諦めてください
ウッタラを出てさらに北へ向かうと、またも険しい山道に入る。瑠璃の記憶が正しければ、この山を抜ければ海に出たと思うが……。
「何よ。また??」
木々の影に黒いローブをまとった人影が一つ。邪教徒の待ち伏せに違いないが、この辺りにいるとしたら、ただ一人しかいないだろう。
「プレーマのやつ、忠告にきたとか言っていたくせに、結局は実力行使に出るわけだ」
呆れながら車を降りると、感じたことのない冷たい風が瑠璃を撫でつける。今日何度目になるだろうか。さむっ、とぼやきながら目を凝らすと、木の影から黒いローブの人物が姿を現す。
「プレーマじゃない?」
てっきり、幼馴染のプレーマが待ち伏せしていたと思っていたが、体格が明らかに小さい。
「ってことは……」
瑠璃は嫌な予感を覚えつつ、邪教徒の接近に備えると、黒いローブが外され、その姿が露わになった。
「待っていました、一条瑠璃」
瑠璃を待ち伏せしていた邪教徒。それはプレーマではなく、クリヤの方だった。しかも、彼女一人で待ち構えていたらしい。
「これはプレーマの指示かしら?」
その名前を出すと、クリヤの目つきが明らかに変わる。
「いいえ。私の独断です。先輩はお疲れのようだったので、眠らせました。……いえ、眠っています」
言い直してはいるが、眠らせた、という言葉に物騒な響きが感じられる。
「で、先輩の指示を無視してまで、私に何の用? 忙しいから、子どもの相手をする時間はないのだけれど」
「……舐めた態度ですね。第一印象から他人を気に食わない、と感じたのは初めてです」
「それは光栄なことね。でも、時間がないと言っているでしょ。早く要件を言いなさい」
瑠璃の振る舞いは明らかに相手を苛立たせるものだが、クリヤは目付きこそ鋭いものの、挑発に乗るつもりはないらしい。
「要件はたった一つです」
そう言って、指を一本立てて見せる。
「先輩のことは諦めてください。貴方のような人をストーカーと言うのですよ」
「……はい?」
あまりにも予想外だったため、張りつめていた緊張が途切れてしまう。が、クリヤの方はいたって真面目らしい。
「たぶん、先輩は困っています。貴方のせいで、先輩の信仰心に揺らぎがある、と私は推測しています。それは、邪教徒として由々しき事態です。後輩である私が何とかしなければ」
「あの、確認しておくけど……それってプレーマ本人が言ってたわけじゃないのよね?」
「ですから、私の独断です。先輩はあのような方ですから。私以外に弱みを見せれる相手がいないのです」
矛盾ばかりだが、何やら自分の行動に絶対的な確信を持つクリヤに対し、瑠璃は何をどこから指摘するべきか迷ってしまう。それでも、何とか彼女の心を傷付けないように言葉を選んだ。
「別に私としては構わないけれど、念のため、プレーマとちゃんと話した方がいいと思うわよ? あいつ、いつも私の邪魔ばかりしてきて、どっちかと言うと向こうの方がストーカー気質なんだから」
「……ふん。これだから、ノモスに心を支配された人間は」
クリヤは瑠璃のアドバイスを鼻で笑った。
「何が正しくて、何が正直な気持ちなのか、分かっていないのですね。ノモスに委ねてばかりでは、決して幸せにはなれませんよ」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「問答無用! ノモスのしもべは滅すべし!!」
不意にクリヤの姿が消える。いや、目にも止まらぬスピードで移動し、瑠璃の横手に現れたのだ。
「まさか!!」
瑠璃は驚愕しつつも、反射的に右腕に魔力を集中させて顔面を守るが、そこにクリヤの拳が叩きつけられた。凄まじい衝撃によって瑠璃の体は吹き飛び、林の中に放り出される。
このまま世界の果てまで飛ばされるのでは、と思わせる勢いだったが、木に背中を打ち付け、痛みと共に止まるのだった。
「……アンドロイドなの??」
流暢な会話とやや感情的、かつ非論理的な言動は、彼女を人間と認識させたが、大外れだったようだ。あのパワー。魔力で守っていなければ、腕はへし折れていただろう。
痛みに苦悶の表情を浮かべつつ、顔を上げる瑠璃だったが、視線の先で右手を持ち上げるクリヤの姿が。しかも、腕が銃口らしき形状に変化し、その先端がこちらに向けられているではないか。
「やっば!!」
瑠璃は痛みを切り離して、すぐにその場から離脱すると、一瞬遅れて背中に熱を感じた。振り向くと、木々がいくつも倒れ、何かに焼き切られた痕のような炎が見られる。どうやらクリヤが魔力光線を放ったようだ。
「個体識別ナンバー3-68。コードネーム、クリヤ。戦闘プログラム、起動」
クリヤの呟きと共に、彼女の瞳が青色に輝き始める。それを見た瑠璃は必死になって距離を取らなければならなかった。
「個体識別ナンバーが三番台で、戦闘プログラムを持っているなんて、後期型じゃないの! どうして、短期間にここまで危険なやつと続けざまに遭遇するのよ!!」
瑠璃は自分の運命を呪いながら、右腕に黒いグローブを装着するのだった。




