く風が心地よかった。


 僕のアパートからすぐ近くにある公園。


 その日はバイトが休みだった。


 長雨が続いた後の晴れた公園には、小さな子供たちが楽しく遊ぶ声がする。


 その声を聴きながら、僕は自分の書いた小説を読み返していた。


 ポンポン、僕の足元にボールが転がり


 「おじさぁーん。ボールとってぇ」


 向こうから小さな女の子が呼びかけてきた。


 「お、おじさんはないだろう」


 俺、そんなに老けて見えるかなぁ。



 僕は亜咲 達哉あざきたつや文系大学の3年生。将来は作家(小説家)を目指している。


 小説を書く様になった切っ掛け?


 それは……何となく。


 高校の時、なんとなく書き始めた小説。書いてみると以外にも物語を書くことが、とても好きになっていた。

 自分の中でめぐる世界が好きになっていた。


 今まで何回か小説の大賞に応募してみたが、どれも一次選考にも引っかからなかった。


 いわゆる落選と言うことだった。


 でも書くことは、物語を模索するのは好きだった。だから、今も小説を書いている。大学の文学部に進んでまで。



 「ねぇ、おじさん、早くぅ」


 解った解った。


 手に持つコピー紙を置いて足元にあるボールを取り、そっと女の子の方へ転がしてやった。


 コロコロ


 ボールを受け取るとその子は


 「おじさん、ありがとう」そう言って手を振って微笑んでくれた。


 どういたしまして。そう微笑み返し、コピー紙を取ろうとした時。



 悪戯いたずらな風が吹いた。



 コピー紙は、その風にすくわれる様に宙に舞った。


 辺り一面に散らばったコピー紙を見て


 「あー何だよ」すぐに拾いに走る。


 一枚一枚、あちらこちらに散らばった紙を拾い上げる。


 砂をほろいながら、一枚一枚手に取った。


 ふと、一枚を拾おうとした時、細い指の手と触れ合った。


 見上げると、髪の長い小柄な女性が立っていた。


 「あ、すみません」


 小さな声で一言、触れた手を引っ込め彼女は声を漏らした。


 よく見ると彼女は数枚の用紙を、胸に抱え持っていた。


 「す、すみません。集めてくれてたんですね」


 その言葉に彼女は少しほほを染めて


 「た、大変そうだったから」小さな声だった。


 そっと僕に集めた用紙を渡す。


 「ありがとう」


 僕はそれを受け取った。


 「あ、あの」


 「はい」


 「あの、それって小説?」


 「え」


 不意に彼女から出た言葉にドキッとした。


 「え、あ、あのう……そ、そうですけど」


 「わ、私見るつもりなかったんだけど、ちょっと目に入って、ほ、本当に見る気はなかったんだけど。お、おもしろそうだなって……」


 面白そう。


 何だか、うれしかった 。


 大学に入ってから自分の小説を読んでくれたのは、文芸サークルのメンバーだけだった。


 彼らの感想、いや愚評はもう嫌と言うほど訊かされている。


 小説とは何かとか、文学はこの小説からは何も感じられないとか。


 まあ中には「いいんじゃない」何て言ってくれる仲間もいたが、だれ一人僕の小説が面白いと言ってくれる奴はいなかった。


 だから彼女から出た「面白い」と言う言葉が嬉しかった。


 下を俯き少し恥ずかしそうにしている彼女に


 「もし良かったら、読んでみる」


 とっても恥ずかしかった。でも彼女は、ふっと顔を上げ笑顔で「はい」と答えてくれた。


 

 木陰の下に二人で並んで座り、ばらばらになった番号をそろえ、束になったA4のコピー紙を手渡した。


 彼女は表紙をめくり、僕が創ったストリーの世界へ入っていった。


 時折吹く風が、彼女の優しく柔らかい香りを運んでくれる。


 その彼女の真剣に読む姿を見つめ、その姿にその表情に胸が苦しくなるのを感じた。


 彼女が今呼んでいる小説は、幼いころから知り合う幼馴染の男女が、成長と共にお互いを意識し合い、お互いに気付かないふりをしながら想いを募らせる短編物語。僕の得意とするジャンルは恋愛だ。


 未だ自分は恋愛経験は少ないのだが。


 木漏れ日の中、紙をめくる音が静かに僕の耳に入ってくる。


 彼女は時折「クスッ」と小さく笑い、そしてたまに「ふう」と軽くため息をついた。


 そして、コピー紙の束を直し、僕へ手渡した。


 「はい、ありがとう。思った通り面白かったわ」


 「本当に」


 「ええ、でもちょっと引っかかるところあったかなぁ」


 僕はそれを訊いてとっさに


 「え、どんなとこ、何ページ目のとこ」


 彼女は


 「そうねぇ、主人公の彼氏がようやく自分の気持ちに気付いて彼女に告白するところ。告白の場所が教室だったて言うところかな」


 「どうして」


 「だって、二人は幼馴染なんでしょ。いつも一緒にいるんだし、それに二人の生活の場面が良く出ていたから、何も夕暮れの教室じゃなくても良かったのかなぁって。確かに夕暮れの誰も居ない教室も魅力的だけど」


