20 どこにでもいてどこにもいない
仮設街道を跨いで半日程進んだ森の中を歩く2人の少女の姿があった。少女の1人はアッシュグレーのふわふわショートヘアにポケットの沢山付いた丈の短いベスト。その中に胸の部分が猫の形にくり抜かれたブラトップを着ている。ショートパンツに踝までの薄茶色の革靴。腰にポーチを着け、手には指なしの手袋をはめている。もう1人の少女に話しかけながら、大袈裟な仕草で森の中の道を楽しげに歩く少女。ミーシャ・ルルーン。ミーちゃんだ。
もう1人は膝丈の厚手のシャツワンピースにショートパンツ。濃い茶色の革靴を履き、背中には小さめのリュックを背負っている。濃い銀色の髪は胸元で三つ編みに束ねられ、そこには大きな可愛らしいリボンが付けられている。隣を歩く少女の格好が気になるらしく何度も、ミーちゃんそれ下着よね?ねぇ?ねぇって!!と話しかけながらもう一人の後を追いながら歩いている少女。ステラ・リーノット。私の事はいいから!!ミーちゃん待って!!
「 野営?? 」
「 そうです!! 他のパーティーが野営の準備をしているみたいです!! 」
「 へ、へぇー・・・。 そうなんだ。 私達は野営しなくっていいからこのまま・・・ 」
「 待ってください!!!! 提案があります!!!! 」
「 な、なに?! 」
大きな声を出すミーちゃんに、ちょっと驚いてしまった。嫌な予感しかしない。
「 スーちゃにミシャから提案があります!! 」
「 提案って・・・。 まさか・・・ 」
「 そうです!! そのまさかです!! 」
今度は私が大きな声を上げてしまった。
「 だ、ダメよ?! ダメッたらダメッ!! ほ、他の冒険者を襲うなんて絶---っ対に・・・ 」
「 はい? 」
「 ・・・え? 」
「 ・・・ 」
「 ・・・ 」
「 こほんっ。 続けてもいいですか? スーちゃ。 」
「 ・・・どうぞ。 」
ミーちゃんの提案は他の冒険者に接触して情報を集めようというものだった。この森の熊は深部にそれぞれ縄張りを持っているらしく、他の魔獣達は基本的にはそこへはあまり近づかないそうだ。なので熊を捜索する場合には他の魔獣、この場合、主に鹿の群れの分布状況から判断をするそうなのだ。という訳で私達は冒険者らしい装備を身に付け冒険者達が野営の準備をしている場所へ向かって森の中を歩いているのだった。
冒険者達は川の近くで野営するらしく、テントの準備や食事の支度をしている。10名程のパーティーだろうか?ミーちゃんが近づいて行き元気良く挨拶をするとリーダーと思われる年配の男性冒険者が前に出てきた。付け届け用に私が用意してきた猪のベーコンを気に入ってくれたのだろうか?リーダーの男性ダルトンさんは私達を快く迎え入れてくれた。食事までは時間があると言う事なのでテントの脇に張られたターフの下で私達は情報の交換をする事になった。
「 なるほどー。 それじゃあこの辺りよりはもう少し北の方がいいんですかねー? 」
「 ああ、そうだな。 俺が行くんだとしたらそこだな。 もう少し西側でも見つけられなくは無いとは思うがな。 絶対数なら西の方が間違いなく多いだろうし。 だがデカいのを狙うなら話は別だ。 」
「 なるほどー。 ミシャは西のこの辺りに行こうかと思っていたんですよねー。 」
「 その辺りを縄張りにしているのは比較的若い連中だろうな。 『主』クラスを狙うんだったら断然北だ。 熊狩を専門にしている連中も北のこの辺りへはまず行かないからな。 お前達みたいに『収納』と『腕』に余裕があるんだったら北へ行くべきだと俺は思うぜ? 」
「 あ、あの・・・。 どうして私達にその・・・ 『収納』の余裕があるって分かるんですか? 」
私は恐る恐る質問をしてみた。ここまでの話は全てミーちゃんがしてくれていた。自分で書き溜めた地図を広げダルトンさん達のそれと照らし合わせたり、私達が行った蜂蜜採取の成果を報告したりしていた。その中に有益な情報が幾つかあったようでダルトンは感心したような顔で相槌を打ったり質問をしたりしていた。そのお陰で私達はダルトンさん達の専門、鹿や熊についての情報を教えて貰っていたのだ。だがその中で『収納ボックス』に関する話題は一切出ていなかったはずなのだ。
「 ん? そりゃー有名だからだよ、お嬢ちゃん。 」
「 ・・・へ? 」
