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プロローグ:招待客

初投稿です。パロディやオマージュを潜ませています。よければ楽しんでください。

「カクヨム」様にも同じ小説を投稿しております(内容は同じ)。

https://kakuyomu.jp/works/2912051605906055946

 2021年5月3日

 

 速報です。八重県警によりますと今日未明、八重県浦市の津伊世島で男女十数人の遺体が発見されました。遺体はいずれも死後数日が経過した状態で発見されたということです。警察と海上保安庁は現場の状況から、事件性が極めて高いと判断。事件の背景を調べるとともに身元の特定を急いでいます。



 2021年4月26日

 

 大阪行き特急電車の窓際で、榊原茂男は週刊誌を眺めていた。内容は低俗なゴシップ記事だ。芸能人の誰々が不倫しただの、政治家が自粛せずに会食をしただの、ワクチンは利権と人体実験を目的とした政府の陰謀だの……。このような時にまだ足の引っ張り合いをしているとは、この国の民度は思ったより良くないらしい。こんなことなら新聞を買っておけばよかった。暇だからといって普段読まない雑誌を買うのは次からやめておこう……。やや乱暴に雑誌を置きながら文句を垂れた。悪態をついても問題あるまい。

 裁判官を退官してから2年になるか、もう国に仕える司法の番人ではなく、傍から見れば一人の老人なのだから少々行儀が悪くても構わんだろう。席が空いているガラガラの車両内を見渡した。見たところ、この車両には私を含めて3人ほどしか乗っていないようだ。このような時に遠方まで旅行に行こうというのは私しかいないと思っていたが……。榊原はジャケットの内胸ポケットから招待状を取り出した。この時代に手書きとは、江崎君も粋なことをするものだ。もっとも、私のような古い人間に合わせてくれただけかもしれないが。榊原は招待状を流し読みした。

 

 『拝啓……榊原様におかれましては……ご定年を誠に……ご活躍をかねてより……つきましては慰労の小旅行を……是非ともお話を……津伊世島での滞在……ご都合がよろしければ4月26日に浦市の高速船乗り場へ……ご連絡お待ちしております。 令和3年3月18日 江崎 栗五』

 

 江崎君とは面識がない。調べてみたところ中部地方の裁判官らしい。1~2回手紙でのやり取りをしたが、なかなかに礼儀正しい人だった。令和の時代に手書きの招待状を送ってくるようだから古風な人なのだろうか。それにしても、特急券まで送付してくれるとは景気のいい人だ。津伊世島とは確か離島の観光地だったか。元々観光客も少なかったが、この時勢も相まって島を丸ごと売却したようだ。物好きな富豪が買い取ったとの噂は耳にしていたが……まぁ細かいことはいいだろう。私を尊敬する後輩への助言でも考えておくか……。


——————————————————————

 

 細貝隼人はノートパソコンを開きながら、右斜め前に座る老人を一瞥した。不機嫌で頑固そうだ。こんな時期にどこへ行くのだろう。もっとも、僕もパーティーへ向かっているのだから、人のことは言えないな。キーボードを叩きながら、SNSのメッセージ欄を開く。アカウント名は「和田」。1か月ほど前に突然届いたDMだった。


『突然のご連絡、失礼いたします。私は、とあるクローズドなコミュニティを運営している者です。今回は細貝隼人様を招待したく思い、DMを差し上げました』


 最初はスパムか詐欺だと思った。だが和田は、前職や生年月日、卒業大学まで正確に知っていた。不気味に思いながら読み進めると、興味を引かれる内容が書かれていた。なんでも、離島でZ世代だけが集まるパーティを催すらしい。招待者は僕を入れて10名。そして、こんなことも書いてあった。

 

『私たちがなぜ貴方の生い立ちを知っているのか、そして他の9人が誰なのか、その答えは、すべて島に用意してあります』


 興味深い。若者を絶海の孤島へ集めて何をするつもりなのか。交通費と宿泊費まで負担してくれるなら、行く価値はある。最悪、インフルエンサー崩れのドッキリでも構わない。もっとも、素人の仕掛けにしては自分のことを知りすぎている。細貝は画面を下へ送った。


『本状は、選ばれた方のみにお送りしている……情報漏洩や予期せぬノイズを防ぐため……参加の意思がある場合は……郵送にてご返信願います……当日の集合場所は手紙にて……お会いできることを心よりお待ちしております。 令和3年3月16日 和田 四織』


