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静時の流れ - 潮騒の誓約  作者: Minateru
残響の果てに

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20/35

夜の幕の中で

よろっ…よろっ…

「十神様、大丈夫ですか?」

「俺……大丈夫……ただ石につまずいただけ……」よろめきながらなんとか立ち直る

「確かにこの状況じゃ、前をちゃんと見るのも難しいですよね……」コウカが前方に目を向ける

「……特に今は、この提灯だけですから……」

「だからこそ……」

「十神様、私の手を握ってください!」コウカがにこっと笑って手を差し出す

「でも……そんな……ちょっと……恥ずかしい……」俺は体を引く

「大丈夫ですよ、それよりいきなり転ぶよりマシじゃないですか?」

「でも……」体が揺れて、視線を逸らしてしまう

今、俺の迷う目に答えるのは、黄金色の灯りに照らされた、ただの明るい笑顔だけだった

「じゃあ……お願いします……」

そっ……と……ぎゅっ!

女の子らしい手とは裏腹に、握った瞬間に……

妙にざらついた感触……そしてひんやりとした冷たさが俺の手に広がる

………

コツ…コツ…コツ…

街全体が闇に沈み、毎晩輝いていた街灯も今夜は眠っている

静寂の空間、星空の下

小さな灯りの下で、俺たちはただ歩き続ける

「コウカ、俺たちどこに行くんだ?」

「もうすぐわかりますよ、十神様。今はただ、ついてきてください」コウカが金色の提灯をしっかり持つ

「でも、結局どこに行くんだよ?」俺が彼女の手を軽く引く

……………………………………….

チッ……じゃない、シッ……

「静かに、十神様!」コウカが急に足を止め、指を唇に当てて俺を見る

「どうした、コウカ? 何が?」

「ご自分で見てください、十神様……」コウカが遠くへ灯りを向ける

「これは……」俺の視線が灯りに照らされた方へ伸びる

コツ…コツ…コト…コト……

闇に包まれた中、一列……いや、何列もの人影が……

ゆっくりと歩みを進め……軍服を固く握りしめたまま……

ほのかに漂う線香の匂い……そよぐ風と共に……

くしゃくしゃに握られた写真……

開封された封筒……でも誰も中を読まない……

小さな遺品……誰かの手のひkに載ったまま……

そして列の中……小さな灯りを掲げて背筋を伸ばす人たちが……

でも、みんな……目を隠すようにしていた……

「コウカ、これは……」

「十神様、まだ着いてません。行きましょう!」コウカが俺の手を強く握る

…………

俺たちは道を外れ、彼らと逆方向に進む

コンッ!

真っ暗な中で、俺は誰かにぶつかってしまった

トン…カラッ…チョン…コロコロッ…

相手の手から全ての物が一気に地面に落ちる

「すみません! すみません! わざとじゃないんです!」

俺は慌てて何度も頭を下げる

しゃがっ……

「いいんだよ……坊主……」男は地面の物だけを見つめている

「でも……」

「いいんだ……」男はゆっくりと手を伸ばし、一つずつ拾い始める

「せめて、俺が手伝います……」俺が地面の物に手を伸ばす

ギュッ!

突然、男が俺の手首を掴んだ

「触るな!」男は俺が触ろうとした物から目を離さない

俺の体が凍りつき……手が進めばいいのか引けばいいのか……

掴まれた手首が震え……もう片方の手が妙に空っぽに感じる……

トスッ!

「すみません! この子は悪気があって……ただ……」コウカが男の肩にそっと触れる

「まだ若い子なもので……こういうことは……」

「わかった……」男がゆっくり俺の手首を離す

「……でも……今は……」

「……一人にしてくれ……」

……

「十神様、行きましょう!」コウカが俺を見る

……

「頼む……」

……………………………………………..

小さな灯りに導かれる列を横目に、俺たちは進む

「ここ……どこだ? なんでこんなに暗いんだ?」俺は目を細めて周囲を見回す

「十神様、しっかり手を握っててください! ここで離れたら困りますから!」コウカが笑って提灯を俺に向ける

「わ、わかってる……でも……」俺は目を逸らし、頬が少し熱くなる

「まだ恥ずかしがってるんですか? 大丈夫、誰にも言いませんから……」

「でも……こんなにしっかり握ってたら……」

「それなら……」コウカが突然提灯に手をやる

ちょん!

