6.お嫁に行きます?
必要な物は全てアイテムボックスにしまったわ。
私は何もなくなり、広くなったカフェを静かに見渡し、深く頭を下げる。
「今までありがとうございました。短い間だったけど楽しかったわ」
お世話になったこのカフェ、この家にお礼を言い別れを告げた瞬間、入口のドアを強く叩く音がした。
──ドンドンドンドン、ドンドンドンドン。
「誰かしら? こんな遅い時間に?」
辺りは既に暗くなっていた。
「開けてくれーー! 中に入るんだろ?」
あの声は……
何でこんな時間に?
「開けてくれ! どうしても君に話しておきたいことがあるんだ! だから開けてくれ! ほんの少しの時間で良い。話す時間をくれないか? 頼むここを開けてくれ!」
暗闇に蝋燭の灯りだけが仄かに照らす店内に、彼の声だけが聞こえてくる。
その声は悲痛とも言える、切なく悲しい声だった。
私は思わず胸が締め付けられそうになる。
「頼む! お願いだ! ここを開けてくれ。俺の話しをどうしても聞いて欲しい!」
私はドアに向かってゆっくりと歩き出す。
──ギィィー
「こんな時間に、どうしたのですか?」
彼は店内を見渡す。何もなくなった広く静かな空間を。
「やはりな。何だか胸騒ぎがして居てもたっても居られなくなり、こんな時間に迷惑とは思い来てしまったよ。今まで一人で悩んでいたんだろう? もう一人で悩む必要はないんだ」
そう言って、彼は私を軽く抱きしめ頭を撫でた。
え? 何で? ちょ?
何でこうなるの?
「すまない急に」
彼は直ぐに離れ、謝る。
「先ずは俺のことだ。俺の名前は、フェルナンド・バークレイ。バークレイ王国、バークレイ王の長男であり王太子の身だ」
「え?」
先日の紙幣と言い、雰囲気からも何処かの高位貴族だとは思っていたが、本人の口から、こんなにもあっさり身分を知らされるとは思ってもみなかった。
「黙っていて悪かった。王子としての俺ではなく、一人の男として君には俺を見て欲しかったから、俺の我が儘で、君には申し訳ないことをした。すまなかった」
彼は私に深く頭を下げる。
「や、止めてください。別に騙してたわけじゃないんだし。市井に城の王子様がいらっしゃってるんですもの、身分を偽るのは別に責められることではないでしょう?」
そんなことよりも、一人の男として見て欲しかったって今言わなかった?
どういう意味なのかしら? それって?
彼は私の顔を真剣な眼差しで見つめながら言った。
「君は魔法が使えるね? それもかなり高度な光魔法を連続して使用出来るだけの、スキルと魔力量の両方を持ち合わせている。違うかい? 答えたくなければ無理に答えなくても良いよ?」
そう言って彼は優しく私の頭を撫でた。
「君が言いたくないなら無理は言わない。ただ、人間は一人だけでは生きてはいけない。君は一人じゃない。俺を含め大勢の人が君を大事に思っている。だから悩みがあるなら一人で抱え込まないで欲しい。その君の悩みの半分を俺に背負わせては貰えないだろうか?」
え? それってどういう意味なの?
暫くの沈黙の後、彼が深呼吸をして、ゆっくりと考え込んだあと、言葉を紡ぐように言う。
「俺は、君にどうも恋をしてしまったようだ。魔法が使える、使えないなんてどうだって良い。恥ずかしながら、最近は君のことで頭が一杯なんだ。君を愛している。だからこれから先も、俺の傍でずっと一緒にいてくれないか?」
え? 今のって??
もしかして?
