第1話 病弱少年、脳内にエロ爺(前魔王)を飼う
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本作は、病室から一歩も出られない病弱な天才少年が、脳内のスケベな前魔王や現代社会に適応しすぎた四天王&勇者たちをネトゲ感覚で操る「安楽椅子×現代ファンタジーコメディ」です。
頭脳戦、勘違い、ちょっとしたお色気ハプニング、そしてベッドの上からの世界救済劇をお楽しみいただければ幸いです!
※本作はカクヨム様にも重複投稿しております。
ピッ、ピッ、ピッ、と。
規則正しく刻まれる生体モニターの電子音が、静まり返った白い部屋に反響している。
神代総合病院の最上階。ワンフロア丸ごと貸し切られた特別個室は、病院というより、最高級ホテルのロイヤルスイートに近かった。柔らかな間接照明、足音を吸い込む深紅のペルシャ絨毯、部屋の隅で静かに駆動音を立てる特注の量子演算サーバー、そしてベッドサイドに広がるマルチディスプレイのアームスタンド群。
僕――神代蓮司の全世界は、生まれてこのかた、このわずか数十畳の密室で完結していた。
「……ふう。盤面の制圧、完了。想定内過ぎたな」
薄い酸素マスクの隙間から細い息を吐き出し、僕はキーボードから指を離した。
画面の中では、僕が率いる精鋭のギルドメンバー達が、世界最難関のレイドボスを相手にミリ単位の精度で包囲網を形成。苦戦もせずに完封し、華やかなファンファーレが鳴り響いている。画面の端では、日頃から後衛として息を合わせているフレンドの魔導学者の『MIRA』が、歓喜のエモーションを連打して踊っていた。
国内有数の財閥・神代グループの御曹司。
それが僕の表向きの肩書きなのだが、実態は単なる重病人だ。病名は、現代医学でも原因が特定できていない難病『特発性免疫・神経衰退症』。治療法はもちろん確立されておらず、激しい運動はもちろん厳禁、長時間の外出は即座に呼吸不全と高熱を引き起こす。
だが、僕には有り余る時間と、祖父の巨万の富で買い与えられた最高のネット環境があった。世界各国の大学講義をオンラインで修め、株式市場のアルゴリズムを解析し、無数の戦略シミュレーションゲームで頂点に立つ。身体が動かない代わりに、僕の頭脳だけは常人の何倍もの速度で回転し続けていた。
もっとも――どれほど知性を磨こうと、この脆弱な器そのものは救えない。
「――っ……ぐ、あ……!?」
それは唐突だった。
胸の中心に、焼けつくような激痛が走った。まるで心臓を冷えた万力で直接握り潰されたかのような、経験したことのない圧迫感。
ピピピピピピピ――ッ!
枕元のバイタルモニターが狂ったような警告音を吐き出す。
視界が急速に明度を失っていく。肺が酸素を求めて痙攣するが、気道が鉛のように重い。指先から急速に温もりが奪われ、冷たい脂汗が額を伝う。
(発作……? いや、今までのとは、桁が違う……っ)
胸の奥で、何かがパキリと音を立てて砕けた。
心電図の緑色の波形が、激しい乱脈を描いたのち――完全な一本の直線へと沈んでいく。
ピーーーーーーーーーー。
途絶える心拍。耳の奥で、自分の意識という糸がぷつりと切れる音がした。
完全なる暗転。死の淵。絶対の静寂。
――はずだった。
『……ふはははは! 永き雌伏の時を経て、ついに我が魂の転生の機が熟したか! 平伏せよ、我こそは万象を統べ、森羅を灰燼に帰す冥界の支配者、邪竜帝バアルゼブル――』
死後の静寂を無惨に引き裂く、重厚で禍々しいバリトンの怒声。鼓膜ではなく、僕の脳髄そのものを直接揺さぶるような覇気を纏った声が脳内に響き渡る。
だが、その威厳に満ちた口上は、ほんの二秒で崩壊した。
『――って、ぬおおおおおおおおっ!? なんじゃここはぁぁぁぁぁっ!?』
一転して、耳障り極まりないダミ声の絶叫。
『息が詰まる! 魔力が薄い! なんじゃこの軟弱極まる細枝のような貧相な肉体は! 我が覇気を受け止める器が、なぜこのような青瓢箪な人間の小僧なのじゃぁぁぁっ!』
(……誰だ。僕の脳内で、大声を出すな……頭が割れる)
『ぬっ!? 貴様、意識があるのか!? 余の魂の質量に精神を焼き切られず、平然と自我を保っておるとは……! ええい、死にかけておるではないか! このままでは余ごと野垂れ死にじゃ! 肉体防衛本能、強制励起――っ!!』
ドクンッ!!
