夜の幕の中で
…
よろっ…よろっ…
「十神様、大丈夫ですか?」
「俺……大丈夫……ただ石につまずいただけ……」よろめきながらなんとか立ち直る
「確かにこの状況じゃ、前をちゃんと見るのも難しいですよね……」コウカが前方に目を向ける
「……特に今は、この提灯だけですから……」
…
「だからこそ……」
「十神様、私の手を握ってください!」コウカがにこっと笑って手を差し出す
「でも……そんな……ちょっと……恥ずかしい……」俺は体を引く
「大丈夫ですよ、それよりいきなり転ぶよりマシじゃないですか?」
「でも……」体が揺れて、視線を逸らしてしまう
…
今、俺の迷う目に答えるのは、黄金色の灯りに照らされた、ただの明るい笑顔だけだった
…
「じゃあ……お願いします……」
そっ……と……ぎゅっ!
女の子らしい手とは裏腹に、握った瞬間に……
妙にざらついた感触……そしてひんやりとした冷たさが俺の手に広がる
………
コツ…コツ…コツ…
街全体が闇に沈み、毎晩輝いていた街灯も今夜は眠っている
静寂の空間、星空の下
小さな灯りの下で、俺たちはただ歩き続ける
…
「コウカ、俺たちどこに行くんだ?」
「もうすぐわかりますよ、十神様。今はただ、ついてきてください」コウカが金色の提灯をしっかり持つ
「でも、結局どこに行くんだよ?」俺が彼女の手を軽く引く
……………………………………….
チッ……じゃない、シッ……
…
「静かに、十神様!」コウカが急に足を止め、指を唇に当てて俺を見る
「どうした、コウカ? 何が?」
…
「ご自分で見てください、十神様……」コウカが遠くへ灯りを向ける
…
「これは……」俺の視線が灯りに照らされた方へ伸びる
…
コツ…コツ…コト…コト……
…
闇に包まれた中、一列……いや、何列もの人影が……
ゆっくりと歩みを進め……軍服を固く握りしめたまま……
ほのかに漂う線香の匂い……そよぐ風と共に……
…
くしゃくしゃに握られた写真……
開封された封筒……でも誰も中を読まない……
小さな遺品……誰かの手のひkに載ったまま……
…
そして列の中……小さな灯りを掲げて背筋を伸ばす人たちが……
でも、みんな……目を隠すようにしていた……
…
「コウカ、これは……」
「十神様、まだ着いてません。行きましょう!」コウカが俺の手を強く握る
…………
俺たちは道を外れ、彼らと逆方向に進む
…
コンッ!
真っ暗な中で、俺は誰かにぶつかってしまった
トン…カラッ…チョン…コロコロッ…
相手の手から全ての物が一気に地面に落ちる
…
「すみません! すみません! わざとじゃないんです!」
俺は慌てて何度も頭を下げる
…
しゃがっ……
「いいんだよ……坊主……」男は地面の物だけを見つめている
…
「でも……」
「いいんだ……」男はゆっくりと手を伸ばし、一つずつ拾い始める
「せめて、俺が手伝います……」俺が地面の物に手を伸ばす
…
ギュッ!
突然、男が俺の手首を掴んだ
…
「触るな!」男は俺が触ろうとした物から目を離さない
俺の体が凍りつき……手が進めばいいのか引けばいいのか……
掴まれた手首が震え……もう片方の手が妙に空っぽに感じる……
…
トスッ!
「すみません! この子は悪気があって……ただ……」コウカが男の肩にそっと触れる
「まだ若い子なもので……こういうことは……」
…
「わかった……」男がゆっくり俺の手首を離す
「……でも……今は……」
「……一人にしてくれ……」
……
「十神様、行きましょう!」コウカが俺を見る
……
「頼む……」
……………………………………………..
小さな灯りに導かれる列を横目に、俺たちは進む
…
「ここ……どこだ? なんでこんなに暗いんだ?」俺は目を細めて周囲を見回す
「十神様、しっかり手を握っててください! ここで離れたら困りますから!」コウカが笑って提灯を俺に向ける
「わ、わかってる……でも……」俺は目を逸らし、頬が少し熱くなる
「まだ恥ずかしがってるんですか? 大丈夫、誰にも言いませんから……」
「でも……こんなにしっかり握ってたら……」
「それなら……」コウカが突然提灯に手をやる
…
ちょん!
