022-硬き身体と折れぬ刀06
数十分ほど経過したが状況は変わっていない。
リンカさんはボス魔物に時折反撃しつつ攻撃を避け続けているし、アオさんはリンカさんに矢が飛んでいかないように弓人形を優先して倒している。
そして僕は弓人形を優先しつつも森から出現し続けている木人形がリンカさんに近づく前に倒し続けている。リンカさんに近づいていた木人形に関しては少しでも離れていたものは僕が、近すぎるものはリンカさんの反撃で倒し終え、そのすべてに僕が剥ぎ取りナイフを使用して消滅させた。
森から出現する木人形を対処しつつボス魔物を倒す方法を考えているが、思い浮かばない。リンカさんもこの状況を打開するためにボス魔物の各所へ攻撃を行い弱点を探しているようだが、ボス魔物はそれに対してて守るような素振りも、嫌がるような素振りも見せていない。これはリンカさんの攻撃に脅威を感じていないのか、そもそも弱点となる部分がないのか、あるいはそれ以外なのか。
斧を奪った木人形に追いかけられつつ次の槍人形へ走りながらどうするか考えていたが、突然ヒントと危険が同時に訪れた。
視線の先でボス魔物が動きを一旦止め、その身へ黒みを帯びた光を纏ったように見えた。そして再び攻撃を開始したボス魔物であったが、その動きは先ほどよりも早く感じる。
視線を一旦槍人形へと移して槍を斧で弾き飛ばしたあと、転ばせて弱点である頭を破壊して剥ぎ取りナイフを使用する。消滅を確認したあと周囲を見渡して次の木人形へと移動を開始し、再びボス魔物へと視線を戻す。
その動きはやはり早くなっており、リンカさんの回避動作も僅かに変わっている。極端に早くなったわけではないが、その僅かな強化は避けているリンカさんにとっては大きなものだろう。
しかし、重要なのはそこではない。ボス魔物の攻撃を避けつつ木人形の攻撃を捌いていたリンカさんならば、あの程度はまだ余裕で避けきれる。それよりもボス魔物に変化が起こったことが重要だ。
ボス魔物に何か変化を与えるだけの行動をこちらが行えており、その結果としてボスの動きが早くなったのならば、こちらを脅威として捉えている可能性も考えられる。もしそうであれば、今の状況がこのまま続くとボス魔物にとって不利になるということだ。
つまり、今取るべき行動はこの状況を維持すること。もとより他にいい案を思いつかない限りは今と同じ状況を維持するつもりだったし、リンカさんも楽しそうに戦っている様子が窺えるので問題はない。僕もあのボス魔物の相手をしてみたいと少し思っているが、リンカさんにとって今の状況は嬉しいものだろうから任せておこう。
ボス魔物が強化してから数十分後、再びボス魔物はその動きを止めた。そして今度は明確に、その身へ黒みを帯びた光を纏ったのが確認できた。
再び動き出したボス魔物の動きは先ほどよりもさらに早く、速い。最初から必殺であっただろう各種攻撃も掠っただけで必殺の威力を備えたかもしれない。しかし、視線の先ではリンカさんがその動きすら余裕をもって避けている。あの様子であれば、たとえ木人形の攻撃があったとしても避けられているだろう。
その様子を見て、期待がふくらむ。現実世界では諦めていたあの光景すら、この世界では見られるかもしれない。あそこまで到達するには時間がかかるだろうが、それでもこのゲーム世界でならば見られるかもしれない。その時に姉さんはあの光景よりもはるかに強くなってしまうだろうが、それでも構わない。僕はその光景を見てみたい。
リンカさんの動きに安心したところで木人形の対処を続ける。アオさんもかなり疲労しているだろうに、それでも弓人形を倒し続けている。これは勝ちが見えてきた。
数十分後、突然ボス魔物がその動きを止めて地面へと倒れた。そしてリンカさんはその前に立ち、少しの間だけ動きを止めてボス魔物を見つめていたが、完全に倒せたと判断したのか剥ぎ取りナイフをボス魔物へと突き刺した。