停止していたはずの心臓に、高圧電流を叩き込まれたような衝撃が走った。
止まっていた血流が、マグマのような熱を帯びて全身を逆流する。肺が強制的に拡張され、大気を貪欲に吸い込んだ。
「がはっ……! げほっ、ごほっ……!」
跳ね起きるように上体を起こし、僕はベッドの上で荒く息を吐いた。
ピーと鳴り続けていたモニターが、激しい警告音とともに脈拍の再開を告げる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ――【Heart Rate: 148 bpm】。
「……蘇生した……? 電気ショックもなしに……?」
『ふははは! 見たか小僧! 余の強大な魔力にかかれば、停止した心臓の一つや二つ動かすなど赤子の手をひねるより容易いわ! もっと畏れ敬い、感謝の言葉を――ん? おお……? おおおおおっ!?』
急に脳内の声が、濁った歓喜に上ずった。
『な、なんじゃこの極上の景色はぁぁぁっ!? 小僧、前を見よ、前を! 余の視覚と同期させよ!もっとよく見せい!』
その声に言われるまでもなく、僕の目はすでに部屋の入口に釘付けになっていた。勢いよく開いた扉の前に、息を切らした白衣の女性が立っていたからだ。
「蓮司様――っ!? 心停止アラームが鳴って……ご無事ですか!?」
駆け込んできたのは、僕の専属看護師として先日から配属されたセリアだった。
白磁のような透ける肌に、濡れたように妖艶なアイスブルーの瞳。モデル顔負けの長身を包むタイトなナース服は、急いで走ってきたせいでフロントのジッパーが大きく胸元まで下がっていた。
薄手の生地を押し上げる、圧倒的な質量。汗ばんだ鎖骨から続く白く豊かな双丘の谷間には、妖しく肌に張り付いた黒い総レースのランジェリーが露骨に覗いている。
『うおおおおおおおおっ! なんという実りの豊かな果実じゃ! たわわ! 途轍もなくたわわじゃ! 白き衣の隙間から覗くあの深淵の谷間……顔を埋めたい! 小僧、もっと顔を近づけよ! 余の魔眼にあの大罪の谷間を刻み込ませよ!』
(だ、黙れ……! 頭の中で騒ぐな……っ!)
生身の女性に対する耐性が皆無な僕にとって、視覚の暴力と脳内のセクハラ絶叫のダブルパンチは致死量に等しい。
顔が一気に沸騰し、全身の血圧が急上昇する。
「蓮司様、顔が真っ赤です……! 熱があるのですか? 意識ははっきりしていますか!?」
セリアが取り乱した様子でベッドサイドへ駆け寄り、身を乗り出した。ふわりと、石鹸の香りに混ざって、微かに甘く熟したような大人の女性特有の芳香が鼻腔をくすぐる。
次の瞬間――
むにゅ、と。
柔らかく重い弾力が、僕の薄いパジャマの胸元へダイレクトに押し当てられた。
「脈を……呼吸音を確認します。動かないで」
「ま、待っ……セリアさん、近い、近すぎる……!」
「いけません、安静にして!」
セリアの両腕が僕の首の後ろへ回される。
抱きしめられるような体勢のまま、彼女の豊かな胸元が僕の胸板に押し潰され、形の良い双丘がぐにゃりと歪む感触が生々しく伝わってきた。汗ばんだ彼女の鎖骨が僕の頬を撫で、耳元にかかる熱い吐息が首筋を震わせる。
それだけではない。彼女の冷たく細い指先が、僕のパジャマのボタンの隙間から直接滑り込み、熱を持った僕の素肌――胸元を弄るように触診してきたのだ。
「う、うぅ……セリアさん、そこは!……ちょっと!」
『ぎゃははははは! 柔らかい! なんたる弾力、なんたる極上の肉感! 小僧の神経を通して余の魂にまで甘美な温もりが染み渡ってくるぞ! もっと抱きしめさせよ! いっそ、その服を引きちぎって直接その乳房を――』
(黙れと言っているだろうが、このドスケベ爺ッ!!)
ピピピピピピピピ――ッ!!