 この時代に郵送で返信とは面倒な話だが、和田は特急券と招待状まで送ってきた。詐欺にしては気前がいい。幸い、緊急のプロジェクトはない。ITベンチャーの良いところは実力主義であることと、激務の代わりに給料とまとまった休みが多いことだ。多少無理をする日もあるが、口だけのやかましい上司も無能な部下もいないとなると、前職よりよっぽどマシだった。細貝は画面に残る「Z世代のトップランナー」という言葉を眺めた。自分がその一人に選ばれるのは悪い気分ではない。むしろ当然だと思っている。前職を辞めてベンチャーへ飛び込み、激流のような数年間を泳ぎ切ったからこそ、今の自分がある。厳密には自分はZ世代ではないらしいが、細かいことはいい。津伊世島。デジタル社会から隔離された島。そして、選ばれた10人。右斜め前の老人も、その一人なのだろうか。いや、あの頑固そうな年寄りが、Z世代のトップランナーとは思えない。時期も弁えず観光へ向かうだけだろう。

 浦市まではあと2駅。駅から高速船乗り場まではバスが出ている。船に乗れば、あとは島へ向かうだけだ。細貝はスマートフォンをしまい、再びノートパソコンへ向き直った。画面には未処理のタスクが並んでいる。1週間の休暇を貰えたとはいえ、できる仕事は今のうちに片づけておこう。再び、キーボードをカタカタと叩き始めた。


——————————————————————


(ほんと最近の人って余裕ないよね。)

 獅子谷和奈は、3つ前の座席でノートパソコンを開いているサラリーマン風の男を見ながら思った。こんな時まで仕事とは、社畜も大変だ。暇つぶしにSNSを開き、数分前の投稿を確認する。


『こんガオ~。ちょっと体調崩しちゃって配信は1週間くらいお休みします!心配かけてごめんね』


 獅子谷は「獅子乃タテガミ」の名で、バーチャル配信やコスプレ活動をしていた。ファンからは心配する返信が届いている。だが、その中には気に入らないものもあった。


『先週も体調不良って言ってなかった?』『コイツいつも体調崩してんな』


 何なんだろう、この人たちは。きっと心配するふりをして、嫌味を言いたいだけだ。獅子谷は慣れた手つきで2人をブロックし、メッセージ欄を開いた。送り主は「小川」。


『突然のご連絡、失礼いたします。芸能事務所の社長をしております、小川と申します。今回は獅子乃様を招待したく思い、DMを差し上げました。実は来月、八重県の津伊世島にて少人数制の交流パーティーを開催する予定がございます。参加者は芸能関係者、企業経営者、クリエイターなど、ごく限られた方々のみとなっており、一般には公開されない非公式の催しです。獅子乃様の配信活動に以前から注目しており、ぜひ一度お話を伺いたいと思っております』


 何度読んでも笑みがこぼれる。芸能事務所の社長。限られた参加者だけの交流パーティー。そして、自分の活動に注目していたという言葉。いつか業界から声がかかると思っていた。自分ほど才能のある配信者が、埋もれ続けるはずがない。ようやく気づかれた。それだけのことだ。前方では、先ほどの男がまだノートパソコンに向かっている。それを見て少しだけ優越感を覚えた。大変だなぁ。私は芸能事務所の社長に招待されているのに。獅子谷は再び画面へ目を戻した。


『この会は参加者のプライバシー保護のため……参加の場合は郵送にてご返信……当日の集合場所は手紙にて……獅子乃様とお会いできる機会を楽しみにしております。 令和3年3月14日 小川 三緒』


 指示通り郵送で返信すると、ご丁寧に特急券まで送られてきた。一体どんな人たちが来るんだろう。玉の輿も狙えるかもしれない。その時、車内アナウンスが流れた。


「まもなく、浦市、浦市駅に到着いたします。降車の際は、間隔を空けてお並びください」


 胸が高鳴る。電車が速度を落とすと、前の男がノートパソコンを閉じ、右斜め前の老人も荷物をまとめ始めた。どうやら2人とも同じ駅で降りるらしい。やがて電車がホームへ滑り込み、ドアが開いた。潮風と消毒液の混じった匂いが、車内へ流れ込んでくる。浦市駅に到着した。


