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第17話

 細貝を除く招待客たちは、食堂へ戻っていた。結局、屋敷の周囲を一周しても、怪しいものは何も見つからなかった。霧坂夫妻に飲み物を持ってきてもらうように頼み、榊原の提案で、細貝が厨房に同行していた。

「疑うわけではないが、飲食物に触れる機会が多いのは確かだからな」

「十分疑っとるやないか」

 真門が椅子へ深く腰掛けながら言った。

「必要な警戒だ」

 白石は窓の外へ目を向けた。

「昨日、全員が異常なほど眠っていた。それが偶然じゃないなら、何か口にしたものが原因だった可能性はある」

「でも、それって霧坂さんたちが入れたってことですか?」

「それが分からないから見張っているんだ」

 白石の返答に、春山は納得できないように口を閉ざした。


「そもそも、細貝くん1人で大丈夫なの?」

 獅子谷が厨房の方へ視線を向ける。

「あの2人が犯人だったら、細貝くんが見てても意味ないじゃん」

「だからって全員で厨房に押しかけるの?」

 中藤が言った。

「邪魔になるだけでしょう」

「何、その言い方。私は心配してるだけなんだけど」

「なら代案を出せば?」

「そういう話じゃないでしょ」

「やめたまえ」

 榊原が割って入った。

「今は細貝君に任せると決めたのだ。彼なら何か不審なことがあれば気づくだろう」

「ずいぶん信用してるんですね」

 原井場が鼻で笑う。

「昨日までほとんど知らなかった奴なのに」

「少なくとも、状況を確認する能力はあると判断している」

「へえ」

 原井場は面白くなさそうに椅子へもたれた。

「だったら、細貝が犯人だったら終わりじゃないですか」

 

