最終話
みなみが参加した大学のイベントはいくつかある。しかし夏の暑い日に行った大学は一校だけ、第一志望に据えている国立大学だけだ。それ以外のところは春や秋に行っただけ、何度思い返しても夏には他へは行っていない。
悠里は、みなみの第一志望である県内トップの国立大学にいるのだ。
「高校はすぐにわかったよ、制服が変わってなかったから。
高校に用事があって行ったとき、偶然みなみちゃんを見かけた。図書館に入っていくところも見えた。だから、図書館の真下のベンチに座ってたら…もしかしたら、またみなみちゃんを見つけられるかも知れないって思って、平日の自由なときにはあの場所に通うようになったんだ」
次々と襲ってくる新しい事実にみなみは頭がこんがらがりそうになっていた。
大学生だと思っていたらそうではなかった。大学で教えている立場の人から今まで勉強を教えてもらっていたこと、それ以上に何故オープンキャンパスで見かけた程度の自分をそこまで追いかけてきたのだろうか。
言葉にならない思いを伝える手段をもたないみなみはその場で立ち尽くすことしかできなかった。
「みなみちゃん、初めて見たときから…ずっと気になってた。
初めてベンチに座ってたとき、奇跡が起きたって思ったよ」
「どう、して…ですか…?」
「どうしてかな、わからない。
けど…昔の自分に重なって見えたんだ。みなみちゃんのことが」
一歩、右足から歩き出して悠里はみなみに近づく。
「話しているうちに、俺の中でみなみちゃんがどんどん大きくなっていく気がした。
いつだって真面目でひたむきで、素直なみなみちゃんのことが、好きになってた」
「でも、私は、地味だし、可愛くないし、女らしいところもないし、…取り柄なんてないし」
「そうやって自分のことを下げないで。
俺はね、目標に向かって頑張ってるみなみちゃんのことが好きだよ。
恋愛は受験が終わってから、って言ってたよね。覚えてるよ。
だから、待ってる。みなみちゃんが、俺の大学に入ってくるの」
みなみの目からは涙が零れた。今まで言われたことのない言葉、そして自分が胸に抱いていた想いも悠里と同じものだったのだと気付いた。
「私、も、悠里さんのこと…好きです、ずっと、優しくて、素敵で、私なんかが好きになっていい相手じゃ、ないって思って」
「いいんだよ、好きってそういうものだから」
泣き始めたみなみを慰めることはしなかった。もしかしたら悠里の目にもうっすらと浮かぶものがあったかもしれない。
「ホントはね、みなみちゃんの受験が終わってから言おうと思ってた。
けどね…他の誰にも、取られたくないって思ったから」
再び悠里が歩き出す。みなみの目の前に立ち止まってじっと見下ろす。
視線を感じて顔をあげ、みなみは目を離すことなく悠里を見つめた。
「これからみなみちゃんはもっと可愛くなっていく」
「そんなこと、」
「今日は今までで一番可愛かった。見た目だけじゃない、笑ってる顔、楽しそうな声も。
だから…これからはもっとそれを見せて。俺だけに見せて」
今まで見たことのない真面目な顔、強い言葉と奥に入り込んでくる悠里の声に、みなみは小さく頷いた。
夏休みが終わった。
今日からはいよいよ受験に向けてのラストスパートだ。授業が始まる前にスマートフォンを確認する。電源を切るためだ。
見計らったかのようにメールが届く。
『今日から授業頑張って!
みなみちゃんなら大丈夫だよ。
今度の模試の会場、確認しておいて』
「みなみ、授業始まるよー。
…ねぇ、なんかあった?髪おろしてるところなんて初めて見たんだけど」
後ろの席からさやかが声をかけてきた。振り返ってそうだね、とぼかすように返事をする。返事は後で、と電源をオフにして鞄に押し込んだ。
すぐに教師が教室に入ってくる。お決まりの言葉を述べ、クラス中に今後の受験を意識させたあとすぐに授業が始まる。
悠里の言葉を思い出しながらみなみは授業に集中した。
そしてその冬。
うっすらと雪の降る中、みなみは悠里にメールをした。
『春から大学生になります。
これからは先生、と呼ぶことになりますね。』
夏とは違い、メールにも慣れている。もう緊張することもない。
すぐに着信がある。メールではなく電話だ。応答ボタンを押す。
「はい」
『みなみちゃん、おめでとう』
「ありがとうございます」
『春からは、俺はもう我慢しないよ』
「え?」
『大学生になったら、もっとみなみちゃんを独り占めするから』
勉強が趣味だった地味な私でも恋していいんだって
彼が教えてくれました。
勉強しながらでも、恋愛だってしてもいい。
勿論、一番大切なのは目標を達成することだけど。
彼と一緒なら、いつだって頑張れる。そう思った高校三年生の夏。
そして本当に叶えた春。
私の青春は、少し遅いけどこれから始まる予定です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。