——————————————————————


八重県浦市のビジネスホテルで白石弾正は目を覚ました。前乗りして浦市まで来て、翌日の朝に余裕をもって出発しようと思ってきたが、まだ朝の6時。緊張のせいか早起きしすぎてしまったようだ。どうにも集まり事というのは落ち着かない。40代にもなると行動にも自信と落ち着きが出てくると思っていたが、これは性分のようだ。ユニットバスの洗面所で顔を洗い、白髪交じりの髪形を整えた。まだ出発するには時間がある。テーブルに置かれた招待状を取り、老眼鏡をかけてから眺めた。


『久しくご無沙汰しております……お世話になりました中村です……最後に顔を合わせたのは……共通の知人を介して退職の噂を……現在はカウンセラーを……実は私がプライベートで管理に関わっている……津伊世島は豊かな自然が……静養の小旅行を……滞在に関わる費用は私どもで負担を……参加の場合は郵送にてご返信を……あの頃のようにお話を……どうかご無理はなさらず……白石さんとお会いできるのを楽しみにしております。 令和3年3月12日 中村 健二』


 中村君は確か少年課か生活安全課の後輩だったか……。だいぶ昔に事件の捜査があった時に助けてくれたんだったな。俺が警察を辞める随分前に別の組織に異動になったと聞いたが、まさかカウンセラーとは。実は以前からカウンセラーになったという話は知っていた。警察の経験を活かしてくれればいいが、まぁ俺が何かアドバイスできる立場ではないな。……退職の噂、か。あるとしたら間違いなく良い噂ではないだろうな。白石は窓ガラスに映る自分の顔を見ると老けたな、と他人事のように思った。

 

 まだまだ時間があるのでテレビをつけると、朝のニュース番組が流れた。今日もいつも通り。芸能人の不倫報道、政治家の不祥事、SNSでの誹謗中傷事件……。ここ1年間はほとんど同じ内容だ。いや、今まで気にしていなかっただけでずっとそうだったのかもしれない。ぼーっと見ていると、警察官の不祥事の話題が出てきた。関東の某県警がまたやらかしたそうだ。画面には、マスク越しでも分かるほど強張った表情の刑事たちが映っていた。謝罪会見。フラッシュ。記者の怒鳴り声。そのすべてが、脳裏に「あの日」の光景を呼び戻す。テレビの音が、急に遠くなった。ため息とともに椅子の背もたれへ体を預ける。天井を見上げても、何も変わらない。ただ、胸の奥に沈んだ重石だけが、じわりと存在感を増していく。ニュースは続く。画面の向こうで誰かが謝っている。その姿が、かつての自分と重なって見えた。

 白石はテレビを消し、出発の準備を始めた。少し早いが、まあいいだろう。チェックアウトのためにロビーに向かうことにした。

 4月といえど、まだ寒い。白石は帽子を被り、黒いコートを羽織った。確か「浦市みなとまち」まではバスが出ていたはずだ。駅前まで歩くとするか……。


——————————————————————


 原井場優太はビジネスホテルからチェックアウトすると駅前のタクシー乗り場まで歩くことにした。ホテルの前まで呼んでもいいが、せっかくなら、出勤しているヤツらに余裕を見せつけながら堂々と歩きたかった。これが成功者の余裕だと言わんばかりに悪趣味なブランド物の靴を鳴らしながら歩く。ふと前を見ると、帽子を被った白髪交じりの男が歩いていた。確かコイツは同じビジネスホテルから出てきた男だ。幸の薄そうな顔をしているな。信号待ちの中、スマホのメッセージアプリを開いた。アカウント名は「小川」と表示されている。


 『突然のご連絡、失礼いたします……小川と申します。今回は原井場様を招待したく思い……実は来月、八重県の津伊世島にて……参加者は芸能関係者など、ごく限られた方々……原井場様の活動に以前から注目しており、ぜひ一度……お会いできる機会を楽しみにしております。 令和3年3月14日 小川 三緒』


 小川という名前には聞き覚えが無かったが、調べてみると実在する芸能事務所のようだった。活動に注目ね。まあ、俺みたいなインフルエンサーともなると企業からコラボしてほしいとの依頼が来てもおかしくはない。現に、俺のサイトで取り扱っている商品を宣伝したいという二流配信者どもが毎日のようにメールを送ってくる。お前らごとき底辺とコラボして俺になんの得があるんだと思っていた矢先の招待だった。手紙でのやりとりというのが古臭くて面倒だったが、滞在にかかる費用と前乗りの宿泊費をすべて負担してくれるとのことなので文句は無かった。俺クラスになるとこういう扱いも当然ってわけだ。