灯りがぷつっと消え、辺りが真っ暗になる
…
「コウカ!」
「コウカ、どこだ!?」俺は闇の中で手を伸ばす
…
突然、柔らかい感触
不思議な温もり……ゆっくりした呼吸……でも声はしない
…
そして月明かりが道を照らした瞬間
俺の手が触れているもの……目の前にいるものがはっきり見えた
…
一人の女の子……暗がりにうずくまり……
軍服をぎゅっと抱きしめて……頭を下げ……髪で顔を完全に隠して……
…
「俺……俺……俺……」俺は慌てて体を引く
…
そっと!
肩に軽い力が加わり、俺を立たせる
「十神様、何も言わないで!」
…
彼女はただ月明かりの方を見つめるだけ……
月が闇を削ぎ落とすように、暗がりから……
…
たくさんの女の子たちが……
道の隅に座り……
遺品を抱きしめ……
髪で顔を隠し……
…
そして少し離れた場所……道の隅で……
男の子たちが無言で立ち尽くし……紙を握りしめて……
近くのバイクの横に立ち……
片手でヘルメットに触れ……片手でバイクに寄りかかり……
星空を見上げたまま……
……
コツ…コツ…コツ…コツ…
コウカが静かに俺を人ごみの中へ導く
…
そして歩く音の間で……
みんなが俺たちを見る……
ただ見ているだけ……でも目尻から……
…
ポトッ…
涙が頬を伝う
……………………………………..
月明かりを頼りに進み……
やがて闇の中で、突然電灯が眩しく灯る……
….
街が再び明るい光に満ち、食べ物の匂いが漂ってくる
…
ガヤガヤ…ワイワイ…ガチャガチャ…パタパタ…ジャーッ!
屋台に人が群がり、宴会のテーブルで笑い声が響く
調理の音、子供たちの騒ぐ声
…
「十神様、何か食べたいものありますか?」コウカが振り返る
「でも俺たち、さっき食べたばかりだろ、コウカ?」
「それがどうかしました? さっきの料理じゃ満足できなかったでしょ?」コウカがにこっと笑う
「それに、たこ焼きくらいなら大丈夫ですよ、ね?」屋台を指差して俺の手を引く
「待って……コウカさん……ちょっと待って……」俺はよろめきながらついていく
…
「すみません! 二つください!」
「はいよ!」
「コウカさん……結局俺たち何してるんだ?」
「…」コウカは店主の方を見るだけ
「コウカさん……」俺が彼女の手を握る
「…」
…
「コウカ!」
「なんですか、十神様?」コウカが首をかしげて俺を見る
「何って……ここで何してるんだよ?」俺が彼女を引き寄せる
…
「たこ焼き買ってるだけですよ!」
「それはわかってるけど……」
「お待たせ!」店主が熱々の二つを差し出す
…
「これで満足しました?」コウカが両手にたこ焼きを持って
「さあ、あっちの空いてるベンチに座りましょう、十神様!」コウカがさっと遠くのベンチへ駆け出す
………
はぁ……
「でもそれじゃ俺が知りたいことじゃ……」俺は肩を落として後を追う
…
「兄ちゃん!」
「はい?」俺が店主の方を振り返る
「幸せ者だな! 女の子が手を引いて夜遊びしてくれるなんて!」
「大事にしな!」店主が急に写真を見て、首に巻いたタオルをぎゅっと握る
…
無意識に視線を追うと……
優しい顔の女性が……笑顔で……
男の腕に寄り添い……子供を抱いて……
…
……………………………………..
「どうして何も言わないんですか、十神様?」コウカがたこ焼きを頬張りながら俺を見る
「どうしてって……今も話してるだろ?」
「違います」コウカが軽く首を振る
「私じゃなくて、あの店主さんにです」二人で屋台の方を見る
……
トン…トン…
「まあいいです。それより、ここに座って一緒に食べません?」コウカが隣の席を軽く叩く
「じゃあ……お言葉に甘えて……」俺が腰を下ろす
「はい、十神様の分!」
「ありがとう……」俺が目の前のたこ焼きに手を伸ばす
…
パクッ!