枕元のモニターが、先ほどの心停止とは真逆の狂った警告音をけたたましく鳴らし始めた。
【Heart Rate: 188 bpm ―― DANGER】
「あ、あら……!? 心拍数が急上昇しています……!? なぜ……不整脈の再発!? 蓮司様、息が荒くなっています、しっかりしてください!」
「だ、誰のせいだと……っ! 離れてくれ、モニターが鳴り止まない……!」
「いけません、ショック状態かもしれません! もっと肌を密着させて、私の体温で温めますから!」
「ぎゃあああああああ! 死ぬ! 物理的に心臓が焼き切れて死ぬ……っ!」
さらにぎゅうぎゅうと柔らかい肉塊に押し潰され、僕の視界は再び白濁しかけていた。
脳内ではエロ爺が『大盤振る舞いじゃあ! 天国とはこの場所のことか! 余はここに骨を埋めるぞ!』と狂喜乱舞の雄叫びを上げている。
ひとしきりドタバタが続き、氷枕と精神安定剤、そして僕の「本当に大丈夫だから、頼むから一人にしてくれ」という命がけの懇願によって、セリアが名残惜しそうに――ジッパーを直すのも忘れたまま――病室を退出したのは、それから三十分後のことだった。
嵐が去り、ようやく静寂を取り戻した病室。
僕は濡れタオルで熱を持った顔を拭い、荒れた呼吸を整えながら、天井を睨みつけた。
「……さて。出てこい、邪竜帝バアルゼブル。いや、ドスケベ爺」
『ふん。誰がドスケベ爺じゃ、無礼な。……まあよい。あの極上の肢体を拝めただけで、この軟弱な身体に宿った甲斐があったというものよ。余の千年の生の中でも、あのような逸品は滅多にお目にかかれなんだぞ』
脳内の声は、実に下品に舌なめずりをするような気配を漂わせている。先ほどまでの「冥界の支配者」の面影は微塵もない。
「状況を整理させてくれ。君は異世界の『魔王』で、寿命で死んだ魂が、心停止した僕の身体を依り代にして憑依した。……そういう出来すぎたオカルトで合っているかい?」
『オカルトとは失礼な。厳然たる事実じゃ。前魔王たる余の魂が、なぜか次元を越えて貴様の肉体に引き寄せられたのじゃ。……チッ、だが忌々しいことに、余の絶大な魔力の大半は次元の壁に削ぎ落とされてしもうた。おまけに貴様の精神が強固すぎて、余がこの身体を自由に動かすことすら叶わぬわ』
「当然だ。僕の身体の主導権を渡す気はない」
言い放った僕はベッドサイドの特注PCの電源を入れ、滑るようにキーボードを叩いた。
画面に表示されたのは、先ほどの僕自身のバイタルログと、室内の微細な磁場・重力異常のグラフだ。心停止した瞬間の数値に、明らかに地球の物理法則では説明のつかない高エネルギー反応が記録されている。
「君の魔力とやらは本物らしい。僕の心臓を強制蘇生させた力も、そのエネルギーによるものだろう」
『ほう? 動揺もせず、その薄っぺらい板の数字を見て納得したのか。奇妙な小僧よな。普通なら発狂するか神に祈るところじゃぞ』
「非科学的な現象でも、データとして観測できればそれは単なる『未解明のシステム』だ。受け入れる方が合理的だ」
『……ふん、生意気な。だが小僧、調子に乗るなよ? 余が本気で魔力を流し込んで貴様の身体を乗っ取ろうとすれば――まあ、貴様のこの脆い器では三分と持たずに内側から焼き切れて灰になるじゃろうがな。しかも、そんな真似をすれば、余とて魔力を回復するのに丸三日は眠りこける羽目になるわ』
バアルの悔し紛れの愚痴を耳にした瞬間、僕の思考のパズルが綺麗に噛み合った。
「……なるほど。有益な情報提供に感謝するよ」
『ぬ?』
「今、君が言った制限が、僕たち二人の【安全協定】だ」
僕は画面のバイタル数値を指先でタップしながら、冷徹に告げた。
「第一に、僕のプライベートな時間と健康を脅かさないこと。特に女性絡みで興奮して心拍数を跳ね上げないでくれ。僕が死ねば君も消滅する」
『ぐぬ……痛いところを突きおる。しかし小僧、禁欲など体に毒じゃぞ? 男ならあのナースの尻のあたりをだな――』
「却下だ。そして第二に、身体の制御権の例外についてだ。君が僕の肉体を動かせるのは、『僕が無自覚に心肺停止に陥った際の自動防衛』、あるいは『僕が口頭で承認した時』のみとする。制限時間は君の言う通り最長三分。一度使えば、魔力回復の時間を考慮して、それまで完全休眠だ。君は回復に必要なのは三日間と言ったが、こっちの時間単位では72時間だ。」
