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静時の流れ - 潮騒の誓約  作者: Minateru
残響の果てに

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22/39

向こう側からの残響

カチ…カチ…カチ…

………

ダッダッダッ…ダッダッダッ…

闇に完全に呑まれた夜……小さなろうそくの灯りを掲げてゆっくり歩く人々の列の中……

川面に映る月明かりの下……小さな影が必死に走っている……

「ハル!」シノミが路地の隅々まで顔を突っ込む

「ハル! どこにいるの!?」

「ハル!」両手を口に当てて大声で呼ぶ

「出てきて! もう隠れないで!」

そして小さな足音の合間に……小さな呟きが漏れる

「もう……捨てないで……二度と……」シノミが唇を噛み、足が一瞬止まる

けれど次の瞬間、目に飛び込んできた光の粒に、完全に視線を奪われる

ポコポコ…ポコポコ…

川の中から、もう一つの人影がゆっくりと浮上する……

漆黒の鎧を纏い、貝殻のような文様が体を覆い、青い筋が走る

手に持つのは長い槍、海の波のような模様が刻まれた……

ピチャ…ピチャ…ピチャ…ピチャ…

鎧から滴る水滴が……月明かりにきらめきながら落ちる

ドシン…ドシン…ドシン…ドシン…

黒い鎧が近づいてきて……武器を下ろす……

早咲はやさき!?」シノミが凍りつき、片手を口に当てる

「こんなところで何してるの!?」

「まさか……この街が……今から襲われるの……?」シノミが身を縮めて後ずさる

ドシン…ドシン…ドスッ!

黒い鎧がゆっくりと止まる……

「違います、小姫様!」向こう側から声が響く

「私一人です! 誰も連れてきてません!」

カチャッ

そして……兜が外される……

サファイアのような髪が夜風になびき……月明かりに輝く……

静かな夜の湖面のような瞳が……月を映して……

「私は……お迎えに参りました。お家へ、お帰りください」早咲が手を差し伸べる

……………………………………………..