 なるほど、やっぱり読んでくれた人の感想はものすごく心に響いた。


 「ありがとう。とっても参考になったよ」


 そう言って彼女の方を見ると、真っ赤な顔をして俯いていた。


 「ご、ごめんなさい。私ったらせっかく読ませてもらったのに、文句なんか付けちゃって」


 僕は慌てて


 「そ、そんなこと無いよ。ほんと感想言ってくれて嬉しんだ。今まで、僕の小説に素直に感想言ってくれた人なんかいなかったから、とっても嬉しいよ」


 彼女は俯いたまま


 「ほんとに」


 「うん、ほんとに」


 彼女はようやく顔を上げ、僕を見て優しく微笑んだ。


 その瞳は、とても澄んでいて柔らかく、そしてその瞳から放たれる僕のへの視線が、心臓の鼓動を高鳴らせた。

 「そ、そうだ。まだ名前言っていなかった。僕は「亜咲達哉」大学3年生」


 彼女はすぐに


 「私、今村いまむら 沙織さおり。常盤大学教育学部3年」


 常磐大?それは僕が通う大学と一緒だった。


 「本当に、僕も常磐大の文学部なんだ」


 彼女は驚いたように


 「え、ほんとに」


 「ほんとに、ほんと」


 そして二人は笑いだした。それはお互いに初対面であるという壁が薄れていく瞬間だった。


 「ねぇ、また読ませてくれる」


 彼女の問いに


 「え、いいの。また読んでくれるの」


 「うん、読ませてくれるのなら」


 「も、もちろん。こちらこそよろしくお願いします」


 彼女はクスッと笑い、鞄からスマホを取り出しSNSのQRコードを表示させて


 「はい、登録しましょ」


 そう言って僕にQRコードの画面を指し出した。


 「え、でも……いいの。まだ会ったばかりなのに」


 「え、でも、小説読ませてくれるんでしょ。出来たら連絡ほしいし」


 あ、なるほど。そう言うことなら


 僕のスマホをが彼女のQRコードを読み取ると、電子音と共に彼女のアカウントが登録された。


 「新しい友達。今村沙織」


 「私、そろそろ帰るね」


 そう言って立ち上がり、スカートに着いたほこりを払いながら


 「あーぁ、腕また焼けちゃった。今日は邪魔してごめんなさい。小説楽しみにしています」


 「あ、こっちこそありがとう。また、よろしくお願いします」


 彼女は軽く会釈をして、日の降り注ぐ中を足早に歩いて行った。


 木陰から出ると、日の光はもう夏だと言う事を知らしめていた。



 その夜、彼女からSNSの着信があった。


 「今村沙織***今日はありがとうございました。今度は大学で会いましょう。次の作品楽しみに待っています。亜咲先生」


 思わず、顔が綻んでしまった。亜﨑先生と言う言葉に。


 返信に


 「こちらこそ、ありがとうございます。また、読んでもらえるのを励みに執筆いたします。一番目の読者様へ」

 そう、彼女へ返信をした。


 だが僕は、悩んでいた。


 次に執筆する小説の内容が決まらないからだ。 

 

 今日、彼女に読んでもらった小説に、何かヒントを求めチェックをしていたが、過去の作品に僕の求める答えはなかった。


 と言うよりも、過去の自分に頼っていては、これからの僕の小説には先がない。そんな事は当の僕自身が一番良く解っている事だ。


 そしてその小説を僕は、僕が一番気になっている小説コンクールに投稿しようと思っている。

 正直、時間はあまりない。


 あれやこれやと本を見たり、ネットで何かピンとくる題材はないか検索するも、これと言ってよさそうなものは見つからなかった。


 夜も午前1時を廻っていた。未だテキストエディタは、その白さを保ったままだった。

 机の引き出しを開け、一冊のノートを取り出す。


 パラパラとノートのページをめくり、まだ何も書かれていないページを開く。おもむろにペンを取り、ふっと軽く目を閉じ、今日の出来事を思い出す。


 そう、これは日記。


 高校の卒業式の時、担任が僕に向けた言葉だった。


 「もし、本気で物書きを目指すのなら、日記を書きなさい。毎日、三百六十五日空けること無く日記を書きなさい。一日たりとも筆を休めない様に」


 担任は国語の教師。僕が小説を書いている事を知っている。そして、始め反対されていた大学の文学部に受かり、その意を想い、送った言葉だと感じている。


 ***6月○日


 バイトが休みの今日、近くの公園である人と知り合った。


 名前は、今村沙織。常磐大学教育学3年。


 偶然にも同じ大学


 そして初めて僕の小説を面白いと言ってくれて感想を返してくれた人。


 また僕の小説を楽しみに待っていると、言ってくれた初めての読者。嬉しかった。


 大人しめで、可愛い感じの女性。木陰に並んで座っていた時、彼女からくる優しい柔らかな香りが印象的だった。


 今日、彼女のSNSアカウントを登録した。


 出会ったばかりなにと思ったが、小説が書けたら連絡が欲しい。とても熱心で、僕にとってはただ彼女がそれだけの事で登録したとしても、とても嬉しかった。


 こっちに来てようやく知り合えた女性。


 彼女とか、そういう事ではない事は解っているが……少し胸が苦しいのは気の性なのか。


 ***


 ノートを閉め、また机の引き出しにノートを戻す。


 椅子から立ち上がり、ガラガラと部屋の窓を開け狭いベランダに立つ。煙草を1本取り出し、「カチャ」と小気味よく鳴る音と共に付いたオレンジ色の炎を見ながら、くわえる煙草に火を点ける。


