第19話 俺もいつかはなるぜ!英雄に!
読んでくれてありがとう!
歓声が響いていた
割れるような拍手、湧き上がる叫び。
私の勝利に、会場は興奮と熱狂の渦に包まれていた
壇上には、優勝の証
《カタネの剣》が、光を宿し私を待っていた
神聖な紋様が刻まれ、誰もが憧れる理由がわかる
……まずい
足を踏み出した瞬間、背筋を冷たいものが走った
“詠唱魔法”によって覆っていた変装が、限界を迎えつつあった
肌の質感、瞳の色、そしてこの仮面の裏に隠したその全てが、うっすらと現れ始めていた
……このままでは、バレる
私は目を伏せ、口元に笑みを貼りつけたまま、すぐそばにいたアーサーに近寄る
「アーサー君に、これを」
「えっ? でも、優勝はジストさんだよ!」
「私は剣ではなく、“戦い”が欲しかった。君は十分、それに応えてくれました」
アーサーが驚きに目を見開く中、私はそっと《カタネの剣》を彼に押しつけた
観客は騒然となる。だが、それは誤魔化せる程度の混乱だった
今しかない
私は軽く手を振り、背を向けて跳躍した
「では、これにて退場とさせていただきます」
その声を最後に、私は会場から姿を消した
分身体がいる場所へ
「……間に合った」
舞台裏、人気のない通路の影で、薄れかけていた分身体が私と視線を交わす
その身体は既に輪郭が揺らぎ、消滅寸前だった
私はそっと手をかざし、魔力を流すようにして”入れ替わる”
封印していた魔力、スキルが本体へと戻る
魔力が戻った瞬間私は、気づいた
それはまるで、世界そのものが沈黙するような気配だった
空気が変わった。鳥の声も、風の音も消える。
ただ、“そこに在る”だけで場の魔力の流れを圧倒的にねじ曲げる、途方もない存在。
……これは……何だ?
殺気はない。
敵意も、憎しみも、感じられない。
だが強い
圧倒的に、理屈抜きに、“強い”
それはまるで……天災のようなものだった
こちらに向かってくる理由すら、今はわからない
ただ、間違いないのは、すでにこの競技会場の近くに到達しつつあるという事実
私の分身体ですら、まったく感知できなかった……。だが、分身体に魔力を残していなければ、今もまだ気づけていなかった
背筋に、うっすらと汗が伝う。
この世界に来てから、何度か強者と思える存在に出会ってきた
だがこれは別格だ
私はそっとローブを正し
クロウ・ナイトレイヴンとして、これから迎える
ふと、風が吹いた
空が、ほんのわずかに染まったように見える。
まるで、“天の揺らぎ”のように
さて……この気配の主は、味方か、敵かそれとも……
私はそっと視線を上げ、会場の外、遠くの空を見据えた
その先に、何かがいる。
確実に「こちらに来ている」
突如、会場上空の空間が重く、静かになった
風が止み、光が揺れる
何かが、“来る”
この場の誰よりも強い、格の違う存在が
次の瞬間
空が裂けた
「……っ!」
まばゆい蒼の軌跡を描いて、何かが空から降下してくる。
その速度、その気配、ただ者ではない――!
ズドォンッ――!
地を穿つほどの衝撃とともに、大男が降り立った
黒と金を基調にした、威厳そのものを具現化したような軍装
背には紋章旗。瞳には、深き王の威光
静まり返った会場に、ワンが叫んだ。
「お……お父様……!?」
その言葉に、私は目を見開いた
ワンの“父”?
もしかして………!