 食堂が静まった。

「何や急に」

 真門が原井場を見る。

「だってそうだろ。あいつだって俺たちと同じ招待客なんだから」

 原井場は一同を見回した。

「犯人がこの中にいるかもしれないって話してたじゃん。だったら細貝だけ信用する理由なんてないだろ」

「それを言い出したら、誰にも何も任せられないわ」

 中藤が即座に返した。

「だから全員で行動してるんでしょう」

「今、細貝だけ別行動してるじゃねえか」

「霧坂さんたちと一緒よ。1人ではないわ」

「その2人も疑ってんだろ?」

「可能性の話をしているの」

「便利な言葉だな、それ」

「あなたの根拠のない楽観論よりはマシでしょうね」

「また始まった……」

 獅子谷が呆れたように息を吐いた。


「原井場の言いたいことも分かる」

 白石が口を開いた。中藤が視線を向ける。

「疑い始めれば全員が怪しい。それは事実だ。俺だって例外じゃない」

「じゃあ、どうすんねん」

「今できる範囲で確認するしかない」

「結局それかいな」

「他に方法があるなら言ってくれ」

 真門は何か言おうとしたが、思いつかなかったのか口を閉ざした。


 その時、厨房から扉の開く音が聞こえた。

 最初に姿を見せたのは細貝だった。その後ろから、俊夫と恵が盆を持って入ってくる。

「お待たせいたしました」

 俊夫が食卓へ盆を置いた。コーヒーと紅茶、それから水差しが並べられている。

「どうだった?」

「最初から最後まで見ていました」

 細貝は自分の席へ向かいながら答えた。

「水を汲むところから、コーヒーと紅茶を淹れるところまでです。少なくとも僕が見ていた間、2人が何かを混ぜるようなことはありませんでした」

 俊夫が一瞬だけ不満そうな表情を浮かべたが、すぐに使用人らしい顔へ戻った。

「ご納得いただけましたでしょうか」

「今の飲み物についてはな」

 白石が答えた。

 俊夫の眉がわずかに動く。

「随分と信用がないようでございますね」

「俊夫さん」

 恵が小さく制した。

「いや、構わない」

 白石は淡々と続ける。

「俺たちだって互いを信用できていない。アンタたちだけを疑ってるわけじゃない」

「それで安心しろというのも、妙な話でございますが」

「それはそうだな」

 白石が素直に答えると、俊夫はそれ以上何も言わなかった。


「それで、誰が最初に飲むんや?」

 真門の一言で、全員の視線がテーブルの上へ落ちた。

 つい先ほどまで欲しがっていたはずの飲み物を前にして、誰も手を伸ばそうとしない。

「細貝君が確認したのだろう」

 榊原が言った。

「ならば問題はあるまい」

「そう思うんやったら、爺さんから飲めや」

「言われなくともそのつもりだ」

 榊原はコーヒーポットを手に取り、自分のカップへ注いだ。湯気が立ち上り、香ばしい匂いが広がる。一同の視線を気にする様子もなく、一口飲んだ。

「どうや?」

「普通のコーヒーだ」

「飲んですぐ分かる毒ばっかりちゃうやろ」

「なら、いつまで待つつもりだね」

 榊原はカップを置いた。

「1時間か? 2時間か? 安全だと確信できるまで何も口にせず、ここに座り続けるのかね」

「そういう言い方せんでもええやろ……分かった、飲むわ」

 真門は文句を言いながらコーヒーを注ぎ、そのまま一口飲んだ。

「熱っ」

 舌を出してカップを置く。

「毒より先に火傷するわ」

 春山が思わず笑い、可憐も小さく口元を緩めた。ほんの数秒だけ、張り詰めていた空気が和らいだ。それぞれがコーヒーや紅茶を自分のカップに注いで飲んだ。再び静かな時間が流れた。カップと受け皿の触れ合う音。紅茶を混ぜるスプーンの音。誰かが椅子へ座り直す音。昨日の夕食時にも似た光景だった。

 