 「ふう」とため息と一緒に白い煙が放たれる。


 眠らぬ街の騒めきが、深夜の僕の部屋まで訊こえている。


 ここは、巨大な街の中だ。この街の中に多くの人々がうごめき暮らしている。泣いて笑って、悲しみ怒り、その過ごした日々を自分の思い出と言う記憶に残して、明日に向かって生きていく。


 そんな人々の願いが、少し先に見える煌々と光輝く街の明かりに移し出されている様だった。


 「もう寝よう」


 日が上がればまた忙しい一日が待っている。明日は講義が3つにサークルの定例ミーティングがある。

 そして、明日はバイトもある。


 僕は灰皿で煙草の火を消し、そのままベットに潜り込んだ。


 街の夜は日ごとに寝苦しさを増してきていた。 



 朝から日の光は元気に輝いている。


 午前7時、目覚ましのアラームが鳴り眠い眼を擦りながらベッドから起き上がる。


 サーバーにコーヒーの粉を入れ、ミネラルウオーターをセットする。冷蔵庫をあさり、卵とハムを温めたフライパンで焼く。そしてトースターに食パンを2枚入れスイッチを入れる。


 再び冷蔵庫を開け、バイト先から貰って来たサラダ用の生野菜を皿に盛り、買い置きのドレッシングを少しかけ入れテーブルに置く。


 チン、とトースターが合図を上げ、それと同時にコーヒーの甘く香ばしい香りが立ち込める。


 ケトルを火にかけ湯を沸かす。戸棚からインスタントの味噌汁を取り、お椀に入れ沸いたお湯を注ぐ。


 一人暮らしの朝食にしては立派な食事だと思う。かかった時間はおよそ15分。毎日の事だから随分と手慣れたものだ。なにせ、一人暮らしを始めてから、もう3年近くになるんだから。


 そしてこの朝食に似合わないのが、味噌汁だ。


 物覚えが付いた時、朝食には必ず味噌汁が出ていた。


 お袋がそうしていた。


 「朝、味噌汁を啜らないと一日は始まりません」


 それがお袋の口癖だった。


 そして一人暮らしをしてからも、お袋は毎月必ず一ヶ月分のインスタント味噌汁を送りつけてくる。

 でも、僕はそれについては、あんまり苦には感じていない。そう言う僕自身も、朝味噌汁を啜らないと元気が出ないような気がするから。


 それともう一つ、お袋は良くこんなことも言っている。


 「将来、結婚するなら美味しい味噌汁が作れる人にしなさい」と。


 最近は、それもありだなと感じている。


 朝食を食べ終わり、食器を洗って水切り籠へ置く。


 時間はもう7時40分になる。歯を磨いてから急いでジーンズを履き、薄い色の入った半袖解禁シャツを着て持ち物のを鞄に準備をする。


 7時55分。窓を開け、テーブルに置いてある煙草を一本銜え壁にもたれながら火を付ける。煙草はこの部屋でしか僕はあまり吸わない。むろん大学ではほとんど吸うことはない。


 吸い終わった吸殻を灰皿にいれる。灰皿にはコヒーの出汁ガラをいつも敷いている。湿った出汁ガラが煙草の火を消火してくれる。そして、あまり感じていないが消臭効果もあるらしい。


 窓を閉めカギを掛ける、時間はもう8時だ。


 僕は鞄を持ち部屋の外からドアのカギを掛ける。


 アパートの駐輪場に止めてある自分の自転車のチェーンロックを外し、駅まで10分間ほどかけて向かう。

 その途中昨日の彼女、 今村沙織と出会った公園の前を通り過ぎる。


 ふと、彼女がこの公園にいたのは、彼女の家がこの近くにあるからではないかと思った。


 学部は違ったが、偶然にも通う大学も同じ。もしかしたら、今まで彼女は接点が無かっただけで、実はもっと身近に居たのかもしれない。


 それが人との出会いと言うのなら、運命って物凄く悪戯なもんだな。そんな事を頭に過りながら駅に向かった。

 8時20分の電車で、5つ先の駅にある大学に向かう。



 この街には大きな大学病院がある。その為朝、この駅を利用する人は多い。だが、ホームに待つ客はこの駅に降り立つ乗客からすれば少ない方だ。



 もしかしたら、彼女も同じ電車に乗るのではないかと、ホームを見廻した。でも、ホームで電車を待つ人の中に彼女の姿は無かった。



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