灯りがぷつっと消え、辺りが真っ暗になる

「コウカ!」

「コウカ、どこだ!?」俺は闇の中で手を伸ばす

突然、柔らかい感触

不思議な温もり……ゆっくりした呼吸……でも声はしない

そして月明かりが道を照らした瞬間

俺の手が触れているもの……目の前にいるものがはっきり見えた

一人の女の子……暗がりにうずくまり……

軍服をぎゅっと抱きしめて……頭を下げ……髪で顔を完全に隠して……

「俺……俺……俺……」俺は慌てて体を引く

そっと!

肩に軽い力が加わり、俺を立たせる

「十神様、何も言わないで!」

彼女はただ月明かりの方を見つめるだけ……

月が闇を削ぎ落とすように、暗がりから……

たくさんの女の子たちが……

道の隅に座り……

遺品を抱きしめ……

髪で顔を隠し……

そして少し離れた場所……道の隅で……

男の子たちが無言で立ち尽くし……紙を握りしめて……

近くのバイクの横に立ち……

片手でヘルメットに触れ……片手でバイクに寄りかかり……

星空を見上げたまま……

……

コツ…コツ…コツ…コツ…

コウカが静かに俺を人ごみの中へ導く

そして歩く音の間で……

みんなが俺たちを見る……

ただ見ているだけ……でも目尻から……

ポトッ…

涙が頬を伝う

……………………………………..

月明かりを頼りに進み……

やがて闇の中で、突然電灯が眩しく灯る……

….

街が再び明るい光に満ち、食べ物の匂いが漂ってくる

ガヤガヤ…ワイワイ…ガチャガチャ…パタパタ…ジャーッ!

屋台に人が群がり、宴会のテーブルで笑い声が響く

調理の音、子供たちの騒ぐ声

「十神様、何か食べたいものありますか?」コウカが振り返る

「でも俺たち、さっき食べたばかりだろ、コウカ?」

「それがどうかしました? さっきの料理じゃ満足できなかったでしょ?」コウカがにこっと笑う

「それに、たこ焼きくらいなら大丈夫ですよ、ね?」屋台を指差して俺の手を引く

「待って……コウカさん……ちょっと待って……」俺はよろめきながらついていく

「すみません! 二つください!」

「はいよ!」

「コウカさん……結局俺たち何してるんだ?」

「…」コウカは店主の方を見るだけ

「コウカさん……」俺が彼女の手を握る

「…」

「コウカ!」

「なんですか、十神様?」コウカが首をかしげて俺を見る

「何って……ここで何してるんだよ?」俺が彼女を引き寄せる

「たこ焼き買ってるだけですよ!」

「それはわかってるけど……」

「お待たせ!」店主が熱々の二つを差し出す

「これで満足しました?」コウカが両手にたこ焼きを持って

「さあ、あっちの空いてるベンチに座りましょう、十神様!」コウカがさっと遠くのベンチへ駆け出す

………

はぁ……

「でもそれじゃ俺が知りたいことじゃ……」俺は肩を落として後を追う

「兄ちゃん!」

「はい?」俺が店主の方を振り返る

「幸せ者だな! 女の子が手を引いて夜遊びしてくれるなんて!」

「大事にしな!」店主が急に写真を見て、首に巻いたタオルをぎゅっと握る

無意識に視線を追うと……

優しい顔の女性が……笑顔で……

男の腕に寄り添い……子供を抱いて……

……………………………………..

「どうして何も言わないんですか、十神様?」コウカがたこ焼きを頬張りながら俺を見る

「どうしてって……今も話してるだろ?」

「違います」コウカが軽く首を振る

「私じゃなくて、あの店主さんにです」二人で屋台の方を見る

……

トン…トン…

「まあいいです。それより、ここに座って一緒に食べません?」コウカが隣の席を軽く叩く

「じゃあ……お言葉に甘えて……」俺が腰を下ろす

「はい、十神様の分!」

「ありがとう……」俺が目の前のたこ焼きに手を伸ばす

パクッ!