「返事は今じゃなくても良いけれど、但しこのままこの町を、この国を出て行くのは許せないなぁ? それは、いくらなんでも酷くないかい?」
そんな彼は今度は頬を少し膨らまし、私に怒った表情を見せたかと思うと、優しく笑った。
「答えを急ぐ必要はないんだよ? 君がその気になるまで何年でも俺は待つ覚悟は出来ている。何かを決断するとき、人は一人じゃないんだよ? 誰かを頼って良いんだ。俺じゃ頼りないかもだけれど、その役目を俺に任せてはくれないか?」
そう言って目を細めて私の顔を見る彼の姿に、込み上げてくる何かを抑えきれず無意識に涙が溢れていた。
私は一人じゃない……
──信じてみよう。この人を。
私は彼に全て自分のことを話す決心をした。
そして、一番危惧していたことも。
私のステイタス画面に最近表示されだした「転移者」の三文字。のことを。
私には魔力が膨大にあり聖女として生きていたが、国を追い出され逃げてこの国に辿りついたこと。あの国を出た際に多分……今のステイタスに載っている不可解な現象を正直に話した。
その話しを彼はずっと真剣な顔をしながら聞いてくれ、その間ずっと「うんうん」と頷きながら私の手を握って優しく最後まで聞いてくれた。
そんな私を見て、彼がゆっくりと諭すように言った。
「君の力は隠すべきことでも、逃げることでもないんだよ。神様が与えてくれた素晴らしい贈り物だよ。寧ろ誇るべき力だ。その力が大き過ぎて、それを悪用したり、利用したりする者は確かにいるとは思うけれど、そんなことを神がいつまでも許すと思うかい? 正しいことを、正しくした者が悲しむような世界がずっと続くと思うかい?」
私は彼のその問いに答えることが出来なかった。
過去に自分の置かれていた立場と状況から、私は一度は自ら逃げようとした……
「かつて君がした正しいことは、今此処でそれが報われる。今度は君が幸せになる番だ。俺をはじめとするこの国の国民全体が、君を幸せにすると約束する。そんな世を必ず俺が作ってみせる。俺が君の幸せを守ると約束しよう。だから俺と結婚して欲しい」
そう言って椅子に座った私の前に彼はすっーと立ち、片膝をつき跪く。片手を自分胸にあて、もう一方の手を私に手をすっと差し出した。
彼は真剣な眼差しで私をじっと見つめた後、優しい笑顔で私にそのまま頷く。
その吸い込まれるような綺麗で真っ直ぐな瞳に、私は彼の差し出された手にそっと自分の手を重ねた。
「はい。こんな私でよければ」
そう言った瞬間、彼が私を椅子から抱き上げギュッと抱きしめて言った。
「俺はこの先100年先だろうが、1000年先だろうが君を愛し続けると誓おう。例え離ればなれになることがあっても、必ず君を俺は見つけ出し、もう一度君に俺は同じセリフを言う。俺は君を愛している。俺と結婚して欲しい。とね」
そう言って彼はニッコリ微笑んだ。
──その微笑みはズルいです。フェルナンド様……
あれ? でも、確か何年でも待つと先程言わなかったですか?
──その後、私達は再び店の開店準備を行った。
アイテムバッグから私が次々と出す家具や調理器具に、彼は驚きつつ笑っていた。
「これは便利だなぁ」
そして、以前に彼に作った200個の持ち帰り用のサンドウィッチの作り方を実演して見せたら、彼は手を叩いて喜んでくれた。
「いやぁ。良いものを見たわ。ほら、これは素晴らしい芸術を披露してくれたお礼だよ?」
そう言って1ギル硬貨を私にくれた。
「安っすう」
「聖女様が、お金のことを言うなんて無粋だよ? ハハハハハッ」
笑いながら、私の手を取り突然抱き寄せる。
「ちょ、っと」
「聖女様でも隙があるんだな?」
そう言って彼が少し意地悪な顔を見せた。
「ひどーーい」
「そろそろ、目を瞑って頂いても宜しいかな? 姫様」
優しい声でそっと耳元で呟かれた。
どうしよう……
恥ずかしい……
と、思っていた瞬間。
軽く唇に触れる。
「待てなかった」
少し頬を赤く染めて照れくさそうに俯き加減で言う彼の顔を見て、私は自分から抱きついてもう一度口づけをした。
「なぁ? もう一回して?」
「……嫌です」
「2ギルにするから?」
「駄目です。って安いわ!!」
◇
「サーシャ、魔法で掃除するの止めなさい」
「だってこっちの方が早いんだもん」
「誰が見てるか分からないだろ? それに魔法は使わないんだろ? もう」
「あ、ちゃんと結界張ってるから大丈夫よ~~ 今は誰にも見えてませんよ~~人前ではしないって言っただけだしぃ」
「なるほどね」
「キャッ」
「隙有りまくりの聖女ってどうなんだ?」
そう言って彼はいつものように二人だけになるとこうして私を捕まえに来る。
「ねぇ? 結婚してもカフェ続けても良い?」
「どうせ反対しても聞かんだろ? まぁサーシャなら護衛も必要ないだろうしな。ハハハッ。あ! でも浮気は認めんぞ?」
そう言って真面目な顔で私をじっと見つめる、私の大事な旦那様。
かつての「大聖女様」の私は、とても優しい? 王子様の元へ永久就職しました。
(完)
「お忙しい中、最後までお読み頂き大変ありがとう御座います」
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