「っ、こ……皇帝陛下……!?」
誰かの声が震えながら響いた
一拍置いて、観客の何人かが慌てて立ち上がる
「ミ、ミリオン陛下……!? なぜ、こんな場所に……!?」
「ば、バカな……本物だとしたら……帝国最高戦力にして現陛下が何故ここに……!」
続いて、全観客が一斉に頭を垂れる
私も無意識に姿勢を正していた
その圧倒的な存在感
殺気はない、だが威圧は尋常ではない
まるで“王”という言葉が実体を持ったかのような、帝王の風格
彼ミリオン・エレクトラは、静かに口を開いた
「我が娘たちが、姿をくらませて数日、心配になって探したのだ」
その言葉に、観客席がざわめく
「まさか、皇帝自らお探しに……?」
「それだけ……本気で心配されていたということか……」
私はワンとゼロを見た
二人は黙って頷き、ほんの少しだけ頬を赤らめる
陛下のまなざしには、厳しさと優しさの両方が宿っていた。
しかし、次の瞬間空気が変わる
「……それと、もう一つ」
ミリオン陛下の視線が、試合場奥にある大剣跡
蒼く輝いた“あの剣”の場所へと向けられる
「……“我が剣”が動いたと、報告を受けた」
息を呑む音が、あちこちから聞こえた
「まさか……あの剣が……?」
「伝説じゃなかったのか……?」
その剣ビルほどの大きさを持ち、試合会場奥の地に長年突き立てられ、誰にも動かせなかった“象徴”は、皇帝陛下つまり過去の英雄の剣
「我が剣は、主を選ぶ」
重々しく、しかしどこか愉しげに陛下は言う
「それが使えたのか……」
視線がゆっくりと、アーサーへと向けられた。
その瞬間、場が凍る
アーサーは、背筋を伸ばしながらも、緊張を隠せない
ミリオン陛下は、アーサーを見据えたまま、静かに口元を緩めた
「ほう……我が剣に選ばれたか」
「……ふむ実に、面白い」
その言葉に、観客が再びざわめき始める。
一方、私はアーサーの方を見る。
彼は額に汗を浮かべながらも、真正面から皇帝のまなざしを受ける
そして、ミリオン陛下の視線が、アーサーにじっと注がれていた
静寂の中で、帝国を統べる者の声が、堂々と響く
「アーサー・ヴィルヘルム そなたに問う」
その声音は重くもあり、試すようでもあった。
「我が帝国に仕え、騎士として剣を振るう気はないか?」
会場がざわめく
当然だ。帝国騎士団といえば、選ばれし者のみが所属を許される、まさにエリート中のエリート
それも“皇帝直々”の誘いなど、通常ではまず有り得ない。
だが、アーサーは一瞬迷ったそぶりもなく
「……申し訳ありません、ミリオン陛下」
静かに、しかしはっきりと頭を下げた
「今の俺には……一緒に旅をしたい仲間がいます!だから、今は……まだその時ではありません」
場の空気が、静まり返った
私は微かに笑った
貴方らしいですねアーサー
その返答を聞いたミリオン陛下は、一瞬無言でアーサーを見つめやがて、朗らかに笑った
「……ははっ、そうか良い答えだ」
威厳ある声が響く
「“今はまだ、その時ではない”か……うむ、若者らしくて結構!」
その瞬間だった
アーサーの手に握られていた蒼く光る剣が、ふっと光を収めるようにして、
まるでその力を返すかのように、元の巨大な大剣の姿に戻っていった
観客が再びどよめく
「大剣に戻った……!」
「あの蒼い剣が……!」
アーサーも驚いた表情を浮かべ、咄嗟に数歩下がる。
だが、ミリオン陛下は静かにその様子を見て、納得したように頷く
「……そうか、まだ完全に使いこなせたわけではないか」
彼はその場に近づき、かつて自らが地に突き立てた大剣に手を添える
「この剣は、我が王家に伝わる“意思ある武器”闇に溺れる者、傲る者には決して応えぬだが……」
皇帝は、アーサーへと向き直り、こう言った
「いずれ、そなたが本当にこの剣を扱うに値するとき……その時は、この剣を正式に“お前のもの”として授けよう」
その言葉に、アーサーは目を見開く
そして、こぶしをぐっと握って
「……はいっ! いつか絶対、使いこなせるようになります!」
とびきりの笑顔で、そう答えた
数日が経ち、
私たちは剣の街グラシスを後にした
活気に満ちたこの街も、今日からは遠ざかる背中に過ぎない
祭りのように賑わった剣技大会の余韻を残しながら、私たちは新たな目的地へと歩みを進めていた
カツ、カツ……と馬車の車輪が石畳を転がる音が心地よく響いている
アーサーは、隣で真剣な表情でカタネの剣を磨いていた
丁寧に、まるで神具でも扱うかのように、布で何度も何度も撫でる
「へへ……ジストさんにもらった剣、これ……ずっと大事にするからな」
小さく呟いたその声は、聞こえないふりをしておくことにした
そうでもしないと、こっちが照れてしまいそうだったからだ
一方、馬車の後部に座っているヘルガは腕を組み、外を眺めていた
「くそ、結局ジストさんとは、戦えなかったな」
ぼそっと漏らしたその声には純粋な好敵手への関心がにじんでいる
「いつかは、決着をつけやる」
そんな風に呟く声が、少し寂しそうに聞こえた。
そして、もう一人エクシズ
彼女は、ずっとこちらをじっと見ていた。
それも、妙に真剣なまなざしで
「……何か、顔についていますか?」
思わずそう言いそうになったほどだ
彼女は、ぽつりと呟いた
「……試合の時、クロウ様……少し、変でした」
ドキリと心臓が跳ねた
やはり……
私が試合の間、分身体の行動の“変化”に違和感を覚えていたのだろう
彼女は私をじっと見たあと――
「でも、今は……いつものクロウ様です!」
そう微笑んだ
……助かった
私は、何も知らないふりをして、少しだけ笑ってみせた
馬車の窓の向こう、遠くの空が広がっていた
「さて……次は、“エレクトラ帝国”ですね」
ワンとゼロの故郷
そして、あの皇帝・ミリオン陛下が治める大国だ
また読んでね!