 信号が青に変わると同時に、彼は胸を張って歩き出した。靴底がアスファルトを叩くたび、妙な高揚感が湧いてくる。駅前のロータリーには、通勤途中のサラリーマンたちがバス停に列を作っていた。原井場はその横を、まるで自分だけ別世界の住人であるかのように悠々と通り過ぎる。

 

 ふと前を見ると、さっきの男がバス停の時刻表を眺めていた。たしか、高速船乗り場までバスが出ていたはずだ。気になったので原井場も時刻表に目を通した。「浦市みなとまち高速船乗り場」行きのバスはあと10分ほどで来るらしい。白髪の男は近くのベンチに腰を下ろしていた。貧乏人が。男を心の中で嘲るとタクシー乗り場に向かった。

 一番前に停まっていたタクシーに乗り込むと、運転手がバックミラー越しに声をかけてきた。

 「どちらまで?」「みなとまちの高速船乗り場まで頼む」

 ふた回りほど年下の若者に横柄な言葉遣いをされたのが気に食わなかったのか、ムッと顔をしかめると、やや面倒くさそうに発車した。原井場は再びスマホを開き、小川からのメッセージを読み返す。島を買い取るなんて、どんだけ金持ちなんだよ。羨望と少しの警戒が胸をよぎる。しかし、それ以上に「選ばれた者だけが参加するパーティー」という響きが、彼の虚栄心をくすぐった。

 

 しばらく走ると、海の匂いが車内に入り込んできた。港が近い。

 「もうすぐ着きますよ」

 運転手が淡々と言うと、原井場はふんと鼻を鳴らした。

 「無駄口叩いてないで、さっさと頼むよ」

 運転手は返事をせず、無言のまま車を進める。やがて視界が開け、港が見えてきた。タクシーが停まると、原井場は投げるように料金を支払い、ドアを乱暴に閉めた。「チッ……」小さい舌打ちが聞こえたが、無視して歩き出した。港には、朝の潮風が吹き抜けている。集合時間までは時間がある。待合室のベンチに腰を下ろし、待つことにした。


——————————————————————


 バスが海沿いの道路を揺れながら走っていた。「次は、浦市みなとまち、浦市みなとまちです」

 最後列に座る尺蛇大仙は顔を上げた。足元には、くたびれたボストンバッグが置かれている。1か月前、契約社員として勤めていた工場から、契約を更新しないと告げられた。表向きは期間満了のためとなっているが、要するにクビだ。

 先行きの見えない社会情勢だから仕方がない。そう思おうとしたが、同僚の数人は残れたらしい。その事実が、じわじわと胸を刺す。俺より仕事ができるわけでもないくせに。あの場では「そうですか」としか返せなかったが、その説明が建前で、自分だけ切り捨てられたことは分かっていた。尺蛇はポケットから招待状を取り出した。届いたのは、クビを告げられた翌日だった。


『突然のお便りとなり恐縮です……カウンセラーの中村と申します……関係各所よりご退職の噂を……緊張の続く状況については……海辺の静かな島での小旅行を……津伊世島は豊かな自然が……心を落ち着けるには絶好の……滞在に関わる費用は私どもで負担を……参加の場合は郵送にてご返信を……どうかお気軽に……尺蛇さんとお会いできるのを楽しみにしております。 令和3年3月12日 中村 健二』


 弱ったところを狙い撃ちされたようなタイミングだった。惨めな境遇を見透かされ、哀れまれているようで腹が立つ。誰が俺のことを話したのか。出所前の面談を担当した法務省のカウンセラー、出所後しばらく世話になった保護司、通院先の精神科医。心当たりはあるが、クビになったことは誰にも話していない。それに、タダで旅行させてやるって?俺を哀れんでるのか?言葉の端々にある気遣いが心を荒らす。バスが速度を落とし、潮の匂いが濃くなる。

 

「まもなく終点、浦市みなとまちです」

 

 尺蛇は招待状をポケットへ押し込み、ボストンバッグを肩に掛けた。バスを降りると、潮風が吹きつけてきた。港町は驚くほど静かだった。観光客だけでなく、職員の姿もない。集合時間までは、あと40分ほどある。あまりにも人の気配がないので不安になって掲示板の地図を確認したが、本当にここで合っているらしい。早く着きすぎたのだろう。船着き場はロビーの奥にあるらしい。

