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イケおじ転生 ~かつての黒歴史で旅をする~  作者: かりかり
異世界は素晴らしい!
12/32

第11話 旅と言ったら馬車ですね

読んでくれてありがとう!

焚き火の燃え残りがパチリと音を立てる頃、ヘルガは深々と頭を下げた


「改めて……先ほどは、誠に申し訳ありませんでした」


「顔を上げてください、もう気にしなくていいですよ」


「……はいありがとうございます、クロウ様」


「……クロウでいいですよ、それに、そんなに堅くならなくてもいいんですよ?」


「いえ……私には、これくらいがちょうど良いのです。礼節を忘れると、また自分を見失ってしまいますから」


静かで整った口調

感情を抑えて生きてきた彼の“癖”なのだろう

私は無理には崩さず、微笑だけ返した


「ところで……他の方々は?」


「あぁアーサーとエクシズは、近くの林で見張りに出ていますよ、そろそろ戻ってくるはずです」


その時、木の葉を踏む音が聞こえ、アーサーとエクシズが戻ってきた

アーサーはすぐに私のもとへ駆け寄り、ヘルガを見て目を見開いた


「クロウさん、この人って……さっき」


「もう大丈夫ですよ。少々誤解があっただけです、彼は……私達の新しい仲間です」


「えっ……! この人が……?」


エクシズが戸惑いながらも、恐る恐るヘルガに近づく


「えと……あの時、すごい弓?を出してきた方……なんですね……?」


ヘルガは背筋を正し、丁寧に頭を下げた


「先ほどはご無礼をいたしました。私はヘルガ・パフと申します。今後はクロウ様の旅に、同行させていただく所存です」


「えっ、すごい丁寧! さっきの人とは、雰囲気が全然違う……!」


アーサーが小声で囁くのが聞こえたが、私は笑って軽く肩をすくめた。


「これが彼の本来の姿ですよ…‥多分」


エクシズは少し照れたように笑いながら、ヘルガに手を差し出した


「えと……私はエクシズって言います。よろしくお願いします、ヘルガさん」


「はい、エクシズさん、よろしくお願いいたします」


アーサーも、渋々といった様子で手を差し出す


「……ま、誤解だったんならいいさ、オレはアーサー!いい奴なら大歓迎だ!」


「そのお言葉、感謝いたします。アーサーさん以後、助力を惜しみません」


夜が明け、朝靄が晴れゆく中

私たちは再び牧場へと戻った


「おお、戻ったかい……まさか、本当に倒してくれたのか?」


牧場主の男は、こちらの姿を見るなり慌てて駆け寄ってきた

エクシズが一歩前に出て、元気よく頷く


「はいっ! ばっちり退治しました! もうお肉を盗られる心配はありませんよ!」


「そうか、そうか……! いや、まさか本当にやってくれるとは……!」


牧場主の目に涙すら浮かび、彼は感極まったように深々と頭を下げた


「約束通り、馬車は無料で譲るよ、良い馬も用意してある。荷物も人も運べる頑丈なやつだ」


「こんな素敵な馬車を……!ありがとうございます」


私は丁寧に頭を下げ、彼と握手を交わした


少しして、私たちは馬と立派な馬車を手に入れた

幌付きの四輪馬車は頑丈かつ広々としていて、四人どころか六人は乗れそうな造りだ


「わあ……すごい、移動が楽になりそうですね!」

エクシズが馬車の中を興味津々に見回す


アーサーも手綱を握りながら笑う


「ふふん、俺が操る馬車なら完璧だぜ、グラシスまで一気に行けるな!」


後ろで静かに立つヘルガも、馬車の外観を見ながらぼそりとつぶやいた


「この造り……日本の戦時中の軍用馬車を参考にしたような構造だ、実に堅牢だな」


「詳しいな、ヘルガ」


「元の世界では少し軍事関係の知識も……いえ、何でもありません」


彼はすぐに口を閉じたが、静かに頷いていた


やがて、出発の準備が整う

私は手を空に掲げて、詠唱魔法を発動する


「空よ我が進むべき道を示せ、探索魔法サーチ・ロード


地図が空中に浮かび、光で道筋が描かれる


「剣の街、グラシス……やはり、少し遠いですね」


「でも馬車があるし、大丈夫ですっ!」

エクシズは元気よく拳を握る


「うし、さっそく出発するか!」


アーサーが手綱を引いて馬を前に進ませると、馬車はゆっくりと旅路を踏み出した


馬車が土の道を進むたび、車輪のきしむ音と揺れが心地よく身体に伝わってくる。

穏やかな陽光が木々の間から降り注ぎ、草花の香りと共に風が髪を撫でた。旅立ちの日にふさわしい、静かで美しい朝だった。


「クロウ様、揺れは大丈夫でしょうか?」

並んで座るヘルガが、相変わらず無表情のままこちらに視線を向ける


「ええ、問題ありませんあなたこそ、大丈夫ですか?」

私がそう返すと、彼はほんのわずかに頷いた


「馬車というのは……案外、悪くないですね」


初めて見るものや初めて経験するものばかりのこの世界に、ヘルガも少しずつ馴染んできたようだ

スキルに頼るだけでなく、人との関わり方を学び始めているそれが、ほんの少し嬉しかった


「なあなあクロウさ~ん!次の町ではでっかい剣が売ってるかな? オレな、もっとかっこいい武器使ってみたいんだ!」


アーサーが前方から顔を出してくる。手綱を握っていたはずが、いつの間にか私のほうへ来ていた


「……手綱は?」


「エクシズに任せた!」


