契約成立
瞬く間にアンドロイドを倒した瑠璃を見て、アナトは言葉も出ないほどに驚いているようだった。それはそうだろう。これだけ鮮やかにアンドロイドを制圧できる魔女は、コーラル広しと言えど珍しい。両手を腰に当て、賞賛の言葉を待つ瑠璃だったが……。
「敵意はない。だから、殺さないでくれ」
「はぁ??」
なぜか、アナトは両手を挙げて降伏のポーズを取っている。何を勘違いしているのか、自分が攻撃されると思っているようだ。
「なんで私があんたを殺すのよ?」
せめて冗談であってくれ、と確認するが、アナトは心底本気らしく、必死に敵意がないことを訴えるようだった。
「魔女はコーラルを滅ぼす凶悪な存在なんだろ? 頼むから殺さないでくれ」
「人を殺人鬼みたいに言うな。っていうか、さっきまで協力してくれる魔女を探すって言ってたわよね。そのときは、怖いと思わなかったわけ?」
指摘すると、アナトは少し困ったように眉を寄せる。
「いや。それは……一条が取り持ってくれると思っていたから」
「信頼していない相手をどれだけ当てにしているのよ……」
瑠璃は十周ほど呆れ回してから肩を落とし、この男が持つ魔女に対する偏見をどうするべきか考えた。そもそも、この男はなぜこれほどモノを知らないのだろうか。
「魔女や魔術師なんて、コーラルに山ほどいるわよ。それをコーラルの脅威って言うのは、魔女戦争までの話し。今は多くの魔女や魔術師が、コーラルの平穏のために活動しているんだから」
「でも……ニルヴァナ教には魔女の脅威を排除する部隊がある。彼らはコーラルの平和のために、魔女を発見し次第、殲滅すると聞いたが?」
「ああ、魔女狩り部隊のこと? あれは、危険認定された魔女を殲滅するための部隊よ。彼らだって、問答無用で攻撃する魔女は、オリジナルウィッチとラストナンバーズくらいでしょ」
とは言え、その魔女狩り部隊も積極的にオリジナルウィッチとラストナンバーズを捜索することはない。それだけ、コーラルにとって戦争は過去のものになっているのだ。
「……そうなのか?」
「そうなの。それに、私が危険な存在で貴方に危害を加えるつもりなら、わざわざ崩れ落ちそうな廃墟で眠っているところを起こしたりしないでしょ?」
そのタイミングで、先程までアナトが眠っていた廃墟が、地響きのような音を立てながら崩れた。瑠璃が声をかけてくれなければ、アナトはあの下で生き埋めになっていただろう。目の前の惨状を見て。やっと彼も実感したらしい。
「一条がいいやつで助かったよ」
「……あんた、いいやつって無暗に言うのやめなさい。気持ちがこもってないように聞こえるから」
瑠璃は仏頂面を作る。彼女の性格はこの通りだから、直接的に褒められることは少なく、賞賛の言葉を連発されるのは少しばかり照れくさいのだ。
「それに、私も魔女と言っても見習いよ。世界の脅威とはほど遠い存在なんだから」
「……そう、か?」
アナトは瑠璃の足元に倒れるアンドロイドに同情の目を向けているようだった。それを察した瑠璃は文句があるのか、と問うような目でアナトに確認する。
「で、どうするの?」
「どうって……なにが?」
瑠璃は右手に装着したグローブを外しながら説明する。
「ノモスの端末にアクセスするには魔女が必要。あんたは協力してくれる魔女を探している。それで、私は魔女。手伝ってほしいのか、って聞いているの!」
「ああ、そうか」
アナトはぽんっと手を叩くと深々と二度頷いた。
「もちろん、手伝ってほしい。一条が協力してくれるなら僕も安心だ」
「何度も確認するけど……あんた私のこと信頼できないって言ってたわよね?」
「いや、この数分で何度も命を助けられ、色々なことを親切に教えてくれた。そんな一条が悪いやつなわけがない」
当たり前のように信じ切っているようだ。
「じゃあ、そのキーを寄こしなさいよ。それが一番話も早いでしょ」
「ダメだ。それは責任放棄だ。間違っている」
しかし、そこだけは譲るつもりはないらしい。いったい、この頑固さはどこからくるのだろうか。瑠璃はキーの受け取りを一度諦めることにした。
「まぁ、いっか……。どうせ、やることは同じだし」
そう、やることは同じなのだ。ノモスの端末にアクセスし、汚染犯の目的を調べて、その行方を探す。ここまでは、アナトと目的は同じなのだから……馬鹿が一人ついてくることくらい、許容してもいいのかもしれない。
「一つ言っておくけど」
ただ条件がある、と瑠璃はアナトに人差し指を突きつける。
「キーを直接渡したいって気持ちは分かった。でも、私には私の役目がある」
「役目?」
「そう、汚染犯の祈りを阻止して、コーラルの腐敗を食い止める。それを邪魔しないって約束してくれるなら、私も貴方に協力するわ。どう? フェアじゃない?」
「……分かった。よろしく頼む、一条」
瑠璃は真っ直ぐな目で見られて、どこか居心地が悪かったが、決して嫌な感じはなかった。
「じゃあ、契約成立! さぁ、行きましょう」
こうして、見習い魔女と仕事が嫌で逃げ出してきた青年が出会った。だが、この時点では、二人の出会いが腐敗を続けるコーラルの状況を一変させるとは、誰も知らなかった。
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