「休んだら船着き場へ行こう」

 白石がコーヒーを一口飲んでから言った。

「やっぱ行くんか」

 真門が嫌そうな顔をする。

「昨日、新庄が船で戻るのは3日後だと言っていた。だが、宇治山は別の船で来る予定だったとも聞いている」

「その船があるか確認するってことですか?」

 春山が尋ねた。

「ああ。それに船着き場なら、海から誰かが島へ来た痕跡が残っているかもしれない」

「足跡とか?」

「それもある。係留した跡や、何か置かれていないかも見たい」

「何もなかったら?」

 原井場が尋ねた。

「その時考える」

「またそれかよ」

「何も調べずに考えるよりはマシだ」

 白石が返すと、原井場は舌打ちした。

「俺は行かないぞ」


 原井場の言葉に、白石が眉を寄せた。

「何?」

「もう十分だろ。朝から屋敷の中も外も調べて、結局何もなかったじゃん」

 原井場は椅子へ深くもたれた。

「船着き場まで往復で40分も歩いて、また何もありませんでしたって帰ってくるのかよ」

「行ってみなければ分からない」

「だから、それを何回繰り返すんだって言ってんだよ」

 原井場は苛立ったように言った。

「尺蛇を殺した奴が、船着き場で俺たちが来るのを待ってるとでも思ってんのか?」

「痕跡を探すと言っただろ」

「その痕跡って何だよ。足跡か?」

 原井場は鼻で笑った。

「俺ら警察でも探偵でもないんだぞ。見たって分かるわけないだろ」

「私も行かない」

 獅子谷が続いた。

「朝から歩きっぱなしだし、もう疲れた」

「獅子谷さんまで?」

 春山が尋ねる。

「だってそうじゃん。屋敷の中も外も見て何か見つかった? 何もなかったでしょ?」

 獅子谷は不満そうに足を組んだ。

「でも、船があったら帰れるかもしれませんよ」

「船があっても誰が動かすの?」

「それは……」

「ほら」

 獅子谷は勝ち誇ったように言った。

「船頭さんが3日後に来るんでしょ。だったら、それまでここで待ってればいいじゃん」

「ワシも行かへんで」

 真門がコーヒーカップを置いた。


「真門まで?」

 白石が顔を向ける。

「さっき船着き場を見に行くって言ったのはアンタだろ」

「せやけど、もう疲れたわ」

 真門は背もたれへ身体を預けた。

「朝から3階上がって、外も確認したんやぞ。そこからまた40分以上歩け言われても、付き合ってられへんわ」

「時間の問題じゃない」

 白石が言った。

「尺蛇が殺されたんだ。犯人がどこから入ったのか分かっていない以上、確認できる場所は確認した方がいい」

「ほな行きたい奴だけ行ったらええやん」

「1人で行動するのは危険だと、何度も話しただろ」

「1人ちゃうわ。こいつらも残る言うとるやろ」

 真門は原井場と獅子谷を顎で示した。


「そういう問題じゃない」

 白石の声が低くなる。

「1人が勝手なことを始めれば、全員で行動するという決め事が意味をなくす」

「決め事って、誰が決めたんだよ」

 原井場が言った。

「昨日からずっと思ってたけどさ」

 原井場は椅子へ座ったまま、一同を見回した。

「何で俺たちがアンタの言うこと聞かなきゃいけないんだ?」

「俺の言うことを聞けと言っているんじゃない」

「同じだろ。あそこ行くぞ、全員で動くぞ、1人になるなって。ずっとアンタが仕切ってるじゃん」

「危険だからだ」

「だからって、アンタがリーダーになった覚えはないんだけど」

「ちょっと……」

 春山が困ったように原井場を見る。

「今それ言う必要あります?」

「あるだろ」

 原井場は声を強めた。

「犯人がこの中にいるかもしれないって話になってんだぞ。なのに、何で元警察官ってだけで白石を信用して、言うこと聞いてんだよ」

 白石の表情がわずかに強張った。

「それに」

 原井場は続ける。

「尺蛇の部屋に最初に入ったのも白石と真門だろ。手紙を最初に触ったのも白石。部屋を調べたのも白石たちだ」

「何が言いたい」

「別に。事実を言ってるだけですよ」

「お前……」

 白石が立ち上がりかける。

「ほら」

 原井場はわずかに身を引いたものの、口元には強がるような笑みを浮かべた。

「疑われたら怒るんじゃん。俺たちには疑い合うなとか言っといて」

「いい加減にしたまえ!」

 榊原の声が食堂に響いた。

「白石君がこれまで率先して動いてきたのは事実だろう。それを今になって犯人扱いするとは何事かね」

「犯人だなんて言ってませんよ」

「同じようなものだろう!」

「榊原さんだって、白石さんを信用しすぎじゃない?」

