第16話
「結論から言うと、屋敷内に特に異常は無かった……ということでいいかね?」
数分後、食堂に戻った一同を見渡し、榊原が確認した。
「ああ。少なくとも3階には誰もいなかった」
白石が答える。
「使用人の部屋も物置も確認した。屋根裏も入口から見たが、人が隠れている様子はなかった」
「1階も同じです」
細貝が続けた。
「玄関と裏口は閉まっていました。窓にも壊された跡はありません。厨房やリビングも見ましたが、人が潜んでいるような場所はありませんでした」
「ということは……」
春山が不安そうに一同を見回した。
「犯人って、もう屋敷の中にはいないってことですか?」
「そうとは限らないわ」
中藤が即座に否定した。
「私たちが見落とした可能性もある。それに、調べたのはあくまで今の状態でしょう。昨夜誰かがいたかどうかまでは分からない」
「またそれかよ」
原井場が椅子へ腰を下ろした。
「全部見ても何も出なかったんだろ? だったら、外から入ってきた奴が尺蛇を殺して逃げたんじゃねえの?」
「どこへ逃げたというのだね」
榊原が尋ねる。
「島のどっかだろ。森とか」
「それなら結局、犯人はまだ島にいることになるわね」
中藤が言う。
「……まあ、そうだけど」
原井場は一瞬黙った。
「屋敷の中におらんかったんやったら、次は外調べるしかないんちゃうか」
真門が言った。
「昨日から宇治山の船探す言うとったやろ。ついでに島ん中も見たらええ」
「簡単に言うな」
白石は窓の外へ目を向けた。
「屋敷の周りは森だ。館内みたいに全部の場所を確認できるわけじゃない」
窓の向こうには、木々が隙間なく立ち並んでいる。
「昼間でも、森の奥へ進めば視界はすぐに悪くなるだろうな」
「それに、もし犯人が森に潜んでいるなら、屋敷の中より危険です」
榊原に続いて細貝が言った。
「じゃあ、どうすんだよ」
原井場が苛立ったように言う。
「屋敷にもいない、森も危ないから行かない。だったら何もできねえじゃん」
「何もしないとは言っていない」
白石が答えた。
「まず屋敷の周辺からだ……霧坂さん。外に何がある?」
「屋敷の裏手に物置小屋がございます」
「さっき言ってたところか」
「はい。それから少し離れた場所に、小型の発電機がございます」
「発電機?」
細貝が反応した。
「この屋敷の電気は、そこから?」
「はい。この島には電気が通っておりませんので」
「他には?」
俊夫は少し考えた。
「特にございません。あとは森と、船着き場へ続く道くらいかと」
「物置小屋って、鍵かかってんの?」
原井場が聞いた。
「いえ……この島では防犯を気にする必要はありませんので」
「だったら誰でも入れるってことやな」
「薪の他には何がある?」
「修繕用の工具がございます。金槌、鋸、ロープ、斧なども……」
「刃物は?」
「園芸用の鋏はございますが、包丁のようなものはございません」
「尺蛇さんを殺した凶器はまだ見つかっていません」
細貝が言う。
「調べる価値はありそうですね」
「先にそこを見る。全員で行こう」
白石が立ち上がった。
「また全員かよ」
「外の方が死角が多い。人数は減らさない方がいい」
「だったら行かない方が安全じゃねえの?」
「凶器があるかもしれないのよ」
中藤が言った。
「だから確認するの」
原井場は面倒そうに手を振った。
「あの……全員で外へ出ても大丈夫でしょうか」
可憐がおずおずと口を開いた。
「尺蛇さんのお部屋です。私たちがいない間に誰かが入るかもしれません」
「全員一緒に行くんやろ」
「別の人間が島にいるなら、屋敷へ入ることもできますわ」
「確かに、現場を荒らされる可能性はありますね」
細貝が言った。
白石は俊夫を見た。
「尺蛇の部屋にはテープを?」
「はい、先ほど扉と壁をまたぐように張っておきました」
「なら、戻った時に確認できる。それでいい」
「では行こう」
榊原が立ち上がった。
一同は厨房へ向かい、裏口から外へ出た。湿った土と木々の匂いが流れ込んでくる。空には薄い雲が広がり、風に揺れる葉の音が響いていた。