「浦市みなとまち」は、かつて八重県と名古屋方面を結ぶ高速船乗り場だったが、流行病の影響で一般客への営業を中止していた。今日は職員もいないようだ。本当にここで合っているのか。全員で俺を揶揄うために、嘘を教えたのではないか。不安を抱えたまま、尺蛇は待合室へ入った。

 奥の隅には、悪趣味なブランド物に身を包んだ若い男が座り、こちらに目もくれずスマートフォンを眺めている。尺蛇は男から少し離れた椅子に腰を下ろし、バッグを足元へ置いた。この男も招待客なのだろうか。静かな島での小旅行には、似つかわしくない。まあ、どうでもいい。尺蛇は目を閉じ、眠ることにした。


——————————————————————


タクシーの後部座席で、春山尚香は海沿いの景色を眺めていた。白のリブニットにデニムジャケット、レースのスカート。いつもの自分らしい服装だが、胸の奥にはわずかな不安がある。運転手が、ルームミラー越しに尋ねた。

「お客さん、観光ですか?」

「え、あ、まあ……そんな感じです」

 春山は曖昧に笑った。本当は観光ではない。「Z世代限定の招待制パーティー」そんな怪しげな響きのイベントへ向かっている。 スマートフォンには、和田四織と名乗る女性からのDMが表示されていた。

 

『突然のご連絡、失礼いたします。私は……今回は春山尚香様を招待したく思い、DMを差し上げました……現在、Z世代限定の完全招待制交流パーティーを……アイドルとして活動されていたと伺い……クリエイターやモデルなど様々な分野で活動している方をご招待……プライバシー保護のため……参加の場合は郵送での返信を……集合場所は手紙にて……お会いできることを心よりお待ちしております。 令和3年3月16日 和田 四織』


 DMには、地下アイドル時代の芸名でもコンカフェのあだ名でもなく、本名が書かれていた。怖さはあった。だが、それ以上に、自分が選ばれたことへの喜びが勝った。地下アイドル時代に名前を呼ばれた時や、自分目当ての客が何度も店へ来た時と同じ高揚感だった。聞いたことのない相手でも、自分の経歴を知り、必要としてくれている。それだけで十分だった。運転手が再び声をかける。

「港ってことは……島に行くんですか?」

「はい。なんかパ……親戚の集まりがあるらしくて」

 パーティーと言いかけて、言い直した。こんな時期に若者が島で集まると知られれば、どう思われるかくらいは分かる。

「へぇ……こんな時期に大変ですね」

 運転手はぶっきらぼうに答えた。やがてタクシーは人影のない港町へ入り、船着き場の近くで停まった。

「船着き場はこの先ですよ。ロビーに入って奥です」

「ありがとうございます」

 春山は料金を払い、車を降りた。集合時間まではあと30分。付近を歩こうかと思ったが、潮風が強いため待合室へ向かう。中には、年の近そうな若い男と、うたた寝をしている中年男がいた。この2人も招待客なのかな。春山は入口近くの椅子へ座り、SNSを開いた。集合時間までは、あと25分だった。


