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プロローグ① 異常気象

 その日、一条瑠璃は体感したことのない寒さで目を覚ました。



「さむ……。何これ?」



 長い黒髪を一つに縛ってから、引っ越してきたばかりのテントから顔を出すと、太陽は厚い雲で遮られている。これは雨が降るのかもしれない、と隣のテントを一瞥した。



「アナトくん、凍えてないかしら」



 顔を引っ込めてから、服を着替える。普段と同じ格好では、どうしても肌寒くて、カーディガンを一枚羽織って外に出るが、改めて寒さを実感し、ぶるぶるっと体を震わせた。


 隣のテントをもう一度横目で確認する。そこには最近、このクシェトラに移住してきた、少し不思議な青年、アナトが住んでいるのだが、まだ起きてくる様子はない。しばらく彼の気配を探りながら、上着はあるのだろうか、と気にかけたが、思い直して首を横に振る。



「いやいや、甘やかしすぎでしょ。これくらい、自分で何とかしてもらわないと」



 二の腕あたりをこすりながら寒さを誤魔化し、村の中心地であるスクールに向かった。



「あ、瑠璃。起きたの?」



 途中、スクールの生徒である少年、ゾルに出会う。彼はいつも朝の弱い瑠璃を起こしに来てくれるのだが、この寒い日も律儀に訪れてくれたようだ。



「うん。寒すぎて目が覚めた。ゾルは大丈夫??」



 瑠璃たちが住む世界、コーラルは一年を通して温暖な気候が続くため、これだけの寒さは経験したことがない。もちろん、ゾルも薄着だが、この経験したことのない寒さも、むしろ楽しそうだ。



「大丈夫だよ。さっきもミラと会ったけど、もしかして雪ってやつが見られるんじゃないか、って話していたんだ」



「あー、それはどうかな。雪なんて魔女戦争の前に、一部の地域であった奇跡みたいな現象って聞くし」



 雪が降った地域の寒さは、水が凍ってしまうと聞く。まだ、そこまで至らないところを見ると、戦前の人は、どれだけ寒さを体験したのだろうか、と驚きを覚えずにはいられなかった。しかし、ゾルは無邪気にこの寒さに対して、期待を抱いているようだ。



「でも、寒いと降るんでしょ?? これだけ寒ければ、きっと降るよ!」


「だとしたら……いや、この寒さって」



 瑠璃の頭には嫌な言葉が過る。



「もしかして、異常気象じゃない??」


「それって、正しくない祈りによる汚染の一つの?」


「そう。汚染の多くは大地の腐敗だけど、異常気象を起こすケースもあるの」



 異常気象はただの気候の異変ではない。生態系に大きな影響を与え、作物の成長を妨げてしまう。それは物価上昇につながり、人々の生活を傾け、不満を抱える人々を増やしてしまうことになる。


 不満を抱く人が増えるということは、正しくない祈りも増えるということ。つまり、コーラルの汚染が広がることになるのだ。



「先生のところに行かないと。ゾルは朝食の準備でしょ?」


「え、僕も瑠璃を手伝うよ!」


「ゾル。教えにもあるでしょ? 己の役割を理解し、真摯に果たせって」



 瑠璃に窘められ、肩を落としたゾルは「分かったよ」とスクールの方へ一人向かう。その背中に謝りながら、瑠璃は先生こと藍田知臣の自宅へ向かった。


 藍田の家は、クシェトラの村では数件しかない石造りである。彼は村とスクールの代表であるため、特別な家に住むよう勧められたこともあるが、ここで暮らす理由はもう一つある。



「先生、起きてる!? 外の寒さが異常なんだけど!」



 家の鍵はいつも空いているので、遠慮なく中に入りながら、藍田を呼びかけると、すぐに返事があった。



「はいはい。今調査中です。分析室にきてくださーい!」



 瑠璃は奥にある一室の扉を開ける。そこには、部屋中に配置されたメカと、壁一面に広がる巨大モニターが。その前に座る男……藍田は振り返ると、眼鏡の奥で笑みを浮かべた。



「おはようございます、瑠璃。調子はどうですか?」



 危機的な状況とも言えるのに、いつもと変わらない挨拶を交わそうとする藍田に「とにかく寒い!」と答えながら、巨大モニターの前に座る彼の後ろに立った。



「それで、何か分かった?」


「ええ。とにかく、複雑な状況であることは分かっています。こっちを見てください」



 そう言いながら、藍田はモニターに人差し指を向ける。そこにはクシェトラ周辺と思われる地図が表示されていた。



「この辺りから、冷たい空気が流れてくるのですが、どうも自然現象らしくありません。つまり、寒さは祈りと関係していないようですが……これとは別に正しくない祈りが検知されてまして」


「どういうこと??」


「これはあくまで、現状を把握するためのメカです。いくらロステクと言っても、そこまで便利ではありませんよ」



 この分析室は、彼らが住む村であるクシェトラの周辺で発生する異常を検知する、ロステクだ。異常気候や正しくない祈りを把握できるため、瑠璃たちの活動の要でもある。


 そして、藍田はその使用と管理を任されているため、この家を住まいとしているのだ。魔力によってネットワークに干渉し、ロステクを操作しながら藍田が説明を続ける。



「ただ、正しくない祈りが発生した方向から、冷たい空気が流れているところを見ると、何かしらの因果関係があると私は推測しています」


「オッケー。それが分かれば、あとは現地で調査するだけね。正しくない呪いが検知された場所は?」



「ここから北にウッタラという村があります。恐らくは、この辺りにあるノモスの端末から祈りは捧げられたかと」


「分かった。じゃあ、さっそく行ってきます!」



 すぐにでも飛び出そうとする瑠璃を藍田は引き止める。



「あ、待ちなさい。一人で行くつもりですか??」



 藍田は心配してくれているようだが、瑠璃からしてみると不本意なものだった。まるで、半人前のお前だけでは危険だ、と言われてるようだからだ。



「そうだけど……悪い?」


「翡翠と一緒に行った方がいいでしょう。また、強力なアンドロイドが関わっていたら、どうするんです?」


「上等よ。いつまでも翡翠に頼っていたら、私だって成長できないじゃない」



 一理ある、と思ったのか、藍田は少し言葉に詰まったが、何を思いついたのか、すぐに明るい表情を見せ、手を叩いた。



「そうだ。なら、アナトくんを連れて行きなさい。助手が一人いるだけでも、貴方の負担が減るでしょう」


「先生……あいつがいたら負担が増えるだけなんだけど」



 アナトは常識のない男だ。魔力も使えないから、戦力として期待できない。むしろ、同行させたら厄介事が増えるイメージしかないのだが……なぜか、藍田はアナトを助手として連れて行くよう勧めてくる。



「しかし、翡翠からも聞いていますよ。アナトくん、なかなかに良いところで活躍するって」


「それは……」



 確かに度胸と根性があることは認める。それでも、自分の活動は遊びではない。まだまだ一人前とは言えない自分が、素人を同行させるわけにはいかないのだ。



「だとしても嫌よ。あんな面倒な男と一緒なんて、虫唾が走るわ」


「それは言いすぎでしょう。アナトくんの方は、貴方に恋しているのですから」


「……え?」


「……あっ!」



 口を滑らせた、と藍田が口元を抑えてから数秒、二人の時間が止まった。

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― 新着の感想 ―
ついに再開ですね~!今回はどんなお話になるのか楽しみです。 早速、片思いがバレてしまいましたけど…w
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