驚いている私を見てダルトンさんは大きな声を上げて笑い出した。何故かミーちゃんまで一緒になって笑っている。困り果てた私はミーちゃんの方をずっとっ見ていたのだけれども説明はダルトンさんがしてくれた。
「 いやー♪ 悪い悪い♪ そんなに驚くとは思っていなくてな。 悪気がある訳じゃないんだ。 許してくれ。 」
そう言って近くにいた若い冒険者にお茶のおかわりを頼んでくれる。ダルトンさんは話を続けた。
「 ひと月位前に大量の鰐を持ち込んだだろ? 2人連れの若い娘の冒険者が大量の鰐や狼をギルドに持ち込んだってのはギルドでは結構有名な話なんだぜ? 」
「 で、でも・・・ どうしてそれが私達だと・・・? 」
「 んん? ああ♪ 俺も普段は駐屯地にいるからな。 今回の遠征は特別さ。 毎日ギルドの洗い場に来てただろ? 蜂に刺されたお嬢ちゃん♪ 」
「 ・・・?! 」
終わった。私これ終わった。
「 あの蜂に刺されたら普通は助からん。 あの蜂に刺されて生き残って大量の鰐まで狩れる。 そんな連中の腕が立たない訳がないだろう? というか『猫かぶり』の方はそこそこに名前も売れているしな。 その時はちょっとした話題になってたんだぜ? 『主』クラスの熊を少女が1人で倒したってな。 それに・・・ 一緒に来てるんだろ? 『機械仕掛けの魔女ウィリアミーナ・ユーべルバッハ』様も。 」
その瞬間、目つきが一瞬だけ鋭くなったダルトンさんに、私は思わず警戒してしまう。背中に緊張感が走る。なのにミーちゃんは嬉しそうに声を上げて笑い出してしまった。
「 あはははっ♪ いやー♪ 流石はランクSの冒険者『武器壊しのダスティン・ダルトン』さんですねー♪ 『大型収納ボックス』の事はなるべく隠しておきたかったんですけれどねー♪ 」
「 隠すも何も『猫かぶり』。 お前達、駐屯地で宿を取ってなかっただろ? 『滞在型』でも持ってないと逆に不自然だろう? 知らないだろうけれどな、お前達をスカウトしたいから宿と所属を教えろって連中が最初は結構来ていたんだぜ? まぁそれは俺の方で手を回して諦めさせておいたけどな。 」
「 なるほどー。 それで町を出歩いていても、今回はおかしな連中に声を掛けられたりしなかった訳ですねー。 」
「 あんな町だ、ごろつきや一攫千金を狙っているヤツも多い。 俺はギルドの職員として忠実に職務を全うしたって事だな。 『全殴りの魔導士イザベラ・ハーン』とその弟子には手を出すな。 俺達上級職員の間では当たり前の話だ。 その上『機械仕掛けの魔女』様まで来ちまったんだ。 ウチとしてはなるべく問題を起こしたくなかったんだよ。 あ、倉庫から消えた不自然な数の荷物も俺の方ですぐに処理しておいたから安心していいぜ? もちろん宿の方に関してもだ。 」
「 いやー♪ 本当に何から何までお世話になっちゃったみたいですねー♪ ありがとうございます♪ ダルトンさん♪ 『滞在型』の事があんまり知られちゃうとミシャ達がお師匠様に粉微塵にされちゃいますからねー♪ 特にスーちゃが♪ 」
話が全然見えて来ないけれど師匠とウィルさんが有名だっていうのは分かった。ミーちゃんも。それと不穏な事を言われているのも。私達仲間よね?ミーちゃん。
「 まぁ、ありゃーおっかねえよなー。 『全殴り』なんて二つ名を自分で付けて言わせてる位だからなー。 イカレてるぜ? お前達のお師匠様ってのは。 あれのどこが『魔導士』なんだよ? まぁ、俺から見りゃ弟子のお前達だって十分イカレてるとしか思えないけどな。 わはははははっ♪ 」
「 あ・・ あの、ダルトンさんは・・・ 師匠と面識があるんですか? 」
「 ん? 俺か? ああ。 昔駆け出しの頃に知り合いの頼みでちょっとした大会に出た事があってな。 そこで出会って以来の付き合いだ。 二度と行かないけどな、あんなイカレた連中の集まりには。 俺が上級職員になってからは町に寄られた時とかはなるべく俺が対応するようにしている。 お、そろそろ飯の用意も出来たみたいだ。 どうする? 『機械仕掛けの魔女』様の方もご招待したいんだがな。 まぁ、大した物は用意出来ないけれどな。 それでも今回はなかなに腕のいい奴が同行しているから悪くはないと思うぜ? 」
ウィルさんは話を聞いていたらしく既に着替えて『ホール』で待機中だった。杖まで持ち出して来てるし普段着ていないローブまで着ちゃってる。飾りだって言ってませんでしたっけ?その杖。確か変形するんですよね?
