第21話
「ん? どしたんや全員勢ぞろいで」
真門は食堂に顔を出すと、難しい顔で招待状を見比べる榊原たちを見てそう言った。
「ちょうどよかった」
白石が真門を見る。
「お前、野口から届いた招待状は持ってるか?」
「招待状? なんでそんなもん要るんや」
「ほかの招待状と見比べてるんです」
細貝がテーブルの上を指し示し、招待状の仮説について話した。
真門は訳が分からないといった顔で話を聞いていたが、一通り説明を聞くと、面倒そうに舌打ちしてジャケットの内側へ手を入れた。
「ほれ」
二つ折りになった封筒を取り出し、テーブルへ放る。
「野口からのや。無くしたら面倒や思て持っとった」
「意外と几帳面ですね」
「一言多いねん、お前」
細貝はテーブルの上に招待状を並べた。
「これで、今ここにいる人の分は揃いましたね」
「尺蛇さんの分は?」
春山が尋ねる。
「210号室だろうな」
白石が答えた。
「今は無理に取りに行く必要はない。まずこれだけ確認しよう」
細貝は近くにあった原井場と獅子谷の招待状を手に取り、並べた。
「やっぱり、内容はかなり似てますね」
「当たり前じゃん。同じ小川さんからなんだから」
獅子谷が腕を組む。
「だから、その小川さん本人がこれを送った証拠がないと言っているの」
「またそれ?」
「何度でも言うわ。実在することと、この招待状の送り主であることは別よ」
「分かってるって」
細貝は2枚の紙へ視線を戻した。
「どちらも3月14日。交流会へ招く内容もほとんど同じです。違うのは、個人に合わせて一部を書き換えているところですね」
「つまり、俺たちのことを調べて、それぞれが食いつきそうな内容に変えたってことか」
原井場は言ったあと、自分で嫌な想像をしたのか口を閉ざした。
「和田からの3通も似ています」
細貝が自分と春山、中藤の招待状を横一列にする。
「3月16日。Z世代限定の交流会。僕には前職、春山さんにはアイドル活動、中藤さんには経歴について触れている」
「私、最初のDMに本名まで書かれてたんですよね」
春山が不安そうに言う。
「アイドルの時の名前じゃなくて」
「私も、一般に公開していない経歴をいくつか把握されていたわ」
中藤は淡々と答えた。
「偶然では説明できない」
「誰かがネットで調べたんじゃないの? 有名な人なら、そのくらい普通でしょ」
「僕の生年月日や卒業大学まで把握していました」
「じゃあ会社のホームページとか」
「載ってません」
「あっそ」
獅子谷は興味を失ったように椅子へもたれた。
「中村は?」
原井場が白石を見る。
「アンタ、本当に知り合いなんだろ?」
「ああ。ただ、この手紙を中村本人が書いたかは分からない」
「筆跡は?」
細貝が尋ねる。
「覚えてない。昔の書類を見れば分かるかもしれないが、ここにはない」
「連絡先も?」
「知らない。俺が警察を辞めるずっと前に異動してる」
「じゃあ確認できへんやん」
真門が言った。
「そういうことだ」
白石は短く答えた。
「ワシの野口はちゃうぞ」
真門が自分の招待状を指差す。
「野口六斗は間違いなく実在する。昔、ワシが世話しとった男や」
「問題は、野口さん本人が送ったと確認できているかです」
「それはせやけどな、この手紙には昔の事件のことが書いてあるんやぞ」
「それを知っている人間が、野口さん以外に絶対いないと言い切れますか?」
「……何が言いたい」
「犯人は僕たちの経歴をかなり詳しく調べています。だったら、真門さんと野口さんの関係を調べた可能性もあるでしょう」
真門の表情が険しくなった。
「簡単に調べられるような話ちゃうぞ」
「なら、なおさら問題ですね」
「なんやと?」
「犯人がそれだけ深いところまで調べているということになる」
真門は細貝を睨んだが、反論はしなかった。
「それにしても」
榊原が並べられた招待状を見ながら言った。
「実に周到だな」
「何がです?」
「相手によって誘い方を変えている。私には退官の慰労、原井場君たちには人脈、細貝君たちには若者の交流会、白石君には静養、真門君には過去の知人」
榊原は指先で一枚ずつ示していく。
「誰もが、自分なら誘われても不自然ではないと思える理由を与えられていた」
食堂が静まった。
「……完全に俺ら専用の餌じゃん」
原井場が呟く。
「言い方は悪いですが、その通りだと思います」
細貝が答えた。
「それなら」
中藤が招待状を一枚手に取る。
「犯人は私たち全員について、島へ来る前から相当な情報を持っていたことになる」
「昨日の録音でも言ってたもんな。俺たちが罪人だとか」
