第19話
原井場が1階に降りると、食堂の方から話し声が聞こえてきた。
「いえ、私としては全く分からないとしか……」
可憐の声だ。原井場は食堂に入ると、榊原、可憐、春山の3人が何やら話し合っていた。
「……原井場君か。頭は冷えたかね?」
「俺はいつでも冷静ですよ。それより、何の話してたんすか?」
「いえ、招待状のことについて……少し気になることがあって」
原井場は春山が差し出してきた招待状を眺めた。
「今さら何のことだ? 内容自体にはおかしなとこはないだろ? 俺らのこと知りすぎてるってこと以外はさ」
「それも気になりますが、招待主について榊原さんが気になることがあると……」
榊原は腕を組んで言った。
「真門君と白石君以外は招待主とは面識がないと記憶していたが、間違いないかね、原井場君?」
原井場は招待主について考え始めた。中村、小川、和田、江崎、野口、そして宇治山。名字だけなら知り合いに1人はいたかもしれないが、フルネームや職業まで考えれば、知り合いでないことは間違いなかった。
「ああ、間違いないっすよ。アンタらは?」
原井場は3人に聞き返した。
「私は先ほど榊原さんと一緒に考えていたのですけれど、やっぱり思い当たらなくて……」
「可憐さんは教員経験があるので、かつて担当した生徒かもしれないと言ったのだがね」
「いえ、間違いなくおりませんわ。こう見えても、今まで担任した学級の生徒たちは1人残らず覚えておりますの」
「ホントかぁ? アンタみたいにどっちつかずの教師って、平気で生徒のこと冷遇した上に忘れそうだけどな」
「な、何を根拠に! 失礼な……!」
「可憐さん、落ち着いて……原井場君も煽るようなマネはやめたまえ」
「ハッ、冗談だよ。それとも、心当たりがあるのか?」
「あ、あなたという人は……!」
「原井場君!」
「はいはい、分かったよ……春山ちゃんは?」
「わ、私も知ってる人はいませんでした……」
しばらく誰も口を開かなかった。
「あっ、そうだ。俺、飲み物ほしかったんだわ。霧坂さんっている?」
「今は席を外している。自分で持ってきたまえ」
「なんだよ……」
原井場は厨房に入っていった。
すると、原井場と入れ違いで細貝がやって来た。
「どうしました? みなさん難しい顔をして」
榊原は招待状のことについて話した。
「なるほど……それで、榊原さんは何が気になったんですか?」
「招待主の名前だ」
「名前?」
「ああ。我々を招待した人物は、中村、小川、和田、江崎、野口の5人。そして、この島の所有者を名乗っている宇治山。私は先ほどから、その6人について考えていた」
「何か共通点があるんですか?」
春山が尋ねる。
「見たまえ」
榊原はテーブルの上にあった紙を引き寄せ、ポケットからペンを取り出した。
紙に名前を書いていく。宇治山慎一、中村健二、小川三緒、和田四織、江崎栗五、野口六斗。
春山が目を見開いた。
「あ……」
「気づいたかね」
榊原が腕を組む。
「はい。一から六まで全部入ってる……」
可憐も紙を覗き込んだ。
「本当ですわ……」
「偶然ですかね、これ」
「さっき霧坂君に宇治山氏のフルネームを聞いてから、もしやと思っていたが……」
榊原は低い声で言った。
「慎一や健二なら珍しい名前ではない。だが、三緒、四織、栗五、六斗と続けば話は別だ。6人の名前に、漢数字の一から六までが順番に入っている」
可憐の顔が強張る。
「最初から、そうなるように名乗っていたということですか?」
「その可能性を考えていた。だから、招待主と面識があるかを確認していたのだよ」
細貝は紙を見つめた。
「でも、中村と野口という人物自体は実在するはずです。白石さんと真門さんが知っていますから」
「いや」
榊原がすぐさま否定した。
「実在することと、招待状を送った本人であることは別だ」
「あ……」
「白石君も、中村氏本人へ確認したわけではない。真門君も同様だ」
「名前を使われた可能性があるってことですか」
「そういうことだ」
細貝は紙の上に並んだ名前を眺めた。何かが引っかかった。
「……宇治山」
小さく呟く。
「どうしたんです?」
細貝は新しく紙の端へ文字を書いた。
「何をしているのかね」
「名字をローマ字にしてます」
「何で?」
春山が首を傾げる。
「何となくです。名前に数字を仕込んでるくらいなら、他にも何かあるかもしれない」