他の作業をしていた冒険者達もターフへ集まって来て食事の時間になった。冒険者の数は全部で10人。ダルトンさんの他にベテラン風の男性が2人。若い男の子達が5人。残り2人の女性冒険者が食事の準備をしてくれている。手伝おうとしたけれど丁寧にお断りされてしまった。食事の世話も仕事の依頼内容に含まれているのだそうだ。1人は私達よりもずっとお姉さんで美人さんだ。若い男の子達が目で追いかけていたりする。まぁそうよね。スタイルいいもんね、お姉さん。もう1人の方は顔を隠しているので年齢はよく分からないけれど落ち着いた雰囲気の女性だった。
食事の前にダルトンさんが私達を皆に紹介してくれる事になった。
「 それじゃあ飯の前に紹介しておこう。 俺の隣にいらっしゃるのが、かの有名な『機械仕掛けの魔女』ウィリアミーナ・ユーべルバッハ様だ。 日頃から俺たちが使っている『大型収納ボックス』の半分以上はこの方の設計だ。 くれぐれも失礼のないようにな。 次に1番右にいるのがミーシャ・ルルーナ。 『猫かぶり』と言ったほうが分かりやすいか? お前達と歳はそう変わらないだろうが冒険者としてはお前たちの先輩であり腕前じゃ天地程の差がある。 おかしなマネはするんじゃないぞ? そして最後に・・・ 」
名前を呼ばれる度に若い子達の間にどよめきが走っている。ウィルさんはともかくミーちゃんまで。どうやら2人共かなり有名らしい。二つ名を持っているなんて初めて聞いたし。師匠とギルドの依頼を受けているのは知っていたけれど、二つ名まであるという事はそれだけ腕もあって何かを成したという事だ。熊退治って凄い事だったんだね。やっぱりミーちゃんは凄い子だった。後でちゃんと聞いてみよう。それにしても『猫かぶり』って何?誰が付けたんだろう?ミーちゃんらしいけれども。私にもいつか二つ名とか付くのだろうか?
「 最後の一人はお前たちが気にしていた『町伝説』に関係のある人物だ。 」
え?何これ?歓声とかあがっちゃてるんですけど?!私?!なんで?!ええーっ?!
「 蜂の毒から奇跡の生還を果たした少女だ。 最近は噂話だけが伝わっていたみたいだが今晩ここにいる事に感謝しろよ? お前ら!! 『洗い場の妖精ステラ・リーノット』嬢だ!! それじゃあ今日の出会いを森に感謝して乾杯!! 」
「「 乾杯ーー!!!! 」」
終わってた。私の知らない所で私終わってた。
少しだけお酒も入りその日の夕食は盛り上がっていた。まず、お料理が美味しい!!何これ?!大きな寸胴で作られているシチューは保存用の食料で作られたとは思えない仕上がりだ。隠し味にはワインを使っているのみたい。満腹感があるにも関わらず上品で深い味わいなのだ。付け合わせのパンも軽く炙って出され、他に出されている野菜や肉のお料理もシンプルなのにすごく美味しい。ついさっき人生の終焉を迎えてしまった私でも生き返ってしまう程の美味しさだ。
話を聞いてみると今回の狩りは若い5人の男の子達の訓練が目的らしい。皆それなりの家の御子息達でダルトンさんが預かっているようだ。男の子の内の何人かはミーちゃんに乗り換えたようだ。冒険や戦い方の話を聞くフリをしながらミーちゃんの胸元ばっかり見ている。そんな気がする。そうに違いない。ちょんぱしてやろうかしら?当のミーちゃんは楽しそうなんだけれど。やっぱりあれは禁止にしよう。ウィルさんは隣で杖を変形させたりしていてる。表情には出していないけれど凄く楽しそうだ。それを見ている男の子達の目がキラキラしている。やはり変形はロマンなのだろうか?
2人を取られてしまった私は男の子達を威嚇しつつお料理担当の2人と話をしていた。綺麗なお姉さんの名前はサテラさん。私とちょっと似ている。ランクAの冒険者でダルトンさんの部下なのだそうだ。年齢は聞く前に秘密♪と言われてしまった。『猫かぶり』ミーちゃんの事は知っていたらしく私達が町へ着いてからは色々とやってくれていたそうだ。本当にご迷惑をかけました。すいません。もう1人の女性へも挨拶をしたらちゃんと答えてくれた。よかった。怖い人じゃなかった。
「 はじめまして。ステラ・リーノットさん。 クローラと申します。 よろしくお願いしますね。 」
んん?何処かできいた事のある声だ。クローラさんが話を続ける。
「 私はギルドの職員では無いのですが若手育成のプログラムに興味がありまして参加させて頂いております。 この本は今日の記念にステラさんに差し上げます。 是非お読みになって下さいね。 」
そう言いながら1冊の封のされた薄い本を渡された。震える手でそれを受け取りクローラさんの方を見ると楽しそうに話している男の子達の方をじっーと眺めていた。その目に奥には言い知れない何かが宿っている様に思えた。
うん。やっぱり怖い人だった。
ちなみに戴いた本の内容は5人の男の子の物語がそれぞれオムニバスで描かれていた。
私は3話目の2人の男の子が奴隷としてお館様に辛く当たられながらも強く深い絆で結ばれていく話が切なくて良かったと思いました。
更新不定期です。