第39話 王都との断絶
第39話 王都との断絶
冷えた風が、城の旗を激しく揺らしていた。
応接の間には、緊張を孕んだ沈黙が張りつめている。
重厚な扉の前に立つ伝令の顔は、青ざめていた。
「王都より、正式通達が届いております」
差し出された封蝋には、王家の紋章。
だが、その輝きはもはや威厳ではなく、鈍い圧力にしか見えなかった。
ゼノは無言でそれを受け取り、ゆっくりと封を切る。
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「……内容は?」
エレノアの問いに、彼は一度だけ視線を向けた。
「監督権限の全面王都移管命令」
室内に息を呑む気配が走る。
「すべての軍備、予算、同盟、税制。
グレンヴィルを“直轄管理領”へと編入する、という内容だ」
「……事実上の支配、ですわね」
「ああ」
短く、しかし重い肯定。
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「従えば、どうなりますか」
エレノアは冷静に問う。
「王都の意向に従った“形だけの領”となる。
ここで築いたものは、すべて解体されるだろう」
その瞳に、怒りはなかった。
ただ、確固たる拒絶があった。
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「ならば……」
エレノアは静かに続ける。
「答えは、ひとつですわね」
「そうだ」
ゼノは椅子から立ちあがる。
「グレンヴィルは、これ以上、王都の鎖に繋がれはしない」
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数時間後。
城の中庭には、領の要職に就く者たちが集められていた。
その中央に、ゼノが立つ。
「王都より、我が領の統治を奪う命が下った」
ざわめき。
「だが俺は、この命令を拒否する」
はっきりと、揺らがずに。
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「我らは、王国の臣民ではないのですか!?」
不安の声が上がる。
「もちろんだ」
ゼノは落ち着いて答える。
「だが、臣民である前に、我らはこの地に生きる人間だ。
その命と誇りを、私は王都に委ねない」
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彼は、城壁の向こうの村々を見渡した。
「この地は、ここで生きる者たちのものだ。
誰かの計算で動く駒ではない」
一歩前へ出る。
「ゆえに、グレンヴィルは本日をもって――
王都による直接統治を拒絶する」
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沈黙。
やがて、誰かが拳を握る。
「……我らは、閣下に従います」
次々に跪く者たち。
「この地を守るのは、あなたしかいない」
「我らの誇りは、ここにあります」
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エレノアはその光景を、静かに見つめていた。
(……ついに、決断なさったのですね)
けれど、その胸に湧いたのは恐れではなかった。
誇りだった。
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夜。
城の回廊で、ふたりきりになる。
「……強い決断でしたわね」
「ああ」
「その道は、決して平坦ではありません」
「わかっている」
けれど、ゼノは迷わなかった。
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立ち止まり、彼女を見つめる。
「だが――俺はもう、後戻りしない」
「なぜそこまで……」
問いかけに、彼は静かに答える。
「この地を守るためだ」
そして、ほんの一瞬だけ、声が柔らぐ。
「そして、お前を守るためだ」
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「わたくしを……?」
「王都に戻せば、お前は再び“利用される”」
鋭く、だが慈しむような視線。
「誰かの都合で笑う人生を、俺は許せない」
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エレノアは、息を呑んだ。
「……私は、強くあらねばならない立場です」
「だからこそ、支えたい」
一歩近づく。
「お前が気高く在れるように」
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月光が、ふたりを照らしていた。
「ゼノ様……」
声が小さく揺れる。
「あなたは、私を危険に巻き込むことになります」
「承知のうえだ」
「王都を敵に回すのですよ」
「それでもだ」
即答だった。
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「お前の価値は、どんな王命よりも重い」
その言葉に、エレノアの胸が震える。
「そのようなことを……安易に口にしてはいけませんわ」
「安易ではない」
視線を逸らさない。
「俺は、真実しか語らない」
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夜の静けさのなかで、ふたりは向かい合っていた。
「……ゼノ様」
「なんだ」
「あなたがこの地を守る覚悟を決めた瞬間」
微かに微笑む。
「私は、あなたの側を選びました」
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それは、誓いに近い言葉。
「後悔は?」
「ございません」
「ならば、いい」
彼の表情が、ほんのわずかに緩んだ。
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王都との断絶。
それは、国を敵に回す決断。
だがそれは同時に――
新しい“意志の国”が生まれる瞬間でもあった。
そして、その中心にいるのは。
強く、気高く、
誰よりも誠実であろうとするふたり。
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(この地とともに生きる)
(……この方と、ともに)
それぞれの胸に宿った思いは、
もう戻れぬ道を照らす、確かな灯火だった。




