第41話 揺らぐ王都議会
第41話 揺らぐ王都議会
王都の中心、大議会堂。
かつては、王国の叡智と秩序を象徴する場所だった。
だが今は違う。
大理石の床に響く怒号は、まるで崩れ落ちる城壁の音のようだった。
「グレンヴィルを放置する気か!?」
「いや、彼らの改革に民心が流れている!」
「辺境に力を与えすぎるな! 王権が揺らぐ!」
議場中を、混乱と恐怖と焦燥が乱舞する。
国政を担うべき者たちが、
国家の未来ではなく
“自分の椅子”しか守れていない。
王都は今――
明らかに、崩れ始めていた。
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一方その頃、遠く離れたグレンヴィルでは。
「……また、王都で騒動が?」
エレノアが報告書を閉じながら、静かに息をつく。
ゼノの机に置かれた文書には、王都の混乱が余すところなく記されていた。
派閥争い、物資不足、魔術師団の暴走、王太子の孤立。
「…王都は、国を保てておりませんわね」
「かつてないほどにな」
ゼノが低い声で答える。
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「あなたが独立を宣言したことで、彼らは焦り、そして分裂した」
「気に入らないなら、強引にでも従わせればよかったのに」
「出来なかったのだろう。
内側が崩れすぎて、外に向ける力すら残っていない」
ゼノの分析は冷徹で、しかし正確だった。
だが、エレノアは別の視点で見ていた。
(……王都は“わたくし”を失ったことで、余裕をなくした)
失われたのは労働力でも魔力でもない。
“判断できる者”の欠落だ。
「彼らは、優しさを責めてくるのに……
頼るときだけわたくしを欲しがるのですわね」
苦笑ともため息ともつかない声が漏れる。
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「エレノア」
ゼノが少しだけ声を和らげる。
「お前は王都の責任を背負う必要はない。
もう帰る義務もない」
「そう……かもしれません」
けれど、胸の底にはひとつの痛みが残っていた。
(わたくしが助けた者たち、育てた制度、整えた道筋……
全部が……崩れかけている)
その事実は、冷たい刃のように胸を突き上げる。
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その夜。
風が強い。
城の外壁を震わせるほどの冷気が流れ込み、
どこか不吉な兆しを含んでいた。
エレノアはひとり、窓辺で王都の方向を眺める。
「……こんなにも遠くなのに、
それでも、胸がざわつくのですね」
王都の光は見えない。
だがその混乱の気配が、風に乗って伝わってくるようだった。
「わたくしがいないと、何も……?」
その独り言は、弱さではない。
ただの“現実”だ。
彼女が王都の補佐官として動いていた頃、
誰もがその判断に頼っていた。
だが追放されれば――
王都は自壊しはじめる。
皮肉でも、偶然でもない。
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「エレノア」
部屋に入ってきたゼノが、そっとコートを彼女の肩にかける。
「冷えるぞ」
「ありがとうございます」
その温かさに、ようやく呼吸が整う。
「また……王都のことを考えていたか」
「ええ。ですが……」
ゆっくりと振り返り、微笑む。
「今は、この地のことを最優先にしておりますわ。
ここには、わたくしが“選んだ未来”がありますもの」
その言葉に、ゼノは静かに目を細める。
「なら、いい」
ただ一言。
だがその一言が、こんなにも優しい。
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「しかし……」
エレノアは小さく呟いた。
「王都は、このままでは……」
「潰れるだろうな」
ゼノは、淡々と述べる。
「だが、それは彼ら自身の選んだ道だ。
お前の責任ではない」
「……でも、わたくしの心は、きっとどこかで……」
「痛んでいるのか」
その問いに、彼女は黙って頷いた。
ゼノは少し迷い、そして言う。
「痛むのは……優しい証だ」
「優しさなど、王都では……」
「ここでは必要だ」
はっきりと、迷わずに。
まるで“救い”のように。
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「……ゼノ様」
「なんだ」
「あなたがそう言ってくださると……
わたくしは、救われますわ」
「救われる必要のある者は、もう救われている」
「まぁ……」
そんな恥ずかしい台詞を自然に言える男が、どこにいるだろう。
思わず視線をそらすエレノアを見て、
ゼノはほんの少しだけ口元を緩めた。
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(王都が揺らいでいる……)
(その時期に、わたくしは“こちら側”にいる)
(これは……偶然ではないのかもしれない)
エレノアの胸に、ひとつの予感が芽を出していた。
王国は崩れつつある。
そして、その中心に立つべき者は――
もはや王都にはいない。