「美味しいー!」コウカが頬に手を当ててにこにこ

「コウカ……結局俺たちは……」俺が彼女の肩を掴む

「同じ質問ばっかりですね、十神様!」

「俺……」

「まずは周りを見てみたらどうですか?」

「でも……ここは屋台が並んでるだけじゃ……」

「それが本当に目に見えてるもの? それとも見たいように見てるだけ?」コウカが箸を置いて屋台の方を見る

人で賑わう場所……屋台が連なり……

香ばしい匂い……明るい灯り……

笑い声……楽しそうな宴席……

「もう見えましたか、十神様?」

チョン…

俺の箸が落ち、目が大きく見開かれ、顔が固まる

祭りのようなテーブル……賑わう屋台の中……

一つのテーブルが……

豪華な料理が並び……

でも……

誰も近寄らず……

誰も座らず……

煙も立たなくなった料理を……誰も取りにこない……

………

ドンッ!

突然、酒瓶を持った顔を赤くした男が立ち上がる

「お前ら見てみろよ! 俺すげえだろ?」

「俺は……あの地獄を生き延びたんだ……」

「だから今ここにいて……お前らと一緒に……うまいもん食って……」

「女も遊びもいくらでもある……」

「俺があいつらより優れてたから……生き残って当然だ……」

「……ククッ…ハハハハハァッ!」

「あいつらがバカだったから……甘かったから……」

「知識も能力も足りなかったから……」

「ほら見てみろよ……俺たちは楽しんで……あいつらは土の中で……」

「あいつらは死んだ……俺の言うこと聞かなかったから……」

「聞かなかったのが悪い……自業自得……」

「バカどもが……」男が酒瓶を高く掲げる

「ゴクッ…ゴクッ……ゴクゴクッ……ッぷはぁぁぁっ!」

「許せない……」俺が拳を握る

「許せない……よくそんなこと言えるな……?」俺が立ち上がる

「クイ…」

「コウカ、何してる?」俺が袖を引く手を見る

「どうして黙って見てられるんだ!?」

「十神様……もう少し見ててください!」コウカが笑って俺の顔を抑える

そして振り返ると……

……

「どうして……どうしてだよ……」酒瓶を持つ手が震える

「どうして行っちまったんだ……」目が真っ赤になる

「どうして……お前がそんな選択をした……」

「どうして……みんな志願なんかして……」

「どうして……どうして……」

「置いてかないでくれ……一人に……」男が空に向かって手を伸ばす

「行くな……行くな……」

「そんなこと……するなよ……」

ガタンッ…!

テーブルが激しく揺れる

「お前らがいなきゃ……宴なんて……」

「一人欠けるごとに……幸せなんて……」

「おい……聞こえてるだろ……」男が空のテーブルを見る

「なんで来ねえんだよ……ずっとそこにいるだけか……」

「こっちにもうまいもんある……席も空いてる……」

「来いよ……なんで来ねえんだ……」

ガシャンッ!!

ガラスの破片が飛び散り、酒が地面に染みる

「なんで来ねえんだよ!? 俺を見下してんのか!?」

「もういいって……」別の男が近づくが、目は下を向いたまま

「まだだ……まだ全然足りねえ……」

「いいって……ここでやめとけ……」男がよろける体を支える

「いいわけねえだろ……見てみろよ……誰も近寄らねえ……」

「誰も座らねえ……誰も来ねえ……」

「誰も……残ってくれねえ……」酔った男が相手の胸に顔を埋め

相手の服がじんわりと濡れていく

………

「行きましょう、十神様!」コウカが立ち上がる

………………………………….

俺たちは再び人ごみと明るい灯りを離れ

騒がしさを背に、闇に飲み込まれる

でもまた月明かりが水面に反射して周囲を照らす

月光に輝く川沿いに、両岸に長い列ができている

一人また一人……紙の灯籠を手に……

流れを見つめ……手を合わせ……

金色の灯りとそよ風と共に……

一つ、また一つ……ゆっくりと流されていく……

でも不思議なことに……一つの灯籠も川の中央には行かない

ただ岸沿いを……漂うだけ……

そしてある瞬間、俺は気づく

一本だけ中央に流された灯籠が……急に方向を変えて……

小さな波紋を立てて……水しぶきを上げて……

………

ワハハッ、みてみてー!