「お家へって……どういうこと?」シノミが目を丸くして後ずさる

「言葉通りです。小姫様、どうかあの人間どもを捨てて、一緒に帰りましょう」早咲が胸に手を当てる

「でも約束したじゃない! みんな納得してたはず……」シノミが軽く手を振る

「約束したのは知ってます……受け入れたのも知ってます……」

「でも……」

「人類は私たちを裏切った……もう信じられない!」

「嘘よ! そんなはずない! 私はここに十分いて、彼らが変わったのをちゃんと見てきた!」

「申し訳ありません、小姫様……」早咲が軽く唇を噛む

「でも……それは小姫様がまだ見てないから……」

「どういうこと?」シノミが凍りついて見つめる

………

ガシャン…ドシッ…

鎧が一つずつ外されていく

ズシッ…ズシッ…

槍を背負い、早咲がゆっくりとシノミに近づく

「決める前に、少しだけ聞いてください……小姫様」早咲が軽く頭を下げる

「じゃあ……少しだけなら聞いてあげる……」シノミが腕を組んで背筋を伸ばす

「確かに、小姫様の周りだけは平和で、人間たちは穏やかで……」早咲が周りを見回し、両手を広げる

「みんな優しくて、可愛くて、生きる理由があって……」

「笑顔で、子供は幸せで、家族は満ち足りて……」

ギュッ…

「でも……」早咲の拳が強く握られ、真っ直ぐシノミを見る

「なぜ彼らだけがそれを得られるの!?」

「小姫様は知らない……」早咲が顔を近づける

「小姫様が人間と暮らして、竜族のあいつと甘い青春を送ってる間……」

「私たちの王国で、民はどれだけ苦しんでいたか……」

「何言ってるの?」

「私には何も起きてないようにしか見えなかったのに……」シノミが早咲の顔を軽く押し返す

ズシッ…ズシッ…

「小姫様、本当はこんなままでいてほしい……」早咲がゆっくり後ずさる

「でも……世界はいつも残酷で……気づかれないように……」

……

早咲が薄い石板を取り出す。無数の名前が刻まれている

「これを見てください!」石板を差し出す

「これ……名前は……?」シノミが目を忙しく動かす

早咲が凍りつき、両拳を強く握り、顔を地面に向ける

「陸に引き上げられて……二度と戻れなかった同胞たちの名前です……」

「どういう……こと……」シノミが石板を強く握り、早咲を見つめる

「私たち海族は……ずっと平和を望んでいた……」早咲は地面を見つめたまま

「遥か昔……今の人間が共存種を全て絶滅させた時から……」

「私たちは人間を避けてきた……」

「最も暗い海の片隅に身を潜めて……」

「それでも……見つけた……」

「そしてまた……昔と同じことを始めた……」

「戦争が始まるよりずっと前から……私たちにしていたことを……」

………

早咲がゆっくり顔を上げてシノミを見る

「知ってるよね……人間が私たちを見つけた時に何をしたか……」

「母上から……聞いたことはある……」シノミが軽く顔を逸らす

「なら陸の誰よりわかってるはず……あいつらの罪を……」早咲がシノミに飛びつく勢いで近づく

「子供だろうが老若男女だろうが捕まえて……」

「解剖して、切り刻んで、拷問して……」

「危険な実験を何度も何度も……」

「鞭の音に同胞が泣き叫び……目の前で家族が切り刻まれるのを見て子供たちが泣き叫んでも……」

「わかる、でもそれは知らないからで……!」シノミが早咲に近づく

「それが彼らの本性……私たちだって昔はそうだった……」

「人間を海に引きずり込んで同じことしてた……」

……

「それがただの好奇心だったらよかったのに……」早咲が闇の街に目を向ける

「知ってる? 小姫様」

「私たちは、どんなにひどくても……」早咲が川沿いの列を何度も指差す

「少なくとも同胞をあんな扱いはしなかった!」

「殺す前にせめて喜びを与えた……」

「でもあいつらは……私たちを何とも思ってない……」

「同胞を安い奴隷として売りさばいて……」

「休むことなく踏みにじって、拷問して、搾り取って……」

「命が尽きる寸前まで搾り取って……」

「早咲、でもそれはもう過去で……」シノミが手を伸ばす

「……全部終わった……人間は……」

「……戦争であれだけ代償を払った……」

「民も失い、財も失い、命は秋の葉のように落ちて……」

「それで十分じゃない?」シノミが拳を握って早咲を見つめる

……

ギチッ…

「でも……」早咲が体を震わせる

「でも!!」

「私たちはあんな風に彼らを拷問しなかった!」早咲が叫ぶように顔を上げる

「小姫様にはわからない……」

「この感覚が……」拳がギリギリと音を立てる

「同胞が毒のフォロックス鉱山で過労死していくのを見る感覚……」

「老人を殴り倒しても立たせて働く姿……」

「骨が浮き出るほど飢えた子供たち……」

「鞭痕で背中が真っ黒な男たち……」

「毎夜、獣の欲望を満たすために泣きながら耐える女たち……」

「そして一人倒れたら……」

ギリギリッ!