 白石は何も答えなかった。

「それにさ」

 獅子谷はカップを置いた。

「全員で行動したところで尺蛇さんは死んだんだよね?」

「昨夜は全員で行動していなかったでしょう」

 細貝が指摘する。

「部屋に戻ってから1人ずつになった。その間に殺された可能性が高いんです」

「でも、全員で部屋に籠もろうって決めた結果、人が死んだんじゃん」

「結果だけ見て間違っていたと言うのは――」

「じゃあ正しかったの?」

 獅子谷が遮った。

「尺蛇さん死んでるのに?」

 細貝は一瞬、言葉に詰まった。


「だから、今度は全員で動こうとしているんです」

「私は嫌」

 獅子谷は即答した。

「何かあるたびに全員でぞろぞろ歩き回るなんて、もう付き合えない。私は私で危なくないようにするから」

「その『危なくない』を誰が判断するんですか?」

「自分で判断するよ。当たり前じゃん」

「その判断が間違っていたら?」

「細貝くんの判断が正しいって保証もないでしょ?」

 今度は細貝が黙った。

「……人間が分かりあえると思っている方がおかしいのよ」

 中藤が呟くと全員の視線が彼女に向いた。

「昨日会ったばかりの人間同士でしょう」

 中藤は冷めた表情で一同を見回した。

「しかも、犯人がこの中にいる可能性まである。それなのに、全員で信頼し合って同じ行動を取ろうという前提自体が無理なのよ」

「中藤さんまで何を言ってるんですか」

 春山が眉をひそめる。

「なら、あなたは誰かについて行けばいい。私は止めないわ」

「おい、中藤」

 白石が言った。

「今は意地を張る場面じゃない」

「意地?」

 中藤の目が細くなる。

「私は最初から、自分で考えて行動しているだけよ。この島に来たのも自分の意志。あなたに指示されるために島へ来たわけではないわ」

「指示しているつもりはない」

「だったら、船着き場へ行きたくない人間を無理に連れていく必要もないでしょう」

「ほらな」

 原井場が得意げに言った。

「中藤ですらこう言ってんじゃん」

「あなたに同意したわけではないわ」

 中藤は即座に切り捨てた。

「船着き場を確認すること自体は意味があると思っている。ただ、全員で行かなければならない理由がないと言っているの」

「何だよ、それ」

「理解できないなら別にいいわ」


「お前ら、ほんま話まとまらんな」

 真門が呆れたように笑った。

「もう好きにしたらええやろ」

「それでは駄目だ」

 白石が強く言った。

「犯人の狙いが俺たちを孤立させることなら、今まさに思うつぼだぞ」

「だから?」

 原井場が立ち上がった。

「犯人の思うつぼだから、嫌でもアンタについて行けって?」

「そうは言ってない」

「だったら俺は部屋に戻る」

「原井場!」

「鍵掛けて閉じこもっときゃいいんだろ?」

 原井場は椅子の背に掛けていたジャケットを手に取った。

「行きたいなら勝手に行けよ。俺はもう探偵ごっこに付き合わないからな」

「私も部屋戻ろうかな」

 獅子谷も立ち上がる。

「1人になるなと言っただろ」

 白石が止める。

「じゃあ原井場くんと途中まで一緒に行く」

「部屋に入ったら1人だろ」

「鍵掛ければいいじゃん」

 2人が食堂の扉へ向かう。


「待ちたまえ!」

 榊原が呼び止めた。

「話はまだ終わっていない」

「俺の中では終わってますよ」

 原井場は振り返らずに答え、そのまま食堂を出ていった。

 獅子谷も後を追う。

 2人分の足音が廊下の奥へ遠ざかっていった。

「……勝手な連中だ」

 榊原が吐き捨てる。

「ほな、ワシも行くわ」

 真門が立ち上がった。

「どこへ行く」

 白石が尋ねる。

「部屋や。ちょっと横になる」

「真門さん、せめて誰かと一緒に……」

 春山がおずおずと言う。

「嬢ちゃんらは好きにしたらええ。ワシも好きにする」

「ですが……」

「鍵掛けとく。何かあったら叫ぶ。それでええやろ」

 真門は返事を待たず、食堂を出ていった。扉が閉まる。


 残された者たちの間に、重い沈黙が落ちた。

 言い争いが続くのを見て、霧坂夫妻は厨房へ引っ込んでいた。

「……本当に行っちゃいましたね」

 春山が小さく呟いた。

「追いかけた方がいいのでは?」

 可憐が不安そうに白石を見る。

「追いかけてどうするんですか」

 細貝が言った。

「無理やり連れ戻すんですか?」

「だが、このままでは――」

 榊原が言いかける。

「もう無理でしょう」

 中藤が遮った。

「全員で行動するという取り決めは、今ので終わったわ」