原井場は吐き捨てるように言った。
「で? 結局この紙から犯人分かんの?」
「すぐ分かるなら苦労しませんよ」
細貝は招待状に目を落として言った。
真門は白石を見たあと、大きくため息をついた。
「元刑事とIT屋がおったら、もうちょいパッと解決する思てたわ」
「刑事だろうがIT屋だろうが、道具がなければ何もできない」
「夢ないなあ」
春山がふと、食堂を見回した。
「どうした?」
白石が尋ねる。
「いや……可憐さん、遅くないですか?」
全員の視線が、春山へ向いた。
「可憐?」
原井場も辺りを見回す。
「あれ、いないじゃん」
「今さら気づいたの?」
中藤が冷たく言う。
「アンタだって何も言わなかっただろ」
「春山さんと同じ頃に席を立ったはずだ」
榊原が言った。
「でも、私が戻った時にはまだ戻ってませんでしたよ」
春山の声から、少しずつ明るさが消えていく。
「私、部屋に行って招待状取っただけです。可憐さんも同じだと思ってたんですけど……」
白石の表情が変わった。
「どれくらい前だ?」
「え?」
「可憐さんが食堂を出てから」
「えっと……」
春山は考え込んだ。
「ちゃんと見てないですけど、10分以上は経ってるかも」
「部屋で休んどるだけちゃうんか?」
真門が言った。
「朝からずっとこんなんや。疲れたんやろ」
「招待状を持って戻ると言っていた人が、何も言わず休むかしら」
中藤が返す。
「便所とかじゃねえの? 女ってそういうの長いじゃん」
原井場が言った。
「あなたは黙ってて」
「何だよ」
白石は2人の言い争いを無視して立ち上がった。
「春山、部屋から戻る途中、可憐さんを見なかったか?」
「見てません」
「階段でも?」
「はい」
白石は食堂の入口へ目を向ける。
招待状を取りに行くだけなら、時間が掛かりすぎている。
「白石さん」
細貝も同じことを考えたらしく、椅子から立ち上がった。
「見に行きますか?」
「ああ」
「待ちたまえ」
榊原が口を挟む。
「全員で押しかける必要はあるまい。単に部屋で考え事をしている可能性もある」
「それでも確認はした方がいい」
白石は即答した。
「尺蛇の時も、俺たちはそう考えて確認を遅らせた」
榊原の口が閉じた。誰も、その先を言わなかった。
白石は少し考えた後、食堂に残る者たちを見回した。
「全員で一緒に探してたら時間が掛かる。分かれて探そう」
「分かれる?」
春山が不安そうに聞き返した。
「ただし、1人にはなるな。二人一組で動け。可憐さんを見つけても、様子がおかしければ勝手に近づかずに誰かを呼べ」
「犯人と鉢合わせするかもしれへんからか」
真門が言う。
「ああ」
白石は順番に指示を出した。
「春山は俺と2階。最後に話したのがお前だから、何か分かるかもしれない」
「はい」
「細貝と中藤は3階を頼む」
「3階なら朝も調べたじゃん」
獅子谷が口を挟んだ。
「だからって今もいないとは限らないわ」
中藤はすでに席を立っていた。
「榊原さんと真門は1階。リビングと厨房、それから使っていない部屋がないか見てくれ」
「承知した」
「しゃあないな」
最後に白石が原井場と獅子谷を見る。
「お前らは外だ。屋敷の周りと物置小屋を見てくれ」
「は?」
原井場が露骨に顔をしかめた。
「何で俺が外なんだよ」
「残った場所だからだ」
「森まで行けって言うんじゃないだろうな」
「屋敷の周囲だけでいい。物置小屋もすぐそこだ」
「勝手に出てった人を探すために、こっちが危ない目に遭うのおかしくない?」
獅子谷も不満そうに言った。
「だから2人で行けと言ってる」
「時間がもったいないわ」
中藤が2人を遮った。
「文句を言っている間にも、可憐さんが危険な目に遭っている可能性がある」
「分かってるよ」
原井場は舌打ちした。
「……獅子谷さん、行こうぜ」
「何で私まで」
「俺1人じゃダメって言ってんだからしょうがないでしょ」
「それ、私も同じだから」
「15分だ」
白石が全員へ告げる。
「見つからなくても15分経ったら一度ここへ戻る。何かあったら大声で呼べ」
「了解です」
細貝が腕時計を確認した。
8人はそれぞれの場所へ向かって動き始めた。
白石と春山は階段を上り、細貝と中藤はその後ろから3階へ向かう。
榊原と真門は1階に残った。
そして原井場と獅子谷は、重い足取りで玄関の扉を開けた。
「ったく……何でこんな役なんだよ」
「私だって嫌なんだけど」
「じゃあ近いとこだけ見て戻りましょうよ」
「白石さんに怒られるんじゃない?」
