エピローグ:細雪と泉岳寺
赤坂の裏町へ降りる坂には、午後の光が早くも薄くなっていた。坂の上では市電の鈴がちりんと鳴り、馬車の轍が泥を刻んでいる。けれど路地へ一歩入ると、音はたちまち遠のき、煤けた板塀と格子戸の影が、いまも江戸のままに残っていた。路地の石が湿って見えるのは、朝からの空気が冷えたせいか、それとも、老人の家のまわりだけが古い時代の匂いを引きずっているせいか。
格子の内から猫が顔を出し、僕が名を告げると、老婢が火鉢の灰をならして上げてくれた。炭はまだ赤く、煎り豆の香がほのかに混じる。奥の縁側に、半七老人が坐っていた。綿入れの襟をきちんと合わせ、煙草盆を引き寄せている。
「先生、今日はようやく冬らしくなりましたね」
煤掃が済んだばかりだという。小さな家の柱や長押までが、どこか新しい木の匂いを帯びている。老人は、こういう始末だけは昔かたぎで、年の暮れの支度を怠らない。そのくせ電燈の話などには目を細め、町の変りようを面白がる。僕はその取り合わせが好きで、つい足が向く。
僕はさっきまでの話――高輪の茶屋、浜風、背中に立った刃の感触――を頭の中で反芻していた。新聞の紙面にすれば、たった数行の「仇討」だろう。瓦版の見出しと大差はない。けれども、老人の口から出ると、生身の熱と匂いが残る。恨みの筋道も、刃が入る瞬間の躊躇も、ひとの顔の皺の数だけあるのだ。
「それで先生、あの脇指は、ほんとうに吉良の物だったんですか」
老人は笑い、湯呑を掌で温めた。
「さあ、どうも……。わたしも鍔や拵えを見て、そう聞かされていただけでね。けれども、考えてみりゃあ、泉岳寺の近所で吉良の脇指が人を突く。出来過ぎた因縁で、訳を知らない人が聞いたら、こしらえ話みたいに思うでしょう。ところが、世の中ってのは、芝居よりも芝居がかったことが起きるもんです」
泉岳寺と聞くと、僕はすぐ芝居の幕を思い浮かべる。忠臣蔵の段取りは、いまの見世物小屋の呼び込みより人を集める。僕も若い頃、取材がてらに寺へ行ったことがある。参道には飴や団子の屋台が並び、墓へ手向ける線香を売る婆がいて、見物の客は武士の墓を覗き込んで、さも自分が討入りの夜に立ち会ったような顔をする。英雄譚も、商いに掛かれば、どこか軽くなる。
老婢がそばを持って来た。汁は鰹の香りが立ち、刻み葱が浮いている。老人は酒を好まないかわりに、こういう温いものを喜ぶ。僕も箸を取ると、湯気が眼鏡を曇らせた。障子の外では、夕方の風が竹を鳴らし、猫が丸くなって喉を鳴らしている。
「鶴吉は、その後どうなりました」
「若いのは、あれで一つ歳を取ったでしょう。怨みを晴らしたからって、腹の中が空っぽになるわけじゃない。けれども、あのまま胸に火を抱えていたら、もっと危ねえ方へ転んだかもしれません。わたしは、そう思ってますよ、先生」
老人の声は静かで、いつものように人を裁かない。江戸の捕物で身についたものか、善悪の札をすぐには貼らず、先に人の腹の中を量る。
僕はそばの椀を置き、ふと問い返した。
「半七老人は、仇討というものを、どう思います」
「どうもこうも、先生。親の仇だの、主君の仇だのと言っても、人の命は戻らない。けれども、世間がそれを黙って認めるのは、法が届かないところへ、せめて筋を通そうとする気性があるからでしょう。筋が通りゃあ、あとで泣ける。筋が通らなけりゃあ、泣く場所もない」
縁側の外で、猫が身じろぎした。障子の紙がわずかに鳴り、外を見ると、細かい雪が降り出していた。電燈の白い光の中で、雪はひと粒ひと粒が輪郭を持って落ちる。僕はふと、江戸の雪の話を思い出し、老人の横顔を盗み見た。そこには、昔の血の気も、今の穏やかさも、同じ皺の中に収まっていた。




