さすらう22
静かな森の中を足音を殺して歩く。
パキ、ペキペキ。ガサガサガサガサ。
なんて、でっきるわっきゃないよね。こちとら普通のバイトだったんだから。そんな特殊技能に秀でてたんなら裏の就職先がワサワサ舞い込んで来てたわ。テツポウダマとかいう。
「……もうちょっと静かに歩けねえのか?」
呆れ顔のハンスキンに片頬を上げたアルカイックスマイルで返す。
「フッ。まだまだ甘いなハンスキン。本来出るはずの音を消すというのは、不自然極まりない行為だ。あくまでも自然を装って標的に近づきたいのなら、ある程度の音は……むしろ出した方がいい」
「…………なるほどな。考えたことなかったぜ」
……大丈夫だろうかハンスキン?
神妙に頷くハンスキンに不安感が増す。こんなんで言いくるめられるからセールスを断れないんじゃないだろうか。そら嫁さんもキレるわ。
冒険者の団体さんと別れて森を探る俺とハンスキン。森の魔物の異変を感じとったベテラン冒険者勢は、ギルドへの報告と今後の対策を練る為に一旦町へ戻るそうだ。
しかし! その間にも若い冒険者の命が危機に晒されることを危ぶんだ俺とハンスキンは、金……もとい若い冒険者の探索を続行することにした。金……もとい若い冒険者を少しでも危地からを救い上げる為に。若い冒険者……もとい金を楽に稼ぐ為に!
「……金」
「あん?」
「いや、若い冒険者が無事だといいなと」
「だな。今んとこ余所者のミイラが一丁じゃあ……一緒に行った連中がどうなったのか分かんねえしな……」
眉間にシワを刻むハンスキンに頷きを返す。心配だ。俺の金。
そんな雑談をしながらハンスキンの案内で森の奥へ奥へと進む。深夜の森を歩いた経験なんぞ皆無なのでキョロキョロと辺りを見回す。
月明かりが照らし出す森は幻想的だ。同じ森でも、スタート地点の森とは大違いだな。もっと虫やらネズミやら這い回ってんのかと……。
「そういや、あの魔王兎やら犬っぽいモンスターなんかも出ないな……」
生殖圏が違うのかな? 獲物皆無っぽいもんな。
ポツリ呟いただけのつもりが、律儀にハンスキンが答えを返してくる。
「とっくにケネミーランゴの縄張りだからな。その強さが感じとれるレベルのモンスターは近づいてもこねえ……いや……そうだ。なんで雑魚が出てこねえ? 雑魚どころか……」
こちらを振り返りシリアス度マシマシな表情に変わるハンスキン。怖い。なるほど、奥さんも逃げる。
真剣な表情のまま鼻を曳くつかせ、突然地面に寝そべるハンスキン。
「……やべぇ。こりゃどういうこった……」
「いやいや俺の台詞だから」
なんだよ、眠いの? 仮眠とる?
「……ここまで……そんな…………いや、だが……」
口を手の平で隠したハンスキン。思考に没頭しているのがわかる。考える人だな。わかる。
しかしそれも僅かな時間。すぐさま顔を上げたハンスキンには焦りが見てとれた。
「おい! ここにくるまでに何か見なかったか?!」
グロいミイラを見た。
「ダイエットした上級冒険者を一つ」
「他は?!」
ツッコミが……ない、だと……?!
驚愕を顕にした俺に、何を勘違いしたのかハンスキンが頷きを返す。いや、頷かれても。
「そうだ! こん森にはモンスターもいなけりゃ動物もいねえ! ミイラには虫も張ってなかった! 人以外いねえ! ちくしょう! これは罠だ、連れてかれた奴らは誘い込まれやがった!」
そう叫ぶやいなや、弾かれたように走り出すハンスキン。先程とはうってかわって、音を立てることに躊躇がない。
藪を突き破って疾走するハンスキンを追いかけながら叫ぶ。
「もうちょっと静かに走れねえのか?!」
「てめえ!」
おお、ちょっと調子が戻ったじゃないか。
「んで? 何を急いでんだよ。こっそり近づいてくたばり損ない回収大作戦だっつんじゃねーの?」
「ここにゃ結界が張られてやがんだ! 上級をやったのはケネミーランゴだろうが、その過程に人の意思が混じってやがる! そいつは邪魔者を排除してヒヨッコどもを更に奥へと引き摺りこんで何かしら企んでやがる……上級のザマを見りゃわかんだろ?! ろくでもねえ予感しかしねえ!」
なにその謀略感。ここって田舎町じゃなかったの? あれか、貴族によくある(偏見)跡目争い的なのに巻き込まれてる感じか?