消えていくボス魔物の体に一瞬ボス戦が終了したかと思ったが、後ろから木人形が追ってくる事実にまだ終わっていない可能性が高いと判断する。
森から新たに出てきた槍人形へと移動しつつリンカさんの方を再び確認すると、しゃがんで剥ぎ取りナイフを手に何かしている様子が確認できたが草むらに隠れてその詳細はわからない。
槍人形と新たに追ってきていた斧人形を撃破し、リンカさんの傍へと移動を開始する。さすがに斧人形を連れたままリンカさんの場所へはいけないからね。
「リンカさん、何かあった?」
「おお、ユウ君。実はあの魔物へ剥ぎ取りナイフを使用したあとにこれが残っていてね」
そう言いリンカさんは手に持つものを僕へと見せてくれた。それは半透明で紫色をした水晶玉のようなものであり、おそらくは魔物の残骸かドロップしたアイテムなのだろう。
「一応剥ぎ取りナイフを使用したが消滅しないし、マジックポーチにも入らないんだ」
「そうだったんだね。それを地面に置いてもらえるかな?」
「それは構わないが、どうしたんだい?」
リンカさんはそう言いながら地面へと水晶玉を置いた。
まったく、勘違いしていたよ。おそらくこれは魔物の核であり、木人形であれば弱点にあたる部分。あのボス魔物はたとえるならば装備の一部であり、本体はこの水晶玉である可能性が高い。
この場所に来て最初に倒した木人形は体を消滅させても、核らしき宝石が内包されていた頭は消滅していなかった。そして頭は攻撃を加えたあとでなければ剥ぎ取りナイフを使用しても消滅しなかったので、同じ場所のボスが同じ特性を持っていたとしても不思議ではない。
「それでは、刀でその水晶玉を破壊してもらえるかな? おそらくそれは魔物の本体であり、先ほど消滅したのは魔物の装備となる部分だと思う。それに、どうせマジックポーチに入らないのならばアイテム扱いではないだろうから間違っていても問題はないはずだよ」
マジックポーチに入らない特別なアイテムの可能性もあるのだけど、それで躊躇してボス魔物が再び出現した方が厄介であり、その場合は明日でにも再び挑戦するべきだと考えている。
「……確かにその通りだね。任せてくれ」
リンカさんは刀を鞘から抜き、上段に構えた。
「<<振り下ろし>>」
直後、刀はまっすぐに素早く、まるで吸い込まれるかのように振り下ろされて水晶玉を真っ二つに切り裂いた。
木人形の時も気になっていたのだが、水晶玉や宝石を両断できるとは相当凄いと思う。刀の性能なのか、技術なのか、あるいは水晶玉や宝石が柔らかいだけなのか。あのボス魔物の体が切り裂けなかったことから、水晶玉や宝石が柔らかい可能性が一番高そうだ。
「それでは再び剥ぎ取りナイフを使用してみてほしいな」
「ああ」
リンカさんの返答を聞きつつ周囲を確認する。木人形は森から出てきているがこちらへ向かってくる様子はない。おそらくボス魔物が誰も狙っていないので警戒をしているだけなのだろう。
そしてアオさんだが、弓を背負ってその様子を見ている。人形が僕達のいるこちらへは移動せず、アオさん自身も狙われていない状況なので不用意に威嚇することがないようにと考えての行動なのだろう。もしどちらかへ向かう魔物が現れればすぐに攻撃を開始するはずだ。
『ボスの撃破を確認しました。3分後に元のエリアへと自動転移されます』
リンカさんの方へ視線を戻そうとしたところで頭の中にそんな言葉が響いてきた。その声はアバター作成の時と同じものなので、おそらくシステムアナウンスなのだろう。
予定を変えて周囲を見渡してみると、それなりの数いたはずの木人形の姿が見えない。おそらくボスを撃破したことでクリアとみなされて消えてしまったのだろう。
「どうやら君の言う通り、あれがボスの本体だったようだね。助かったよ」
「偶然予想が当たっただけだよ。それではアオさんのところへ移動しようか」
「そうだね」
アオさんは魔物がいなくなったことを確認して緊張が解けたのか、その場に座っているのが確認できた。かなりの時間、集中していたのだから仕方のないことだろう。




