表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/427

第一章:柳橋の凶報

 その、花火の上がらぬ川開きの日、慶応元年五月二十八日の昼過ぎであった。

 例年ならば、子分の者どもを引き連れ、両国界隈の雑踏を警戒して回らねばならぬ日だ。それが、今年は花火も「お触れ」により見合わせとあって、半七は神田三河町の自宅で、いわば「お役御免」の楽を決め込んでいた。


「こりゃあ、たまには骨休めといくか」


 女房のお仙が用意した、冷たくひやした麦湯をすすり、ごろんと畳に寝転んだ。初夏の風が格子戸を抜け、昼寝にはまこと、いい塩梅であった。

 そこへ、表口から転がり込むように駆けてきた者がある。


「お仙さん! お仙さんはいらっしゃいますか!」


 女の甲高い、切羽詰まった声だ。

 お仙が慌てて土間に応対に出る。何か、泣きながら窮状を訴えている様子であったが、やがて、お仙に促されて座敷へといざり込んできた。


 半七が寝ぼけ眼で起き直ると、それは柳橋の芸妓・お照の妹分で、名を「お浪」という十八になる小綺麗な女であった。

 柳橋といえば、隅田川の河口近く、江戸でも指折りの花街である。船宿と粋な料亭が軒を連ね、旦那衆の遊び場として知られていた。


「よう、浦島太郎が昼寝を決め込むところへ、乙姫様のおな~り、か」

 半七は目をこすりながら軽口を叩いた。

「今年は花火もなしだそうで、どうも不景気なこった。だが、まあ日取りは日取りだ。茶屋や船宿は、ちっとは忙しかろう」


 言いながら、お浪の姿を改めて見る。

 島田は職人かたのごとく美しく結い上げられているが、顔には白粉おしろいの跡もない、いわゆる「素顔すがお」である。その目が、泣き腫らされているのが分かった。

 川開きという「書き入れ」の物日ものびに、ふだん着の浴衣のまま、家を飛び出してきた。尋常なことではない。


「どうした。姉さん(お照)と喧嘩でもしたか。近頃、いい旦那でもできたという評判だから、それで姉さんと揉めたか? そいつは辻番違いだぜ」

 半七がからかうように覗き込むと、お浪はかぶりを振るばかりだ。


「お前さん、そんなどころじゃないんですよ!」 お仙が、顔をしかめて割って入った。 「なんでも、姉さん(お照)が今、番屋に止められた、と。ねぇ、お浪ちゃん」


「姉さんが、番屋に?」 半七も、団扇うちわの手を止めた。 「客のことで、何か揉め事か?」


「親分さんは、まだ何も……」お浪は、涙をこらえきれぬ様子だ。「お聞きになってないんですか」


「ああ、何も知らねえ。おめえんとこ(お照の家)で、何かあったのか」


「おとっつあんが……。けさ、殺されたんですよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