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「とても」の語史について  作者: 広峰


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2. 第二章 中世

 

 第二章 中世


 副詞「とても」が文献に姿をみせたのは、『とりかへばや物語』が調べた限りでは最初であった。

 平安時代では「とてもかくても」が主に使用されていたが、中世初頭になってやっと副詞「とても」があらわれたと思われる。

 しかし、中世の中頃までは、やはり「とてもかくても」が主流のようであり、副詞「とても」が文献の間で定着するのは『太平記』の頃まで待たねばならない。


 副詞「とても」が中世で使用されていた意味をあげていくと、



 〈1〉打ち消しの語を伴って、どうしても実現しない気持ちを表す。


(17)日本国語に、平家の庄園ならぬ所やある。とてものがれざらむ物ゆへに 『平家物語』巻第三(※注24 注14同)

(どうせ遁れることができないからといって)


(18)これを限りとおぼしめし候へ。とても隠れあるまじきものゆゑに 『太平記』巻十(※注25 新潮日本古典集成『太平記』新潮社)

(とうてい隠れおおせられないものでございますから)


(19)この世の中、とても今ははかばかしからじと思ひければ 『太平記』巻十四(※注26 注25同)

(こうなってはもう期待できないと)



 〈2〉否定的・消極的な気持ちになることを表し、諦めや投げやりの感じを伴いやすい。


(20)(とても消ゆべき水の泡の、流れ留まる所とて、江守の庄にぞ着きにける 『太平記』巻二七(注27 注25同)

(いずれは消えてゆく水の泡のような身が流罪地である江守の庄に)


(21)人買ひ舟は沖を漕ぐとても売らるる身をただ静かに漕げよ船頭殿 『閑吟集』(※注28 日本古典文学全集『神樂歌 催馬歌梁塵秘抄 閑吟集』小学館)

(人買い船は沖を漕いでゆく。どうせ売られる身じゃもの、せめて静かに漕いでおくれ船頭さん)



 〈3〉決意を伴っていう。


(22)や殿、矢田殿、われはとても手負うたなれば、ここにて討ち死にせんずるぞ 『太平記』巻五(※注29 注25同)

(私はいずれにしても傷を負ったので、ここで討ち死にしようと思うぞ)



 〈4〉否定的、消極的でなく、肯定的な内容を導く。


(23)なか々々世の常に、逢世かたからむことはとてもありや。 『とりかへばや物語』(※注30 鈴木弘道編『とりかへばや物語総索引』笠間索引叢刊)

(逢瀬が困難であるようなことはどうしても起こってくるよ)


(24)とてもおりやらば宵よりもおりやらで鳥が鳴く添はばいくほどあぢきなきや 『閑吟集』(※注31 注28同)

(どうせおいでになるなら、宵のころからおいでにならなくては。もう鶏が鳴くわ。これが添い寝であったなら、どれほど苦々しいことかしら)



 〈5〉事柄が成立する前にさかのぼって考える気持ちを表す。


(25)高重、今はとても敵に見知られぬる上はと思ひければ、馬を懸けすゑ、 『太平記』巻十(※注32 注25同)

(どうせ敵に姿を見られたからには〔逃げられぬ〕と思ったので)



 〈6〉後の句に重みをかけていう。


(26)いざやとても死なんずる命を、各々のまだ墜ちぬ先にうち出でて、敵に差し違へ、思様に

討死せんと 『太平記』巻六(※注33 注25同)

(さあ、どちらにしても死ぬ命を、かたがた、まだ死なぬうちに出陣して、敵と差し違って思う存分討ち死にしよう、と)


(27)とてもすつべき命、遲速(ちそく)おなじ事也。さりぬべき便宜もこそあらめ、一時も急げや 『曽我物語』巻第七(※注34 日本古典文学大系『曽我物語』岩波)

(いずれ死ななければならないのは、遅かれ早かれ同じことである。これという好機もないのだから、わずかの間も急ぎなさい)



 これらの用いられ方で共通しているのは、どちらにしても、という意味合いである。このことは、「とてもかくても」の後を受けていることを示しているのではないだろうか。


 だが、意味に共通する要素があっても、このように多様な使われ方をしているのは、なぜだろうか。


 「とてもかくても」が、いずれにしても、ああしてもこう、という意味を有していたことから考えて、どのようにしてもある結果となることへ、発展していったのではないかと考えられる。


 そこから〈1〉〈2〉のようにあれこれしても不可能なことを示す意と、〈3〉のようにどう在ろうと、の意と、〈4〉〈5〉〈6〉のどうせ~であるなら、へ分化していったのだろう。〈5〉〈6〉は更に、もともと~だから、と、~だからいっそ、の意へ移ったのではないだろうか。


 中世で使用されている用例を集めたところ、量が少ないのが気になった。「とてもかくても」も、決して頻繁に出現する語ではない。連語「とても」も、「とて」ということばのほうが多用されていて、それほど多くはない。

 これは、「とても」が決して存在しなかったからではないし、あまり好んで使われなかったからでもあるまい。


 文献に少ないということは、口語的な使われ方をしたからではないだろうか。その証拠に、謡曲や狂言、またその後の町人文化の中ではよくあらわれるからである。


 逆に、詩歌等にはほとんど見かけないのもそのためだろう。勅撰集全体を通して八例だけしか探し当てられなかった。勅撰集にはじめて副詞「とても」が出てきたのは、『新葉和歌集』に「とてもかくても」が初めて出てから百七十年程たっている。


 その理由については、『語源大辞典』(※注35 注2同)の中で「トテモ」の項に


「中古のころ、和歌に用いるのを避けていた濁音、とくにD音を語頭に置く傾向が強くなったと思われる」


と述べてあることを紹介しておく。


 また、中世という時代では、「無常感」という文化的特徴が流れており、作品群全体を覆っている。副詞「とても」が多様な意味の使われ方をしていたのは先に述べたが、中でも否定の意味が最も多いのは、連語「とても」の影響と、そのためであろうと思う。


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