『なっ……!? 貴様、余の愚痴を逆手に取って契約を押しつけおったな!? たった三分じゃと!? 一軍を殲滅するどころか、中級呪文の儀式詠唱一つ唱え終えたら時間切れではないか!』
「カップ麺が出来上がる時間で十分だ。お互いの命を守るための論理的帰結だよ。君だって、せっかく手に入れた依り代を灰にしたいわけじゃないだろう?」
冷徹で完璧な思考の詰将棋に、脳内の魔王はぐうの音も出ない様子で押し黙った。
『……チッ。青二才の分際で、軍師気取りの理屈を並べおって。まあよいわ、余もまだ魂が馴染んでおらん。大人しく潜んでおいてやる。……だがな、小僧』
「何だ?」
『腹が減った。あの棚にある、銀色の袋に入った黄色い薄切りの揚げ芋……なんじゃ、あれは。貴様の記憶にあるぞ。『ぽてとちっぷす』のコンソメ味じゃ! 今すぐ余の感覚に流し込め!』
「……僕の身体は塩分もカロリーも厳密に制限されているんだが。まて、貴様の記憶と言ったか?僕の記憶が読み取れるのか?」
『当たり前だ。もはや小僧とは不離一体だぞ。ええい、そんなことはどうでも良い。死なぬ程度に一枚だけでよい! あの毒々しい油の匂い、魔界の黒竜の肉を思い出すわ! あと黒い泡の出る甘い炭酸水もじゃ! 今すぐ食わせよ!』
千年生きた絶対強者の面影は完全に消え去り、ただのジャンクフード中毒の駄々っ子と化している。
僕はこめかみを押さえ、深いため息をついた。心拍数は正常値に戻りつつあったが、精神的な頭痛が治まりそうにない。
――コンコン。
不意に、静かなノックの音が病室の重い防音扉に響いた。セリアではない。彼女ならもっと慌ただしく飛び込んでくるはずだ。
「誰だ?」
「失礼いたします、蓮司様」
入ってきたのは、仕立ての良い漆黒のスリーピーススーツを完璧に着こなした、見知らぬ青年だった。
銀縁の眼鏡の奥に宿る怜悧な瞳、ミリ単位の狂いや隙もない立ち居振る舞い。手には重厚な革張りのアタッシュケースを提げていた。
「院長秘書室の者です。……いえ、この世界での仮の肩書き、と申し上げるべきでしょうか」
青年は音もなく絨毯を踏みしめ、ベッドの前に立つと、胸元に手を当てて優雅に一礼した。
「初めまして、蓮司様。そして――ご無事のようで何よりです、前魔王様」
『ぬっ!? その声、その無駄に丁寧で慇懃無礼な気配……クロードか!? クロードではないか!』
脳内のバアルが驚愕の声を上げた。
青年――クロードは薄く口元を緩め、眼鏡の位置を人差し指で直す。
「我が主の魂を追い、異世界より参上いたしました。魔王軍四天王が一角、魔導宰相クロード・ヴァルツと申します」
『おお! よくぞ参ったクロード! まずはこの愚かな小僧に余の偉大さを説いて聞かせよ! それと棚のポテチと炭酸水を今すぐ余に――』
「前魔王様、静粛に。公務中ですので黙っていただけますか」
『なっ……!?』
脳内のバアルの叫びを、クロードは蓮司の瞳を真っ直ぐ見つめたまま、完全な冷気で切り捨てた。
……待て。
僕は二人の奇妙な掛け合いを見つめながら、決定的な違和感に気づいて眉をひそめた。
「……ちょっと待ってくれ。クロード、君……バアルの声が聞こえているのか?」
「ええ。問題なく拝聴しておりますが?」
「バアルの声は僕の頭蓋の奥――脳内に直接響いている思念波だ。さっきのセリアさんは、僕が頭の中でいくらエロ爺と怒鳴り合っていても全く気づいていなかったぞ。なぜ君には聞こえる?」
僕の問いに、クロードは当然と言わんばかりに眼鏡を軽く押し上げた。
「私の魔術系統は、影の操作と精神感応――すなわち情報の伝播とハッキングでございます。病室へ入室した際、蓮司様と前魔王様の間で交わされていた脳内念話の暗号化周波数を瞬時に解析し、私の思考チャンネルを直接そちらの『通話回線』に割り込ませていただきました」
「……人の脳みそをフリーWi-Fiか社内LANみたいに扱うな」
「失礼。プライバシーには配慮し、思考ログの覗き見は通信帯域の最小限に留めておりますのでご安心を」
さらりと恐ろしい情報魔術の精度を語るクロード。彼はそのまま、怜悧な視線を扉の方へと向けた。
「ちなみに、先ほど退出された看護師――セリアについてですが。彼女が前魔王様の脳内絶叫に反応しなかったのは至極当然です」