UJIYAMA、NAKAMURA、OGAWA、WADA、EZAKI、NOGUCHI。
書き終えると、細貝のペンが止まった。
「……は?」
「何かあったのですか?」
可憐が紙を覗き込む。
「見てください」
細貝は6つの名字の頭文字だけに丸をつけていった。
U N O W E N
「何だね?」
榊原が紙を覗き込むと、横から春山が文字列を読み上げた。
「ユーノウェン?」
「違います」
細貝が低い声で答えた。
「U.N.オーエン……」
細貝が呟いた。
「……まさか」
「知ってるんですか?」
春山が尋ねる。榊原はすぐには答えなかった。
「昔読んだ小説に、この名前を名乗る人物が出てきたんだ」
春山が首を傾げる。
「推理小説の名作だよ。孤島に集められた人間たちが、過去の罪を告発され、1人ずつ殺されていく」
可憐の顔から、さっと血の気が引いた。
「孤島で……罪を告発されて……?」
「ああ。そして、彼らを島へ招いた人物が名乗っていた名前が、U.N.オーエンだ」
細貝は紙へ視線を落とした。
「……同じだ」
春山が呟く。
「ちょっと待ってください。じゃあ、これって……」
「偶然とは考えにくいな」
榊原の声が低くなる。
「我々は外部との連絡手段がない島へ集められた。そして、昨夜は全員の罪を告発する音声が流された。今朝には尺蛇君が殺されている」
可憐は口元へ手を当てた。
「そんな……」
細貝はペンを置いた。
「むしろ、僕たちに気づかせるために仕込んだと考えた方がいいですね」
「気づかせるため?」
「一から六まで名前に数字を入れて、その順番で頭文字を並べればU.N. OWENになる。偶然発見するには出来すぎています」
「犯人からのメッセージということかね」
細貝は椅子の背にもたれた。
「挑発なのかもしれません。『正体を暴けるものなら暴いてみろ』っていう」
その時、厨房から水の入ったグラスを片手に原井場が戻ってきた。
「何だよ。さっきより空気重くなってんじゃん」
誰も答えない。
「……何?」
原井場は細貝たちの視線に気づき、怪訝そうにテーブルへ近づいた。
「原井場君。これを見たまえ。招待主たちの名前だ」
榊原が紙を差し出す。
「それは見れば分かるよ」
「名前に入っている数字を順番に見てみろ」
原井場は面倒そうに紙を覗き込んだ。途中で眉をひそめる。
「数字が入ってるな。それが?」
細貝は先ほど榊原から聞いた内容を簡単に説明した。
孤島。正体の分からない招待主。集められた人間たちの過去の罪。そして、1人ずつ殺されていく招待客。
原井場は黙ったまま聞いていた。
「……いやいや」
説明が終わると、ようやく鼻で笑った。
「小説だろ?」
「そうです」
「だったら関係ないじゃん。たまたま名前が同じになるようにしただけだろ」
「その『たまたま』の時点で、意図的でしょう」
「そうじゃなくて!」
原井場はグラスをテーブルへ置いた。
「犯人がその小説好きで、ちょっと真似してるだけかもしれないだろ。全部その通りになるわけじゃない」
「誰も全部同じになるとは言っていません」
「だったらビビる必要ないじゃん」
原井場はそう言ったものの、紙から目を離そうとしなかった。
「……1人ずつ殺されるって、最終的に何人死ぬんだよ」
細貝が原井場を見る。
「聞きたいんですか?」
「いや……別に」
原井場はすぐに目を逸らした。
「全員だよ」
榊原が静かに言った。
「1人ずつ殺されていき、犯人も死んで、そして誰もいなくなった」
原井場の動きが止まり、食堂が静まり返った。
誰も、その言葉の意味を尋ねようとはしなかった。
「ただし」
榊原が続ける。
「我々が同じ結末を迎えると決まったわけではない」
「……そうですよね」
春山が縋るように言う。
「この仕掛けに気づけたということは、少なくとも相手の意図を1つ暴いたということでもある」
「それなら、この名前のことは全員に伝えるべきですね」
細貝が紙を手に取る。
「白石さんにも」
「ああ。招待状も全部集めて、もう一度確認した方がいいだろう」
「何を調べるんです?」
「筆跡や紙、封筒、消印……何でもいい。同じ人間が用意したなら、何か共通点が残っているかもしれない」
細貝は頷いた。
原井場はグラスを掴み、水を一気に飲み干す。
「……くだらねえ」
吐き捨てるように呟いた。
だが、それが誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。