「そのまま切り刻んで……食い物にして……何百万の同胞の視線があっても平気で宴を開く……!」

……

「早咲、でもそれは……」シノミが手を伸ばす

「小姫様……」湖のような瞳に涙が溜まり、シノミを見つめる

「私は見たんです……この小さな目で……幼い頃から……」

「知ってますか……」

ドサッ…

「大切な人たちがみんな……消えていくのを……」早咲が膝をつく

「友達が……土の下に眠って……」

「家族が……日ごとに消えて……」

「母は無理して笑って……父は守ろうとして……」

「毎夜二人で抱き合って泣いて……」

「そして最後には……」早咲が両手で顔を覆う

「誰もいなくなって……探したら……」

「父の首が食卓に置かれてて……」

「母は獣どもに順番に犯されて……叫びながら……」

………

トン…

「早咲、私……」シノミがそっと肩に触れる

「私……知らなくて……」

くっ…ぐっ…ぽた…

サファイアの髪が顔を覆い、地面に涙が落ちる

「誰もが……小姫様みたいに幸運じゃない……」

「小姫様の血統みたいに……」

「誰もが……守ってくれる人がいるわけじゃない……」

「誰もが……全力で愛してくれる人がいるわけじゃない……」

「ましてや……命を賭してまでそばにいてくれる人なんて……あの血統みたいに……」

そっ…

「だから……お願いです……」早咲が顔を上げ、シノミの手を握る

「私に諦めろと言うなら……」

「どうかその血統を……あいつを捨ててください……」

「お家に帰る時です……」

「私まで……失いたくない……」

…………

すっ…

「わかるよ、早咲……」シノミが震える体にそっと触れる

「本当に……わかってくれたんですか……小姫様?」涙で赤くなった目が大きく見開かれる

す……っと…

「よかった……よかった……」早咲が立ち上がり、笑顔になる

「じゃあ私たちは……」

……

「でもごめん……」シノミが唇を噛む

「小姫様……でも……でも……でも……」早咲が凍りつき、両手をばたつかせる

「どうして!?」

「どうしてまだそれを選ぶの!?」

「だって……私たち……この血も、この想いも……責任があるから……」シノミが顔を上げ、拳を握る

「知ってるよね……あの血統がどれだけ汗と血を流してくれたか……」

「あの“ずれ”たちが……いつも私たちをつなごうとしてくれた……」

「でも……」シノミが月明かりに輝く川を見る

「一度も……鬼族以外で……手を差し伸べて、握って、信じてくれた種族なんていなかった……」

「それを知ってるなら、なぜまだ追いかけるの!?」早咲が両手を広げる

「両方の血統の結末が滅びなら……」

「どうしてまだ頑張るの……」

「だって……」シノミが振り返り、微笑む

「私……もうハルが好きになっちゃったんだもん……」

「避けようとしたのに……無視しようとしたのに……」

「学校で会うたび……離れようとするたび……」

「もっと近づきたくなって……もっと一緒にいたくなって……」

「だから結末がどんなに苦くても……」

「私はこれを選ぶ……またハルを愛する……」

「ハルの瞳に……ほんの小さな光だけど……」

「きっとあの子なら……運命の歯車を変えられるって……」

……………………………………………………………………………………………………………….

ギィ…

早咲が鎧に戻り、槍を握り、瞳が氷のように冷たくなる

「言葉ではもう連れ帰れないようですね……」槍をシノミに向ける

「失礼します。でも小姫様……」

「これはあなたの幸せのためです……」

シノミの手首の腕輪が変形し……弓が現れる……

「結局こうなるよね……」シノミが弓を構える

……

ドォォンッ!!

遠くから煙柱が何本も立ち上り……

賑わっていた街の灯りが次々と消えていく……

ガタガタガタッ…ワァアアッ!!

遠くの人々が騒ぎ出し……ろうそくの灯りが消え……

赤いものが地面を伝い……川に染み込んでいく……

「来た! 敵だ!」混乱した叫びが響く

「早咲……これどういうこと!?」シノミが早咲を睨む

「まさか……今ここで皆殺しにするために来たの……?」

「私……私……」早咲が凍りつき、赤く染まる川を見つめる

「わからない……」

「私だけのはずだったのに……」

……

ドス…ドス…ドスッ…

遠くから、白い鎧に貝殻文様、金の線と青の筋が走る者が現れる

背後には同じ白い鎧の者たちが……先端が赤く染まった槍を引きずって……

「よくやった! お前の任務は……」

「完了した……」

「さて、公女様……」白い鎧の金線が頭を下げる

「どうかお共に……主がお待ちです……」

「主? 誰よ、そんな人知らない……」シノミが凍りつく

「ふざけるな!」早咲が背を向けて槍を軍に向ける

「小姫様をあいつに渡すくらいなら、人間のそばにいる方がマシだ!」

「仕方ない、残念だが……」白い鎧の金線が手を上げる

ガチャガチャッ!!

後ろの全ての武器が二人に向けられる

「任務は……どんな形でも……完遂する……」

だがその瞬間……

金線がゆっくり手を下ろしたその時……

ドゴォォンッ!!

隣の家の壁や木片が吹き飛び……

ガラスや家具が飛び散り……

巨大な豹と、武器を光らせる三人の人間が……

向かいの家を突き破って軍に向かって飛び込む……

……

ギュオオオッ——ドガガガッ!!

赤く燃える豹が咆哮し、軍に突っ込む

そして聞き慣れた声が続く……

「シノミ! 手を出して!」一本の手がシノミに向かって差し出される

「ハル……」シノミがそっとその手を握る


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