「知るかよ。見たって言えば分かんないだろ」
「そういうところ、ホント適当だよね」
「獅子谷さんに言われたくないな」
2人は言い合いながら屋敷の裏手へ回った。
森の手前には、朝にも確認した古びた物置小屋が建っている。
原井場はそれを見て足を止めた。
「……あそこも見るんだよな」
「白石さんに言われたでしょ」
「分かってるよ」
返事とは裏腹に、原井場はすぐには歩き出さなかった。
朝に全員で調べた時には何とも思わなかった小屋が、今は妙に不気味に見える。
「可憐さーん!」
獅子谷が声を張り上げた。
「いるなら返事してくださーい!」
返事はない。
風で木の葉が擦れる音だけが聞こえてくる。
「いないんじゃない?」
「中にいるかもしれないでしょ」
獅子谷は物置小屋へ近づいた。
扉の前まで来ると、一度立ち止まる。
「可憐さん?」
返事はない。獅子谷は取っ手へ手を掛け、ゆっくりと扉を開いた。
薄暗い小屋の中には、朝と同じように薪や工具が並んでいた。
「……いないな」
原井場は入口から中を覗き込むだけで、入ろうとはしなかった。
「ちゃんと見た?」
「見れば分かるだろ。こんな狭いとこなんだから」
獅子谷が原井場の肩越しに中を覗く。
「本当にいないね」
「ほら。じゃあ戻ろうぜ」
「まだ屋敷の周り見てないじゃん」
「別に全部見る必要ないだろ。ここにいないって分かったんだから――」
原井場は言いながら、ふと小屋の奥へ目を向けた。
「……あれ?」
壁際。
朝に来た時、そこには柄の長い斧が立て掛けられていたはずだった。
「斧……なかったっけ」
「斧?」
「朝、ここにあっただろ。薪割るやつ。真門が『人殺せるやろ』とか言ってたじゃん」
原井場の声が少し低くなる。
空になった壁際を見つめたあと、ゆっくりと小屋の外へ目を向ける。
「……誰か使ってんのか?」
「薪でも割ったんじゃない?」
「誰が?」
獅子谷は答えなかった。
原井場は小屋から離れると、周囲を見回した。
屋敷へ続く道にも、森の中にも人影はない。
「もう戻ろうよ」
獅子谷が言った。
「いないなら、別の人が見つけてるかもしれないし」
「……そうですね」
そうして、2人が屋敷へ戻ろうとした時だった。
「……何、これ」
獅子谷が足を止めた。
「どうした?」
「そこ」
物置小屋の角付近に、赤黒い染みが点々と残っていた。
「いや……」
原井場は一歩後ろへ下がった。
「これ、見なくていいんじゃない? 白石呼ぼうぜ」
「まだ何も見つけてないじゃん」
「血かもしれないだろ!」
思わず声が大きくなる。
獅子谷も一瞬怯んだが、すぐに眉をひそめた。
「じゃあ、ここで待ってる? もし可憐さんが怪我して倒れてたらどうするの?」
「…………」
その言葉に押されるように、原井場は物置小屋の横へ回った。
一歩。もう一歩。
赤黒い染みが濃くなっていく。
角まで来る。
「可憐さん?」
原井場は恐る恐る顔を覗かせた。
その瞬間、動きが止まった。
「……え」
声が漏れる。
「何? いた?」
獅子谷が後ろから覗き込んだ。
「――っ!」
息を呑む音がした。
物置小屋の脇。
湿った地面の上に、可憐が倒れていた。
眼鏡は外れ、少し離れた地面に転がっている。
皺ひとつなかったブラウスとカーディガンは泥と血で汚れていた。
頭部には大きな傷があり、その周囲の地面が赤黒く染まっている。
そして、両足が失われていた。
「……なに、これ」
獅子谷の声が震えた。
「なんで……足……」
原井場は答えられない。
尺蛇の時は、まともに遺体を見なかった。
扉の向こうに広がる血を見ただけだった。
今は違う。
目を逸らしても、もう見たものは頭から消えてくれなかった。
「う……」
原井場は口元を押さえ、数歩後ずさった。
「可憐さん……?」
獅子谷が震える声で呼び掛けるが、当然、返事はない。
「近づくな!」
原井場が腕を掴んだ。
「白石が言ってただろ! 様子がおかしかったら近づくなって!」
獅子谷は振り払おうとしたが、可憐の姿をもう一度見ると動きを止めた。
「……死んでるの?」
「知らねえよ……!」
原井場は荒い呼吸を繰り返したあと、屋敷へ顔を向けた。
「白石!」
声を張り上げる。
「白石! 来てくれ!」
返事は聞こえない。
「おい! 誰でもいい! 早く来い!」
原井場の叫びは虚しく森に響くだけだった。誰も来ない。
食堂のテーブルには、比較途中の招待状が残されていた。
江崎栗五から届いた招待状は一通だけ。
本来なら、その隣に並ぶはずの可憐の招待状だけが、いつまで経っても食堂へ戻ってこなかった。