飛ぶように走るハンスキンの後を追いかけるが、徐々に距離が開く。後ろを追いかけている俺の方が走りやすい筈なのにこの差だ。ガチハンスキン。
腰の双刀を手に枝やら茂みやらを消し飛ばして進むハンスキンが、振り返らずに叫ぶ。
「おい! どうもヤバい事態に巻き込んじまった! だが今ならまだ間に合うだろうよ! 引き返しても文句は言わねえぞ!」
「馬鹿言うな! 土地勘ない森を夜に俺だけで動いたらどうなると思う? ひゃくぱー迷子だわ! この歳で館内放送とか死の呪文だよ?! 連れてけ! そして出来たら送り迎えもお願いします!」
「へっ、命知らずな野郎だな!」
「大体合ってる?!」
今の俺の状態を的確に表しているね。
叫びながら掛け合いをしていると、森の奥からくぐもった爆発音と振動が響いてきた。
間髪入れずにそちらへ進路を修正したハンスキン。思わず溜め息を吐く俺。
……これが最後かもしれないからな。一応忠告しとくか。
進路の修正で多少距離が詰まったハンスキンの背中に話し掛ける。
「あのなー、そういうところだと思うぞ?」
「なにがだ?!」
未だ振り返らず目的地に目をやるハンスキンに俺も叫び返して答える。
「お前の! 嫁さんが! キレてる理由だよ! 誰かの叫び声が聞こえたからって走りよったり! 一時的なパーティーメンバーなのに、死に物狂いで生死確認するためにモンスターのいる川をさらったり! 明らかにヤバそうなことが分かってんのに怪しい場所に躊躇せずに踏み込んだり!」
「……」
「心配してんだよ! 嫁さんにとっちゃ有象無象がいくら死のうとも構やしねんだろ。あんた一人が無事ならな! どうせ涙ぐんでる嫁さん前にして、しかし今更性分も変えられずに黙ってたんだろ? 不器用か。因みに、んなもん独り者の俺にとっちゃノロケ全開だからな? なんだお前。主人公か?」
「い、今はそれどころじゃねえ!」
「ばっか! もう人生あとほんのちょっとだわ! むしろ今しかないわ!」
枝を払い飛ばす手が滑ったのか断面が荒い。動揺してるのだろう。あれ? 思いのほか効いてるんだけど。今から戦闘がありそうなんだけど。
「じゃあどうすりゃいいんだ?! 目の前で倒れそうな奴を放っておけってのか? 俺が手を伸ばせば救えるかもしんねえだろ!」
「そうだよ、ほっとけ。化けて出ねえように塩もまけ」
「外道かてめえは?!」
理解の遅いお人好しめ。今まで何度も誰かに手を差し伸べてきたんだろうな。一人でもやれんのに、金のない冒険者に稼ぎのいい依頼を共同で受けたり。時間が空いた時はギルドに詰めて揉め事の仲裁したり。
そりゃ家族は心配にもなるよな。関わんなくていい揉め事に首つっこみゃ。
動揺してんのに止まることなくグングンと進むハンスキンを見てると理解もできる。言葉を尽くしても止まっちゃくれないんだろう。奥さんもキレるわ。
「あー、英雄さん英雄さん? 次からはもっと正義感溢れるお供を選んでくれたまへ。これ完全に俺のキャパ超えてっから。竹串の内職者のレベルじゃないから」
「怪我人を運ぶだけの簡単な仕事じゃねえか。……ボロ儲けだろ?」
「明らかに戦闘する流れだよね?」
もう完全に聞こえてくる戦闘音と怒号から、これから飛び込む場所が如何に危ないかがわかる。
あと遠目に見えるシルエットな。でけえよ。あそこいくとか馬鹿なの? 死ぬの? 馬鹿だし死ぬね。
しかし全く躊躇せず突っ込んでいくハンスキンに、ついていく俺も大概マヒしてんなぁーと首を傾げながらも続いた。
きっとあの羽虫と爬虫類のせいだな。




