国王陛下とニンジャ。
「頭が痛いな……」
「同じくですわ」
「ニンニン」
ミスティカは、国王陛下の呼び出しを受けて話し合いの席についていた。
カーシィ殿下の言葉に頷くと、横で呑気な様子のニンジャに思わず眉根を寄せる。
もう一人、国王陛下のお呼び出しで席についているスウィがいて、ちょっと狼狽えた様子で目線を彷徨わせている。
父母を差し置いて、先日の騒ぎの張本人達だけがこの席に居た。
「皇太子殿下の出奔と、スウィとの婚約について。皇国がこのような書状を寄越した理由を考えるとな……」
カーシィ殿下は、難しい顔をしていた。
ニンジャが出奔した事実に直面して、当の本人はテスタム王国にいる現状。
皇国側から出奔の事実を明かしてきたことで、多分それに関して『誘拐した』等の責任を問われることはないだろうけれど。
書状には、『皇太子が見つかり次第、スウィとの婚姻を進めたい』という旨が書き添えられていたのである。
見つからない、将来的にも帰ってこない、という選択肢が皇国側にもないのは、ミスティカの横でニンニン言っているニンジャがその皇太子殿下だからで、まぁ殺しても死なないような人物だからだろう。
が、状況は難しい。
このタイミングでニンジャがこちらにいることはまだしも『スウィとの婚約が白紙に戻る』という事実を伝えることで、どうなるかが分からないからだ。
何せ、彼女は聖女。
その事実が発覚した以上、スウィを皇国に赴かせるわけにはいかない。
けれど皇国はスウィを求めている。
皇国とテスタム王国の間で軋轢が起こる可能性があるのだ。
つい先日までは、ニンジャが出した『ミスティカを望む』という手紙にてんやわんやだったらしいのに、それが落ち着いたと思ったらむしろ問題がややこしくなっているのは、どういうことなのだろう。
けれど、ニンジャは呑気にこう口にする。
「ミスチカ・サンを嫁にすると、既に父上には伝えておる故、然程心配する必要はないでござる」
「でもケンカしたのでしょう?」
「少々口論をした程度でござるよ」
「違います。そのケンカがあった上で、なお皇帝陛下がスウィを求める動きをしていることが問題だと言っているのです」
婚姻を結ぶ張本人であるニンジャにも内緒で話を進めるとなると、その狙いは少々穏やかではないと勘繰ってしまうのだ。
「……皇帝陛下はスウィ嬢を聖女の卵と知って、身柄を求めていた……か」
カーシィ殿下が、腕組みをして自分の腕を指先でトントンと叩く。
ニンジャの話と皇国の動きを繋ぎ合わせると、こちらにその事実を伝えないまま、聖女の身柄を確保しようとした線が濃いのである。
「何故、なのでしょう……?」
スウィがおずおずとそう口を挟むのに、カーシィ殿下は軽く首を傾げる。
「単純に聖女の力が欲しいか、聖女の力に頼りたい何かがあるか、そのどちらかだろう」
「頼りたいのに、成人するまで待っていた、ということですの?」
ミスティカ的には、あまり後者の理由はピンとこない。
「それに関しては、直接話を聞いてみないことには何とも言えないな。元々そういうつもりはなくとも、後々出てきた可能性はある」
「それは、その通りですわね」
ーーーでも、テスタム王国への裏切り、と呼べる程ではないけれど。
それを知りながら黙っていた、というのなら、行動の是非はともかく心象は良くない。
元々、こちらからミスティカとスウィを婚約者候補として提示してはいるものの、聖女がこちらの国にとってどれ程大切な存在かを、皇帝陛下が知らない筈はないからだ。
ミスティカは、チラリとここまで黙っている国王陛下に目を向ける。
ブラベリ・テスタム国王陛下。
カーシィ殿下によく似た面差しながら、彼よりもさらに背が高く、同時に少々ふくよかで豊かな髭を蓄えている人物だ。
そう、例えるならまるでクマのような体格をしている。
〝百戦錬磨〟の祝福を持つカーシィ殿下と、戦鎚で修練することを日課としている程腕が立つので、黙り込んでいると威圧感が強い。
「ニンジャ。貴方がそれを皇帝陛下に伝えたのであれば、何か心当たりくらいはございませんの?」
「ないこともないでござるが、どちらにせよ一度、ミスチカ・サンとスウィ嬢には皇国の方に来ていただけると、話はすんなり進むかと思うでござるよ」
「……輿入れでもないのに、流石にそんな長時間の旅は認められませんわよ」
賓客として他国へ赴くことはないことはないが、婚前の、それも令嬢となれば普通は王族や外交を担う高位貴族の供として伺うものだ。
国同士の問題とはいえ、理由も分からないまま、父母や王族と共に訪れるわけにはいかない。
けれど、ニンジャは。
「別に旅行していただく必要はないでござるよ」
あっさりと言いながら、いつの間にかクナイを指の間に挟んでいる。
「これがあれば、屋敷とはどこでも繋がる故。某がササッと駆けて、着いたところで屋敷を通って皇国を訪れてくれれば良いでござる」
「……そんなに離れても大丈夫ですの?」
あの屋敷は、一体何がどうなっているのだろうか。
ミスティカが眉根を寄せていると、ようやく国王陛下が口を開いた。
「クサナギ殿」
「なんでござるか?」
「聖女を求める理由については口に出来ぬが心当たりはある、と?」
「左様」
「婚姻は必須ではないか?」
「是。おそらく一度、スウィ嬢の力添えをいただければ事は済むでござる」
「旅程もクサナギ殿一人で済むと」
「ニンジャでござるからな」
するとブラベリ陛下は、ニィ、と笑みを浮かべた。
「良いだろう、では、条件を呑んで貰いたい」
「どのような?」
「皇帝陛下の説得はクサナギ殿自身で行い、認められればミスティカ・サルピス侯爵令嬢との婚姻を、侯爵に命じよう。聖女スウィ・ティオ侯爵令嬢の力を貸すことに関しては、皇国への貸しではなくクサナギ殿自身への貸しとさせて貰う」
「ふむ」
ニンジャは、腕を組んで顎を撫でた。
流石に陛下の前なので、格好はともかく口布を下げていて、その涼しげな面差しがあらわになっている。
「悪くないでござるが、こちらからも一つ、条件を提示させていただきた旨がござる」
「聞こう」
すると、ニンジャがとんでもないことを言い始めた。
「ーーー皇国に接する東部辺境伯の首、刎ねても宜しいか?」