俊夫に案内されて屋敷の裏手へ回ると、森の手前に小さな木造の物置小屋があった。母屋からはそれほど離れていない。
「思ってたより近いですね」
春山が言った。
「薪を運びますので、近い方が便利なのです」
白石は小屋の先に広がる森を見た。木々に紛れれば、屋敷や小屋へ近づくのは難しくなさそうだった。
「昨日、この辺りに来たのは?」
「夕食前に私と恵が薪を取りに参りました。夜には来ておりません」
「道具の数は全部把握してる?」
中藤が尋ねる。
「正確には……もともと置かれていた物も多うございますので」
「じゃあ、何かなくなっていても分からないのね」
「……はい」
「都合ええな」
真門が呟いた。
俊夫が物置の扉を開けた。鍵は付いていない。
中には薪や金槌、鋸、ペンチ、ロープ、園芸用品などが並び、奥の壁には柄の長い斧が立て掛けられていた。
「……物騒やな」
「薪割り用でございます」
「分かっとるわ。それでも人は殺せるやろ」
「霧坂さん。人を刺せそうな工具は?」
「工具箱がございます」
俊夫は棚の下から金属製の箱を取り出し、蓋を開けた。
中にはドライバーやレンチ、ペンチなどが並んでいる。
「ナイフは?」
「ございません」
「ほな、ここもハズレか」
真門が言った。
「ここにあった凶器を犯人が持ち出していた可能性もあります」
「また可能性かよ」
細貝の指摘に、原井場が呆れたように吐き捨てた。
白石は奥の斧へ目を向けた。
「あれは昨日もあったのか?」
「はい。夕方、私が薪を割る際に使いました。それ以降は触っておりません」
「恵さんは?」
「私は使っておりません」
斧の刃には古い傷があるだけで、血のようなものは見当たらない。
「……今のところ関係はなさそうだな」
「じゃあ次、発電機見るんちゃうかったか?」
「ああ」
凶器も、人が潜んでいた痕跡も見つからなかった。
白石は最後に小屋の中を見渡し、扉を閉めた。
俊夫を先頭に、一同は物置小屋を離れた。
「発電機はどっちや?」
真門が尋ねる。
「こちらでございます」
俊夫は森沿いの細い道を指した。屋敷の裏手から少し離れた場所へ続いている。一同はまとまったまま歩き始めた。足元には湿った落ち葉が積もり、踏むたびに柔らかな音を立てる。
「こんなとこに置いてあるんですね」
春山が周囲を見回した。
「燃料を使用いたしますので。万が一に備えて、屋敷から少し距離を取っております」
「これか。燃料というのは?」
白石が発電機を見た。
「ガソリンでございます」
「誰でも触れるの?」
中藤が尋ねる。
「操作自体は難しくございません。ただ、普段は私が管理しております」
「鍵とかは?」
「ございません」
「またかいな」
真門が呆れたように言う。
「この島に私ども以外の人間がいるとは想定しておりませんでしたので……」
「その前提が全部崩れたわけね」
中藤が冷たく返した。
白石は発電機の周囲を見回した。
人が隠れられるような建物はない。木々の間にも、人影は見えなかった。
「最後に確認したのは?」
「昨日の午後でございます。皆様がお越しになる前に、一度点検いたしました」
細貝が発電機へ近づき、少し離れた位置から観察すると、ポリタンクの数を目で数えた。
発電機の脇には、燃料の入ったポリタンクが4つ並んでいる。
「数はこれで全部?」
「おそらくは。正確に管理しているわけではございませんので」
榊原は発電機の周囲を見渡した。
「人が隠れている様子はなく、機械も動いている。今のところ、ここも異常はなさそうだな」
「結局また何もなし?」
獅子谷が退屈そうに言った。
「何もないなら、それはそれでいい」
白石が答える。
「ほな、次はいよいよ船着き場やな」
真門が言った。
「その前に屋敷の周りを一周する」
白石は森へ目を向けた。
「窓の外から入れる場所がないか、足跡や物が落ちていないか確認する」
「まだ歩くんかいな……」
「嫌ならここで待つか?」
「一人で待てるかアホ」
真門はぶつぶつ言いながらも、一同から離れなかった。
白石は最後に発電機へ視線を戻した。
低い作動音だけが、森の静けさの中で絶えず響いていた。




