後日談11
少年との無駄の多い、だが至福の食事を楽しんだ後、二人で食器をかたずけた。
それが終わるとヴェルニーナはシンの手を取りソファへ向かう。ソファの前には絵本の他に、ペンと紙も置かれるようになった。彼女は少年に言葉を教える時間を意識して増やすようになった。
ある日ふと、少年に字を教えてみようかと思いついた。まだ早いだろうかと迷ったが、無理そうならやめればよいと考えて、いくつか文字を教えてみた。最初少年は、たどたどしくペンで彼女の書いた文字を真似をする。だがそこで、少年の手に自分の手を重ね、やさしく書き方を直してあげるということをひらめいて、彼女は即座に実行に移した。そしてその結果、我ながら天才的発想であったと認めた彼女は、それ以来お互いのために、言葉を教える時間をとるようになったのだった。
ヴェルニーナは、今日は何を教えようかと考えながらソファに座り、少年の場所をあける。だが、その日少年は座ろうとせず、彼女の手を引いてくる。
「どうしたの?」
そういいながらヴェルニーナは、少し戸惑いながらもシンの手にひかれるまま素直に立ち上がる。すると少年はそのまま彼女の手を引いて、歩き出した。彼女が大人しくついていくと、少年は玄関までいき靴を履き替える。どうやら外にでたいようだと彼女は理解して、靴を履き替えて玄関の扉から一緒に扉をくぐる。
空は晴れていて、ほぼ完ぺきな円形にまで満ちた月が庭の巨岩を照らしていた。
シンはヴェルニーナの手を引いて巨岩の近くまで連れていく。そしてそこで手を離すと彼女と向かいあうようにして立ち、じっと彼女の目をみつめてくる。
ヴェルニーナはその黒い瞳に少年の中の熱に気が付いて、期待を膨らませた。急に高鳴りだした鼓動を意識しながら、静かに青い瞳で少年を見つめ返した。
シンはポケットに手を差し入れて、青い石をとりだした。そしてそれを手の平に乗せて彼女に差し出してくる。
「シン……」
しばらく呆然としていたヴェルニーナは、やがて少年の前に膝をつき、そっと自分の頭を差し出す。少年は石につながれていた細い紐を広げ、彼女の頭の上からそれを通して白い首にかけた。そして彼女の片手を両手でつつみ、静かに言った。
「ニーナ、好き……」
ヴェルニーナはその言葉を受け取って、少年へ微笑んで言葉を返す。
「シン、わたしも好き」
少年がすこし顔をあからめうなずくと、彼女は少年に身を寄せてその胸に顔をうずめる。
少年がはじめて自分から買い求めたものは、彼女のための贈り物だった。ヴェルニーナはそのことが、少年が自分とずっといたいという気持ちを、形で示してくれたことに静かに感動していた。
黒髪の少年が望んでいるその先に、ずっと自分がいることを伝えてくれたことがうれしかった。この少年は自分と同じ気持ちを持っていて同じ景色を見てくれる。
「シン」
ヴェルニーナは顔をあげ、目をとじる。少年は彼女のほほに片手をあてて、やさしく触れるだけの口付けをする。そして彼女を名前を呼んで抱きしめる。ヴェルニーナもそれに答えて抱きしめ返すのだった。
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