——————————————————————


「なあオッサン、ここ見たら分かるよな?」


 真門吉金がコーヒーを片手にコンビニを出ると、駐車場の端にいた3人組に呼び止められた。体格のいい男が、真門の黒いセダンを顎で示す。

「これ、お前の車やろ。さっき、うちの車に擦ったんや」

 男が指差した白いワンボックスカーには、どう見ても数日前からありそうな黒ずんだ傷がついていた。

「いやいや、ワシ今来たとこやで。ドラレコもついとるし」

 真門は相手を刺激しないよう、穏やかに返した。

「ええから弁償や。金持っとるんやろ? 10万でええわ。安いもんやろ?」

 その瞬間、真門の笑みが消えた。

「……10万?お前らアホなんか」

 一歩踏み出し、男たちを睨む。

「ワシの車を傷つけたら、100や200は飛ぶんや。ドラレコつきの車で擦り逃げすると思っとんのか?」

 3人がたじろぐ中、金髪の男が腕を振り上げた。

「う、うるさいわ、コラァ!」

 真門は反射的に両腕で頭をかばった。

「おい、なんやその動き。ビビっとんのか?」

 3人が笑う。次の瞬間、真門は金髪の男を左手で殴り飛ばした。男が鼻血を出してうずくまる。

 真門は、小指のない左手を残りの2人へ見せた。

「お前ら、ワシをカツアゲする気ちゃうやろな?」

「す、すんません!」

 3人は逃げるように車へ戻り、走り去った。

「……はぁー、アホらし。なんでワシがこんな目に遭わなあかんねん……」

 真門はコーヒーを飲み干し、車へ乗り込んだ。ポケットから、1か月前に事務所へ届いた招待状を取り出す。


『拝啓……ご無沙汰しております……連絡先を知らないため手紙にて失礼……末席に身を置いておりました野口です……あれから長い年月が経ち……あの事件についてお伝えしておきたいことが……当時の私の立場では言えなかったことを……つきましては、八重県沖の津伊世島まで……短い滞在を兼ねてお越しいただければ……島は静かで人目も少なく……昔話に丁度良い場所……どうか島での時間をゆっくりと……当日は浦市の高速船乗り場へ……心よりお待ちしております。 令和3年3月21日 野口 六斗』


「野口……懐かしい名前やな」

 当時の野口は、髪を金に染め、誰彼構わず噛みつくようなハタチそこらのチンピラだった。今では、こんな礼儀正しい手紙を書けるようになったらしい。真門はわずかに笑ったが、『あの事件についてお伝えしたいことがある』という一文を見て、すぐに表情を曇らせた。

「……今さら何の話やねん」

 組を離れる直前に起きた、後味の悪い事件。この10年、目を逸らしてきた過去だった。さらに、手紙の最後にある「どうか島での時間をゆっくりと」という言葉も引っかかる。

「ゆっくりと、ねぇ……」真門は手紙をダッシュボードへ放り投げ、車を発進させた。

「野口がワシを呼ぶってことは、ただの昔話やないな」

 警戒は消えない。それでも、交通費も宿泊費も向こう持ちだ。エンジンをかけると、黒いセダンは港へ向けて走り出した。運転する真門の目の奥には、わずかな警戒と消えない過去の影があった。


——————————————————————


 名古屋行きの急行電車は浦市へ向けて一定のリズムで揺れながら走っていた。車内は時勢も相まって乗客はまばら。窓から差し込む光が、座席の赤い布地を淡く照らしている。ロングシートの端に座っている可憐真由子は膝の上に置いた招待状をそっと指でなぞった。差出人は「江崎栗五」。

 (江崎さんって元々は家庭裁判所にいらしたんでしたかね……。さぞ立派な裁判官なのでしょう。)小さく息を吐き、封筒をカバンにしまった。可憐は行く前から気疲れしていた。この歳での長旅は身体に堪える。それに、こうした特別な招待というものは、どうしても周囲の空気を読む必要がある。付和雷同で生きてきた彼女にとって、それは地味に負担だった。ふと視線を上げると、斜め向かいの席に若い女性が座っていた。グレーのパンツスーツをきっちり着こなし、タブレットを開いて何かの資料を読んでいる。ページを滑らかにスクロールする指先は迷いがない。

 

 中藤排奈はタブレットの画面を見ながら、斜め前に座る可憐の存在を意識していた。気になるのは、可憐の膝の上に置かれていた招待状。自分も同じ招待状を持っている。差出人は「和田四織」。Z世代限定のパーティーを開くと書かれている。可憐の視線に気づいてはいたが、視線を返すことはしなかった。

 車内アナウンスが流れる。「次は浦市、浦市駅です。ご乗車の際は……」可憐は胸の奥に小さな不安を抱えたまま、立ち上がるタイミングを探した。中藤は先に立ち上がり、スーツの裾を整え、ドアのほうへ歩き出す。急行電車はブレーキ音を響かせながら、浦市駅へゆっくりと停車した。

 駅前は静かで、観光地らしい華やかさはない。通勤ラッシュは過ぎたのか人通りもまばらだった。バス停の前には4人の男女が列を作って並んでいる。「浦市駅経由 浦市みなとまち行」バス停にはそう書かれていた。中藤と可憐は言葉を交わしてはいなかったが、なんとなく行き先が同じであるということに気付いていた。中藤は、列に並ぶ人々をひとりずつ観察した。スーツ姿の男、派手な服装の女性、落ち着いた様子の老人、白髪の男性。そして後ろに中藤と可憐。列の人々は年齢層こそバラバラだが、妙に同じ目的で港に向かっているような雰囲気があった。

 やがて、バスがゆっくりと停留所へ滑り込んできた。ドアが開き、列が前へ進む。6人の乗客はバスに乗り込み、駅前のバス停には誰も残らなかった。

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