「終わったで済ませるつもりかね」

「結果としては同じでしょう」

 中藤は立ち上がった。

「待ちたまえ」

 立ち上がった中藤を、榊原が呼び止めた。

「何ですか」

「……我々は少々、冷静さを欠いている」

 榊原は一同を見渡した。

「朝から尺蛇君の遺体を発見し、その部屋を調べ、3階から屋敷の外まで歩き回った。そのうえ、犯人につながるものは何も見つかっていない」

「だから何?」

「疲れているということだ」

 榊原はコーヒーカップへ手を伸ばしたが、すでに中身がほとんど残っていないことに気づき、そのまま手を戻した。

「疲労と焦りで、全員が感情的になっている。この状態で話し合いを続けても、まとまるものもまとまらん」

「私は冷静よ」

 中藤が低い声で答えた。

「ほら、それだ」

 榊原は眉をひそめた。

「少し指摘されただけで、すぐに反発する。原井場君たちもそうだが、今の我々は互いの言葉に過敏になりすぎている」

「榊原さんもさっき怒鳴ってたじゃないですか」

 春山がおずおずと言うと、榊原の表情が一瞬止まった。

「……必要があって声を強めただけだ」

 春山はそれ以上追及しなかった。


「まあ、榊原さんの言いたいことは分かります」

 細貝が椅子へ座り直した。

「このまま続けても、同じところを回るだけでしょうね」

「そういうことだ」

 榊原は満足そうに頷いた。

「船着き場を調べるかどうかも含め、一度頭を冷やしてから考えた方がいい」

「でも、原井場さんたちはもう行っちゃいましたよ」

「放っとけばいいだろ」

 白石が答えた。

 先ほど原井場に疑いを向けられたことが引っかかっているのか、声にはわずかな苛立ちが残っていた。

「本人たちが行くと言って出ていったんだ。今追いかければ、また揉めるだけだ」

「白石さんまでそんなこと言うんですか?」

 春山が驚いたように尋ねる。

「俺だって無理やり連れ戻すことはできない」

「でも、1人になるのは危険だって……」

「だから止めた。それでも行ったんだ」

 春山は口を閉ざした。

「やはり、一度休むべきだな」

 榊原が改めて言った。

「今の白石君も含めてだ」

「俺は別に――」

「原井場君に疑われて腹が立っているのだろう」

 白石の眉が動いた。

「……別に怒ってない」

「なら、そのような顔をする必要はない」

「それで、どれくらい休むんですか?」

 春山が話を戻した。

 榊原は腕時計を確認した。

「30分ほどでどうだね。長すぎず短すぎず、その程度で十分だろう。その後、もう一度ここへ集まって今後の行動を決める」


「ここにずっといるんですか?」

「それでも構わんし、リビングで休んでもいい。部屋に行くのもいいだろう」

 榊原は一同を見渡した。

「ただし、部屋に入るなら鍵を閉めることだ」

「結局そこは変わらないのね」

 中藤が言う。

「当然だ。休憩することと警戒を解くことは別問題だ」

 中藤はしばらく榊原を見つめた後、小さく息を吐いて椅子へ座り直した。

「……分かったわ。30分だけよ」

「僕もそれでいいと思います」

 細貝も同意した。

「正直、少し疲れましたし」

「私も……」

 春山が肩を回す。

「朝からずっと歩いてましたもんね」

「そうですわね」

 可憐も安堵したように頷いた。

「少し落ち着いてから考えた方がよろしいかもしれません」

 白石だけはしばらく黙っていた。


 全員、閉じられた食堂の扉を見つめた。

 原井場と獅子谷は2階へ向かったのだろう。

 真門も自室へ戻ると言っていた。


 1人で行動しない。その最低限の方針さえ、もう崩れ始めていた。

「白石君」

 榊原に呼ばれ、白石は視線を戻した。

「分かった」

 帽子のつばを軽く押さえる。

「30分休もう」

「うむ。何をするにしても、その後だ」

 誰も反対しなかった。

「霧坂君」

 榊原が呼ぶと、俊夫が厨房から出てきた。

「30分ほど休憩する。原井場君たちにも伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

 

 俊夫が厨房へ戻ると食堂には再び静けさが戻った。

 先ほどまで怒鳴り声が飛び交っていたのが嘘のように、柱時計が時を刻む音と、食器の触れ合う小さな音だけが聞こえる。

 残された者たちは、互いを信用しているわけではない。

 ただ、これ以上言い争う気力がなくなっただけだった。

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