「美味しいー!」コウカが頬に手を当ててにこにこ
…
「コウカ……結局俺たちは……」俺が彼女の肩を掴む
「同じ質問ばっかりですね、十神様!」
「俺……」
「まずは周りを見てみたらどうですか?」
「でも……ここは屋台が並んでるだけじゃ……」
「それが本当に目に見えてるもの? それとも見たいように見てるだけ?」コウカが箸を置いて屋台の方を見る
…
人で賑わう場所……屋台が連なり……
香ばしい匂い……明るい灯り……
笑い声……楽しそうな宴席……
…
「もう見えましたか、十神様?」
…
チョン…
俺の箸が落ち、目が大きく見開かれ、顔が固まる
…
祭りのようなテーブル……賑わう屋台の中……
一つのテーブルが……
豪華な料理が並び……
でも……
誰も近寄らず……
誰も座らず……
煙も立たなくなった料理を……誰も取りにこない……
………
ドンッ!
突然、酒瓶を持った顔を赤くした男が立ち上がる
「お前ら見てみろよ! 俺すげえだろ?」
「俺は……あの地獄を生き延びたんだ……」
「だから今ここにいて……お前らと一緒に……うまいもん食って……」
「女も遊びもいくらでもある……」
…
「俺があいつらより優れてたから……生き残って当然だ……」
「……ククッ…ハハハハハァッ!」
「あいつらがバカだったから……甘かったから……」
「知識も能力も足りなかったから……」
「ほら見てみろよ……俺たちは楽しんで……あいつらは土の中で……」
「あいつらは死んだ……俺の言うこと聞かなかったから……」
「聞かなかったのが悪い……自業自得……」
「バカどもが……」男が酒瓶を高く掲げる
「ゴクッ…ゴクッ……ゴクゴクッ……ッぷはぁぁぁっ!」
…
「許せない……」俺が拳を握る
「許せない……よくそんなこと言えるな……?」俺が立ち上がる
…
「クイ…」
「コウカ、何してる?」俺が袖を引く手を見る
「どうして黙って見てられるんだ!?」
「十神様……もう少し見ててください!」コウカが笑って俺の顔を抑える
そして振り返ると……
……
「どうして……どうしてだよ……」酒瓶を持つ手が震える
「どうして行っちまったんだ……」目が真っ赤になる
「どうして……お前がそんな選択をした……」
「どうして……みんな志願なんかして……」
「どうして……どうして……」
…
…
「置いてかないでくれ……一人に……」男が空に向かって手を伸ばす
「行くな……行くな……」
「そんなこと……するなよ……」
…
ガタンッ…!
テーブルが激しく揺れる
…
「お前らがいなきゃ……宴なんて……」
「一人欠けるごとに……幸せなんて……」
…
「おい……聞こえてるだろ……」男が空のテーブルを見る
「なんで来ねえんだよ……ずっとそこにいるだけか……」
「こっちにもうまいもんある……席も空いてる……」
「来いよ……なんで来ねえんだ……」
…
ガシャンッ!!
ガラスの破片が飛び散り、酒が地面に染みる
「なんで来ねえんだよ!? 俺を見下してんのか!?」
…
「もういいって……」別の男が近づくが、目は下を向いたまま
「まだだ……まだ全然足りねえ……」
「いいって……ここでやめとけ……」男がよろける体を支える
「いいわけねえだろ……見てみろよ……誰も近寄らねえ……」
「誰も座らねえ……誰も来ねえ……」
「誰も……残ってくれねえ……」酔った男が相手の胸に顔を埋め
相手の服がじんわりと濡れていく
………
「行きましょう、十神様!」コウカが立ち上がる
…
………………………………….
俺たちは再び人ごみと明るい灯りを離れ
騒がしさを背に、闇に飲み込まれる
…
でもまた月明かりが水面に反射して周囲を照らす
…
月光に輝く川沿いに、両岸に長い列ができている
…
一人また一人……紙の灯籠を手に……
流れを見つめ……手を合わせ……
金色の灯りとそよ風と共に……
…
一つ、また一つ……ゆっくりと流されていく……
でも不思議なことに……一つの灯籠も川の中央には行かない
ただ岸沿いを……漂うだけ……
…
そしてある瞬間、俺は気づく
一本だけ中央に流された灯籠が……急に方向を変えて……
小さな波紋を立てて……水しぶきを上げて……
………
ワハハッ、みてみてー!