「ちょっと!アーサーッ!?」


エクシズの慌てた声が前から聞こえる

どうやら、予想通りアーサーが急に任せたらしい

少し心配だったが、エクシズは思いのほか器用なので大きな事故にはならないだろう


「ふふ……賑やかですね」

私は思わず小さく笑った


元の世界では、こんな波瀾万丈な日常を過ごせるとは思っていなかった 

異世界に転生してから、力を得て、仲間と出会って今、こうして旅をしている


「それにしても、“剣の街”グラシス……どんな場所なんでしょうね」

私はぼそりと呟いた


「戦士がいっぱいいる街なんでしょ? 名前からして超強そうだし!」

アーサーがワクワクした様子で拳を握る


アーサーも、エクシズも、ヘルガも……そして私もこの旅を通して成長していくのだろうな

私は、空を見上げながらそう思った


この先に待ち受ける出来事に、わくわくしている自分がいた。

未知の街、未知の敵、未知の未来

全てが楽しみだ


日は暮れ、空が茜から深い群青へと変わりゆく頃。

馬車を道の脇に止め、私たちは木陰の広場で野営の準備をしていた。風は涼しく、草の上に腰を下ろすと昼間の疲れがじんわりと抜けていく。


「焚き火、できましたよぉー!」

エクシズが満面の笑みで火を点けた。ふわっと炎が立ち昇り、木々の影を揺らす。


「やっぱり野営にはこれがないとな」

私は頷き、持っていた携帯式の調理器具を広げる。


先日、村で買った調味料と野菜、そして牧場主から譲り受けた干し肉が今夜の夕餉だ

私が調理を始めると、アーサーが薪を運び、ヘルガは手際よく水を汲んできた。


「クロウ様は……料理もお上手なのですね」

ヘルガがぽつりと呟いた


「まあ、それなりには。現世では一人暮らしが長かったので」


「一人……」


ヘルガが何かを噛みしめるように呟く

彼もきっと、孤独だったのだろう

私が黙って調理を続けていると、やがて焚き火の横に座ったアーサーが声を上げた


「なあ、せっかくだし、みんなの得意なこととか趣味とか、聞いてみたいな!」


「趣味?」

エクシズが小首をかしげた


「うーん……そうだなぁ、私は植物の世話が好きだよ! 特に花とか育てるのが得意かも!」

そう言いながら、エクシズはポーチから小さなカプセルのような物を取り出した、中には見たことのない花が咲いている。


「これは……この世界の植物ですか?」


「うん!《月白花げっぱくか》っていってね、夜になると光るの旅の途中で拾って育ててるんだ」


たしかに、薄い青白い光を放っているように見えた焚き火の明かりに負けない存在感があった


「ヘルガは? 趣味とかあるのか?」


私が聞くと、彼は一瞬黙り、やがて答えた。


「……読書、です。武器の構造書や、戦術書、それと、現代の哲学書も」


「よくわからんが凄いなッ!」


アーサーが両手を挙げて驚いてみせると、ヘルガは少しだけ目を細めた

……笑った、というより、微かに「安堵した」ように見えた


「本を読んでいると、自分が誰なのか考える暇がなくなって……落ち着きます」


「そうですかなら、これからもたくさん読めるといいな。いずれ、書物の多い店にでも行ってみましょう」


「はい……クロウ様」


彼の敬語は変わらないが、声の調子は以前より柔らかい

仲間としての距離が、少しずつ縮まっていることを感じる。


「はい、できましたよ。焼き野菜と干し肉の煮込み、そして特製スパイスライス。少し辛めですけど、身体が温まります」


私は皿を四つ並べると、すぐにエクシズとアーサーが嬉しそうに手を伸ばす。


「わーい! クロウ様のごはんだー!」

「よっしゃ! 今日もいただきます!」


そして……

「……ありがとうございます」

黙っていたヘルガが、そっと私の作った皿を手に取り、口に運ぶ


──が、その動きが異様に速かった。ひと口、ふた口、三口……あっという間に完食。


「……もう少し、いいでしょうか」

無表情でさらりと言ってきたヘルガに、私は思わず目を瞬かせた


「ええ、もちろん……あ、でもそんなに急がなくてもまだありますから」


「分かりました」

次の皿を差し出すと、また無言で食べ始めるヘルガ

その表情は無だが、ひたすら口元だけが動き続けていた。


「ヘルガさん、そんなに急いで食べたら喉につまりますよ!」

エクシズが呆れたように言うと、


「……おいしいので、止まりません」

ヘルガは淡々と返す


「……わかるぜ、ヘルガやっぱり美味いよな…!」

アーサーがなぜか感動している

私も少し微笑みながら、彼の皿に三杯目を盛りつける


「あっちでも、こういう味が好きだったんですか?」


「……正直に言えば、食に執着した記憶はありません、しかし……これは違います」


ヘルガはふと手を止め、こちらを見た


「クロウ様の料理には、何か……あたたかいものが、あります」


少しだけ……ほんの少しだけ、彼の目元がやわらいで見えた。

私は、彼が“この世界で初めて心から安心して食事をとっている”ということを感じ取った


「ありがとうございます。じゃあ、たくさん食べてくださいね、今日は材料も多めに用意してありますから」


「……了解」

そしてまた、ヘルガは黙々と皿を空にしていく

また読んでね!

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