コウカが足を止め、俺たちの視線が橋の上の子供たちに向く

「みなしご! みなしご! みなしご!」子供たちが一人を囲んで回る

「違うもん……違うって言ってるだろ……」一人の男の子が必死に目をこする

「それでもわからないの? 本当に子供だね!」一人がにやにやしながら鋭い目で言う

「大人の言うことなんでも信じるなんて!」

「嘘だろ……嘘だろ……パパとママはスーパーヒーローで……ヒーローなんだ……」

「おばあちゃんがそう言ってたもん……」

「じゃあどこにいるんだよ?」

「ヒーローならなんで今ここにいないんだ?」

「なんで俺の親みたいに帰ってこないんだ?」

「おばあちゃん……忙しいって……だってヒーローだからって……」泣きそうな子が手をぎゅっと握る

「でも俺の親はもう仕事なんてないって言ってたよ?」

「もしかして嘘ついてる?」

「嘘じゃない! 絶対帰ってくる!」

「本当かな……自分に言い聞かせてるだけじゃない?」

「認めろよ、親はもう帰ってこない!」

「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」

しくん…しくん…

小さな頬を涙が伝う……両手で目をこすり続ける

体はぴくりとも動かない……

カツン…カツン…

いつの間にかコウカが歩き出し、男の子のすぐ横に立つ

「子供たちは、騙されてるのはそっちよ」コウカが軽く腰を落とす

「何だよお前、嘘つき女か!?」

「じゃあこの写真はどう説明するの?」コウカがスマホを差し出す

「これは……」からかっていた子たちが凍りつく

「パパ! ママ!」泣きそうな子が手を下ろし、顔がぱっと明るくなる

写真の中……戦場で任務中の両親……

笑顔で互いを見つめ……武器を握り……

「ほらね、すごく忙しいの。今はみんなに必要とされてるの……」コウカが子どもの頭を撫でる

「だから……」コウカがしゃがんで涙の残る目を見て微笑む

「ヒーローは最後に残って、みんなが安心して帰れるようにするものよ」

「本当……?」子が両手を下ろす

「嘘だったら、こんな写真持ってるはずないよね?」コウカの指が涙をそっと拭う

「ほら見ろ! 言ったろ! 嘘じゃないって!」子が急に笑顔に戻る

「わかったわかった、もう大声出すなって!」

「やだ! さっきからうるさくしてたのはそっちじゃん!」

そして子供たちの背中が闇に溶けていく

………

「コウカ、さっきのは……」俺がそっと彼女に触れる

「写真のこと?」コウカがスマホを俺に見せる

「これ……なんでこんなにたくさん……!」俺が目を剥く

ふふっ…

「驚くことないですよ。ただの私の趣味ですから」

「趣味……って……」

「でもどうして……」

「簡単ですよ、十神様……」コウカがにこっと笑って両手を後ろに組む

「人の命は短いから……」

「だから……」

「一瞬一瞬……欠片一つ……小さな出来事も……」

「この世を通り過ぎる人たちを……消える前に残しておきたいだけ……」

…………………

カチ…カチ…カチ…

「さて、十神様、もう答えは出ましたか?」

「答えって……何の?」

月明かりに裂かれた闇の中……

川面に揺れる月と流れる灯り……

風に髪をなびかせ……

そして全ての中心に……俺に向けられた笑顔

「もう自分の選択はできましたか?」

カチ…カチ…

「この道を進み続けますか? 彼らがどれだけ苦しむか知ってて?」

「妹さんも、あの子みたいになるかもしれないのに?」

「それとも、大切な人たちのそばに留まりますか?」

「どっちを選んでも、私はずっと応援しますよ!」

カチ…

…………

どばっ!

突然水面が荒れ、月が歪む

水しぶきが宙に舞い

大きな黒い影と……貝殻のような模様が……

コウカの姿を完全に覆い隠した





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