『ぬ? どういうことじゃクロード?』
「セリアは四天王の中でも暗殺と隠蔽のスペシャリスト。彼女は現在、此方の世界に潜伏するため『完全人間擬態』を展開し、自身の魔力放射と知覚センサーをほぼゼロに絞り込んでおります。その上、愛する主の心停止アラームを聞いてパニックになり、蓮司様の生体救命処置に全神経を注いでおりました。前魔王様の思念波ノイズなど、気付くはずもございません」
『な、なんじゃと……!? ということは、余がセリアの豊満な胸と黒レースに大興奮し、服を剥ぎ取れと叫んでおった醜態は……あやつ本人にはバレておらぬのか!?』
「ええ。セリアの耳には一切届いておりません」
『おおおおお! 天は余を見捨てておらんかった! セリアに軽蔑されずに済んだのじゃな!』
「ただし、蓮司様の心拍数が危険域(188bpm)まで跳ね上がったログは、病棟全体のナースステーションに『重篤な発作の兆候』としてリアルタイム共有されておりますが」
『ぎゃあああああ! 結局大問題ではないかぁぁぁっ!』
「今更です、前魔王様。前世での行い、全ては異世界中に知れ渡っております。『英傑色を好む』は前魔王様を表す代名詞ではありませんか」
脳内で頭を抱えて悶絶する前魔王を冷ややかに見下ろし、クロードは手にしたアタッシュケースをパチンと開いた。極めて整然とファイリングされた書類の束を、ベッドのテーブルへ滑らせる。
「さて、茶番はここまでといたしましょう。蓮司様、こちらが本日付で締結されました、私の神代総合病院における『院長付特命秘書』としての雇用契約書。ならびに労働基準法、医師法、医療法に基づくコンプライアンス適合証明書でございます」
「……は?」
「さらに、神代グループ人事統括部より発行された、蓮司様専属の『メディカル・コンシェルジュ』としての身元引受書類一式。戸籍、納税証明、住民票の法的な公認手続きも、此方の世界の電子申請にてすでに一秒前に完了しております」
淀みない日本語。それも、完璧なビジネスマナーと現代法を完全にトレースした事務手続きの極致。
思わず書類に目を落とした僕は、その隙のない記載内容に息を呑んだ。
(……この男、できる……! 脳内チャンネルをハックした知能も凄まじいが、異世界からの転移者のはずなのに、数日で現代社会の法制度と行政システムをハッキングして、合法的な身分を構築したのか……!?)
「蓮司様。貴方様が前魔王様の魂を宿し、新たなる魔王となられたこと、魂の波形より確認いたしました。四天王の参謀として、これより貴方様の手足となり、この世界の法と秩序の範囲内において、完璧なる補佐をお約束いたします」
『おいクロード! 余の扱いが雑ではないか!? 余が前魔王じゃぞ! ポテチはどうしたポテチは!』
「前魔王様。神代家の御曹司たる蓮司様の健康管理を害する油脂類の摂取要求は、秘書業務の規程違反となります。重ねて申し上げますが、お静かに願えますか」
『ぐぬぬぬぬ……っ! 相変わらず融通の利かん堅物めが……!』
脳内で悔しがるバアルと、目の前で完璧な礼を保つスーツの魔導宰相。僕の病室に、確実に世界の破綻とカオスが侵入してきている。
(……よくある漫画やアニメの異世界転生か? まさか僕の身に降りかかるとは。しかも向こうからの押し掛けだ)
ピッ、ピッ、ピッ――。
再び少しだけ跳ね上がったモニターのアラームを背に、僕は深く息を吸い込み、目の前の侵略者を冷ややかに見据えた。
第1話をお読みいただきありがとうございました!
心拍数急上昇の蓮司ですが、早くも四天王の一角・魔導宰相クロードが完璧なビジネスマン姿で病室へやってきました。
次回、第2話――
『3分間の契約と、スーツを着た魔導宰相』
有能すぎるクロードが持参した「とんでもない計画」と、前魔王バアルのポテチ要求に蓮司はどう立ち向かうのか……!?
「面白い!」「エロ爺が全開過ぎて笑った」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、
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それでは、第2話の更新でお会いしましょう!