コウカが足を止め、俺たちの視線が橋の上の子供たちに向く
…
「みなしご! みなしご! みなしご!」子供たちが一人を囲んで回る
…
「違うもん……違うって言ってるだろ……」一人の男の子が必死に目をこする
「それでもわからないの? 本当に子供だね!」一人がにやにやしながら鋭い目で言う
「大人の言うことなんでも信じるなんて!」
…
「嘘だろ……嘘だろ……パパとママはスーパーヒーローで……ヒーローなんだ……」
「おばあちゃんがそう言ってたもん……」
「じゃあどこにいるんだよ?」
「ヒーローならなんで今ここにいないんだ?」
「なんで俺の親みたいに帰ってこないんだ?」
…
「おばあちゃん……忙しいって……だってヒーローだからって……」泣きそうな子が手をぎゅっと握る
「でも俺の親はもう仕事なんてないって言ってたよ?」
「もしかして嘘ついてる?」
「嘘じゃない! 絶対帰ってくる!」
「本当かな……自分に言い聞かせてるだけじゃない?」
…
「認めろよ、親はもう帰ってこない!」
「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」
…
しくん…しくん…
小さな頬を涙が伝う……両手で目をこすり続ける
体はぴくりとも動かない……
…
カツン…カツン…
いつの間にかコウカが歩き出し、男の子のすぐ横に立つ
…
「子供たちは、騙されてるのはそっちよ」コウカが軽く腰を落とす
「何だよお前、嘘つき女か!?」
…
「じゃあこの写真はどう説明するの?」コウカがスマホを差し出す
「これは……」からかっていた子たちが凍りつく
「パパ! ママ!」泣きそうな子が手を下ろし、顔がぱっと明るくなる
…
写真の中……戦場で任務中の両親……
笑顔で互いを見つめ……武器を握り……
…
「ほらね、すごく忙しいの。今はみんなに必要とされてるの……」コウカが子どもの頭を撫でる
「だから……」コウカがしゃがんで涙の残る目を見て微笑む
…
「ヒーローは最後に残って、みんなが安心して帰れるようにするものよ」
「本当……?」子が両手を下ろす
「嘘だったら、こんな写真持ってるはずないよね?」コウカの指が涙をそっと拭う
…
「ほら見ろ! 言ったろ! 嘘じゃないって!」子が急に笑顔に戻る
…
「わかったわかった、もう大声出すなって!」
「やだ! さっきからうるさくしてたのはそっちじゃん!」
そして子供たちの背中が闇に溶けていく
………
「コウカ、さっきのは……」俺がそっと彼女に触れる
「写真のこと?」コウカがスマホを俺に見せる
「これ……なんでこんなにたくさん……!」俺が目を剥く
ふふっ…
「驚くことないですよ。ただの私の趣味ですから」
「趣味……って……」
「でもどうして……」
「簡単ですよ、十神様……」コウカがにこっと笑って両手を後ろに組む
…
「人の命は短いから……」
「だから……」
「一瞬一瞬……欠片一つ……小さな出来事も……」
「この世を通り過ぎる人たちを……消える前に残しておきたいだけ……」
…………………
カチ…カチ…カチ…
…
「さて、十神様、もう答えは出ましたか?」
「答えって……何の?」
…
月明かりに裂かれた闇の中……
川面に揺れる月と流れる灯り……
風に髪をなびかせ……
そして全ての中心に……俺に向けられた笑顔
…
「もう自分の選択はできましたか?」
…
カチ…カチ…
…
「この道を進み続けますか? 彼らがどれだけ苦しむか知ってて?」
「妹さんも、あの子みたいになるかもしれないのに?」
…
「それとも、大切な人たちのそばに留まりますか?」
…
「どっちを選んでも、私はずっと応援しますよ!」
…
カチ…
…………
どばっ!
突然水面が荒れ、月が歪む
水しぶきが宙に舞い
大きな黒い影と……貝殻のような模様が……
コウカの姿を完全に覆い隠した




